見習い組達の、お手製ご飯。


「うーん、見てると気になる。混ざりたい」

「却下で」

「カミール、即答やめて」

「いや、どう考えても却下だろ。ユーリは今日は休みなんだから」

「解ってるけどー……」


 カウンターの食堂側に座って台所スペースを覗きながら悠利ゆうりが零した本音は、せっせと野菜を洗っているカミールによって一刀両断されてしまった。ぐでーっとカウンターに突っ伏してぼやく悠利だが、カミールは容赦しなかった。そして、彼が正しいので誰も悠利の援護に入ってくれなかった。

 そう、今日は悠利は休日なのだ。放っておくと延々と家事をやっている悠利なので、定期的に休日が設定されているのだった。悠利にとって家事は楽しいことなので、仕事だとは思っていない。遊んでいるのと同じ感覚なのだ。だがしかし、連日働いているのは事実なので、適度に休めと言われてしまうのだった。……一度疲労の蓄積でぶっ倒れたので、強く出られない悠利だった。

 そんなわけで、今日の家事は悠利の代わりに見習い組四人が分担して頑張っていた。修行の合間に上手にシフトを組んで家事を行っているのだ。悠利が来たばかりの頃に比べれば、時間の使い方が上手になっている見習い組達だった。家事は時間を効率よく使わないと大変なのだ。

 だから、悠利が大好きな料理も、見習い組達の仕事なのである。出来上がるまで別の場所で待っていれば良いのに、何故かカウンターに陣取ってぐだぐだしている悠利だった。ちなみにルークスは、そんなぐだぐだなご主人様と違って、今日も元気にアジトの掃除をしている。出来るスライムは違うのである。

 え?悠利に休みがあるならルークスにも休みがあるべきだ?いえ、ルークスの場合、アジトの掃除はイコールで食事になっているので、働いているだけではないのです。ご飯のついでに綺麗にして、皆に喜んでもらえているという一石三鳥なのです。


「見てるからやりたくなるんじゃねぇの?リビングで本でも読んでたら?」

「だってー、気になるー。僕もやりたいー」

「いや、やらせないから」

「カミールのケチー」

「ケチじゃないです。今日ユーリを働かせたら、俺、皆に怒られるじゃんか」

「ぶーぶー」


 まるで子供のようにふてくされる悠利を相手にしながら、カミールはひょいと肩をすくめた。確かに、悠利の心境的には玩具を取り上げられているようなものだろう。だがしかし、カミールにだって言い分はあるのだ。せっかくの休みに悠利を働かせたとバレたら、大目玉である。誰だって自ら怒られたくはない。

 そんな風にカミールが悠利の相手をしている背後では、他の見習い組達がせっせと夕飯の準備を整えていた。昼食も彼らのお手製だったが、午前中に洗濯や買い出しを含めて家事を行うので、簡単に済まされていた。その反動というわけではないだろうが、夕飯はそれなりに豪華な献立になりそうだった。

 と、言うよりも。


「ねぇ、カミール」

「何だ?」

「夕飯の献立、何かこう、向こうで三人とも好きなもの全力で作る感じで突っ走ってない?」

「ちっちっち。好きなものじゃなくて、一番得意な料理をお前に食わせたいだけ」

「いや、それは嬉しいんだけど、一応バランスとか……」


 悠利が思わずツッコミを入れてしまったのは、肉と格闘しているウルグスの隣で、ヤックがせっせとミンチを作っているからだった。その隣には大量のジャガイモとタマネギ。どう考えてもヤックはコロッケを作るつもりなのだろう。コロッケと肉が一緒だと、メイン多すぎない?と思う悠利だった。

 それに、2人が副菜を作っている気配がちっとも無かったのだ。誰かが作った美味しいご飯を食べられるのは嬉しいが、バランス大丈夫かな?とちょっと心配になるのだ。

 ……ちなみに、マグはさっきから延々と、作り置きの昆布だしに鰹節と煮干しを加えて出汁を作っていた。もう完全にあそこはスープ系を作る以外に選択肢がないな、と思う悠利だった。出汁の信者は今日も元気に出汁一直線です。


「心配しなくても、ウルグスとヤックでメイン料理、マグがスープ、俺が野菜料理でバランス取れるだろ?」

「あ、だからカミールさっきから野菜いっぱい洗ってたの?」

「まーなー」


 俺は器用だから割と何でも得意だし、と嘯くカミールであるが、周囲への気配りの結果彼が野菜を担当しているだけだ。ウルグスは肉が好きだし、肉料理が得意。マグは言わずもがな出汁の信者。ヤックは何だかんだで最初のインパクトが大きかったのか、コロッケが大好きだった。そんな仲間達を好きにさせつつ、最後にバランスを取るために野菜料理に手を伸ばす辺り、カミールは出来る子だった。

 にこにこと笑う悠利に、カミールは何だよと小さく面倒そうに呟いた。基本的に気配りが出来てあちこち調整が出来るカミールだが、それを面と向かって言われると照れくさく逃げる程度には思春期の少年だった。俺は俺の好きにしてるだけ!というのが彼の持論だ。それが解っているので、悠利もそれ以上は何も言わなかった。

 ただ、顔に出てしまっているだけだ。カミールは優しいねぇ、というオーラがダダ漏れの悠利を前にして、やりにくそうに野菜を洗っているカミールだった。14歳の男の子はそれなりに難しいお年頃なのです。


「カミールは何を作るの?」

「ん?とりあえず、ヤックのコロッケの副菜に茹でたブロッコリーと人参を添えようかなって思ってる。後、ウルグスの肉料理に酢キャベツ添えて、もう一品何か作ろうかなって思ってるけど?」

「縁の下の力持ちみたいだねぇ」

「まぁ、俺は特別コレが得意って言う料理もないからな」


 ひょいと肩をすくめるカミールだが、確かにそれは事実だった。当人が自分を器用貧乏と称することもあるカミールは、何でもそれなりにそつなくこなすことが出来る。それは料理においてもで、気に入った料理を自分で作れる程度の腕は備えていた。ただ、他の皆みたいにコレと言って特化したり突っ走ったりする感じで得意な料理が存在しないのだ。

 だから今回も、皆の補佐に回っているのだろう。見習い組達がご飯を作るときは、悠利に対する結果発表会みたいな部分がある。教えて貰った料理を美味しく作れるようになったよ!みたいな感じだ。各々得意料理を披露するその場で、カミールが自己主張してメイン料理を作ることは、今までも無かった。

 ただ、当人はそれで良いと思っているらしい。適材適所だろ、と笑うカミールの顔に、気負いも卑屈さもなかった。全体のバランスを整える役割が自分に出来ることに満足してすらいた。彼の得意分野はきっと、全体を見通して調整する方向になるのだろう。その、情報収集能力の高さも含めて。


「酢キャベツ、作ってあるの?」

「おう。朝一で仕込んだ」

「流石だねぇ」

「まぁ、それぐらいな。ユーリに仕込まれたし?」


 にんまりと笑うカミールに、悠利も笑った。酢キャベツは作り方こそ簡単だが、味が染みこむまでに時間がかかる。キャベツの千切りに塩を揉み込み、そこに酢を入れてつけ込むのだが、半日から一晩は必要になるのだ。それを踏まえて問い掛ければ、抜かりは無いぜと笑うカミールがいたのだった。着実に成長していた。

 見ていると手や口を出したくなるし、むしろ普通に混ざりたくなるのだが、眺めているのは楽しい悠利だった。危なげなくブロッコリーを食べやすい大きさに切っていくカミールの背後では、茹で上がったジャガイモをマッシュしているヤックがいる。そこに炒めたミンチと刻んだタマネギを加えて混ぜながら、楽しそうなのだ。

 視線を転じれば、出汁を取り終えたマグが鍋に大量のキノコを投入していた。どうやら、スープの具材はキノコらしい。確かにキノコも良い感じに出汁が出るので、その旨味だけで十分美味しいものが完成するだろう。放り込んだキノコをお玉で混ぜながら、頭上に音符を飛ばしているようにご機嫌なマグだった。多分、出汁の匂いに幸せを感じているのだろう。

 ウルグスは、食べやすい大きさに切ったバイソン肉と千切りのタマネギをフライパンで炒めていた。肉炒めかな?と思っていた悠利の前で、合わせておいたらしい調味料をフライパンに投入するウルグス。ジュージューという音と共に漂ってきた匂いは、甘辛さを連想させた。あぁ、しぐれ煮かな、と悠利は思った。甘辛くてご飯が進む、ウルグスのお気に入り料理の一つだ。


「美味しそうだねー」

「なぁ、ユーリ」

「なぁに、カミール?」

「そこでそうやってると、レレイさんっぽい」

「……えー……」


 僕、あそこまで大食いじゃないし、と悠利がちょっと困ったように笑った。だがしかし、カミールとしては素直な感想だったのだ。カウンター席から身を乗り出して、調理中の一同を眺めながら「美味しそうだね!」とご機嫌になるのはレレイの常だ。今の悠利は行動だけを見るならば、それに似ていた。

 そんな風にごろごろとカミールとじゃれながら、悠利は夕飯が出来上がるのを楽しみに待っているのだった。




 そして、見習い組達が腕を振るった晩ご飯が完成した。

 メインディッシュは、ヤックが作ったシンプルなコロッケとウルグスが作ったバイソン肉のしぐれ煮だ。メインが二つというのを考慮してなのか、ヤックが作ったコロッケはいつもよりも小ぶりだった。その代わり、数はそれなりにあるらしく、お代わりは各自でどうぞと大皿に積み上げられている。

 コロッケの副菜は茹でた人参とブロッコリーで、茶色いコロッケの隣に鮮やかな緑とオレンジがあると、それだけで食欲がそそられる。バイソン肉のしぐれ煮の傍らには酢キャベツが添えられていて、黒っぽいしぐれ煮の隣で白っぽい酢キャベツがモノトーンのようで面白かった。

 マグが丹精を込めて作ったキノコスープは、昆布、鰹節、煮干しの三種類の出汁にキノコを追加したことで、旨味がぎゅぎゅっと濃縮されていた。味付けは塩胡椒と少量の醤油だけで押さえているらしいが、匂いだけで美味しいのが伝わってくる。流石、出汁の信者である。

 野菜のおかずとして用意されていたのは、小松菜と人参、白菜を出汁と醤油であっさりと炊きあげた和え物だった。ぱらぱらと胡麻が散らされている。カミール曰く、「他のが味濃いから、一個ぐらい優しい味があった方が良いだろう?」とのことだった。気配り屋さんはしれっと手腕を発揮していた。

 主食はパンもご飯も用意してあった。好きな方を選んでくださいと言われて、各々好みの方を選んで用意して貰っている。なお、悠利はご飯派である。パンが嫌いなわけではないが、目の前の料理の数々を見ると、白いご飯が欲しくなったのだった。主にしぐれ煮のせいかもしれない。しぐれ煮はご飯に載せると大変美味しいのです。


「そんじゃ、いただきます」

「「いただきます」」


 何故か号令係にされていたカミールが首を捻りつつも音頭を取れば、あちこちで唱和する声が響いて食事が開始される。カミールはやはり納得いっていないのか、隣に座るウルグスに何で俺なのと問い掛けている。それに対してウルグスは面倒そうに答えた。


「どう考えても、今日の献立の調整したのお前だし、そういう意味では責任者だろ」

「えー、俺は適当に野菜料理用意しただけなのに」

「嘘つけ」


 不必要に目立つのや持ち上げられるのがあまり好きではないらしいカミールだった。ぶつくさと文句を言っているが、ウルグスは既にカミールを放置して食事に戻っている。美味しいご飯は出来たてを食べるのが正義です。

 そんな2人のやりとりを無視して、ヤックは身を乗り出して悠利の様子を伺っていた。その悠利はと言えば、ヤックお手製のコロッケをもぐもぐと食べているところだ。


「……ヤック、どうかした?」

「え、あ、うん。……えーっと、味、どうかなって」


 困ったように笑うヤックに、悠利はにこりと笑った。ヤックお手製のコロッケを手にしながら、優しい声で答える。


「美味しいよ。味付けに乾燥ハーブ入れた?」

「う、うん。入れた。前ユーリが作ってて、美味しかったから」

「ヤック、コロッケ上手になったよねー」

「えへへ。オイラ、コロッケ好きだもん」


 褒められて嬉しかったのか、ヤックが照れながらコロッケを口に運ぶ。それに誘発されたのか、見習い組の視線が一斉に悠利に向かった。俺のは?という感じだった。言葉にされない彼らの問いかけをちゃんと受け取って、悠利はにこにこと笑った。


「ウルグスのしぐれ煮も、マグのスープも、カミールの野菜料理も、全部美味しいよ。ウルグス、前は味付けが濃すぎたけど、今日のは丁度良いよね。マグも、相変わらず出汁の扱いすっごく上手だし。カミールは、全体考えて野菜料理追加していったの偉いと思うよ」

「よし!」

「……出汁、美味」

「よっしゃー、褒められたー」


 ぐっと拳を握って何かに勝ったみたいな感じのウルグス、自作のキノコスープを飲みながら幸せそうな雰囲気を出すマグ。カミールは若干棒読みのわざとらしさがあったが、それも照れ隠しだと思えば可愛らしいものである。いつも通り、悠利と仲の良い見習い組達だった。

 ちなみに、そんな風にわちゃわちゃしている子供達の姿を、他の面々が微笑ましく見ているのだが、彼は気づいていなかった。まとめて全員可愛らしく思われているのだが、知らぬが花だった。




 そんなこんなで、順調に料理を含めて家事の腕前が成長している見習い組たちであった。……身の回りのことが一通り出来てこそ一人前の冒険者なので、問題はありません。




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