クーレッシュとレレイがここにいる理由。


「クーレとレレイも、色々考えたり選んだりして、ここに来たの?」

「へ?」

「はい?」


 ぽりぽりとおやつのクッキーを囓りながら悠利ゆうりが問いかける。突然の問いかけに、クーレッシュとレレイの2人は、不思議そうに首を傾げていた。そんな2人に言葉が足りなかったかと思った悠利は、続きを伝えた。


「あのね、クランって色々あるけど、あえてここを選んだ理由ってあるのかなって思ったから」

「何でまた?」

「この間、ヤック達の理由を聞いたから、二人のも気になっただけだよ?」

「あぁ、なるほど……」


 そっからかー、とクーレッシュは納得したようだった。レレイもふむふむと頷いてる。そうして二人は互いに視線を交わして、そして、お先にどうぞと言いたげにクーレッシュが手を差し出した。口の中のクッキーをもごもごさせていたレレイは、それに小さく頷くと、ごくんと呑み込んでから口を開いた。

 食べ物が口の中にある状態で喋ると、悠利に怒られるのである。……乙男オトメンは着実にオカンとしての存在感を増していた。

 

「あたしは、お父さんに言われたからここに来たんだよ」

「お父さんに?」

「うん。うちはお父さんが冒険者なんだけど、やっぱり身内だと教えるときに甘さが出るといけないから、余所で基礎をしっかり学んでこいって言われたの」

「へー。それでどうして《真紅の山猫スカーレット・リンクス》を選んだの?」

「お父さんと先代のリーダーが知り合いだったからー」


 のほほんと告げて、レレイはクッキーの皿へと手を伸ばす。美味しいねーと告げる笑顔がいつも通り過ぎた。肉食女子ではあるが、レレイは甘い物も大好きだった。基本的に、美味しいものを沢山食べられたら幸せらしい。……彼女の人生の幸福は、割とお手軽だった。

 しかし、今の会話で悠利が興味を引かれる部分があった。それが、先代のリーダーの存在だった。詳しい話を聞いたことはないが、アリーはここの2代目リーダーなのである。このクランを作った初代のリーダーがどんな人なのか気になったのだ。

 ……何しろ、「風呂は命の洗濯だ」をモットーに、大浴場を男湯と女湯で作り、更に1人風呂とシャワーまで完備したアジトを作った人物だ。初心者冒険者のトレジャーハンター育成クランなのに、風呂に関してはそこらの銭湯並に充実しているのである。どれだけ個性豊かな人なんだろうかと考えても無理は無かった。

 なので、悠利は素直に問いかけた。


「レレイ、先代のリーダーさんってどんな人?」

「ん?あたしも一度会っただけなんだけど、赤毛の猫獣人さんだよ。すごく格好良いおば、……女の人!」

「……え?お前今何で言い直した?親父さんの知り合いなら、年齢的におばさんで良くないか?」

「ダメ!その単語はダメ!禁句!めっちゃ禁句!」

「「えぇええ……」」


 フルフルと頭を左右に振って訴えるレレイの反応に、悠利とクーレッシュは顔を見合わせた。それはいったい、どんな女傑なのだと2人は思った。しかも、多少のことは気にしないレレイがここまで必死に訴えるレベルなのだから、そのお怒りはさぞかし恐ろしかったのだろう。


「まぁ、女の人は、面と向かっておばさんって言うと気分害する人も多いしね」

「それはそうだけど」

「あ、でも、言われなかったら年齢不詳だよ。鍛えてるけどすらっとしなやかで、胸もこう大きくて、身のこなしも軽やかでメチャクチャ強い、赤毛美人さんなんだー」

「え?美魔女?」

「「ナニソレ」」


 レレイの説明に、悠利は思わずポロっと口にしてしまった。年齢不詳の美しいおばさま方、おばさんと呼べるわけが無い若く綺麗な年齢不詳な女性のことを、美魔女と呼ぶ。その文化はこちらには無かったらしい。だがしかし、悠利の認識ではレレイが説明してくれた人物は、美魔女と呼びたかった。

 2人に軽くその辺りを説明する悠利。その説明を聞いて、レレイは何故か力一杯頷いていた。どうやら、先代リーダー様は、アンチエイジングも完璧らしい。どんな人か会ってみたいような、逆に会いたくないような、そんな感じになる悠利であった。色んな意味で個性炸裂っぽいので。


「それじゃあ、レレイはお父さんから先代リーダーさんにお話が行って、そこから紹介されてきた感じ?」

「そんな感じじゃないかな?一応、お父さんとリーダーも知り合いだから、話はそこで繋がってるみたいだけど」

「そうなんだー」

「え?俺それは初耳」

「リーダー達が冒険者やってた頃に何度か顔合わせたんだってー。お父さんがねー、『あんな個性バラバラでまとまりなさそうなのに、完璧に調和してるパーティーも珍しい』って褒めてたんだよ」

「「…………」」


 レレイが楽しそうに笑いながらクッキーを頬張っている。そんな彼女の発言に、彼女の父が告げたらしい言葉に、悠利とクーレッシュは沈黙した。それは果たして褒めていたのかどうか怪しい、と彼らは思ったのだ。だが同時に、確かにそうかも知れないとも思ってしまった。アリーとブルックとレオポルドの三人は、それぞれ別の意味で目立つ三人なのだから。

 顔を見合わせた悠利とクーレッシュは、へらりと2人揃って笑った。笑って、そして、これ以上この話題に触れるのはやめようと決意した。視線で解り合える程度には、彼らは仲良しだった。


「俺は、ギルマスに頼んでここを紹介して貰ったんだよ」

「クーレもなんだ?」

「おう。ウルグスやカミールもそうだったか。そういう奴は結構多いんだぜ」

「へー」


 クーレッシュの言葉に、悠利はそうなんだーと暢気に答えた。ただし、冒険者ギルドのギルマスだって、そう毎度毎度紹介をしているわけでは無い。何らかの、見所があると思った相手だから紹介するので、その段階でクーレッシュ達は一定の素質があったということになる。

 ちなみに、クーレッシュにはギルマスが《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で基礎を学ぶべき、その後長く冒険者を続けていくための下地を付けるべき、と考えるだけの資質があった。そしてそれは、彼が冒険者を志したことにも繋がっている。


「俺、将来的にはナビゲーターになろうと思ってるからな。基礎は大事だろ?」

「ナビゲーターって、マッピングする人だっけ?」

「そうそう。各地のダンジョンの地図を作る職業ジョブ


 にこやかに笑うクーレッシュの背後で、レレイが遠い目をしていた。彼女は、基礎の一つとして地図の描き方を習ってはいるものの、それらがとてもとても苦手だった。苦手すぎて、よほどで無い限り、基本的にクーレッシュに全部丸投げするレベルで苦手だった。野生の勘で道は覚えるし、迷子にもならないのだが、それを紙面に書き起こすとなるとまた別なのだ。

 対してクーレッシュは、空間把握能力が高く、高低差も含めて頭に地形を叩き込むことが出来る才能があった。そのため、彼の作る地図は実に正確で解りやすく、冒険者達に好評だ。ただし、脳内でいわば3D状態で記憶している地図を2Dに落とし込むというのは非常に面倒くさい作業であり、結果としてクーレッシュは地図作製が苦手だったりもする。現在修業中なのだ。


「俺の故郷は山の中の小さな村で、仕事らしい仕事は無かったんだ。俺はそんな近所の山を走り回って地形を覚えて、地図もどきを描いては村の皆と情報を共有して育った。勿論、子供が描く地図だからな。今みたいにきっちりとは出来てない」

「うん」

「けど、地形の変化ってのは生活する上で重要な情報だろう?俺の地図は確かに皆の役に立っていて、村に来た冒険者にも褒められたんだ」

「褒められたんだ?」

「独力でこれだけ描ければ凄いってな。それに気をよくした俺は、その冒険者に紹介状を書いて貰って、ドラヘルンの冒険者ギルドで冒険者登録をしたわけだ」


 面白がるようにレレイが問いかければ、クーレッシュはひょいと肩を竦めながらも答えた。小さな村で育った彼にとって、自分を凄いと褒めて貰えたのはとても嬉しかったのだ。勿論村人達も褒めてくれたが、クーレッシュと特に親しいわけでもない冒険者達に褒められたことで、彼は自分の才能を生かす道を見つけたとも言えた。

 ちなみに、わざわざ王都ドラヘルンで冒険者登録をした理由は、クーレッシュの故郷に冒険者ギルドが無かったからだ。依頼をするにも麓の村まで出向かないと無理な地域育ちなので、それならいっそ、王都まで行ってしまえとやってきたのであった。……割と変なところで思い切りが良いクーレッシュだった。


「でもクーレ、地図描くの面倒くさいとかいつも言ってない?」

「規則に則ってきっちり描くのって、面倒くさいよな!」

「そこ、大声で言うことかなぁ……?」

「いや、もう、本当に面倒くさくて死にそうだからな?俺の頭の中にあるのを平面に落とし込むの、すげぇしんどい!」

「あ、でも、クーレの地図は凄いんだよ、ユーリ」

「そうなの?」


 いかに地図作りが面倒くさいかを力説するクーレッシュに苦笑する悠利の肩を、レレイがぽんぽんと叩いた。視線を向ければ、彼女はにこにこ笑顔でクーレッシュを褒めていた。自分には到底出来ないことをやってのけるクーレッシュの能力を、彼女は正しく尊敬していた。普段は特にそういう素振りも見せず、マッピングを丸投げしているが。


「距離も正確だし、えーっと、何て言ったっけ?縮尺?とかが均一なんだってー」

「……縮尺は普通、均一でないと地図が成立しないよ、レレイ」

「いやいや、通路の幅とか距離とか、均一で覚えてマッピングするとか、割と難易度高いよ?ダンジョンで地図を描ける場所なんて、セーフティーゾーンぐらいだもん!そこに辿り着くまでに、普通忘れるよ!」

「レレイ、力説しないで……。それ多分、指導係の皆さんに聞かれたら、怒られるやつだから」

「だってー」


 拳を握って力説するレレイに、悠利が脱力しながらツッコミを入れる。クーレッシュは苦い顔をしていた。彼女が道順は覚えていても、道幅などの細かい部分を綺麗に忘れて、縮尺の狂った地図を書いているのはいつものことだった。そしてレレイの地図は指導係の皆さんから減点判定を喰らっていくのだ。まぁ、当たり前と言えば当たり前だが。指導係の皆さんはそんなに甘くない。

 ちなみに、ダンジョンにおけるセーフティーゾーンというのは、新鮮な湧き水と適度な広さ、更にはそのまま食べられる果実の木が一本あり、なおかつ魔物が侵入してこないという神秘の空間のことだ。何故そんなものがあるのかは、誰にもわからない。しかし、そのおかげで冒険者達はダンジョン探索の最中でも、安心して休める場所を持つことが出来るのだ。もしかしたら、ダンジョンマスターの気まぐれか、ダンジョンの基本構造に入っているのかも知れない。


「まぁ、そんなわけで俺は、マッピングするにしても安全に探索出来るように基礎が必要だから、ここで学んでるってわけだ」

「教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「あたしも、武芸はお父さんに仕込まれたから、探索の基礎がメインなんだよねー」

「お前はもうちょい頭使うこと覚えろよ。バルロイさんになるぞ」

「だから、それは絶対嫌だって言ってるじゃんか!」

「「……」」


 心底そう思っているらしく叫んだレレイに、悠利とクーレッシュはそっと目をそらした。彼女の気持ちは解る。気の好い男だが、狼獣人のバルロイは脳筋と言われるおバカさんである。愛すべきおバカさんなのである。同じ獣人の血を引いているからなのか、それとも単純に武闘派という属性が似ているからなのか、レレイは考えるより先に身体が動くタイプで、その成長過程はじわじわとバルロイのそれをなぞっているように皆に見えているのだ。当人がどれほど否定しても。

 目をそらしたクーレッシュにレレイが噛み付いて、二人がぎゃーぎゃーといつものように喧嘩のようなじゃれあいを繰り広げている。その光景を見ながら悠利はクッキーを食べていた。いつものことなので、慌てる必要は無いのである。そんな二人を見ながら、皆、色んな理由でやってくるんだなぁ、と思う悠利であった。




 なお、先代リーダーを「おばさん」と称した悠利とクーレッシュに、アリーとブルックが顔を青くしながら二度と口にするなと言い含めるという珍事があった。……どうやら、初代様は完全なる女傑であらせられるようだ。




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