肉後載せでも美味しいカレーライス。


 カレー、それは多くの人々を魅了する魅惑のスパイス料理である。

 発祥の地であるインドからイギリスに伝わり、なんやかんやあって日本にも伝来した素晴らしく料理。今や、日本人にとてつもなく馴染み、インド発祥の筈が日本人のソウルフードになってるんじゃないか?みたいな疑惑のある料理。それが、カレーだ。

 え?大袈裟?いえ、大袈裟じゃないと思います。少なくとも、カレーライスが嫌いな子供はあんまりいないと思います。子供向けの甘口カレーに、戦隊ヒーローとか変身ヒロインとかのパッケージがされてる段階で察して良いと思われます。カレーは日本人に人気の料理です。異論は認めない。

 さて、そんな日本人に大人気のカレーだが、この異世界でも大人気だった。王都ドラヘルンでは、庶民のちょっとした贅沢という扱いでカレーが広がっている。何故かというと、悠利が錬金釜でカレールーを作ってしまったからだ。ハローズの店で販売されているカレールーは大人気だった。

 そんなわけで、カレーである。

 ハローズの店で買っても良いのだが、悠利はよほど急ぎではない限り、カレールーに関しては自分で材料を購入して作製している。作製すると言っても、錬金釜に材料であるスパイスや小麦粉などを放り込んでスイッチを入れるだけだ。手間は殆どかからない。なので、人数が多いこともあってカレールーは材料を自分で購入して自作している。店で販売されているのは、どうしても手間賃が含まれるのでちょっと割高になるのだ。そこはむしろちゃんと手間賃を含めて作業をしている皆さんに分配されるのが正しい形なので、特に文句は無い悠利である。

 なお、悠利がカレールーを自作するのは、スパイスの配合をちょこちょこ変更して、違う味を試してみたりする為でもある。ただし、悠利にカレーの知識はないので、最強の鑑定チートである【神の瞳】さんを活用しつつ、であるが。


「今回は、肉無しカレーを作ってみようかなー」


 カレーは皆が大好きな料理だ。毎回毎回、大鍋に作ってもほぼ一回で無くなってしまうほどである。悠利としては、一晩寝かせたカレーが食べたいと思うのだが、だいたいそれは当たらない。夕飯に作ったカレーは、夕飯で食べ尽くされるのが常である。作ったら作っただけ食べ尽くされるカレーの魅力、恐るべし。

 普段は基本的に肉入りカレーを作っているし、その中の肉も色々なバリエーションを作っている。基本の人参、ジャガイモ、タマネギという組み合わせ以外にも、キノコやナスを使ってみたりしている。だいたい、どのパターンでも美味しいと太鼓判を押されるので、カレールーの力凄いなと思っている悠利である。

 そんなわけで、今回はちょっと気分を変えて肉無しカレーである。というのも、本日の夕飯メンバーには、肉食大食らいが少ないからだ。肉が無いとしょんぼりするタイプのレレイや、しれっと3杯は食べるブルックもいないのだ。そうなると、気分を変えて肉無しカレーにしても良いかな?と思った悠利であった。

 ……悠利としては、肉の無いカレーもそれはそれで美味しいと思っているのだ。カレーに肉の脂が混ざらないので、冷めても脂っぽくならないし。別に肉が無くても、肉を後載せ別枠にしても、カレーは美味しく作れるのだし。


「とりあえず、マグは何も言わないだろうし」


 出汁の信者は肉の有無より出汁の有無にこだわるので問題はない。というか、肉無しで作ることを選択した段階で、コクや旨味を出すために顆粒だしを使う予定なので、むしろそっちで目を輝かせる可能性はあった。

 というか、下手をすると通常より出汁増量となるカレーに反応する可能性もある。だがしかし、それを気にしていては何一つ料理が出来ないので、あえて気にしない悠利だった。というか、気にしても無駄というのが正しい。隠し味レベルの出汁に反応するマグなので、どうにも出来ないのである。

 今日は見習い組達もマグを除いていないので、喧嘩も起こらないだろうという考えもあった。マグは基本的に出汁に突撃するが、大皿でも無い限り、他人のものに手は出さない。……唯一の例外がウルグスだが、それはまぁ、ある意味じゃれ合いのようなものなので、皆も気にしないことにしている。

 夕飯の人数が少ないので、そこまで大量に作らなくても良いかなと思う悠利だったが、やっぱりいつも通りに作ろうと考えた。肉食大食らいは減っているが、出汁に反応する出汁の信者一人でお釣りが来る可能性がある。足りないのは何より困る。


「……夕飯準備?」

「あ、マグお帰り。うん、夕飯の準備しようか」

「諾」


 色々と考えていた悠利の耳に、小さな声が聞こえた。振り返れば、先ほどまでいなかった筈のマグがそこに立っていた。本日の課題を終わらせてきたらしい。流しで丁寧に手を洗って拭いてから悠利の側に寄ってきて、じーっと見てくるマグであった。……何故か、人間を相手にしていると言うよりは、猫を相手にしている気分になる悠利だった。あながち間違っていないかも知れないマグであるが。

 理由は、自分から近寄ってくるくせに、こちらが手を伸ばすとさっさと離れていくという習性だったりする。自分からちょっかいをかけたり側に来るくせに、構われるとそれはそれで嫌なのか距離を取るのだ。気まぐれさんなのである。


「……カレー?」

「うん、今日はカレーライスにしようかなって思って」

「カレー、美味」

「あはは、カレー美味しいよねー」

「美味」


 こっくりと頷くマグの反応に、悠利もにこにこと笑う。……ちなみに、マグは確かにカレーのスパイスの美味しさを認めてはいるが、大前提として、悠利が作製しているカレールーに少量の出汁が含まれているという事実がある。そう、カレールーには出汁が含まれているのだ。その段階で、出汁の信者が認めないわけがない。大変解りやすいマグさんだった。

 そんなわけで、二人はカレー作りを開始する。まず最初にするのは、1番大切なタマネギの作業だ。タマネギをじっくり炒めて飴色にしたカレーは、とても美味しい。皮を剥き、適当な大きさに切ったタマネギを大鍋にぽいぽいと入れる悠利の隣で、マグは黙々と人参の皮剥きをしていた。皮剥き器万歳。

 大鍋に入れたタマネギに、くるくるとオリーブオイルをかける悠利。そうして、蓋をして弱火にかける。本当はつきっきりで炒めるのが良いのだろうが、他にすることもあるので、悠利はこうして蓋をして弱火で時々様子を見るようにしている。何しろ、カレーだけを作っておけば良いと言うわけではないのだから。

 メインディッシュはカレーライスだとしても、サラダぐらいは作らなければバランスが悪いと思う悠利である。マグが人参を乱切りにしてる隣で、ひたすらキャベツを刻んでいる悠利だった。目にもとまらぬ早業のキャベツの千切りである。今日も料理技能スキルは絶好調だった。


「ユーリ」

「ん?どうかした、マグ?」

「肉」

「今日はお肉は別で」

「諾」


 すっと悠利が塩胡椒の下準備を終えていたオーク肉の薄切りを手にしてやってきたマグであるが、悠利の返事を聞いて大人しく肉を冷蔵庫に戻した。カレーに肉が入ろうが入らなかろうが気にしない。そんな態度であった。実にマグらしい。

 タマネギがしんなりと透明になり、更には僅かに飴色に近づいてきたら、そこに水を入れる。人参とジャガイモを入れることも考慮して、八分目よりまだ少ないぐらいにしておく。溢れたら大変である。

 鍋が沸騰するのを待つ間に、悠利はサラダ用のキュウリと人参を千切りにしている。その隣で、マグはジャガイモの皮剥きに励んでいた。何だかんだでカレーを作るのにも慣れてきているマグだった。段取りを把握してくれる相手と料理をするのはとても楽ちんである。

 そして、鍋が沸騰したのを見て、悠利はある調味料を取り出した。瞬間、マグの目が光った。……光ったが、悠利に「ジャガイモお願い」と言われると、大人しく作業に戻った。自分の仕事はちゃんと理解しているマグだった。

 悠利が取り出したのは、顆粒だしの鶏ガラだった。パラパラと鍋の中へと入れていく。今回は肉を入れないので、旨味やコクのためには顆粒だしを入れるのだ。肉の成分の代わりなので、使うのは鶏ガラの顆粒だしにしたのだ。ちなみに、マグが大人しく引き下がったのは使っている出汁が鶏ガラだからである。これが昆布出汁だった場合は、多分鍋に齧り付いただろう。


「後は……、明日は皆休みだって言ってたから、使っても良いかな……」


 鶏ガラを入れて深みを出しても、それだけでは今ひとつコクが足りないので、悠利はもう一つ加えることにした。普段ならば、翌日も外に出かける皆を考慮して使うのを控える食材、にんにくを取り出した。皮を剥き、おろし金で丁寧にすりおろす。


「ユーリ、肉?」

「ううん。カレーに入れるんだよ」

「にんにく……?」

「すりおろしたにんにくを入れると、味が深まるんだよねー。いつもはほら、次の日に人に会うと解ってると、使いにくいでしょ?」

「……?」

「にんにくの匂いは残るからねー」


 そういうものか?と言いたげに首を捻っているマグに、悠利は苦笑しながら返事をする。そう、にんにくは美味しいが、同時に匂いが強烈だ。カレーのスパイスも強烈だが、口の中に残り続けるという意味では、きっとにんにくの方が上だろう。その為、悠利は普段あまりにんにくを使わないのだ。

 けれど、明日は休みだと皆が言っていたので、今日は使うことにしたのだ。鶏ガラとにんにくのすりおろしで味に深みをつけたカレーは、きっと、肉が入っていなくても美味しく仕上がるに違いない。妙な確信を持っている悠利だった。

 人参に火が通った頃合いでジャガイモを放り込み、ことこと煮込む。ジャガイモが柔らかくなったら、カレールーを加えて味を調節する。カレーは、材料さえ揃っていれば簡単に作れる料理でもあった。……ただし、大鍋にどかんと作ろうと思うと、野菜を切るだけでも一苦労なのだが。それを考えると、カレーが楽とは言い切れなかった。ましてや、この大鍋が一食で食べ尽くされる可能性があるのだから。

 その後、サラダを作り上げ、皆がお代わりをして良いように大量にご飯を用意し、夕飯直前に塩胡椒をしたオーク肉を焼くという感じに、全ての準備を終わらせた二人だった。なお、味見でカレーを食べたマグが、しれっとお代わりしようとしたのを食い止めるのに大変困った悠利だったことも、告げておこう。……鶏ガラでも出汁なので、美味しかったらしい。


 そして、夕飯の時間になった。

 肉食大食らいチームがいない夕食は、ほんの少し静かだった。何しろ、おかず争奪戦が起きないのだから。それでも、今日の夕飯はカレーライスで、皆がうきうきしているのが悠利にも良く解った。


「今日のカレーには肉が入っていないので、別で焼いてある肉を一緒に食べるか載せるかしてくださいね」

「美味」

「マグ、待って。まだいただきますしてないから、待って」

「……美味?」

「スプーン咥えないの!」


 悠利が説明している隣で、出汁増量カレーの誘惑に勝てなかったらしいマグが、もぐもぐと口を動かしながら食べていた。悠利のツッコミに、スプーンを咥えながら首を傾げるマイペース。天然マイペースの悠利にツッコミ役をさせることが出来る辺り、マグは何だかんだで強かった。

 そんな風にわちゃわちゃしながらも、とりあえずいただきますと皆で唱和して、食事が始まる。肉無しカレーに異論は出なかった。別で肉が用意されているならそれで問題無いとでも言いたげだ。そもそも、カレーは十分味が濃いので、肉が無くても良いのでは?みたいな面々もいるだろう。

 美味しい美味しいとあちこちから聞こえる声に笑顔になりながら、悠利もカレーに手を伸ばした。鶏ガラとにんにくの入った肉無しカレーは、肉入りとはまた違う、あっさりとしてながらもカレーのスパイスにコクと旨味が加わった味わいだった。肉が無くとも問題無く美味しかった。


「ユーリくん」

「はい?」

「今日のカレーは何故、肉が入っていないんですか?」

「カレーって、別に絶対肉を入れないと駄目なわけじゃないので」

「そうなんですか?」

「はい。肉無しとか、魚介類が入ってるのとか、色々ありますけど」


 肉が入っていないおかげか、いつもより速いペースでカレーを食べていたジェイクの問いかけに、悠利はけろりと答えた。そう、カレーは色んなバリエーションがあるのだから、肉に拘る必要は無い。その返答に、なるほどとジェイクは頷いた。

 頷いて、そして。


「今度、イレイスがいるときに、魚介入りを作ってあげたら喜ぶんじゃないですか?」

「あ」

「あの子は魚介類が好きですからねぇ」


 のほほんと笑うジェイクの言葉に、そうですねと悠利も笑った。人魚のイレイシアは海育ちなので、魚介類が大好きだ。シーフードカレーを作ったら、きっと顔を輝かせて喜んでくれるだろう。素晴らしいアイデアに、悠利はジェイクに素直に感謝した。

 なお、そんな二人のやりとりを目撃した一同が、驚いた顔をしていた。ダメ人間代表のジェイク先生が、誰かの役に立つマトモなことを言っていたので、信じられなかったらしい。そういう扱いをされるのも、普段の言動が言動なので、自業自得である。

 そんな周囲の中でただ一人、黙々とカレーライスを食べているのがマグだった。出汁増量カレーは、彼のお口にあったらしい。気が向いたときにレベルでオーク肉を食べつつ、その小さい身体のどこに入るのか不思議なほどにカレーをお代わりするマグだった。

 それに釣られたわけではないだろうが、他のメンバーも美味しいカレーに舌鼓を打ち、何だかんだで大鍋のカレーは殆どがその日の間に無くなってしまうのだった。




 なお、肉食大食いメンバーが帰還して、不在時にカレーが作られたことを物凄く悔やんでいたので、近日中にまたカレーを作ることになりそうだなぁと思った悠利であった。カレーライスは大人気なのでありました。




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