照り焼きは丼もサンドも美味しいです。


「ライス!」

「パン!」


 眼前で繰り広げられる口論を、悠利ゆうりはのんびりとした表情で見ていた。両手で温かいお茶の入った湯飲みを持ち、時々美味しそうに飲んでいる。ギャーギャーと騒がしい、一歩間違えれば手が出そうなぐらいに騒いでいる皆を見詰めながら、のほほんとしている。……乙男オトメンは今日も愉快にマイペースだった。

 ちなみに、何でこんなに白熱しているのかと言うと。


「だから、照り焼きに合うのはライスだって言ってるじゃん!一緒に食べたら、たれが染みこむし、食欲そそるし!」

「それはパンだって同じだろうが!パンと食べたって、味が染みこんで美味い!」

「ライス!」

「パン!」


 騒ぎの中心に居るのは、レレイとクーレッシュだった。年も近く、普段から行動を共にすることも多い二人であるが、性格や好みは基本的に合わない。どちらが悪いというわけではなく、良い意味でバランスが取れている二人なのだ。

 その二人が、顔をつきあわせて喧々囂々とやり合っているのは、「照り焼き肉に合うのはライスかパンか」という、非常にどうでも良い内容だった。なお、当人達は大真面目だし、その背後にそれぞれ控える同意見のメンバーも大真面目だった。彼らは悠利が夕飯に作製した照り焼き肉の美味しさに舌鼓を打ち、そして、ライスとパンのどちらが美味しいか論争に発展したのである。……何故そうなった。

 そんな風に賑やかな面々を眺めながら、悠利はもう一度お茶をずずーっとすすった。暑い季節になりつつあるが、食後の温かいお茶は別枠で美味しいのである。何となく、ホッとするのだ。

 そうして一息つきつつ、悠利は両隣の、争いに加わらずにいる二人に声をかけた。


「ジェイクさんとイレイスは、何で加わらないんですか?」

「照り焼き肉に合うのは千切りキャベツだと思うんですよねぇ」

「わたくしは、レタスに巻いて食べると美味しいと思いますの」

「あぁ、どっちも美味しいですよねー。……アレ?主食は?」


 こてんと首を傾げて悠利が問いかければ、ジェイクは遠い目をして呟いた。彼は夕飯の照り焼き肉を堪能していた。

 堪能して、そして。


「……お腹ふくれますよね、照り焼き肉」

「ジェイクさん、キャベツの千切りと一緒に大量に食べてましたもんね……」

「わたくしは、元々小食ですので」

「イレイスはそうだよね~」


 イレイシアは元々食が細いので、主食にそこまでこだわりは無かったらしい。それよりも、照り焼き肉の美味しさに感動していたのだとか。次はレタスに巻いて食べたいという彼女の希望に関しては、快く承諾する悠利であった。千切りキャベツより、レタスをちぎる方が用意するのは楽ちんである。

 そうこうしている間にも、口論はヒートアップしていた。しょうもないことに白熱できる皆を、悠利達三人はのほほんと眺めている。……まぁ、それだけ照り焼き肉が美味しかったということなのだろう。きっと。

 ちなみに、ライス派は大食漢に分類されるメンバーが多い。アリーやブルック、リヒトにウルグスなどの、よく食べるメンバーだ。フラウもしれっとそこに混ざっているのは、何気によく食べるからだろう。……なお、食べた分のカロリーはきっちり消費するタイプらしく、その美しい体型は常に維持されている。

 対してパン派は、やや食の細いメンバーが多い。普通から小食に分類されそうなメンバーがパン派としてそこに居た。ティファーナやアロール、ヤックにカミールもこちら側だった。ヘルミーネもいる。

 ちなみにマグは、その争いの真ん中地点で、どちらの意見にも頷いていた。どっちも美味しいと思ったようだ。……基本的に、出汁が絡まなければそこまで暴走しないのがマグである。


「「ユーリ!」」

「うん?どうしたの、クーレ、レレイ」

「「ユーリはどっち!」」

「……え」


 口論していてもらちがあかないと思ったのだろう。クーレッシュとレレイが悠利の側にやってきて、大真面目な顔で問いかけてきた。いや、問いかけたというか、もう、叫んだという方が正しい。いきなり自分が当事者として巻き込まれそうになった悠利は、目を見開いて瞬きを繰り返した。

 何故か、周囲の視線が自分に集まっているのを感じる。ライス派もパン派も、大真面目な顔で悠利の返答を待っていた。照り焼き肉を作ったのは悠利である。その悠利がどちらが合うと思っているのかということだ。しかし悠利にはそれはどうでも良い話題なのである。

 何故ならば。


「どっちも美味しいけど?」

「「……え?」」

「だから、照り焼きは、ライスにもパンにも合うから、どっちも美味しいよ。照り焼き丼も美味しいし、照り焼きサンドも美味しいよ」

「「えぇええええ?!」」


 あっけらかんとした悠利の発言に、周囲が絶叫した。身も蓋もないというか、凄い勢いで落とされた感じがある。今の今まで口論していた一同が、その場で脱力してしまう程度には、明後日の方向に吹っ飛んだ返答だったらしい。

 だがしかし、悠利は嘘は言っていない。照り焼き肉を載せた照り焼き丼も美味しいし、照り焼き肉を挟んだ照り焼きサンドも美味しいのだ。照り焼きは和食の調味料を使っていながら、洋風食材代表のパンとの相性も抜群なのだ。バーガーにもなっているし、サンドタイプも存在している。どちらも美味しいので、悠利の返答はこうなるのであった。

 ……え?それどう考えても魔改造民族日本人がやらかしてるだけだろう?そうですね、否定はしません。日本人にはきっと、「美味しいは正義」という遺伝子が流れているのです。良いじゃないですか。丼でもサンドでも、照り焼きは確かに美味しいので。バーガーも勿論。


「どっちもメニューあるのかよ!」

「僕の故郷にはあるねぇ」

「どっちが人気だったの!?」

「どっちも大人気だったよー。手早く食べたいときはサンド系で、がっつり食べたいときは丼系みたいな?」

「「…………」」


 食いついてきたクーレッシュとレレイに対して、悠利はやはり、相変わらずののほほんで答えた。相変わらず過ぎた。なお、彼は思ったことと事実を素直に答えているだけである。従って、目の前で皆が脱力していく姿に、不思議そうに首を傾げているのだった。

 そんな悠利の肩を、ジェイクとイレイシアが左右からぽんぽんと叩いた。この子は本当に、ぐらいの感想を抱いたに違いない。……なお、もしも悠利が彼らの心の声を聞いたならば、「ジェイクさんにだけは言われたくないです」とツッコミを入れただろう。イレイシアはともかく、ダメ大人代表の反面教師ジェイク先生にだけは、そんなことを言われたくないと思う悠利なのである。間違ってない。


「そんなに気になるなら、明日の夕飯に作ろうか?」

「「……え?」」

「小さいサイズで作れば、丼とサンドの両方を食べられるよね?そうして、どっちが好みか改めて考えれば良いんじゃない?」

「ユーリ天才!」


 あっけらかんとした悠利の提案に、感極まったようにレレイが抱きついた。ぎゅーぎゅーと抱き締められて、悠利はぽんぽんとレレイの背中を叩きながら、口を開いた。

 ……顔を若干引きつらせながら。


「喜んでくれて嬉しい。嬉しいんだけど、……レレイ、苦しい」

「え?」

「あのね、背骨が軋んでる気がするんだよね……」

「わぁああああ!ごめん、ごめんね、ユーリ!」

「レレイ、この馬鹿力!」

「悪気は無かったんだよぉー!」


 悠利の申告に大慌てでその身体を離したレレイは、隣に居たクーレッシュに怒られつつも、平謝りをしていた。そう、彼女に悪気は無い。一切無い。いつだってそんなものは存在しない。ただ、父親が猫獣人のレレイは、見た目が人間であろうとも、獣人並の力を持っているというだけなのだ。……そして、当人がそのことをすっかり忘れてしまうことが多いだけで。

 レレイから解放された悠利は、微妙にポキポキ鳴っていたような気がする背中をさすっていた。心配そうなクーレッシュとレレイに大丈夫と笑顔で答える。抱きしめられても色っぽい話にならず、ひたすら身の危険を感じるのもどうなのだろうか。しかも喜び故の行動である辺りが更に頭が痛い。レレイは相変わらずだった。


「とりあえず、じゃあ、明日の夕飯も照り焼きで良い?」

「良いよ!食べたいもん!」

「俺も」

「他の皆は、……あー、はい。大丈夫みたいですね」


 元気に返事をするレレイと、笑顔のクーレッシュ。その二人の反応を見てから周囲へと視線を向けた悠利は、問題ないと言いたげな一同を見て、小さく笑った。自分の作った料理を皆がここまで楽しみにしてくれるのは、彼にとってとても嬉しいことだった。






 そんなわけで、翌日の夕飯は照り焼き丼と照り焼きサンドのハーフバージョンセットとなった。付け合わせは野菜サラダと野菜スープ、それにカットフルーツ盛り合わせだ。2回目ともなれば、料理当番の見習い組達も照り焼きの作り方を多少はマスターしているので、作業はとんとん拍子で進んだ。

 照り焼き丼は、ご飯の上に千切りのキャベツを載せてから肉を載せている。甘辛い照り焼き肉が載っているだけでも美味しいが、千切りキャベツが添えてあると、また格別なのである。ついでに、この方が美味しいからと、肉の上にくるりとマヨネーズがかけられている。照りマヨは美味しいのである。

 サンドの方は、細長いコッペパンのようなパンの真ん中に切り込みを入れ、ちぎったレタスと照り焼き肉を挟んである。見た目はホットドッグに近いデザインだ。こちらをキャベツではなくレタスにしたのは、バーガーをイメージしたからである。なお、こちらも勿論、レタスと肉の間にマヨネーズを入れてある。照りマヨ万歳。


「それでは、いただきます」

「「いただきます」」


 悠利が呟くと、皆の声が重なる。完全に浸透している食前の挨拶をしながら、各々自分の好みの方へと手を伸ばす。ライス派は照り焼き丼で、パン派は照り焼きサンドを手に取った。

 悠利はとりあえず、照り焼きサンドに手を伸ばした。大きく口を開けてかじりつく。ふんわりとしたパンの柔らかさと、肉汁の広がる照り焼き肉に、シャキシャキとしたレタス。異なる三つの食感が、照り焼きの甘辛い味付けでまとまっている。さらに、それらを違和感なくつなぎ合わせるマヨネーズの存在がまた、美味なのである。

 たれを吸い込んだパンも美味しく、口の中で美味しさのハーモニーが広がっていく。いわゆるテリヤキバーガーはパティと呼ばれるハンバーグのような挽肉の塊だが、こちらは一口サイズに切り分けた肉だ。挽肉ではなく肉を食べている感じがして、また良い。


「んー、パンも美味しいから、余計に美味しいなー」

「ユーリ、何でこれ、キャベツじゃなくてレタス?」

「え?レタス美味しそうだったから。あと、イレイスがレタスに包んで食べたいって言ってたから、レタスにしてみた」

「なるほど」


 クーレッシュの問いかけに、悠利は簡潔に答えた。バーガーをイメージしてレタスを入れたのは事実だが、レタスに思い至った理由はイレイシアの存在でもあったので、間違っていない。

 ちらりと視線を向ければ、パン派のクーレッシュはご機嫌でサンドを食べている。その向かいに座っているレレイを見やれば、幸せそうな顔をして照り焼き丼をかっ込んでいた。……間違っていない。スプーンを片手に、もう片方の手に丼を抱えて、がつがつとかっ込んでいるのだ。色気より食い気、健在なり。


「レレイ、丼美味しい?」

美味しいおいひい!」

「……うん、気に入ってくれたのは解るけど、口の中にある間は喋らなくて良いよ」

「ん!」


 にぱっと幸せそうに笑いながらの返答であるが、口の中に入ったままなのでもごもごと言っている。一応意味は通じたので、行儀悪いよと指摘する悠利の声もそこまで厳しくは無い。クーレッシュが呆れた顔をしているが、それもまた、いつものことである。

 そんなレレイを見ながら、悠利も照り焼き丼に手を伸ばす。熱々の照り焼き肉を載せたことでしんなりとした千切りキャベツごと、その下にある白米をスプーンで掬う。照りマヨが美味しいことは解りきっているので、何も心配せずにぱくりと口の中に入れる。

 口の中に広がる肉汁と、たれを吸い込んだ白米がとても美味しい。ややしんなりとしたキャベツも、照りマヨの味付けとマッチして幸せな気持ちにさせてくれる。がっつりと食べたい人にはきっとお気に召すだろう味付けであろう。勿論悠利も嫌いでは無い。ただ、大量には食べられないなと思うだけで。


「あ、サンドも美味しいかも」

「丼も美味いな」


 そんな風に照り焼き丼を満喫していた悠利の耳に、レレイとクーレッシュの声が聞こえた。その反応は彼ら2人だけではなく、他の面々も同じだった。ライス派もパン派も、違う方の料理を食べて、そちらも美味しいと素直に認めていた。

 まぁ、悠利が両方美味しいと言っていた段階で、対立はなりを潜めていたのだが。優劣をつけるものではない、という風に調理者に言われてしまえば、口論することも出来なくなったのである。悠利にそのつもりがなかったとしても。


「美味しい?」

「「美味しい」」

「そっか。なら良かった」


 美味しいものは皆で楽しみたいよね、と笑顔で悠利は告げる。にこにこしたいつも通りの笑顔だった。その笑顔に、クーレッシュとレレイは顔を見合わせて苦笑した。そうして、基本的な性格は違うながらも、何だかんだで行動を共にしている2人は、悠利の隣と向かいで、同じようにぺこりと頭を下げた。

 悠利は意味が解らずに、こてんと首を傾げている。深々と頭を下げた2人は顔を上げると、悠利をじっと見て、同時に口を開いた。


「ごめん」

「ごめんなさい」

「え?」

「妙なことで喧嘩して悪かったな。どっちも美味いもんな」

「どっちも美味しいもんね!」

「うん?僕は特に気にしてないよ?」


 謝られた当人は不思議そうにしていた。そんな悠利に向けて、2人は肩をすくめて笑った。悠利は相変わらず悠利なのである。細かいことは気にしない、のほほんとした性格なのはいつものことなのである。




 余談であるが、照り焼き丼は木漏れ日亭で、照り焼きサンドはいつもパンを届けてくれるパン屋で、それぞれメニューに追加されるのでありました。美味しいは正義!





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