保護者は誰より過保護でした。

「貴方、何だかんだ言いながら、ユーリちゃんに1番甘いわよねぇ」

「ぁ?」

「え?アリーさん物凄く優しいですよ?」


 しみじみとした口調で呟いたオネェの一言に、アリーは面倒そうに眉間に皺を刻んだ。その隣で、新鮮生搾りフルーツジュースを飲んでいた悠利ゆうりは、何を当たり前のことを言っているのかと言いたげに口を挟む。

 そんな悠利を見て、レオポルドは楽しそうに笑い、アリーは苦虫を噛み潰したような顔になった。異なる三人の反応を見ながら、ドライフルーツを入れた甘い紅茶を楽しんでいたブルックは、我関せずと言いたげに目を伏せていた。関わると面倒になると思ったらしい。多分間違ってない。

 なお、レオポルドの発言に解りやすい反論をしない段階で、アリー本人も色々と自覚はあるのだろう。普段口うるさくアレコレお説教をしているとはいえ、アリーの立場は悠利の保護者である。悠利がうっかりやらかしたら尻ぬぐいやフォローに奔走し、常識外れに突っ走ればお小言とセットで常識を教え込む。彼の日常は愉快で天然な乙男オトメンのおかげで、以前より随分と賑やかになっていた。


「ふふふ。貴方が思っている以上に、この男は貴方に過保護なのよぉ?」

「……そうなんですか?」

「えぇ、そうよ。ねぇ?」

「……うるせぇ」


 心底楽しそうなオネェを相手に、アリーは面倒そうに唸った。彼は面倒見が良い気質であるが、そのことを面と向かって言われると嫌がるというタイプでもあった。当人は普通のことをやっているつもりなので、あえて褒められたり明言されたりするのが嫌いなのである。……そして、それが解っていておちょくるのだから、レオポルドもイイ性格をしている。流石は昔馴染みというところだろうか。

 なお、ブルックは相変わらず我関せずを貫いていた。アリーとレオポルドのやりとりなど、彼には見慣れた光景でしかない。唯我独尊なオネェがいつでも自由なのは今更である。彼にはそんなことより、眼前にあるふわふわのシフォンケーキ(生クリーム添え)の方が重要だった。

 大食堂、《食の楽園》の看板パティシエである末娘ルシアのケーキは、今日も絶品だった。遊びに来たレオポルドが土産として持参したのだが、相変わらず美貌のオネェはスイーツのチョイスも完璧だった。シンプルなシフォンケーキはそれだけにルシアの卓越した腕前がよく解る。ケーキがほんのり甘く、生クリームは牛乳の旨味を生かして殆ど甘くない。その絶妙のバランスに、終始ご機嫌なブルックであった。

 そんなブルックとは裏腹に、アリーは面倒そうに口を開く。顔にでかでかと「面倒くさい」と書いている感じだった。


「こいつが厄介ごとに巻き込まれたら、こっちまで迷惑するだろうが」

「そうねぇ。ユーリちゃんはお人好しだから、つけ込まれて大変なことになりそうよねぇ」

「……僕別にお人好しじゃないですよ?」

「嘘おっしゃい」

「嘘をつけ」

「それは嘘だな」

「……何も三人で畳み掛けなくても良いじゃないですかぁ……」


 異議有りと言いたげに自分の意見を悠利が口にした瞬間、打てば響くように三者三様のツッコミが入った。口調こそ違うものの、共通しているのは悠利の意見を一刀両断していることだ。マイペースな天然は、自分がお人好しだという自覚がなかった。ごく普通に生きているつもりだった。しかし、それは他者の基準では普通にお人好しなのである。

 しょんぼりと肩を落とす悠利であるが、この場合、どこからも助け船は出てこない。仮に、ここに他の仲間達がいたとして、全員が三人に同調するだけだろう。日本産の天然ほわほわは、異世界基準では誰もが認めるお人好しなのである。


「まぁ、実際問題、野放しにすると危なっかしいのは事実よねぇ」

「……えーっと?」

「貴方、色々やらかしちゃうのもあるけど、アリーが認めるぐらいに腕利きの鑑定持ちなんだもの」

「……?」


 しみじみとレオポルドが口にした言葉に、悠利は不思議そうに首を捻った。何のことかさっぱり解らなかったのだ。鑑定の能力が高くて何が問題なのか、と思ったのである。……なお、悠利の中で鑑定技能スキルの使い道は、食材の目利きだったり、仲間の体調管理だったりするので、使い方が色々と間違っている。世間一般の鑑定の使い方を認識していなかった。

 なので、大人三人が頷き合っている意味がさっぱり解らないのである。彼にとって鑑定は、あったら便利な能力程度だった。……多分、本気で鑑定系最上位技能スキルの【神の瞳】を保持していて喜んだのは、カレー作製に適したスパイスを教えてくれたときぐらいだろう。それぐらいしか、チート技能スキルを保持したことに感動していない悠利である。色々間違っている。

 悠利が理解していないことに気づいたのか、レオポルドが盛大にため息をついた。アリーは視線を明後日の方向に逸らしている。ブルックは目を伏せて、まるで何かを噛みしめるようにシフォンケーキを口の中に入れていた。色々と言いたいことを飲み込んだらしい。


「あのね、ユーリちゃん。腕の良い鑑定持ちは、色んなところが確保しておきたがるのよ?」

「え?そうなんですか?」

「そうなの。そもそも貴方、鑑定で出来ることの有用性、解ってないんじゃないかしらぁ?」

「……食材の目利きとか、皆の体調管理とかじゃなくて、ですか?」


 悠利は素直に、正直に伝えた。それはもう、正直に。彼にとっての鑑定技能スキルの使い方を正直に述べたのだが、それを聞いた瞬間にレオポルドが机に突っ伏した。無理も無い。


「全っ然違うわよ……。ちょっと、アリー!」

「何でもかんでも俺に振るな!」

「貴方、この子のそっち方面の師匠でしょうが!」

「こいつの認識がズレてんのまで、俺に言うな!」

「え、えーっと、あの~?」


 理不尽に怒られるアリーが反論するのも、それに対してレオポルドが言葉を重ねるのも、いつものことと言えた。二人の軽快に続く口論に、困ったように視線を行ったり来たりさせる悠利である。けれど結局何も出来ないので、大人しくジュースを飲むことにした。

 こくこくと、ちょっとぬるくなってしまったフルーツジュースを悠利が暢気に飲んでいる間に、舌戦は終了したらしい。両者共にぐったりと疲れたような風情であった。気力を取り戻すためなのか、アリーは紅茶に、レオポルドはシフォンケーキに手を伸ばした。

 ……ちなみに、その間ずーと傍観者よろしく無言を貫いていたブルックは、本日三切れ目になるシフォンケーキを堪能していた。胃袋の大きい甘党である。


「あのね、ユーリちゃん」

「はい」

「鑑定ってのは、毒物の鑑定から人物の鑑定、果ては相手が嘘をついているかまでも解るのよ?」

「はい」

「……その有用性が何で貴方には解ってないのかしら……」


 レオポルドの告げた内容を理解しているので、悠利は普通の顔で頷いていた。普通の顔で。……鑑定技能スキルの凄さがやっぱり解っていない天然マイペースであった。要人警護にも使えるし、相手を出し抜くのにも使える。使い方一つで下手をすれば国を取れそうなポテンシャルを秘めているという事実を、まったく気にしていなかった。

 大きなため息をついて困っているレオポルドを見ながら、アリーは小さく息を吐いた。ため息になりそうでならなかったそれに、悠利が不思議そうに首を捻る。


「早い話が、卓越した鑑定系の持ち主は、どこかしらに囲われる可能性があるってことだ」

「……ほぉ」

「お前、全然実感沸いてないだろ」

「すみません?」

「本当に、本当に、実感ねぇんだな?」

「痛い!アリーさん、頭痛いです!」


 やっぱりよく解っていないのでいつものノリで返事をした悠利は、アリーに頭を鷲掴みにされて痛いと訴える。ギリギリと多少なりとも力を入れているが、いつもよりは痛くないので、お説教というよりはツッコミの範囲なんだろうなと悠利は思った。概ね間違っていない。そういうところはちゃんと理解できるのである。普段は空気を読めないくせに。

 なお、悠利が何故こんなにもぽやぽやした状態で、緊張感が足りていないかと言えば、アリーのせいである。初っぱなにエンカウントしたアリーが、悠利の事情を全て理解した上で完璧な保護者様として存在しているので、身の危険を感じることがちっとも無いのだ。危ないことも運∞という能力値パラメータのお陰で存在しないので、危機感が育たなくても仕方ないとも言えた。

 そんな悠利の状況を正しく理解したのか、レオポルドはなるほどと小さく呟いた。悠利の頭を掴んだままでアリーが視線を向ければ、楽しそうに笑っている。痛いですーと訴えている悠利との対比で、アリーがどれだけ不機嫌そうでも奇妙にコントめいて映っていた。


「アリー、ユーリちゃんにそういう実感が無いのは、貴方のせいよ」

「はぁ?」

「だって、貴方、ユーリちゃんがそういうのと接触しないように、完全に排除してるじゃないのぉ。それじゃあ、ユーリちゃんが理解出来なくて当然よ」

「……ぐ」

「本当に、貴方は誰より過保護ねぇ」


 実に楽しげなオネェの発言に、アリーは言葉に詰まった。過保護過保護と連呼されると反論したくなるのだが、状況から反論しても全部叩き潰されてしまうのが解っているので何も言えなくなるのだ。小さく唸っているアリーの心中を解っているのかいないのか、ブルックがぼそりと「当たっているな」と呟くのだった。勿論即座に睨まれるのだが、慣れているのか当人はどこ吹く風である。

 アリーが悠利に対して過保護なのも、ややこしい相手を軒並み遠ざけているのも、自分の経験に由来する。今でこそ自分の立場を確立しているアリーであるが、その彼とて駆け出しの頃はそうはいかなかった。並外れた鑑定系能力の持ち主というだけで、面倒な相手につきまとわれたことも一度ではない。

 鑑定の上位技能スキルである【魔眼】。真贋士と呼ばれる職業ジョブに必要なその技能スキルは、保持者が少ない。鑑定持ちは多々いれど、【魔眼】持ちはそこまで多くはない。そして、【魔眼】持ちでもそれをしっかりと使いこなせるものは、更に少ない。

 その事実を踏まえれば、稀少な技能スキルを保持し、更にはしっかりと使いこなしているアリーが周囲に注目されるのも無理はなかった。幸いなことに彼は体格にも恵まれており、後衛職のくせに前線で大剣をぶん回すタイプだったので、身の安全は確保出来ていた。ブルックやレオポルドの助けもあり、比較的穏便に生活出来ていた方だろう。

 それでも、である。


「力で来る相手は力で追っ払えるが、そうじゃねぇ相手をどうにかするのは面倒だろうが」

「そうねぇ。偉いヒトに目を付けられると厄介よねぇ」

「俺ですら持て余したんだぞ?こいつがそんなのに捕まってみろ。考えるだけでも恐ろしいわ」

「確かに。……ただし、別の意味で」

「えぇ、そうね。……別の意味で」

「……あぁ、別の意味でな」

「はいぃ?」


 アリーの発言に、ブルックが静かに意見を付け加えた。真剣な顔だった。レオポルドもそれに乗っかり、アリーも同意した。そんな大人三人の発言に、悠利が首を捻っている。だがしかし、彼らに詳しく説明をするつもりはなかった。

 マイペースで規格外で、斜め上を常に突っ走るような天然小僧。それが悠利である。あげく、何故か無駄にハイスペックなのは皆が承知している。その悠利が、お偉方に捕まることになれば、どうなるか。もうこれは、幼児に伝説の武器を与えて好きに振り回させるぐらいの、危険さであった。考え無しにぶっ飛ばすこと間違いなしである。


「……うん。ユーリちゃんは、ここから勝手に出て行かないのよ?」

「え?僕、出て行く先とか無いんですけど?」

「そうね。お家に戻る以外で、アリーの側を離れちゃダメよ?お姉さんとの約束よ?」

「はーい」

「誰がお姉さんだ。お前は男だろうが」

「お黙りなさい」


 真剣な顔でレオポルドが言い出した言葉に、悠利は不思議そうに答えた。そう、元の世界に戻る手段が不明な状態で、悠利に余所へ行くという選択肢は存在しない。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は既に彼にとってお家である。頼れる保護者様のいるお家から出て行くわけがない。

 良い感じに話がまとまりそうだったが、美貌のオネェがしれっとぶっ込んだ「お姉さん」という単語に、アリーが半眼でツッコミを入れていた。それに対して打てば響くように叱咤の言葉を投げつける程度には、レオポルドも通常運転だった。そこから始まる口論も、いつものことであった。


「……まぁ、ここにいるなら、アリーが防波堤になる。お前はまだ子供だ。護られていれば良い」

「防波堤、ですか?」

「そうだ。アリーがお前の保護者である以上、冒険者ギルドも、鑑定士組合も、煩い貴族連中も、お前に手を出すことはないだろう」

「そうなんですか?」

「……あぁ。アリーを敵に回すほどの大馬鹿がいるなら、叩き潰すだけだがな」

「……はい?」


 撫で撫でと悠利の頭を撫でながら、ブルックがしれっと恐ろしいことを言い放った。しかし、ひっそりと放たれた殺気に気づける悠利ではないので、今のどういう意味かなぁ?とのほほんと考えているだけだった。後、ブルックさんの手は大きいなぁとか考えていた。ぶれない。


「ユーリ」

「はーい」

「とりあえず、もしも変なのが接触してきたら、すぐに知らせろよ?」

「了解ですー」

「後、外出するときはルークス連れてけ」

「はい」


 今はアジトのお掃除に勤しんでいる従魔の名前を出されて、悠利は素直に頷いた。愛らしい見た目のルークスは、超レア種のエンシェントスライムの変異種で、更に名前持ちネームドというトリプルパンチな規格外である。温厚な性格だが悠利が大好きなので、悠利に近付く悪者は全て退治してくれるだろう。実に頼りになる護衛である。

 にこにこのほほんと笑っている悠利を見て、アリーは盛大にため息をついた。どれだけ苦言を呈しても、当人がほわほわとしているので心配は尽きないらしい。保護者は辛いよ。


「大変だな、お父さん」

「大変ねぇ、お父さん」

「俺は子持ちになった覚えはねぇええええ!」




 楽しそうにおちょくる友人二人に、アリーは腹の底から絶叫した。でも、誰が見てもお父さんなので仕方ないと思います。




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