半熟玉子のベーコンエッグ丼です。


「……ひよっこ」

「はい?」

「お主、こいつに何を作らせとるんじゃ」

「へ?」


 呆れたような顔をした錬金鍛冶士のグルガル親父殿に、悠利ゆうりはきょとんとした。呼び名がひよっこなのはいつものことなので気にしない。アリーを坊、ウサギ獣人の医者であるニナ先生を嬢と呼ぶ親父殿である。御年200歳越えの山の民の親父殿にしてみれば、悠利なんて多分未だに殻のひっついたひよっこなのだろう。

 なお、口は悪いし声はデカイが、グルガルは人情味溢れた職人のおやっさんである。ひよっこだの何だのと呼びながらも、悠利のためにオーダーメイドの錬金釜を作ってくれたし、こうして持ってくれば定期的にメンテナンスもしてくれる。頼りになる職人の親父殿なのであった。


「何って、……えーっと、調味料、ですかね?」

「………………ひよっこ」

「はい」

「何でお主は、ヒヒイロカネやオリハルコン製の特注錬金釜でそんなもんを作っとるんじゃぁああああ!」

「うひゃ!?」


 のほほんと悠利が答えた瞬間、怒声が響いた。でも多分、グルガルが怒鳴っても仕方ないのである。悠利の中で錬金釜は「材料を入れたら色んなものが作れるとても便利な魔法道具マジックアイテム」という認識で、更に言えば「これを使えば調味料が色々作れて便利!」でしかないのである。後にも先にもそれ以外の意味など考えていない。

 だがしかし、錬金釜と言えばハイスペック魔法道具マジックアイテムの代表格である。そもそも、使うには錬金の技能スキルを持っていなければならないし、当人の技能スキルレベルやセンスにも影響されたりするのだ。凄腕は凄いものを作るが、駆け出しは回復薬ぐらいしか作れないとか、そういう格差の広がる世界である。

 また、錬金釜そのものにも格差が存在する。グルガルは錬金鍛冶士であり、オーダーメイドで錬金釜を作製している。既製品の錬金釜に比べて、持ち主の性質を反映して調整して作るオーダーメイドの錬金釜は性能が良い。勿論値は張るが、それに見合うだけの性能を持っているのだ。

 そして、ここが重要なのだが、悠利の錬金釜はグルガルが作ったオーダーメイドであり、伝説の金属を材料に使用している。ヒヒイロカネもオリハルコンも、伝説級の金属である。見つけるのも難しいが、そもそもこの二つと適合率を叩き出す存在が数少ない。

 その数少ない存在の一人になっているのに、悠利は使い方を斜め上の方向にズレて突っ走っていた。


「そ、そんなこと言われても、僕別に仕事で錬金釜使ったりしないんですもん……」

「だからといって、何でそんなもんばっかり作っとるんじゃ!こいつが変な方向に調整されとるぞ!」

「変な方向?」

「……お主が作るものが調味料ばかりのせいか、『いかにして素材の旨味を逃がさずに作製するか』みたいな方向に走っとるわい」

「わー、凄い。つまり、美味しくなるってことですよね?」

「だから、錬金釜にそんなことを覚えさせるなと言っとるんじゃ!」


 キラキラと顔を輝かせる悠利に、グルガルは再び怒鳴った。だがしかし、怒鳴られても悠利は気にしていなかった。使えば使うほど持ち主の仕事を反映して学習していくらしい。何という素晴らしい魔法道具マジックアイテムだろうか。悠利の脳裏には、使えば使うほど油が染みこんで使いやすくなる鉄製の調理器具が浮かんでいた。卵焼き器とか中華鍋とか。

 錬金釜に搭載されている学習機能のようなそれは、使用者の使い方で色々と法則性が変わる。たとえば、回復薬の系統を作り続ける錬金術師の錬金釜は、徐々にその質を向上させ、回復力がアップしたりする。また、インゴットなどの作製を続ければ、より不純物の少ない上質なインゴットが作られるようになる。

 ……その素晴らしい性質で、最高級の素材で作られた悠利の錬金釜は、「入れた材料の美味しさを逃さず完成品に反映させる方法」をグレードアップしていた。栄養価とか味とかそういうものが向上するように頑張っているらしい。なんてこったい。

 悠利に何を言っても無駄と考えたのか、グルガルはぶつぶつと文句を言いながらも錬金釜の調整を行っている。親父殿は口は悪いが仕事第一の職人気質である。そして、使い方がどうであろうが、自分が作った錬金釜を大切に思っている。職人のグルガルにとって、錬金釜は我が子みたいなものなのである。


「グルガルさん」

「何じゃ、ひよっこ」

「お昼になっちゃいますけど、僕、何か作りましょうか?」

「んー、あるものは適当に使って良いぞ」

「はーい」


 既に意識の八割が錬金釜の調整に向かっているグルガルだ。返事はしているし会話も成り立っているのだが、半分以上上の空の返事であることを悠利は知っている。知っているが、これは毎度のことなので気にしない。ここで自分とグルガルの分の食事を作るのも、初めてではない。

 最初は、仕事に一生懸命で休憩を忘れているグルガルを気遣ってだった。アクセサリー職人のブライトもそうなのだが、職人の皆さんは集中するとついうっかり食事を忘れるらしい。作業が一段落して初めて空腹に鳴く腹の虫に気づく、みたいなことが多いのだ。家族と一緒に住んでいるものは家族がその辺を気遣ってくれるらしいが、グルガルやブライトのように一人暮らしだとついうっかりが多発するらしい。


「ルーちゃん、グルガルさんの邪魔にならないようにお掃除お願い」

「キュイ」


 今日も悠利の外出に護衛として同行していた従魔のルークスは、悠利のお願いにキリッとした顔で返事をして動き始めた。出先でルークスが掃除をするのもお約束になりつつあった。スライムのルークスにとってはエネルギー補給にもなるので一石二鳥なのである。

 ルークスを見送って、悠利は工房の奥にある居住スペースへと足を運ぶ。一人暮らしのグルガルは、家のスペースの大半を工房に振り分けている。二階に作ってある風呂と寝室はそれなりに広いらしいが、一階は八割が工房スペースだ。トイレと台所は奥の居住スペースにこじんまりと作られている。

 こじんまりとはいえ、一通りの作業が出来る程度には整えられている。一人暮らしの割に冷蔵庫が大きいのだが、中を開けて見れば冷やして飲むタイプの酒とつまみがごろごろ転がっているのがお約束だった。山の民の親父殿は飲兵衛なのである。


「えーっと、炊飯器の中にご飯は沢山あったし、後は食材あるかなー……」


 基本的に食事は外食で済ませているグルガルなので、冷蔵庫の中身に食材は少ない。それでも、小腹が空いたときに何かを食べるので、ちょこちょこ入ってはいる。今日は割とアタリの日とも言えた。


「卵にベーコン、キャベツと、トマトとキュウリもあるねー」


 使い切っても別に怒られないので、目の前の食材で何を作ろうかと悠利は考える。考えた結果、付け合わせにトマトとキュウリを使い、ベーコンエッグとキャベツで丼を作ることに決定した。理由、自分が何となく食べたくなったから。割とそんな感じで生きている悠利だった。

 作り方は至って簡単。ほかほかご飯の上にキャベツの千切りをこんもりと載せ、その上に半熟のベーコンエッグをトッピングするだけだ。味付けは塩胡椒や醤油などでお好みに。……手抜きとか言わないでください。半熟の黄身がとろんと絡んで割と美味しいのです。


「よし、じゃあまずはキャベツの千切りから」


 小さな台所では調理スペースも狭い。普段大きな台所で料理をしているのでちょっとやりにくく感じるが、置いてある調理器具が上質なのでプラスマイナスゼロみたいになっている。なお、何故一人暮らしでそんなに料理をしないグルガルの所有する調理器具が上質なのかというと、知り合いの職人から届けられるからである。試作品とか余分に作ったとかで、何だかんだで物々交換が成り立つらしい。

 なので、キャベツを切るために手にした包丁は、研いだばかりのように良い切れ味をしているし、その下で衝撃を受け止めてくれるまな板は、手応えが有りながらも変な反射が存在しない絶品であった。キャベツの千切りをするトトトトという音が軽快に響く程度には、質が良い。

 キャベツの千切りには太さの好みがあると思うのだが、悠利の好みは細めなので本日の千切りは細く細く作られている。お好み焼きを作るときはやや太い目に切って食感を残すのだが、千切りキャベツで食べるのならば細い方が好みな悠利であった。グルガルは基本的に出されたものに文句は付けないので、キャベツの太さでどうこうは言わないだろうという感じだ。

 切り終えたキャベツの千切りはボウルに入れておき、次はトマトとキュウリを準備する。トマトはヘタを取り、お尻の部分に汚れがある場合は少しだけ切り落とす。そうして食べやすいようにくし形に切って、皿に盛りつける。キュウリは乱切りにして塩で揉む。ボウルの中で少し時間をおいて、水が出てから皿に盛るのである。


「次はベーコンエッグー」


 取り出したフライパンを軽く熱し、そこにベーコンを並べていく。ジュージューと音をさせて焼けていくベーコンの匂いに食欲をそそられつつ、悠利は二人分の深皿にご飯を盛りつけていく。盛りつけたご飯の上に千切りキャベツを載せておけば、こちらの準備はオッケーだ。

 ベーコンの片面がしっかり焼けたのを確認すると、ぺろんとひっくり返して並べる。そして、そこに卵を落としていく。大きなフライパンなので、くっつかなように注意して二つのベーコンエッグを作る。熱に触れた卵の白身が、すぐさま透明から白へと変化していくのを見てから、フライパンの端にそっと水を入れて蓋をする。

 蒸気がぶわりと広がる。蓋の中でその蒸気が卵を蒸してくれているのだろうなとわくわくしながら、しばらく待ってみる。このタイミングが大切で、早すぎると白身が焼けていないし、遅いと黄身が完熟になってしまう。悠利の目的は半熟とろとろの黄身なので、火が入りすぎるのはダメなのだ。


「もうそろそろ良いかなー?」


 うきうきしながら蓋を開けると、そこには真っ白の白身と、その中心でうっすらピンク色を見せている黄身があった。良い感じだと笑顔になると、悠利はコンロの火を消していそいそとベーコンエッグをキャベツの上にするりと載せた。

 熱々のベーコンの熱に、キャベツが少ししんなりする。それもまた美味しさに繋がるので、悠利は気にしない。出来たてを食べるのが一番美味しいのだが、悠利にはもう一つ仕事があった。


「ルーちゃんの分~」


 ベーコンの残り脂を使って、余分に切っておいたキャベツの千切りをぱぱっと炒める。ベーコンの味が滲み出ているので、塩胡椒は控えめに。生野菜よりも野菜炒めが好きなルークスのためのご飯である。……なお、野菜屑などの生ゴミはルークスに処理して貰う予定である。いつもの。

 ちゃちゃっと作ったキャベツ炒めはお皿に盛りつけて、自分とグルガルが食べるトマトの隣にボウルから塩キュウリを移動させる。少し余ったので、それもルークスの皿へと盛りつけておいた。基本的に雑食のスライムなので、ルークスは何でも食べるのだ。

 大きなトレイに全員分の器を載せて、悠利は工房スペースへと移動する。工房スペースにはテーブルが幾つかあって、そのうちの一つには飲み物や小腹が空いたとき用のお菓子類などが置かれているのだ。そこにトレイを載せて、布巾でテーブルを拭いてからセッティングを開始する。

 二人分の昼食準備が整ったところで、悠利は相変わらず作業に没頭しているグルガルに声をかけた。


「グルガルさーん、お昼ご飯出来ましたよー」

「む?」

「お昼ご飯です」


 呼ばれて初めてそんな時間だったのかと気づく程度には、グルガルは職人だった。工房内の小さな水場で手を洗ってから悠利の元へとやってくる。その足下を、ルークスがぴょこんぴょこんと跳ねながら移動していた。自分も食事だと思ってやってきたらしい。賢いスライムは今日もお利口さんだった。


「ふむ。すまんな、ひよっこ。また作らせたか」

「いえいえ。僕もご一緒させてもらいますし」

「お前さんも、掃除をしてくれておったのか。助かる」

「キュイ」


 作業に集中しすぎて、ルークスが工房の掃除をしていることにすら気づいていなかったらしい。まぁ、これもいつものことと言えばいつものことなのである。

 席に着いたグルガルは、テーブルの上の料理を見て首を傾げた。ベーコンエッグもトマトとキュウリも彼には見慣れたものであるのだが、盛りつけ方が見慣れなかった。具体的に言うと、主食が見当たらないという意味で。


「ひよっこ、パンかライスは無いのか?」

「玉子の下です」

「は?」

「丼にしてみました~」

「……なるほど」


 悠利相手に細かいことを突っ込んでも無駄だと解っているので、グルガルはその一言で納得した。悠利の作る料理に外れがないのは、少ない回数ながら彼の手料理を食べているので知っている。

 いただきます、と呟く悠利と、口の中で祈りの言葉を捧げるグルガル。彼が信仰するのは山の神で、たとえ山から離れた王都に住んでいてもその信仰は失われないらしい。そんな二人の足下で、キュイと小さく鳴いた後にルークスがキャベツ炒めに突撃していた。うまうまと言いたげな感じでキュイキュイと鳴きながら食べる姿は実に愛らしかった。


「あ、塩胡椒とか醤油とかはお好みでお願いします」

「解った」


 がりがりとペッパーミルで胡椒をふりかけながら悠利が告げると、グルガルは彼が使い終えたペッパーミルを受け取りながら答える。胡椒を全面に振りかけた後に悠利がすることは、くるりと醤油をかけること。そして、そろっと箸で黄身の上部をめくり、こぼれないように気を付けながらそこにも醤油を入れた。溢れないように気を付けながら黄身と醤油を混ぜて、満足そうに笑っている。

 まず最初に、焼けたベーコンとぷりぷりの白身の部分を食べやすい大きさに切り、先ほど醤油と混ぜた黄身に絡めて口へと運ぶ。玉子の甘みとベーコンの旨味と醤油が混ざって、実に美味だ。美味しいと思わず顔が緩む。

 次は、ベーコンエッグの熱でしんなりとしたキャベツと一緒に、上から下までざくっと箸で一気に取って口へと運ぶ。玉子、ベーコン、キャベツ、ご飯と一緒に食べれば、それぞれの食感と味が混ざり合ってとても美味しい。ほどよくしんなりしたキャベツだが、所々シャキシャキ食感が残っていて、それがまた楽しいのだ。


「んー、美味しいー」

「ひよっこ」

「はい?」

「何というかこれは、ライスが減る食べ方では無いのか?」

「……炊飯器にライスはまだ残ってますよ?」


 えへ?と笑う悠利に、グルガルはため息をついた。ついて、そのままがつがつとベーコンエッグ丼を食べている。お気に召したらしい。ただ、お気に召したのは良いが、無駄に食欲を刺激されたらしい。まさかそこまでお気に召すと思わなかった悠利だった。


「あ、何でしたら、お代わり分のベーコンエッグ焼きますけど」

「頼む」

「了解です」


 職人気質の親父殿に何故か好評になったベーコンエッグ丼だった。悠利の申し出に返事をしながらも食べる手を休めないのだから、よっぽど気に入ったのだろう。手軽に作れるので、多分今後は自分でも作るんじゃないかなと思う悠利だった。




 なお、アジトに戻って「今日のお昼にベーコンエッグ丼食べたんだよー」と伝えた悠利のせいで、翌日の朝食にベーコンエッグ丼のリクエストが相次いだのはお約束です。




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