白だしで、香ばし美味しい焼きおにぎり。
その日
「そうだ。おにぎりにしちゃおう」
名案だ、と悠利は顔を輝かせた。おにぎりにして机の上にでも置いておけば、きっとお腹を空かせた誰かが食べてくれるに違いない。そういう意味では、残飯の行方を心配しなくて良いのが《
そうと決まれば準備に取りかかろうと悠利はうきうきと動き出した。……なお、単純に塩を混ぜただけのおにぎりだとつまらないという考えに至ったので、今から悠利が作るのは焼きおにぎりになる。ただし、一般的にイメージされる、おにぎりに醤油を塗って焼く、というのとは違うタイプを作る予定だった。
と、いうのも……。
「白だしー、白だしー。後は、胡麻と、鰹節とー、青じそー」
そう、先日みりんを手に入れて錬金釜を使って、めんつゆと白だしを作りだしたからだ。合わせ調味料は大変便利である。主婦の皆様に大人気だが、それ以上に悠利がうきうきしていた。お手軽に美味しい料理が作れる合わせ調味料は大好きなのだ。
ごそごそと台所中を移動して、必要な食材と調味料を用意する悠利の頭には、音符マークが飛んでいた。当人とても楽しそうである。悠利の脳裏には、出来上がった焼きおにぎりを喜んで食べる仲間達の姿が浮かんでいた。誰かが喜んで食べてくれるのが、何より大好きな悠利だった。やっぱりご飯は、美味しく食べて貰ってこそなのである。
そんなわけで、一手間加えた焼きおにぎりを作ることに余念の無い
めんつゆでも可能だが、やや甘くなってしまうので、悠利の好みでは白だしを活用することになった。醤油で作ると辛すぎるし、出汁が足りないということで、味付けに使うのは白だしなのだ。
まず最初にすることは、青じそを刻むことだった。胡麻と鰹節はそのまま混ぜることが出来るが、青じそは刻まないと無理なので。今回はそこまで細かく刻むつもりはないので、粗みじんぐらいにすることにした。綺麗に水洗いした青じそは、数枚重ねた状態で両手で挟み、ぶんぶんと上下に振ることで水を飛ばす。完全に水切りは出来ないが、これである程度の水気はなくなる。
水気を切った青じそは、軸の部分を切り落として、真ん中で縦半分にする。それを更にもう半分にしてから全て重ねて、適当な大きさに刻んでいく。ざくざくと刻んだら、最後は刻んだ塊の上で包丁を動かして粗みじんの完成だ。細かいみじん切りではないので、何となく細かくなったぐらいで良いのが気楽だった。
青じそを刻み終わったら、後は材料を全て混ぜ合わせるだけだ。ボウルに入ったご飯に、まず最初に白だしを入れて軽く混ぜ合わせる。そこで味見をして分量を調節する。味が調ったら、胡麻、鰹節、刻んだ青じそを加えて、ざっくりと混ぜる。あまり念入りに混ぜるとご飯粒が潰れてしまうので、そこの部分は気をつけて混ぜましょう。
混ぜ終わったら、食べやすい大きさのおにぎりにしていけば良い。現代日本ならばラップに包んで作れば手が汚れなくて便利だが、生憎と異世界にはラップは存在しなかった。アルミホイルも存在しなかった。あったら便利なのになーと思いながら、水で手を濡らしてご飯粒がくっつかなようにしておにぎりを作る悠利である。
「ラップとかアルミホイルって、原材料何なのかなぁ……。錬金釜に材料入れたら作れるかなぁ……」
他に誰もいないので、独り言でしれっと恐ろしいことを呟く悠利。当人はより快適なご飯ライフの為に、便利だと思われるアイテムを追加したいだけだ。だがしかし、普通に考えてこれは、仮に原材料になり得るものを発見して実行したら、アリーにお説教されるフラグである。
なお、アリーは別に、悠利が錬金釜を使うのを怒っているわけでも、新しいものを作ることを怒っているのではない。ただただ、限度を考えろと言いたいだけである。マイペース
まぁ、それはともかく。悠利は今日も元気に料理を作って楽しんでいる。せっせせっせと作っているおにぎりは、やや小ぶりだった。食事のときに食べるサイズよりも、気持ち小さめを心がけて作っているのは、おやつに食べやすいようにという配慮だった。なお、悠利の中で焼きおにぎり=三角形なので、三角おにぎりが作られていくのだった。
というのも、丸型や俵型のおにぎりでは、焼きにくいからだ。これはただのおにぎりではなく、焼きおにぎりにするのが目的なのである。そうすると、こんがり両面を焼きたい悠利としては、三角形が1番適しているのだ。
ちなみにこの味付けおにぎり、そのまま食べても、ほんのりと下味が付いており、青じそや胡麻、鰹節の風味も合わさって大変美味しい。炊き込みご飯のおにぎりみたいなイメージだ。だがしかし、それを焼くと香ばしさが加わって、最強になるのである。
「よーし、焼くのは網でー」
出来上がったおにぎりを眺めて、悠利は満足そうに笑うと次の作業に取りかかる。焼きおにぎりは網焼きだろうという謎のルールに従って、悠利が選んだのはコンロにくっついている魚焼きグリルを活用することだった。
ちなみに、コンロの火の上に載せるタイプの網を使っても良いし、オーブントースターなどを活用してもお手軽に作れる。ただ、生憎そういう網は見当たらなかったし、オーブントースターではなくオーブンなので、やはり中に入れる鉄板はあっても丁度良い網が無かった。なので、悠利は魚焼きグリルを選んだのだった。
普段、肉や魚を焼いている魚焼きグリルだが、人数が多いこともあって使ったらすぐに洗うようにしているので、変な匂いはついていない。肉や魚の脂が受け皿に残っていたりすると、焼きおにぎりにその匂いが移ってしまう可能性があるのだ。
少し熱した魚焼きグリルに、小ぶりに作った三角おにぎりを並べていく。焦げ付かないように中火ぐらいで様子を伺いつつ、片面に焦げ目が付いてぱりっとしたら、菜箸を使ってひっくり返す。表面カリカリが焼きおにぎりの醍醐味である。
そうして焼いていると、ふんわりと香ばしい匂いが漂ってきた。白だしの優しい風味を感じさせる、醤油系のやんわりとした香りだ。決してソースなどのように強烈な匂いではないのだが、不思議と食欲をそそる香りだった。
くぅ、と悠利の腹の虫が小さく鳴くのと、焼きおにぎりが完成するのがほぼ同時だった。グリルを開けて、焼き上がったおにぎりを大皿に載せていく。そうして、次のおにぎりを載せて、同じように焼く。表面カリカリ、中はふんわりの焼きおにぎりを目指して頑張る悠利だった。
「出来たー。……とりあえず味見しようかな」
最初に焼き上がった、ほどよく冷めた焼きおにぎりを手にとって、悠利はあーんと口を開いた。かぷり、と三角のてっぺんの部分に齧り付く。こんがり香ばしく焼けた表面のカリカリとした食感は、釜や鍋でご飯を炊いたときに出来るお焦げに似ていた。ほんのりとした白だしの味わいも実に美味だ。
そして、焼きおにぎりならではの外側の食感を楽しんだ次には、内側のふんわりとしたご飯に届く。心持ちもっちりしたような気がする味付きご飯が、口の中でじんわりと旨味を広げていくのだ。カリカリともちもちの合わせ技は、とても美味しい。
また、アクセントに加えてある胡麻、鰹節、青じそも、それぞれの風味を発揮してくれている。鰹節は旨味に、胡麻と青じそは香り付けとさっぱりさに効力を発揮しているようだ。小ぶりの焼きおにぎりを、悠利がぺろりと食べ終えてしまえる程度には、良いバランスである。
「やっぱり、焼くと更に美味しくなるよねー。今度は中にごま油ちょっと混ぜてみようかな。あ、生姜汁入れても美味しいかも……」
……魔改造民族日本人の遺伝子をしっかり受け継いでいる
「……ところで、お皿抱えてどこ行こうとしてるの、マグ」
「……」
「別に食べても良いけど、全部食べたら夕飯食べられなくなるよ。食べるなら、皆でね?」
「……………………諾」
「頷くまでが凄く長いんだけど!」
いつの間にかやってきていたらしいマグが、焼きおにぎりが載ったお皿を手にしていた。基本的に気配を隠すのが得意というか、無意識に消してしまうことが多いらしいマグである。まぁ、白だしは名前から解るようにそこに出汁が入っているので、マグがホイホイされるであろうことは、悠利にも解っていたのだけれど。
お皿を手にしたマグは、長い長い沈黙の末に、それでもとりあえず頷いた。頷くまでが長かったのは、マグだから仕方ない。それでも、以前なら問答無用で独り占めしていただろうマグが、悠利に諭されて話を聞いたところは、進歩だ。
「皆はどこにいるの?」
「向こう」
「そっか。それなら、飲み物用意しておくから、呼んできて?」
「…………」
「別に僕、味見したからもう食べないよ?」
「諾」
悠利の発言で、いない間に焼きおにぎりが減ることはないと理解したのか、マグは皿を悠利に渡すと、そのまま去って行った。アジトの中で走ると怒られるので早歩きなのだが、無駄に早かった。足音が殆どしないのが逆に怖い。
「……マグ、
ちょっと遠い目になる悠利だった。でも多分、皆がそういう顔になると思う。スラム育ちの少年は、今日も愉快に斜めにズレた成長をしている気がする。……なお、マグが気配を殺すのや足音を消して素早く動くのが得意なのは、拾われる前からなので、スラムで生きていくために身につけた能力という可能性がある。怖くて悠利達は確かめていないのだが。
だって、スラムの日常とかを聞かされても、住む世界が違いすぎて胃が痛くなる。後、普通に怖い話になりそうで嫌だった。何だかんだで、マグ以外の面々は安全なところで幼少期を過ごしているのである。
マグにつれられてやってきたのは、案の定見習い組達だった。おやつだよ、と悠利が示した焼きおにぎりを見て、嬉しそうに手を伸ばしている。残ったら困る筈だったご飯が無駄にならずにすんで、悠利もホッとした。
……したの、だが。
「だ・か・ら、何でお前は、俺が食おうとするのだけ、邪魔をするんだ!」
「……取り分」
「ちゃんと全員二個ずつにしただろうが!」
「……大きさ」
「同じだ阿呆ぉおおおおお!」
いつものやりとりが繰り広げられていた。
合計八つあった焼きおにぎりは、見習い組達が仲良く二個ずつ分けて食べていた。食べていたのだが、隣で食べているウルグスが手にしたおにぎりが、自分のそれより大きく見えたのだろう。マグがぐいぐいとその手を引っぱり、妨害工作に出ていた
そんなマグとウルグスのいつも通り過ぎるやりとりを、カミールとヤックは生暖かい眼差しで見詰めながら、もぐもぐと焼きおにぎりを食べている。関わっても何も変わらないと思っているので、見物するだけにしたらしい。マグの担当者認定されているウルグスだった。
「……何でおにぎり一つで喧嘩するかなぁ……」
「「マグだし?」」
「ヤックもカミールも、息ぴったりなんだけど……。はい、ぬるめのお茶。冷たいのよりは、これぐらいの方が飲みやすいでしょ?」
「ありがとう、ユーリ」
「助かる。冷たいのも好きだけど、せっかくの温かい焼きおにぎりが無駄に冷える感じするもんなー」
悠利がグラスに注いだ、冷たくも熱くもないぬるめのお茶を飲みながら、カミールがしみじみと呟く。黙っていたら良家の子息に見える外見の彼が、焼きおにぎりとグラスを両手に持ちながらもぐもぐしている姿は、ちょっぴりシュールだった。
ヤックもお茶とおにぎりを交互に口に含みながら、幸せそうな顔をしている。のほほんとしている三人の向かい側では、ウルグスとマグの、終わらないいつも通りの攻防戦が繰り広げられているのであった。喧嘩は仲良くなければ出来ないのです。……多分。
ちなみに、味付き焼きおにぎりを気に入った見習い組達の提案で、時々お弁当に加わることになったのでありました。……理由は、焼きおにぎりなら出先で炙って温めることも出来るということだった。
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