めんつゆトマトで冷製パスタです。


 朝にアルガ経由で、大衆食堂木漏れ日亭の店主であるダレイオスから届けられた大量のトマト。苗が傷んだことにより完熟よりも先に収穫されたそれらは、普通に食べることも出来るがやや固かった。それを、悠利ゆうりは、先日から何度か作っているめんつゆトマトに調理しておいた。

 めんつゆトマトとは、くし形に切ったトマトをめんつゆに浸けて数時間放置しておくというだけの料理だ。そうすると、トマトにめんつゆの味が染みこんで色がやや濃くなり、全体的に食感が柔らかくなる。固かったり甘みが足りないトマトでも美味しく食べられる簡単料理だった。

 と、言うわけで、本日の昼食を作る頃には、大量のめんつゆトマトが完成していたのであった。


「で、昼はこのめんつゆトマト使うのか?」

「うん。ご飯食べるのは僕らとティファーナさんだから、冷製パスタにしようと思うんだ」

「了解」


 悠利の説明に、本日の料理当番であるカミールは笑顔で答えた。悠利の言う『僕ら』とは、悠利と見習い組四人のことになる。今日の見習い組達は、悠利と一緒に朝からアジト中のクッションの類いを全て天日干ししていたのである。いつもならば勉強だの何だのと課題が与えられるのだが、本日の仕事は悠利の手伝いだった。

 なお、これも立派な勉強の一つだ。

 家事というのは、簡単にできると思いがちだが実際にはそれほど簡単ではない。むしろ、作業効率や手順の確認をしっかりして、よりスムーズに進めることを考えるという意味では、タスク管理の勉強になる。……便利な道具があろうとも、どうしても必要な待ち時間をゼロには出来ないのが家事である。

 なので、見習い組達は時々、悠利の手伝いという名の下に、家事をせっせと頑張る時間があったりする。それを嫌と言わないで素直に作業に従事する辺り、彼らは家事の大変さも、それを出来るようになっておくことの利点も理解していると言えた。


「それじゃ、俺はパスタの準備をしたら良いか?」

「お願い出来る?」

「任せろー」


 冷蔵庫の中を見ながら食材を物色している悠利を見ながら、カミールが人数分のパスタを茹でるための大鍋を抱えて問い掛ける。想像通りの返答だったのだろうカミールは、暢気な口調で答えながらも大鍋の半分ほどにまで水を入れてからコンロの上に乗せていた。そうしてコンロの火を付けて鍋にお湯を沸かし始めると、手頃なボウルに水を入れて鍋へとせっせと運んでいた。……最初から八分目まで水を入れてしまうと、鍋が大きいので運ぶのが大変になるからだ。これを平然と運べるのは、見習い組では豪腕の技能スキルを保持しているウルグスぐらいである。

 カミールにそちらを任せた悠利は、冷蔵庫からパスタに使う野菜を取り出していた。まず、ボウルに大量に作り上げためんつゆトマト。これは、トマトが浸かっているめんつゆも含めて重要な食材である。本日の味付けは、トマト風になっためんつゆをかけることで終わらせようと思っている悠利だ。イメージはトマト冷麺かトマトそうめんである。

 ごそごそと冷蔵庫の中身を物色した悠利が取り出したのは、キュウリとレタスにキャベツだった。見事に葉っぱばかりである。少し考えて、ナスも取り出した。


「キュウリとキャベツは千切りで、レタスはちぎって、ナスは縦切りで揚げ焼きにしようっと」


 ふんふんと鼻歌を歌いながら上機嫌で準備を始める悠利。ちなみに、乗せる具材はお好みで調整可能なので、作る度にラインナップが変わるというのも、悠利が作る料理にありがちなことだった。基本的に、冷蔵庫の中身とかお店で安い食材とかで献立が構築されていくのはお約束だ。今日で言うならば、大量に作っためんつゆトマトを消費するのが最優先であるだけだ。

 とりあえず、取り出した野菜は全て水洗いをする。ごしごしと綺麗に洗っている悠利の隣に、ひょっこりとカミールが現れた。


「お湯が沸くまで手が空いてるけど、俺何したら良い?」

「じゃあ、レタスちぎるか、キャベツ千切りにするか、キュウリ千切りにするか、ナスを縦切りにして揚げ焼きにするか、どれが良い?」

「……とりあえず、一番途中でパスタに行っても大丈夫そうな、レタスちぎるので」

「解ったー。それじゃ、お願いー」

「おー」


 悠利に提示された作業から、カミールは少し考えてからレタスをちぎるのを選んだ。返答した通りの意味だった。べつに他の作業を嫌いだとか、やりたくないとか思っているのではない。お湯が沸いたらパスタを茹でる方を担当しようと思っているカミールなので、途中で作業を抜け出しても大丈夫なのは、レタスをちぎることだと判断したのだ。キャベツやキュウリの千切りではキリが着く前は動きにくいし、ナスの揚げ焼きなど途中で放り出したりは出来ない。妥当な判断である。

 水洗いしたレタスを、食べやすい大きさにちぎってボウルに入れるカミールの隣で、悠利は目にもとまらぬ早業でキャベツの千切りを作っていく。何気に技能スキルレベルが

65に到達している料理技能スキルなので、そりゃもう素晴らしい腕前だ。多分、見世物にしておひねりがいただけるぐらいに。

 とはいえ、当人は特に凄いとも何とも思っていないので、そのまま気にせず作業を続行している。隣で見ているカミールが純粋に感心した視線を向けていても、やっぱり気付いていなかった。悠利にとっては普通のことなので、そういう周りの視線に気付かないのだ。天然は今日もマイペースに生きています。


「ユーリ、俺パスタ茹でてくるから、レタス残り頼む」

「任せてー」

「おー」


 ぶくぶくと沸騰する鍋に気付いたカミールが、残り数枚になったレタスを残して鍋の方へと向かっていく。というのも、今回は冷製パスタを作るので、ただ茹でただけでは終わらず、その後に氷水で冷やさなければいけないのだ。

 まず、茹でるお湯はたっぷりと用意し、塩を少々入れておく。そこにパスタを入れて茹でるのは通常通りだが、踊らせるようにたっぷりのお湯で茹でるのは基本の基本。更にそこに、冷製パスタを作る場合は、いつもよりも一分ほど長めに茹でるのがポイント、らしい。時々悠利も忘れるが、その一手間で美味しくなるらしい。

 パスタが茹で上がると、一度流しで水切りをする。その後、そのパスタをたっぷりの氷水の中へと入れて、よく混ぜて冷やす。冷やし終わったら綺麗に水切りをして、パスタ同士がくっつかないように軽くオリーブオイルで混ぜておく。

 そうしてパスタが完成すれば、次は具材の用意だ。既にキャベツとキュウリの千切りは悠利が作り終えており、残っていたレタスもちぎられている。最後に残っていたナスの揚げ焼きも、ナスを縦に六等分ほどにして悠利が作っていた。今回はパスタの味付けがめんつゆなので、ごま油で風味を付ける方向に持って行っている。


「ユーリ、パスタ器に盛りつけ始めていいか?」

「お願いー。こっちももうすぐナスの揚げ焼き出来上がるよー」

「おー」


 フライパンの中のナスを見ながらにこにこ返答する悠利に、カミールは小さく笑った。ボウルの中の冷やしたパスタを、人数分の器に盛りつけていく。一応、お代わりが出来るように多めに茹でてあるし、上に具材を載せるのを考慮して、そこまで大盛りにはしない。食べにくい大盛りにするぐらいならば、お代わりすれば良いというのが悠利の持論であり、カミール達もその影響を受けていた。

 パスタを器に盛りつけたカミールは、ちぎったレタス、千切りのキャベツ、千切りのキュウリを適量載せていく。白っぽいパスタの上に緑が散らばって綺麗だった。そうして緑の野菜を盛りつけたら、次は今回のメインでもあるめんつゆトマトを乗せていく。赤いトマトが緑の野菜と絶妙のコントラストを作り上げていた。

 そうこうしているうちにナスの揚げ焼きを作り終えた悠利が、それぞれの器にナスを載せていく。揚げ焼きにされたナスは、ややくたっとしているが、カリカリとした皮と柔らかさを残した身の部分が実に美味しそうだった。


「具材はこれで全部?」

「うん。後は、上からトマトに使っためんつゆをかければ、完成」

「それ、普通のめんつゆじゃなくて、トマトに使った奴をかける意味は?」

「トマトの味が染みこんでるし、トマトの水分でほどよく味が薄まってるから、このままかけたら食べるのに丁度良いぐらいなんだよね」

「なるほど」


 わざわざ使いかけのめんつゆを使用する意味が解らなかったカミールだが、悠利の説明で納得したらしかった。悠利が作っているめんつゆは、基本的に濃縮二倍タイプだった。めんつゆには味付け以外に、ストレート、濃縮二倍、濃縮四倍などのバリエーションが存在する。その中で、悠利が一番使い慣れているのは濃縮二倍タイプだった。そのため、アジトで使われているめんつゆも濃縮二倍なのである。

 勿論、ストレートのめんつゆも、濃縮四倍のめんつゆも、それぞれに良さがある。そのまま麺類に使ったり、天つゆの代わりに使うのならば、特に薄めなくても使えるストレートは大変便利だ。だが逆に、自分で濃さを微調整したいならば、濃縮タイプがありがたいというのも事実である。やや濃いめに作りたいときなどは、濃縮タイプがありがたいのだ。皆違って皆良いという、それぞれのニーズに合わせためんつゆ事情である。

 とりあえず、そんなわけで、本日使うのは、めんつゆトマトを使った残りのめんつゆになる。トマトの水分と味のお陰で良い感じに調整されているのだ。これを捨てるのは勿体ないと思うのが悠利だった。……彼の料理に対する考え方は、どう考えてもおばちゃんの勿体ない精神だった。

 パスタと具材を盛りつけた器に、くるくるとちょっとだけトマト味になっためんつゆをかけていく。後は、食べるときにそれぞれに混ぜて貰えば良いだけだ。冷製パスタではあるが、イメージとしてはサラダパスタの方が近いかもしれない。肉の気配がゼロである。

 ただし、それだと食べ盛りの少年達がしょんぼりするのが解っているので、ハムを増量し、牛乳でふわふわにしたオムレツが添えられることになっている。ハム入りオムレツならば肉ほど重くはないし、味も強くはないので、パスタの邪魔をしないだろうという判断だった。


「それじゃ、オムレツ作っておくから、カミールは配膳準備して皆を呼んできてもらえる?」

「了解」


 適度な役割分担は大切だと解っているので、カミールは二つ返事で頷いた。机の上を拭いて綺麗にし、料理を運んで準備するのも大切な作業だし、出来上がった料理を美味しいうちに食べてもらうために、まだ来ていない面々を呼びに行くのも大切な仕事だ。

 そうして、悠利が人数分のハムオムレツを作り上げて皿に盛りつける頃には、本日の昼食メンバーが全員揃っていた。熱々の出来たてオムレツからは湯気が出ているが、暑い日でも食べやすそうな冷製パスタはひんやりとしている。目の前の料理を見ている皆は、実に幸せそうな顔をしていた。美味しそうなご飯が食べたくて仕方ないのは世の常である。


「今日のメニューは、めんつゆトマトの冷製パスタと、ハムオムレツです。パスタにはめんつゆがかけてあるので、食べるときに混ぜてくださいね」

「オムレツは無いけど、パスタはお代わりあるからなー」

「そうそう。パスタは上の具材も含めてお代わりがあるから、喧嘩しないようにね。それでは、いただきます」

「「いただきます」」


 悠利の声に続いて、皆も食前の挨拶をする。特定の神を信仰しているわけではない面々なので、食前の挨拶は悠利が持ち込んだ日本式だった。これが何らかの宗教に身を寄せているタイプの場合は、食前の祈りはそれぞれの神に捧げられることになる。

 挨拶が終われば、食事だ。皆、うきうきを隠さずにフォークを手にしてパスタへと向かう。ハムオムレツは以前に食べたこともあるので、それよりもパスタに意識が向いているのだ。

 パスタを底から掬うようにして取り、野菜と一緒に口の中に運ぶ。めんつゆのさっぱりとした味わいは、暑い日には美味しく口の中に広がる。パスタの味付けとしては異質かもしれないが、キャベツやレタス、キュウリと一緒に口の中に入れると、まるでサラダのようで美味しいのは事実だった。

 また、めんつゆの味をたっぷり吸い込んだトマトと一緒に食べると、トマトの水分も一緒に感じられて、ジューシーだ。同じく、ナスの揚げ焼きもかけられためんつゆを吸い込んでおり、こちらもまた別の味になる。

 一緒に食べる野菜によって味の雰囲気が変わるのもまた、実に楽しい。サラダを食べているのか、パスタを食べているのか、という感じではあるが、美味しいので問題はなかった。美味しいは正義なのです。


「ユーリ、このトマト、美味しいですね」

「良かったです。このトマト、アルガさんがいっぱい届けてくれたんですよ」

「アルガが?」

「正確には、ダレイオスさんかららしいんですけど」

「まぁ、そうだったのですね。……ふふふ、相変わらずこき使われているのですね」


 悠利からトマトの出所を聞いたティファーナは、楽しそうに顔を綻ばせた。その笑みは何かを懐かしんでいるようで、幼馴染みの境遇を楽しんでいるようでもあった。彼女とアルガは幼少時からの幼馴染みで、とても親しい間柄だというのは《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の皆が知っていることだ。仮にそれを知らなくても、今の彼女の表情を見れば、彼らが親しいというのを察するのは簡単だろう。

 もぐもぐと口の中に冷製パスタを詰めこみながら、悠利はそんなティファーナを見ていた。アルガが運んできたトマトだと聞いてからは、それまで以上に味わうようにして食べている。仲良しなんだなぁ、と悠利は思った。まぁ、以前ダレイオスが怪我をしたときにメニューの手伝いを頼むのだから、仲良しなのは解っていたけれど。


「アルガさんにめんつゆトマトの作り方を伝えたので、もしかしたらお店でも食べられるようになるかもしれませんよ」

「そうですか。あの店には酒をたしなむ者も多く来ますから、きっと肴として気に入られるでしょうね」

「めんつゆトマト、そのまま食べても美味しいですからねー」


 ほわほわと笑う悠利に対して、ティファーナも穏やかに微笑んだ。二人の会話も空気も実にのほほんとしていた。常にほけほけしている天然マイペースと、おっとり穏やかなお姉様(ただし怒らせると物凄く怖い)のやりとりは、いつだってこんな感じでゆったりだった。

 ……そんな彼らの周囲では、冷製パスタが気に入ったらしい見習い組達の、お代わり合戦が繰り広げられているのだが。とはいえ、喧嘩をするなと言われているので、仲良く四人で分けているらしい。誰それの皿の方が多いとか少ないとか、賑やかなやりとりが聞こえてくるのもまた、一興なのであった。




 ちなみに、後日他のメンバーにもこの冷製パスタを食べさせたところ、さっぱりしていて食べやすいということで、小食組にも好評になるのでありました。




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