手羽元とゆで玉子のポン酢煮です。


「さー、頑張るぞ-」

「「おー」」


 のほほんとした声で悠利ゆうりが宣言すると、それに応える声が四つ響いた。悠利と見習い組4人が、食堂に集結していた。本日の料理当番はウルグスなのだが、何だかんだで手が空いている見習い組達が全員集結しているのだ。

 さて、ごろごろごろとボウルの中に転がっているのは、大量のゆで玉子だった。殻の付いたままのゆで玉子は、表面にまだ水滴が付いていた。更に言えば、どのゆで玉子にもひび割れが付いている。このひび割れは、茹で上がった玉子のあら熱を取るために水につけるときに、あらかじめ付けておいたものである。断じて、茹でている最中に玉子が割れたわけではない。

 ちなみに、ゆで玉子が茹でている間に割れる可能性としては、急激な温度差が上げられるので、心配な人は、常温に戻してから作ってみると良いかも知れない。あと、塩をひとつまみ入れておくと、もしも割れたとしても白身が固まりやすいので被害が小さくなる可能性があります。対策はしておくと安心です。

 さて、何故ゆで玉子にあらかじめひび割れを作っておくのかと言えば、剥きやすくするためである。ひびを入れた部分から水が入り、玉子を冷やすと同時に殻と玉子の隙間に入ってくれるので、外れやすくなるのだ。この一手間で、つるりと剥きやすくなるのである。


「いっぱいあるから、皆で協力してくれると助かるよー」


 にこにこと悠利が告げるのだが、見習い組4人は何も聞いていなかった。というのも、彼らはぺりぺりとゆで玉子の殻を剥くのに必死なのだ。誰が一番上手に剥けるか、みたいなことに張り切っている。つるりと玉子の表面に傷を付けない状態の剥き方云々だけではなくて、殻をバラバラにしないことに必死だった。

 事の発端は、最初の一個を剥いたウルグスが、いつもより大きな状態の殻を作ったことだった。殻を割らず、玉子の表面を傷つけず、つるんと上手に剥けたのだ。……その瞬間、何でも競い合うゲームに変換してしまう少年達による、「ゆで玉子の殻を上手に剥こう選手権」が勃発したのであった。困ったものである。

 とはいえ、ゲームにしていようが、張り合っていようが、遊びの延長だろうが、作業をちゃんとやってくれるのならば、悠利としては何一つ問題だとは思わない。人数分に更に余裕を持たせたゆで玉子を準備するためには、1人で殻を剥くと大変なことになるのだ。それを思えば、遊び半分だろうが皆が協力してくれるのはありがたいのだった。

 ちなみに、今日の夕飯に作ろうとしている料理は、手羽元とゆで玉子のポン酢煮である。作り方はとてもシンプルで、調味料も簡単なのだが、いかんせんあらかじめゆで玉子を作っておかなければならないところが、ちょっとだけ手間だった。しかし、気温が上がっているので、ポン酢系のさっぱりとした料理は皆に喜ばれているのだ。さっぱりとお肉が食べられるなら歓迎されるだろうと思ってのチョイスだった。


「あぁぁあああ、割れた……」

「うぅ、小さい破片ばっかりになる……」

「でかいままにしようとすると、玉子の表面までめくっちまいそうになるな」

「……」

「楽しそうだねぇ」


 上手に剥けそうだった殻が割れてしまってへこんでいるカミール。最初のひびの入れ方の関係なのか、手にした玉子が悪かったのか、小さな破片ばかりになってしょんぼりしているヤック。そこそこ大きく剥けてはいるものの、力があるので勢い余って玉子の表面に傷を付けそうになっているウルグス。そして、黙々とそこそこ大きな殻を量産していくマグ。実に楽しそうな4人を見て、悠利はにこにこと笑った。

 ちなみに、悠利が剥いた玉子はつるりと綺麗で、大きな殻もそこそこある。しかし、彼は大きさを競い合うイベントに参加はしていないので、剥いた殻はそのまま足下のルークスへと与えられていた。出来るスライムは今日も元気に生ゴミ処理に勤しんでいた。ありがたいことである。

 そんなこんなで見習い組全員を巻き込んでのゆで玉子の殻剥きは、悠利とウルグスの2人だけで行っていた場合よりもずっと早く片付いた。剥き終わった大量のゆで玉子をボウルに戻している悠利。周囲では、見習い組達が自分の一番大きく剥けた殻を並べて競い合っていた。


「ウルグスー、結果解ったら、台所に来てねー。お肉煮込むからー」

「おー!」


 本来ならば料理当番のウルグスは、台所にさっさと連れ戻すべきなのだろう。だがしかし、この料理で一番手間暇がかかるのはゆで玉子を作る部分なので、少しぐらいの遅れは気にしない悠利だった。そもそも、皆が協力してくれたおかげで、時間に余裕があるのだから。

 賑やかな見習い組達を残して、悠利はボウルの中に入ったゆで玉子を洗うために台所へと戻る。綺麗に剥けてはいるものの、所々殻の破片が残っていたり、薄皮がついたままだったりするので、それらを水で洗って綺麗にするのだ。薄皮はまぁともかくとして、殻の破片がついていると、食べたときにジャリジャリしてしまって切ないので。

 綺麗に洗ったゆで玉子は、水気を切ってボウルに戻しておく。このゆで玉子に味を付けるのは、一番最後になる。というのも、固ゆでと半熟の間ぐらいの固さに作ったゆで玉子なので、肉と一緒に煮込んでしまったら、完全な固ゆでになってしまうからだ。黄身が少し柔らかいぐらいを目指したい悠利だった。


「煮卵が人気だから、多分これも喜んでもらえると思うんだよねー」


 のほほんと笑いながら、悠利は大鍋を用意する。以前作った醤油系の煮玉子を皆が普通に喜んで食べてくれたので、今日作るポン酢風味の煮玉子も喜んでもらえるのではないかと思っているのだ。基本的に食べたいなと思う料理を作っている悠利ではあるが、やはり食べた人に喜んで欲しいとも思っているのである。

 好き放題しているように見えて、一応ちゃんと周りのことを考えて行動しています。一応。


「悪い、ユーリ。待たせた」

「ううん、大丈夫だよ。……そういう顔をしてるってことは、勝ったのはマグ?」

「……何で解るんだよ」

「んー、何となく。マグは手先器用だしね」

「そうだな。……まぁ、あーゆーことして、勝って解りやすく喜ぶようになっただけ、進歩してんだろ、あいつも」


 ぼそりとウルグスが付け加えた言葉には、あえて返答しない悠利だった。戦闘能力や身のこなしという部分に関しては訓練生昇格の及第点をもらえるだろうマグが、未だに見習いという扱いなのは、情緒面に関する部分が大きい。情緒が未発達なのが悪いというのではなく、諸々対人関係の能力が低いままで外に出すとトラブルの原因になると皆が考えているからだ。そして、マグは少しずつ年齢相応の少年らしさを身につけている。良いことである。

 ……まぁ、それは良いことだが、どや顔で大きなゆで玉子の殻を見せつけられたウルグスとしては、ちょっとだけイラッとしたのも本音らしい。ぶつぶつと口の中で文句を言っている辺り、彼もまだお子様組なのである。

 ちなみに、勝利したマグの手持ちの一番大きな殻以外は、カミールとヤックが面白がってルークスに与えている。勝利の証とも言える殻以外は特に興味が無いのか、マグもそれを別に咎めたりはせずに、じーっと見ている。なんとも言えず微笑ましい光景であった。


「で、この手羽元煮込むんだよな?」

「うん、鍋に水とポン酢を同じ量だけいれて、そこに手羽元を入れて煮込むだけだよ。ポン酢で煮込むと、お肉が柔らかくなって、骨から外しやすくなるんだよねー」

「へー。手羽元とか手羽先って食いにくいからなー」

「外しにくいと食べるの大変だよねー」


 ボウルいっぱいの手羽元を見ながらウルグスが問いかければ、悠利が笑顔で返答している。ちなみにこの手羽元は、通常の鶏と同じぐらいのサイズの魔物、クックーのものである。魔物肉が美味しいことの例に漏れず、このクックーも大変美味しい上質な鶏肉扱いになる。

 ビッグフロッグやバイパーの肉ほど安価ではないが、庶民の日常ご飯に使われているものになる。今回は、大量発生したクックーの討伐依頼を受けてきた面々が報酬の一部として持ち帰ったクックーの手羽元が大量にあるので、こうして煮込み料理にしようとしているのであった。なお、他の部位も持ち帰っているので、しばらく肉には困らないのがありがたいと思っている悠利であった。鶏肉は使い勝手が良いのです。

 大鍋に水とポン酢を同量入れて、舐めて味を確かめてみる。肉にしっかりと味が付くことを目的にしているので、少し濃いめぐらいで丁度良い。煮汁は別に飲まないので。また、ポン酢だけでは酸っぱいと思う場合は、酒や醤油、出汁などを入れてお好みに調整するのも一つの手段です。

 そうして作った煮汁に、ぽいぽいと手羽元を放り込んでいく。手羽元を全て投入し、しっかりと液に浸かったのを確認したら、コンロの火を付けて煮込んでいく。まず最初に沸騰させて、その後は煮詰まって煮汁が濃くならないように弱火から中火でことこと煮込むのだ。


「沸騰した後は、どれぐらい煮込むんだ?」

「んー、煮汁が蒸発しないように蓋をして、沸騰しないように弱い火で、一時間ぐらいかなー?肉が柔らかくなって、味が染みこんでたら完成なんだけど」

「了解。んじゃ、煮込んでる間に他の支度だな。玉子は?」

「煮込み終わって冷めてから、煮汁に漬ける予定だよ」

「解った」


 何だかんだで料理当番にも慣れてきているウルグスなので、煮込んでいる間に他の作業をする、という段取りの基本的な流れも把握しつつあった。悠利と2人で協力して、メイン以外のおかずも作りはじめる。サラダを作ったり、葉物を炊いたり、炒めたり、野菜のおかずはバリエーション豊富である。勿論、具沢山のスープも用意した。

 そんなこんなで作業をしていると、手羽元が良い感じに煮込まれた。鍋から漂ってくる香りは、食欲を刺激するものになっている。蓋を開けて中を確認してみれば、煮汁の色を吸い込んだ、ちょっと茶色く染まった手羽元が悠利とウルグスを待っていた。

 とりあえず味見をしなければと、悠利はひょいっと少し大きめの手羽元を一本小皿に取り出す。じっくりことこと煮込んだ結果なのか、箸でちょっと力を入れれば身がほぐれてくれた。ありがたいことである。箸で外れた部分を自分が食べることにして、悠利は骨の付いたままの部分をウルグスに渡した。骨付きを囓るというのは、地味に結構肉食さん達には美味しさを倍増させることらしい。


「んー、さっぱり美味しいー」

「これ、身が外れやすくて食べやすいな」

「でしょー?」

「で、ゆで玉子もこの味になるのか?」

「なるねー」

「へー」


 もしゃもしゃと手羽元を食べている2人は暢気に会話をしていた。なお、暢気に会話をしていられるのは、他の見習い組達がお勉強に去って行ったからである。彼らがいた場合、絶対に「美味しそう……!」という視線に晒されるので。

 そして、煮汁が少し冷めたらそこにゆで玉子を投入し、夕飯の時間まで放置する2人なのであった。わざわざ煮込まなくても、漬け込んでおくだけである程度味は付くのである。火を入れたら玉子の黄身が固くなってしまうので、それを防ぐために、少し冷めた煮汁に投入するのだった。




 夕飯の時間になった。

 ポン酢で煮込んだ手羽元とゆで玉子、という謎の物体を前にしても、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のメンバーは何一つ気にしなかった。というのも、悠利が出してくる料理が不味かったことは、あまりないからだ。時々斜めにそれることがあったとしても、それは単純に食文化の違いとかなので、料理そのものが美味しくないというわけではない。

 また、料理当番のウルグスが、嬉々として手羽元に手を伸ばし、ゆで玉子を楽しみにしていたのだと解る言動なので、皆が釣られたというのもある。美味しそうに食べる人がいると、釣られて食べたくなるのは仕方ないのである。


「ユーリ、玉子も美味いな!」

「でしょー?」


 手羽元の味を既に知っているウルグスであるが、ゆで玉子がほんのりポン酢風味というのを味わって、顔を輝かせていた。普通の煮玉子とはちょっと違うが、これもまた美味しかったのである。手羽元はポン酢のおかげでさっぱりしているし、身は外しやすいしで、幾らでも食べられそうだった。実際、大きな器にどーんと盛られた手羽元は、皆の手によって順調に消費されている。良いことだった。


「ゆで玉子をね、ちょっと半熟が残ってるぐらいにすると、黄身がとろっとして美味しいでしょ?」

「おう。煮玉子のときも黄身が柔らかいのが美味かった」

「これねー、小さい卵でやっても面白いと思うんだよねー」

「小さい卵?」

「まるごとぱくんって食べられるぐらいの卵があったら、美味しそうじゃない?」

「なるほど」


 のほほんと会話をしながら食事を続けている悠利とウルグス。彼らはただの世間話として会話をしているだけだった。しかし、悠利はうっかり忘れていた。ここは、初心者冒険者のトレジャーハンター育成クランである。戦える人がいっぱいいるのである。任務に採取依頼とか魔物の討伐とかが含まれている人たちの住まいなのである。

 そのことを、悠利はあんまり認識していなかった。楽しい仲間としか思っていなかった。それ故に、見落としたのであった。




 後日、「これであの煮玉子作って!」と鶏卵とウズラの卵の間ぐらいの大きさの卵をゲットして戻ってくる皆がいたのだが、多分きっと、予定調和なのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る