害虫駆除もお手の物です。
「アレ?ルーちゃん、何してるの?」
洗濯物を干し終えた
「キュイ?」
悠利の問いかけに、ルークスはぽよんと跳ねた。跳ねつつも、捕獲した何かを離すことは無かった。身体の一部を伸ばしたままで器用に跳ねるルークス。地面に押さえつけるようにして彼が捕獲しているのは、掌に収まるサイズほどの黒い物体だった。有り体に言ってしまえば、虫だ。
悠利は特別虫が得意でも苦手でも無い。だがしかし、ルークスが捕獲しているその虫は、本来なら虫にさほど興味を持たない
というか、子供の憧れの、夏休みのお約束の、あの黒い昆虫に見えた。
「え?カブトムシ?」
「キュウ?」
「ルーちゃん、それ、どうしたの?っていうか、カブトムシってもっと木が沢山ある場所にいそうなのに……?」
季節的には、夏にさしかかっているので別に問題ないだろうと思いつつも、悠利のイメージではカブトムシは林とか森とか山とかにいそうな感じなのだ。なので、まさかアジトの庭で発見するとは思わなかった。というか、何故ルークスが捕まえているのかが解らない。
解らないので近付いて、そしてそっと手を伸ばそうとした悠利であったが。
「キュキュー!」
「る、ルーちゃん?」
ダメー!とでも言いたげにルークスが声を上げた。ぷるんぷるんと身体を震わせて、触るなと訴えてくる従魔に、悠利は呆気にとられた。悠利がぽかんとしている間に、ルークスは捕獲していたそのカブトムシに良く似た虫を、体内に取り込んで吸収してしまった。悠利がツッコミを入れる時間も無かった。
何が起きたのかよく解っていない悠利の視界で、再びルークスが身体の一部を伸ばした。ばちん、という何かを叩きつけるような音が聞こえた。視線を向ければ、またしてもカブトムシもどきがルークスに捕獲されている。今度はその状態ですぐさま吸収していた。
「……えーっと、ルーちゃんって、虫も食べるの?」
「キューウ」
「違うの?え?じゃあ、何でこの虫、さっきから何度も捕まえてるの?」
会話をしている間も、ルークスはべちん、べちん、と身体の一部を伸ばしてカブトムシもどきを捕獲しては吸収している。スライムは雑食なので、別にルークスが何を食べてもそこは好みだから構わないと悠利は思う。だがしかし、ルークスは食事じゃ無いと言いたげにぷるぷると身体を揺すっていた。ますます意味が解らなくなる悠利である。
ルークスはルークスで、何故悠利がそんなことを聞いてくるのかが解らないのだろう。不思議そうに身体を傾けている。人間でいうならば、小首を傾げるような仕草だ。つぶらな瞳に見上げられて、微妙に通じない会話に悠利がどうしようかなとちょっと困っていたときだった。
救世主がやってきた。もとい、通訳の登場であった。
「何やってるの?」
「アロール、丁度良いところに!ルーちゃんが何してるのかよく解らないんだよねー」
「は?解らないって何が……」
首に相棒の従魔である白蛇ナージャを巻き付けたいつものスタイルで現れた10歳児は、悠利の発言に眉を寄せた。お前何言ってんの?みたいな反応をされたが、悠利は気にしない。相手はアロールである。ちょっと口が悪い感じの、大人びたクールな10歳児なのだ。気にしたら負けである。
そんなアロールの視界で、ルークスが再びカブトムシもどきを捕獲していた。素早い動きだった。アロールとナージャの視線がルークスと、彼が捕獲したカブトムシもどきに固定される。そして、アロールは口を開いた。
「あぁ、最近見ないと思ったら、ルークスが駆除してくれてたのか。ありがとう」
「キュイ」
「え?駆除?このカブトムシっぽい虫、駆除対象なの?」
「カブトムシじゃないよ。こいつは、腐食虫っていうんだ」
「……え、何その物騒な名前」
子供の憧れカブトムシだと思っていたら、全然違うなんだかとても危険そうな異世界の虫だということを知った悠利であった。よく見てみると、カブトムシっぽいが、口の部分が凶悪にとげとげしていた。囓られたら絶対に痛いと解る感じで。カブトムシじゃないのかぁ、とちょっとしょんぼりする程度には、悠利も一応男子だった。カブトムシは憧れの昆虫なのです。クワガタも可。
そんな悠利の悲しみを知らないルークスは、また何匹かカブトムシもどき改め腐食虫を捕獲しては吸収していた。ルークスを褒めるようにナージャがシャーと小さく鳴いたのが気になって視線を向ける悠利とアロール。しばし、アロールは己の従魔を見詰め、その返答を聞いていた。
そして。
「……ナージャ、いくら何でも、ルークスに害虫駆除任せてるとか、僕は聞いてないよ」
「え?ルーちゃん、ナージャさんに言われてその腐食虫捕まえてたの?」
「キュイ!キュキュー」
「いや、確かに掃除のついでかもしれないけど……。そいつの駆除は別に、ルークスだけがやることじゃないよ?そもそも、僕らに任されてたことだし」
ため息をつくアロールに、ナージャはそっぽを向いてシャーッと赤い舌を出していた。どうやら、従魔2匹の間で、先輩後輩的な何かが発生していたらしい。とはいえ、ナージャも別にまったく仕事をしないわけではなく、会話の合間に口から真空刃のような何かをはき出してカブトムシもどきを倒していた。……ただし、粉々になったその残骸はルークスがむにむにと吸収して掃除をしていた。
ナージャさんって真空刃出せるんだーと斜めにそれた感想を抱きつつ、悠利はアロールに向き直る。害虫駆除が誰の管轄かなど、今まで考えたことが無かったので、素朴な疑問そのままに質問を口にした。
「アロールの仕事だったの?」
「僕の仕事というか、うちの従魔とか、気配に聡いのが担当してる。繁殖期とかだと、ブルックが根こそぎ駆除してる」
「何それ、ブルックさん強すぎない?」
「あの人、規格外レベルで強いから気にするだけ無駄。あと、マグも得意だよ。隠れてる場所を探すのが得意っぽい」
「マグは何か解る気がする……」
マグの場合、失せ物探しや虫を探すのが得意と言うよりは、「隠れやすい場所」を探すのが得意そうなイメージだった。ちなみに間違っていない。そもそも、彼は隠密の
……なお、この場合のかくれんぼは、遊びに見せかけた訓練です。気配を殺して隠れるのも大事な修行である。
「それで、この腐食虫って、何で駆除対象なの?」
「ユーリの故郷にはいなかったのか?」
「僕は見たことないなぁ」
「そっか。それは平和で羨ましいな。こいつらは名前の通り、囓った対象物を腐食させるんだよ。それも、割と何でも」
「思った以上に危なかった!」
アロールのさらりとした説明に、悠利はびっくりした。見た目はカブトムシにそっくりなのに、そんな危険な虫だとは思わなかった。ルークスが触るなと言いたげに鳴いたのも納得できる物騒加減だった。
ちなみに、腐食虫は基本的には無機物を好む。そのとげとげした口で囓り、口から分泌する体液を対象に塗布し、そこから腐食させるのだ。腐食させる理由は解らない。単純に、彼らは無機物を囓って食べているだけで、腐食するのは不可抗力では無いかという研究結果もある。
とはいえ、そんな研究結果などどうでも良くて、普通の人々にとって重要なのは、「腐食虫が家を囓る」という点だろう。他の無機物もそうだが、家は特に狙われる。腐食虫にしても、大きくて食べがいがあるのだろう。がじがじやられてしまうのだ。
そんな理由で家を腐らされてはたまらないので、見つけ次第退治するのはお約束だった。虫除けの薬なども売っていたりするが、何故か腐食虫はあまりそれらで逃げてくれないので、物理でどうにかするしかないのであった。
「まぁ、猫が狩ったりしてるから、大きな街は案外平気だったりするけどね」
「猫が……?」
「親猫が、子猫の狩りの練習とかに使ってる感じに見えるけど」
「……それ普通は、鼠でやらない?」
「鼠も狩ってるよ。狩れるサイズは軒並み練習台なんじゃない?腐食虫は食べても美味しくないのか、退治してそのまま放置されてるけど」
「うわー、猫が優秀過ぎる……」
猫は生粋の狩人とも言われる生き物なので、街中で獲物に事欠かないならば腕前はどんどん磨かれるのだろう。とはいえ、悠利としては、猫が虫をハンティングする場面は見たくないなと思った。ちょっとグロテスクになりそうなので。
「っていうか、ルーちゃんがこんなにいっぱい捕獲してるってことは、腐食虫ってすぐ増えるの?」
「違う違う。今、繁殖期だから。この間に倒したら、後の季節が楽って感じ」
「あぁ、なるほど。…………アロール」
「何?」
繁殖期ということで、悠利は考えなくても良いことを考えてしまった。一度浮かんだ疑念は、答えを知ってそうな10歳児に質問という形で投げかけられる。出来れば外れていて欲しいなと思いながら。
「……もしかして、さっきからルーちゃんが倒してたのって、子供?」
「うん」
「……腐食虫って、もっと大きいの?」
「鼠サイズ」
「ルーちゃん、頑張って退治してね!僕、そんな大きさの物騒な虫はちょっと苦手だから!」
「キュキュー!」
悠利は自分の欲求に正直だった。カブトムシなら観賞用として大きくても気にしないが、腐食虫は囓った対象を腐食させる危険な虫である。しかも、無機物も有機物も問わないのだ。うっかり噛まれたら泣きを見る。そんな危ない虫が、鼠サイズでうろうろするのを考えたら、血の気が引いたのであった。
自分に正直な悠利の発言に、アロールは特に何も言わなかった。彼女にしても、成体の腐食虫はあまり好きではない。虫型の魔物は別に嫌いではないが、虫には好意を抱けないタイプの面倒くさい魔物使いだった。なので、昆虫タイプの魔物には優しいくせに、単なる害虫でしかない腐食虫に対しては、一切の容赦が存在しない10歳児である。
悠利に応援されたと判断したルークスは、やる気満々で移動を始めた。びし、ばし、ばちん、という感じの効果音を引き連れて、身体の一部を伸ばしながらも的確に腐食虫を退治している。百戦錬磨という感じで、実に手慣れた行動だった。いつも掃除のついでに、人知れずこうやって害虫駆除を行っていたのである。出来るスライムは今日も優秀だった。
「……ナージャ」
ぽんぽんと相棒の身体をアロールが叩くと、心得たと言いたげにするすると地面に降りたナージャが、ルークスがいるのとは反対側へと移動する。シャーという息を吐く音が聞こえたと思ったら、小さな真空刃で腐食虫が細切れにされていた。一瞬で粉々になるので、グロテスクさは存在しなかった。なので、見ている悠利もあんまり怖くなかった。
……地味に、腐食虫は硬いのだ。それを一瞬で粉々に出来るナージャの真空刃の切れ味については、言わずもがなであろう。しかし、悠利はそんな事情は全然知らないので、蛇の魔物って真空刃使えるんだー、ぐらいの認識だった。そしてツッコミは入らなかった。何故ならそれらは悠利の心の声だからだ。
「ルーちゃんもナージャさんも、いつもこうやって害虫駆除してくれてたの?」
「適材適所でしょ」
「そうだね。……頑張ってくれてるなら、何か美味しいもの作ってあげなくちゃね」
「ナージャも喜ぶよ。ユーリのご飯は美味しいって」
「え、それ初耳。嬉しいなぁ。ナージャさん好みの料理が作れるように頑張るね」
「ん」
基本的にアロール以外には無関心っぽいナージャに気に入られていると知って、悠利は顔を輝かせて喜んだ。本性が巨大な蛇の魔物なヘルズサーペントであると知っていても、悠利が見ているのはアロールの首に巻きついている小さな白蛇なのだ。理知的な瞳が印象的な白蛇を、悠利は格好良いなぁと気に入っていたのである。
なので、好かれていると知って、俄然やる気を出すのであった。何を作ろうかなとうきうきしている悠利の姿に、アロールはひょいと肩をすくめた。相変わらずだよね、とでも言いたげな10歳児だった。
なお、害虫駆除を頑張って従魔2匹がご褒美を貰っているのを見て、それまで以上に害虫駆除にやる気になる面々が現れたりするのでした。
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