みりんで作ろう、めんつゆと白だし。
「で?」
眉間に皺を寄せたアリーを前にしつつ、
……現代日本産の天然は、異世界基準では斜めに吹っ飛ぶ価値観や感性の持ち主だった。誰だ、現代日本にいても斜めに吹っ飛んでるとか言ったの。そこはあえて言わないのが優しさです。
「えーっとですね、僕がお願いして仕入れて貰っているみりんの販促と言いますか、便利な合わせ調味料があることをお伝えしたら、試作品作って欲しいということになりまして……」
「ほぉ」
「……僕の故郷にあった、めんつゆと白だしです」
すすーっとアリーから視線を逸らしつつ、悠利は2本の瓶を差し出した。1本は醤油に似た濃い色合い。もう1本はすまし汁に似た淡い色合い。その二つを差し出されたアリーは手にとって、じっと瓶の中身を見ている。
ちなみに、悠利が告げたように、その中身はめんつゆと白だしである。この両者を作るためにはみりんが必需品だった。白だしはめんつゆほどみりんを必要とはしないが、やはり少量入っている方が風味が出ると悠利は思っている。そこら辺は種類によって変更すれば良いと思っているが、とりあえず、みりんを手に入れたなら作りたくなったのだ。
というのも、説明した通りに、みりんの販促の一環なのである。みりんは確かに和食に欠かせない調味料であるが、同時に、そこまで大量に使うものでもない。また、慣れない調味料の使い方というのは非常に難しいものがある。
そこで悠利が思い出したのが、めんつゆと白だしなのだ。
この二つの利点は、合わせ調味料であるということだった。既に、醤油や塩、酒、みりん、砂糖に出汁などが入っているので、水で薄めるだけで簡単に味付けができるのだ。全力で和食用に思えるかも知れないが、使い方によっては洋風や中華風にもなるので、便利は便利なのである。
「……まぁ、外に出す前に俺に報告しようと思ったことだけは、認めてやる」
「……はい」
「ハローズ」
「はい」
「これが売れると判断したのか?」
「少なくとも、みりんを単体で販売するよりは売れると思います。使いやすそうですので」
ハローズの説明に、アリーは溜息をついた。行商人でもあるハローズおじさんは、売れる商品への嗅覚が鋭い。なので、彼が売れると言ったら売れるだろう。それが解っているだけに、余計に頭を抱えているのだ。
アリーの心情を一言で表すならば、「何でお前は毎度毎度唐突にやらかすんだ」ということになるだろう。しかも困ったことに、悠利はごくごく当たり前のことをやっているつもりなのだ。
「……ユーリ」
「はい」
「これの品質は?」
「…………美味しいだけです!」
アリーの問いかけの意味を理解している悠利は、真顔で答えた。キリっとして返事をする悠利という見慣れない生き物を見たハローズが、不思議そうな顔をしている。しかし、アリーも悠利も大真面目だった。それはもう、大真面目だった。
何しろ、悠利が錬金釜で何かを作ると、品質がグレードアップしすぎて困るのだ。ただ美味しいだけならば良い。問題なのは、アレコレと付加価値がついた場合だ。先日作った入浴剤などはその典型的な例であった。悠利が作ったことにより、保湿効果とかが物凄く追加されたのである。
とはいえ、そんな二人の懸念など、鑑定
行商人のおっちゃんは、自分に正直だった。
まぁ、ハローズなので仕方ない。何しろ、悠利と初めて出会ったそのときに、マヨネーズに一発で落ちてせがんだぐらいだ。ハローズおじさんは今日も元気にお仕事に勤しんでいる。売れる商品を発見するのは良いことです。きっと。
「なら、見本として渡しても問題は無いんだな?」
「大丈夫です」
「それなら良い」
今までが今までなので、アリーがこう言ってしまうのも無理はなかった。無駄に騒動を巻き起こす悠利なので、保護者代表のアリーはいつも色々と気にしてしまうのだ。もうどう考えてもお父さんだった。
とはいえ、問題ないと解れば、アリーも悠利の行動を咎めることはない。少なくとも、ハローズが売れると口にし、それで誰かの役に立つと解っている以上、頭ごなしに否定出来る案件ではないと解っているのだ。
何しろ、このめんつゆと白だしは、ハローズが仕入れているみりんを材料にして、錬金釜で作製されているのである。……そこ、錬金釜の使い方が間違ってるとか言わない。今更です。もう完全に今更だし、駆け出しの錬金術師たちでも出来る仕事として、調味料の作製は需要があるのです。人助けになっているのです。……多分。
「で、これはどうやって使うんだ?」
「合わせ調味料なので、料理の味付けに使います。この間作った照り焼きとかは、調味料を合わせるのが苦手な人は、このめんつゆを使ってもそれっぽく作れますよ」
「おや、それは初耳ですね。宣伝に使って良いですか?」
「はい、大丈夫です」
「……抜け目が無いな、ハローズ」
「これでも商人ですから」
悠利とアリーが会話をしている流れで、しれっと話に入り込んでくるハローズ。いつもにこにこしているおっちゃんだと思っていると、さらりと情報を抜いて去って行くところがある。それもまた、商人である。警戒心を持たれず、普通に輪の中に入り込み、必要なものだけを貰って去って行くのは、まさに商人の鏡である。……え?それ忍者と何が違うのかって?商人は隠れません。
実際、めんつゆの使い道は多種多様だ。白だしも同じくで、彼らはアレンジしやすいし、料理が苦手な人に光明をもたらす調味料でもあった。
よく考えて欲しい。既に色々な調味料が適量で混ぜ合わされていて、使うだけで一定の味付けが可能な調味料なんて、料理が苦手な人には大変ありがたいアイテムになる。また、それだけでなく、忙しい主婦の味方にもなるだろう。複数の調味料を適量合わせるというのは、地味に面倒くさい作業なのである。めんつゆも白だしも、アレンジ次第で色々なものが作れるのである。
勿論、悠利もあれこれお手軽レシピのお供ととして活用している。こちらの世界では未だにうどんやそうめん、蕎麦の
作ったことを微塵も後悔していないどころか、次はこれを使ってどんな料理を作ろうかな、ぐらいのレベルで通常運転な悠利だった。……当人、特に深い意味も考えもなく、美味しいご飯に必要だからという感覚で作っているのが、悠利クオリティである。お前本当に空気読めとか、色々考えろとか言われそうだが、その辺全てスルーしちゃうのが天然なのであった。
「白だしは、薄めるだけですまし汁が作れるので、お汁作りが楽になると思いますよー。あと、野菜炒めとかの味付けにも使えますし」
「ふむふむ。……ユーリくん、また試食を手伝って貰っても良いですかな?」
「了解です」
ハローズの申し出に、悠利はいつものへろろんとした笑顔で答えた。ハローズおじさんのお役に立つことを、悠利はとても良いことだと思っている。勿論、誰かのお役に立つのはそれだけで嬉しいが、ハローズにはいつも世話になっているので、その恩返しが出来るとうきうきしているのである。
……ちなみに、悠利のアイデアで色々な商品が増えているので、地味にハローズおじさんは得しかしていない。使い道が解らずに持ってきた商品が、美味しいご飯の材料に化けるのは日常茶飯事である。
悠利とハローズの関係は良好で、両者共に得をしているという関係だった。素晴らしい。
……え?そこで起きる騒動で他の人が困ってる?いえ、大丈夫です。別の場所に需要を生じさせ、他の人の利益も生み出しています。困っているのは基本的に保護者担当のアリーだけなので、きっと大丈夫です。彼の胃は頑丈なので、その程度では痛みません。
「あ、ハローズさん、めんつゆも白だしも、材料の配分を変えたものがあっても良いと思います」
「え?」
「めんつゆだったら、みりんが多めの甘い感じのも出来ますし、反対に出汁を多めにした甘さ控えめのものも作れます。白だしも同じです。一種類だけに限定しないで、ちょっとずつ違う味のものを作っても楽しいと思います」
「ほうほう。そういうアレンジが出来ると言うことですか」
「はい。好みの味は色々あるので、めんつゆや白だしも色んな種類があると良いと思うんです」
にこにこと笑いながら悠利が告げた内容で、ハローズの顔が輝いた。出来る行商人のおっちゃんの頭の中では、地域に合わせて届ける味付けを変更する目算が立っていた。その土地土地の料理の味付けに応じて、めんつゆや白だしの味付けも寄せてしまえば、より一層受け入れやすくなるだろうと考えたのだ。
なお、悠利は店頭でめんつゆや白だしの様々な種類を見ていたのでこんなことを言い出しただけで、販売に関しては何も考えていない。調味料は様々な種類があって普通だという価値観で育っているので、そう思っただけなのだ。味噌だって、赤味噌白味噌合わせ味噌を基本として、様々な種類がある日本で育っているのである。調味料のバリエーションは料理のバリエーションぐらいに思っている悠利だった。
「……ユーリ」
「はい?アリーさん、どうかしました?」
「ハローズに火を付けるな」
「へ?」
盛大なため息と共に口にされた言葉に、悠利は首を捻った。だがしかし、視線を転じてみれば、ハローズが何やらテンションがおかしかった。何をどうするのか、どの材料を使うのか、フルスロットルで考えているらしい。……悠利が無自覚にやらかした行動、人、それを焚き付けるという。今日も元気に現代日本産の天然は絶好調にぶっ飛ばしていた。悪気なく。
何やら一人で盛り上がっているハローズを見て、悠利も流石に色々察した。察したが、まぁ良いかと思ってしまうから、悠利だった。これで色んな種類のめんつゆと白だしが手に入ると思ったら、細かいことはどうでも良くなったらしい。ぶれない。安定過ぎた。
なお、醤油が普通に存在するこの世界なので、めんつゆと白だしも難なく受け入れられ、調味料の定番入りを果たすのでありました。
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