とろーり半熟玉子入りのカレーパン。


「と、いうわけなんで、カレーパンに半熟玉子入れてください」

「……君なぁ……」

「はい?」


 もっしゃもっしゃと照り焼きサンドを食べながら、悠利ゆうりはいつもののほほんとした風情で宣った。言った当人はそれで満足なのか、パン屋の照り焼きサンドに舌鼓を売っている。ちなみに、今日は数日に一度ある悠利の休暇である。気付いたら連日家事をしているので、強制的に休みを取らされるのはお約束だ。そして、その休みに悠利はあちこちで外食を楽しんでいた。

 このパン屋は基本的に持ち帰りを想定した店であるが、店の隅っこにイートインスペースがあり、飲み物も販売してくれている。なので、今の悠利のように、買ったパンをその場で美味しく食べる人もいるのだ。喫茶店ほど大きくはないので、本当に軽く食べる程度だが。

 そんなわけで、美味しいですねーと暢気に笑う悠利であるが、言われた方はそうはいかない。ため息をつきながら額を押さえているのは、このパン屋の店主であるおじさんだった。

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に毎朝パンを届けてくれる馴染みのパン屋のおじさんである。悠利とも面識はある。彼のアイデアを活用して、新しいパンを売りに出したりしている。そして同時に、悠利に無茶ぶりされても、頑張って美味しい惣菜パンを作ってくれる優しいおじさんでもあった。いや、一応売りに出せると判断したから頑張ってくれているのだけれど。

 今悠利が食べている照り焼きサンドも、そんなこんなで追加された商品の1つだった。みりんが販売されるようになり、照り焼きという料理が広がっているので、人気も高いらしい。甘辛い味付けはご飯にもパンにも合うので、やはり照り焼きは正義ということだろうか。

 それはともかく、本日の悠利のリクエストである。


「カレーパンは売れ筋商品だが、そこに半熟玉子って、どうやって入れろと言うんだ」

「……どうやるんでしょう?」

「こら」

「いえ、食べたことはあっても作ったことはなかったので」


 首を傾げて呟いた悠利に、パン屋のおじさんがツッコミを入れる。作り方も解らないのにいきなりぶん投げるのはやめて欲しいと思うおじさんだった。カレーパンのときは、何だかんだで簡単な手順ぐらいは説明していたのに、今回は完全に丸投げの気配なのである。困った天然だった。

 ちなみに、カレーパンは悠利がカレーを作った数日後には、パン屋に突撃して作って貰っていた。ご丁寧に、カレーパンに詰めこむのに丁度良い固さのカレーを作ってまで、である。カレーパンは食べたかったが自分では作れないので、プロに頼ろうとした悠利。その判断は間違っていないが、美味しい食べ物に関してだけ無駄に行動力を発揮するなと皆がツッコミたいところである。

 なお、カレーパンは中身のカレーを何種類も用意して、色々なバリエーションが作られている。極端に言えば、中の肉が違うだけで味わいが異なるので、それぞれ人気なのだとか。若い男性客に人気なのはやはりバイソン肉のカレー入りらしい。牛肉と同じ位置づけのバイソン肉なので、ビーフカレーよろしくパンチが効いているのだった。


「そもそも、カレーと玉子って合うのかい?」

「合いますよ?ゆで玉子でも、温泉玉子でも、スクランブルエッグでも、オムレツでも、目玉焼きでも、美味しいです」

「そ、そうか……」


 たたみかけてくる悠利に、ちょっと引いてしまうパン屋のおじさん。悠利に悪気はないのだが、美味しいは正義を地で行っているタイプなので、こういうときは妙に張り切ってしまうのだ。そして、その悠利の脳裏では、カレーにトッピングされた様々な玉子が浮かんでは消えていた。

 固ゆで半熟問わずに、切り分けられたゆで玉子にカレーを付けて食べる。とろとろとした温泉玉子をカレーの上に落とし、混ぜてまろやかさを増やして食べる。シンプルな味付けのスクランブルエッグをカレーライスと一緒に口に入れる。牛乳で柔らかさを増やしたふわふわとろとろのオムレツの、焼けた部分ととろりとした部分をカレーで味わう。目玉焼きの白身と黄身をカレーと混ぜて食感の違いを楽しむ。そのいずれも、美味しいと悠利は知っている。

 ゆえに、カレーと玉子の相性は良いと力説するのである。……魔改造民族日本人は、カレーが好きである。悠利もその礼に漏れずカレーが好きなので、美味しいを主張することにためらいはなかった。少しは躊躇えとか言わないでください。今更です。


「しかし、どうやって作るのか解らないのを言われてもな……」

「そうですねぇ……。確か、半熟のゆで玉子作って中に入れてるのとかあったような……?」

「それ、カレーパンに火を入れるときに固くならないかい?」

「ですよねー。でも、生卵入れるのはそれはそれで大変そうだし……?」


 うーんと唸る悠利に、パン屋のおじさんも同じように唸っていた。美味しいのは解っていても、どうやって作れば良いのか解らないのが困りものである。

 それでも何とかしたいと考えて、うんうんと二人で一生懸命考え込むのであった。




 それから数日後。

 何だかんだと試行錯誤を繰り返した結果、半熟玉子の入ったカレーパンが完成した。パン屋のおじさんに作り方を聞いたが秘密と言われたので、じゃあ色んなカレーで作ってくださいとお願いする程度には、悠利は食べたいだけだった。そもそも、自分でパンが作れないので仕方ない。

 え?料理が出来るならパンぐらい作れるんじゃないか?本格的なパンを作ったことがないので、無理なのです。悠利に出来るのは、ホットケーキミックスを活用したお菓子作りだったりする。その延長でパンっぽい何かを作ったことはあるが。つまり、便利なホットケーキミックスさんが存在しないと作れないのだ。ホットケーキミックス強い。

 そんなわけで、悠利はパン屋のおじさんが頑張って作ってくれた、半熟玉子入りのカレーパンを大量購入して戻ってきた。本日のおやつである。カレーパンがそもそも好評なので、きっとこれも喜んでもらえるだろうなーと思いながら帰宅だった。


「ただいまー、おやつのカレーパン買ってきたよー」

「「カレーパン!」」


 悠利が食堂に顔を出すと、今か今かと待ちわびていたのだろう面々が、顔を輝かせて叫んだ。見習い組達は席を立って悠利の側へと走ってくる。愛用の学生鞄(恐らくこの世界でも類を見ないほど高性能な魔法鞄マジックバッグになっている)にカレーパンを詰めこんでいた悠利は、まとわりついてくる見習い組達に嫌な顔一つせず、飲み物用意してねーと暢気に頼んでいる。

 悠利に頼まれた見習い組達は、揃って台所へと走って行った。飲み物が入った入れ物を冷蔵庫から取り出すヤックに、協力して人数分のグラスを用意するウルグスとカミール。マグは氷を用意していた。……美味しいものを早く食べたいので、連携が完璧すぎる四人だった。彼らはカレーパンが大好きだった。


「しかし、何でまたカレーパンなんだ?定番メニューだろうに」

「これ、新作のカレーパンなんです」

「……お前、この間パン屋に出掛けてたのは、そのせいか?」

「はい」

「…………はぁ」

「アリーさん?」


 盛大な溜息をついたアリーに、悠利は首を捻っていた。だがしかし、アリーの脳裏には「どうせこいつが無理難題頼んだんだろうから、今度ちゃんと謝罪してこよう」という考えが浮かんでいた。一応新作メニューに協力したことにはなるが、無理難題を頼んだのは事実なので否定できない。保護者は辛いよ。

 とはいえ、アリーもカレーパンは別に嫌いではないので、悠利にどうぞと手渡されて素直に受け取った。時間停止機能が付いている魔法鞄マジックバッグに入れておいたので、出来たてほかほかである。熱々のカレーパンは美味しいが、同時に食べるのに注意しなければならないので、皆に手渡しながらそのことを伝えている悠利だった。


「ねーねー、ユーリ。このカレーパン、何が新作なのー?」

「具材が違うのは、もうあらかた出そろってるよな?」


 熱々のカレーパンを手にしながら、冷ますようにふーふーと息を吹きかけながらレレイが問い掛ければ、許可が出たら今すぐ囓りそうな状態でクーレッシュが重ねてくる。そんな二人の前の席に座りながら、悠利はにこにこと笑った。とても嬉しそうな笑顔だった。

 食べたいなと思っていた半熟玉子入りのカレーパンが食べられるとあって、悠利の機嫌はとても良かったのだ。普通のカレーパンも好きだが、半熟玉子が入っているのはマイルドになってまた格別なのである。カレーのスパイシーが苦手なお子様にもお勧め出来る一品だ。

 そんなわけで、悠利は眼前の二人に説明を開始する。ちなみに、その説明は周囲の面々も聞いているのだが。いつもと同じに見えるカレーパンの、何が違うのか気になる一同だった。


「このカレーパンの中には、半熟玉子が入っています」

「「半熟玉子?」」


 何でそんなものを?と言いたげな一同だった。しかし、悠利は気にしない。だって彼はそれが食べたかったのだから。


「カレーと玉子の黄身が混ざってまろやかになるし、これはこれで美味しいんだよ」

「へー。そうなんだー。ゆで玉子載せたのは美味しかったよねー」

「そうだな。玉子の黄身がどうなるのかは解らないけど、まぁ、ユーリがそう言うなら美味しいんだろうな」

「そうだねー。……早く冷めないかな」

「……頑張れ」


 ぼそりとレレイが呟いた言葉に、クーレッシュが励ましの言葉をかけた。猫獣人の父親から猫の性質を受け継いでいるレレイは、猫舌だった。大食い肉食女子という腹ぺこキャラなのだが、彼女は猫舌なので、熱いものはなかなか食べられないのだ。カレーパンも熱々なので、冷めるのを待たなければならないという切なさだった。

 何が切ないのかと言えば、説明が終わったとたんに皆がカレーパンを食べ始めているからだ。レレイの周りに居る悠利とクーレッシュも、あーんと口を大きく開けてカレーパンにかぶりついている。一人待ちぼうけのレレイがしょんぼりするのも無理はなかった。

 そんなレレイを不憫とは思っても、やはり温かい間に食べたいと思うのが人の常。悠利もクーレッシュも熱々の半熟玉子入りカレーパンを美味しく食べていた。

 パン粉をまぶしたパン生地の表面はカリカリしていて、内側はもっちりとした食感。それを引き立てるのは、スパイスの効いた少し固く作ってあるカレーだ。肉はビッグフロッグの肉を使っているらしく、イメージするならば鶏もも肉のチキンカレーだ。

 それだけでも十分美味しいのだが、今回はそこにもう一つ、半熟玉子の味が加わる。どうやって作ったのかは解らないが、しっかりと火の通った白身と、囓った瞬間にとろりとこぼれ落ちる半熟の黄身がなんとも言えない味わいを加えてくれている。カレーの辛さを玉子の黄身がまろやかに変え、口の中に優しく広がっていく。


「うん、美味い。優しい味になるな」

「だよねー。美味しいー」

「……うー」

「……レレイ、俺とユーリを恨めしげに見るな」

「半熟玉子の黄身も熱いから、冷めるの待った方が良いよ?」

「うぐぐぐぐ……」


 唸っているレレイに対して、クーレッシュも悠利も容赦が無かった。しかし、彼女が猫舌だと解っているからこその忠告なのである。猫舌が無理に熱いモノを食べて火傷をしたら、後が大変だ。レレイもそれが解っているので、唸るだけに留めていると言えた。彼女なりに必死に耐えている。一応。

 食べられないレレイを残して、皆は美味しそうに半熟玉子入りのカレーパンを食べていた。大人も子供も関係なく、皆が美味しいと言いながら食べている。流石、カレーパン。大人も子供も男も女も虜にする魔性のパンである。素晴らしきかな、カレー。

 特に、ヤックやカミール、アロールといった年少組が、幸せそうに食べていた。不思議そうに悠利に視線を向けられた三人は、きょとんとして、次の瞬間に三者三様の反応をした。ヤックは顔を輝かせ、カミールはぐっと親指を立て、アロールは面倒そうにそっぽを向いた。


「えーっと、ヤックとカミールは美味しいってのは解るんだけど、アロールその反応何……?」

「……別に」

「いや、別にって……」

「心配いらないぞ、ユーリ。いつものカレーパンより辛さがマシで美味しいって言ってたから」

「カミール!」


 もっしゃもっしゃとカレーパンを食べながらカミールが説明すると、噛み付くようにアロールが叫ぶ。そんなアロールを見ても、カミールはひょいと肩を竦めるだけだった。


「何だよー、事実だろー」

「君はいつも一言余計なんだ、バカ!」

「お前は変なところで意地張ったり、格好つけたりしすぎ。別に、お前や俺らが辛いの苦手でもおかしくないだろ」

「……っ」

「ってわけで、お子様組の俺らは、半熟玉子入りカレーパン大歓迎だぞ、ユーリ」

「あー、うん。何か色々事情も解った。ありがとう、カミール。でも、あんまり暴露するの止めてあげてね。アロールが可哀想だから」

「へーい」

「気のない返事をするな!」

「ほいほい」


 軽くあしらわれているアロールが低くうなっているが、カミールは気にしていなかった。ヤックはちょっと心配そうに二人を見ていたが、特にそれ以上喧嘩になりそうになかったのでカレーパンに意識を戻している。そんな三人を見て、悠利は困ったように笑った。大人びた僕っ娘は、今日も子供扱いされるのが苦手らしい。それが解っていてからかうのだから、カミールもイイ性格をしていると言えた。


「美味しい!」

「あ、レレイもう食べて大丈夫だった?」

「半分に割って冷ましてみた!これ、玉子入ってるのも美味しいね、ユーリ!」

「食べられて良かったねー。玉子とカレーの相性良いでしょー?」

「うんうん。美味しい!……だから、今度カレー作るときは、玉子もセットで食べたいなぁ」

「あははは。流石レレイ。抜け目無いねぇ」


 ちらっと上目遣いでお願いしてくるレレイに対して、悠利はにこにこと笑った。美味しいご飯が大好きな大食い女子は、抜かりなかった。悠利の性格を彼女はちゃんと知っている。こうやってお願いしたら、快く了承してくれるのだ。だって、悠利は誰かが喜んで食べてくれるのが、何より好きなのだから。


「それじゃ、今度カレーを作るときは、色んなトッピングも用意するよ。玉子だけじゃなくてね」

「やった!流石ユーリ!」

「玉子以外って何があるんだ?」

「んー?色々ー?バターコーンとか、茹でた野菜とか、コロッケとか、カツみたいな肉系とか?」

「おー、そりゃ楽しそうだな」

「そうだねぇ。トッピング大量のカレーパーティーとかも楽しそうだよね?」

「「やって」」

「二人とも、そういうときは息ぴったりだよね」


 がしっと悠利の右手と左手をそれぞれ掴んで、クーレッシュとレレイが素晴らしいハモりを披露した。性格は正反対なのに、時々こうやって息ぴったりになる友人達に、悠利はやはり楽しそうに笑うのだった。この平穏で楽しい日常が大好きだったので。




 なお、半熟玉子入りカレーパンは通常のカレーパン共々人気商品となり、パン屋の定番商品になり、お客さんを喜ばせるのでありました。




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