食い合わせには、ご用心!
「フラウさん、今日はありがとうございました」
「気にするな。ユーリに酒を頼むのも気が引ける」
「あははは。品質とかなら解るんですけどねー」
市場を歩く
本日の買い出しのラインナップに、酒があったのだ。いつもならば、成人しているクーレッシュやレレイを伴うのだが、あいにく二人はいなかった。見習い組や悠利の未成年チームでは、どの酒が美味しいのか、誰がどの酒を好むのかが、イマイチ解らないのだ。そうして困っていたところに、手空きだからとフラウが同行を申し出てくれたのだ。
ほわほわのほほんとしたいつも通りのオーラを振りまいている悠利と、その足下でぽよんぽよんと跳ねているルークス。ふわふわまったりな二人の雰囲気に影響されたのか、基本的にクールで恰好良いキビキビしたタイプのフラウの空気も、幾分か和らいでいる。スレンダーなクール美人のフラウが見せる、珍しく柔らかな表情に、男性陣の視線が飛んでくるのだが、まったく気にしていない悠利達だった。
ちなみに、悠利は気づいていないから、いつも通りなのだ。ルークスとフラウは、そこに敵意が含まれていないから、スルーしているのだ。この壁は大きい。戦闘員と非戦闘員の間にある壁みたいな感じだった。……まぁ、危ないことがあれば、悠利が保持するチート
「でも、本当に助かりました。とりあえず、今日買ったお酒を買って帰れば、大体問題ないですか?」
「そうだな。基本的に普段飲んでいるのはこの辺りだ。……アジトの酒棚には、貰い物や出先で手に入れたものも入っているから、ややこしかっただろう?」
「そうなんですよねー」
あははは、と暢気に笑う悠利にフラウは苦笑した。まさにその通りだった。《
……ちなみに、数がそれなりにあるので、清酒系やワイン系は、ちょいちょい料理に拝借している悠利である。別に怒られなかったし、好きに使えと言われているので、問題はない。
「キュー」
「うん?ルーちゃん、どうしたの?」
「キュキュー?」
「え?何か騒ぎ?」
のんびりと悠利の足下を跳ねていたルークスが、小さく鳴いた。足を止めてルークスを見下ろしながら悠利が問いかければ、ルークスは首を傾げるような仕草で、困ったような感じで、ぽよんと跳ねた。あっち、と示すようにくるりと身体の向きを反転させるルークス。その視線の先には、小さな人だかりが出来ていた。
それだけならば別に、市場が賑わっていると思うのだが、少々趣が違うようだった。何しろ、ざわついているだけでなく、怒気が溢れているのが悠利にも解ったからだ。男二人が言い合いをしているのか、怒声が聞こえてくるのである。
「喧嘩でしょうか?」
「あまり騒ぎすぎると衛兵がやってくると思うのだがな……」
「そこまで大事になっちゃうと、大変ですねぇ」
「……ユーリ」
「はい?」
「……いや、何でもない」
大変だと言いながらも、相変わらずのほわほわオーラだった。一応大変だと思っているし、多少焦ってはいるのだろう。しかし、悠利の持って生まれた雰囲気とでも呼ぶものが、それをちっとも感じさせないのだ。当人は焦っているつもりだし、怒っているつもりだし、困っているつもりだし、という場合においても、「何かいつもと何も変わらない感じ」と言われてしまうタイプなのであった。
ある意味才能かも知れない。緊急事態だったとしても、奇妙にいつも通りで、周囲の毒気を抜いてしまう何かが悠利にはあるのだ。……人はそれを、天然オーラと呼ぶのかも知れない。
いつも平和な市場で騒動が起きるのはやはり気になるのか、悠利はすたすたと人だかりの方へと歩いていく。ルークスとフラウもそれに続いて移動して、人混みの隙間から彼らが見たのは、不機嫌そうな店主と、もの凄く怒っている客と思しき男だった。そして、それらを周囲の人々が取り巻いているというのが、現在の状況らしい。
よくよく見てみれば、怒っている客の男は、何か皿を手にしていた。キノコ炒めと思しき料理の載った皿だ。何でこんなところに料理を持ってきているのだろうか?と悠利は首を捻った。悠利の傍らのフラウも、同じ感想を抱いたらしい。
「フラウさん、アレ、キノコ炒めですよね?」
「そのように見えるな」
「何で持ってきてるんでしょうか?」
「私に聞かれても解らないな……」
「あ、すみません」
何となく、いつも聞けば答えてくれるイメージがあるのでフラウに問いかけてしまった悠利だった。ツッコミを入れられて、素直に謝ってしまったのはそのせいだ。アジトにいるときに質問をすると、きっちり答えてくれるのが指導係の皆さんなのだから。
そんな彼らの視界で、男性2人のやりとりがヒートアップしていく。一触即発レベルだが、感情を乱して大声で叫んでくれたおかげで、何でもめているのか一発で理解できた。
「だから、うちはちゃんとした商品を売ったと言っているだろう!」
「バカを言うな!だったら何故、お前のところのキノコを調理して食べた家族が体調を崩すんだ!」
「そんなこと、俺が知るわけないだろう!」
「お前のところのキノコなんだぞ!?」
つまりは、そういうことらしい。
怒られているのはキノコを売っていた店主で、怒っているのはそのキノコを買った客という構図だ。店主は普通にちゃんとした商品を売ったと言っていて、男はそのキノコを食べた家族が体調を崩したと怒っている。客の男をクレーマーと断じてしまって良いのかは、周囲にはちっとも解らないために、こうして眺めているだけになっているのだろう。
悠利としては、いつもお世話になっているお店が困っているのは心苦しかった。だから、何が原因なのだろうと思ってじっと2人を見詰めていたのだ。そして、気付く。
(……何で、お皿の料理が
そう、客の男が持っている皿の料理をよく見てみれば、
【神の瞳】に見抜けぬものはない。そして、【神の瞳】は間違わない。真実しか見抜かないその鑑定
とはいえ、即死とか重傷に繋がるほどに強烈な毒ではないのだろう。赤は赤でも、そこまで濃い色の赤ではなかった。比較的淡い色合いの赤なので、まだマシなのだろう。それでも、「食べるな危険」と言っているのは確かなのだが。
だがしかし、目の前の料理は、シンプルなキノコ炒めにしか見えなかった。他の具材が見当たらないので、毒の発生源はキノコなのだろうと悠利は思う。思うが、店主の男が主張するように、店内のキノコに赤判定は存在しなかった。それはすなわち、原材料であるキノコには毒が含まれていないということになる。
はて?と悠利が首を捻るのはそのせいだ。原材料のキノコが原因ならば、店に並んでいるキノコにも何かしらの反応があると思ったが、何も無いのだ。えー、何でー?ぐらいの気分になっている。謎解きをしようと思ったのに、ちっとも解けないどころか、新しい謎にぶつかっているので。
「ユーリ、どうした?」
「キュキュー?」
しきりと首を捻っている悠利を案じてフラウが声をかける。足下のルークスも、挙動不審と言われても仕方が無い行動を繰り返している主の足に身体をすり寄せながら見上げている。そんな2人の反応に、悠利は困ったように口を開いた。
「お皿は
「……何?」
「おかしいですよね?あのお皿、キノコ以外に食材が見当たらないので、食あたりとかしたなら、原因はキノコにありそうなのに」
「店のキノコに異常は無い、と?」
「そうなんです……」
何でだろうー?と不思議そうに呟く悠利の隣で、フラウも真面目な顔で考え込む。とはいえ、彼女には鑑定能力もなければ、キノコの無駄な知識も存在しない。どうするべきかと2人で考え込んでいる間に、ルークスが勝手に移動して、そして、頭の上に売り物のキノコを載せて戻ってきた。
「え?ルーちゃん、何してるの?」
「キュキュイ」
「お店の売り物勝手に持ってきちゃダメだよ?」
「キュイー」
「いやだから、ルーちゃん、これはお店の」
「ユーリ」
「はい?」
戻してきなさいとルークスを諭している悠利の肩を掴んで、フラウが幾分低く落とした声で彼を呼んだ。呼ばれた悠利はいつも通りに振り返る。フラウは、真面目な瞳でキノコを主張するルークスを指差して、口を開いた。
「キノコの詳細を調べろということなのではないか?」
「え?」
「キュー」
「あ、なるほど。ルーちゃん賢い。ありがとう」
「キュキュウ!」
フラウに解説されて納得したのか、悠利は顔を輝かせて、ルークスの頭上のキノコに視線を固定した。売り物なのですぐに返さなければとは思うものの、もめている店主と客はこちらに気付いていないので、しっかり調べても大丈夫そうだった。
そして、チート
――ロココダケ
ロココ地方で取れるキノコ。繁殖しやすく安価で販売されている。
毒性も副作用も無い安全な食用キノコとして、ロココ地方で親しまれている。
庶民の味方と呼ぶべき、癖の無いシンプルな味わいのキノコです。
どんな料理にも合うこともあり、ここ最近輸入が増えてきました。
ただし、あまり知られていませんが、ガーリックと共に食すと腹痛を引き起こします。
調理の際は注意するようにしましょう。ガーリックオイルなども危険です。
「……あ」
「ユーリ?」
「キュイ?」
今日もチート
それを踏まえてもう一度、客の男が盛っているキノコ炒めを鑑定してみる。その結果は。
――ロココダケの炒め物
新鮮なロココダケを、オリーブオイルで炒めたシンプルな炒め物。
塩胡椒で調えられた味付けでとても美味しく仕上がっています。
ただし、香り付けにガーリックを炒めているので、食べると腹痛を起こします。
すみやかに処分するのが適切でしょう。
「アーウートー……」
がっくりと悠利は肩を落とした。原因が解ってしまえば、とてもシンプルだった。きっと、料理を担当した人が、食欲をそそるようにとガーリックオイルにしたのだろう。その気持ちは間違っていないが、今回は食材の相性が悪かった。
いわゆる、食い合わせというものである。
単体では何一つ問題の無い食材だが、一緒に食べることによって身体に不都合を引き起こすというものだ。身体を冷やしたり、消化しにくくなったりと、パターンは色々ある。だがしかしとりあえず、「その組み合わせで食べると身体に良くない」というものが一定数存在するのである。そして今回はそれに該当したということだ。……あまり知られていないという一文の重さが身に染みる悠利であった。
とはいえ、原因が解ったのだから、悠利としては仲裁に赴こうと思った。誰もこの事実に気づいていなさそうなのだから、仕方がない。人混みをひょこひょことすり抜けながら歩いて行く悠利と、頭にロココダケを載せたままで追いかけるルークス。そして、苦笑しながら追いかけるフラウという構図だった。
特に悠利の行動を止めない辺りが、フラウ姐さんだった。何か問題になったら責任は自分が取る、ぐらいのことは考えている。姐御は今日も恰好良いのである。
「おじさん、お客さん、ちょっと良いですか?」
「ユーリくん?」
「何だ、君は」
「初めまして。僕は《
「「……?」」
ぺこりと頭を下げて自己紹介をする悠利。不思議そうな男二人相手に、いつものほわほわした笑顔を崩さない。
……ちなみにその背後ではフラウが静かな表情で男達を威圧して「とりあえず黙って話を聞け」という態度だった。あと、ルークスは自分が勝手に拝借していた売り物のロココダケを、バレないようにこそっと元の場所に戻してから、しれっと悠利の足下に戻ってきている。
「実はそのロココダケ、ガーリックと一緒に食べると、腹痛を引き起こすそうです」
「「……は?」」
「あまり知られてないそうなんですが、そういう特性があるようです。そして、そちらの炒め物はガーリックが使われているそうなので、ご家族の体調不良はそこから来ていると思います」
「「……」」
周囲がぽかんとしていた。揉めていた男二人だけでなく、ことの成り行きを見守っていた一同も、呆気に取られている。そんな皆の視線に、自分の発言が信じられていないのかもしれないと思った悠利は、慌てたように言葉を付け加えた。
「あの、ちゃんとロココダケも、炒め物も鑑定して調べたんで、本当のことですからね?」
「店主、お客人。付け加えさせて頂くならば、ユーリの鑑定能力は《
「あぁ、勿論解っているよ、フラウさん。……ただ、ロココダケにそんな性質があるとは、知らなかったもので……」
「あまり知られてないらしいですよ」
悠利の発言をフラウが後押しするように口を開けば、店主は力強く頷いた。そもそも、毎回毎回鑑定能力を発揮して食品の目利きをして去って行く悠利の能力を知っているのだ。その鑑定能力を疑う者は、市場の店主にはいない。へろろんと悠利が言い切ったせいで、何となくその場が和んだ。天然パワー怖い。
その後、店主は販売品の詳細を把握していなかったことを詫び、客の男は商品が悪いのではなく調理の方法が合わなかっただけであることを認め、両者は和解した。そして、ロココダケにも食い合わせが存在するのだという情報は、瞬く間に広がるのであった。
なお、「どの程度のガーリックならば腹痛を引き起こさないのか」みたいなチキンレースを始める面々が出始め、診療所の医者であるニナが本気でお説教をする光景が度々見られるようになるのであった。食べ物で遊んではいけません。
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