朝ご飯に、残りご飯の出汁茶漬け。
カチャカチャと音をさせながら食器の準備をしているマグの横顔は、いつも通りの無表情だった。朝食当番としての仕事をしているマグであるが、今日は実に大人しかった。というのも、本日の朝食が、パンにベーコンエッグにサラダ、コーンスープという洋風モーニングだからだ。あと、デザートにフルーツもあります。
美味しくバランスの良い朝ご飯であることは確かなのだが、マグにとっては「出汁入りでは無い」という一点において、特に大喜びするようなご飯ではなかった。出汁の信者は今日も元気に出汁一直線である。出汁、特に昆布出汁が絡んだときは色々とアレな行動が目立つマグであるが、それ以外はどちらかというと淡々としている少年だった。感情の起伏に乏しいわけではないのだろうが、表に出すのが苦手らしい。……それで何故、出汁関係だけあそこまで暴走するのかは、誰にも解らなかった。
「マグー、朝ご飯、皆と別のメニューでも良いかな?」
「……?」
「昨夜のライスがちょっと残っててね。二人分ぐらいなんだー。だから、僕らはパンじゃなくてライスでも良いかな?」
「諾」
本日の朝食メニューにさして欲求の無かったマグは、
……だから、何故、出汁関係だけあんなことになるのか。謎すぎる。
そんなマグを理解しているので、悠利は良かったと笑って用意を始めた。まず最初に彼が取り出したのは、冷蔵庫に入れてある昆布だしである。……瞬間、マグの目がキラリと光った。それまでの無表情と変わらないように見えて、目の輝きとオーラが全然違う。出汁の信者、覚醒!
「……出汁?」
「うん、出汁茶漬けにしようかなって」
「出汁茶漬け?」
「ライスが冷たいから、温かい出汁をかけて食べようね」
「出汁」
表情こそ変わらないままに、マグは頭に音符を飛ばす感じで浮かれていた。やったね!ぐらいのノリなのだろう。マグ向けのメニューというのもあるが、チャーハンよりも手早く作れるからという理由で選んだ悠利であった。あと、自分の食欲と相談して、朝からがっつりよりあっさりが良かったというのもある。互いの需要が一致した素晴らしい瞬間であった。
うきうきしているマグは、悠利の手元を真剣にのぞき込んでいる。取り出した昆布だしを鍋に入れて温めると、悠利は沸騰した出汁に塩と酒、少量の醤油を入れて味を調え始める。イメージはすまし汁だが、それよりも更に薄味を心がけて作る。
アルコールが飛ぶようにしばらく火にかけたのち、熱々は食べにくいので少し冷ましておくことにする。その間に、深皿にライスを盛り付ける。……その段階で既に、マグの目がじぃーっと器を見詰めていた。出汁の信者は正直である。
「……ちなみにマグ」
「……?」
「ライスはこれだけなので、お代わりはありません」
「……」
「あと、サラダとベーコンエッグとフルーツも、食べようね?」
「…………諾」
へたしたら出汁茶漬けだけで腹を満たそうと目論んでいたマグに、ざっくり釘を刺す悠利であった。というか、ご飯が存在しないので、食べたいと言われても用意できないのだ。物理的に不可能なので諦めてもらいたい。
主食が出汁茶漬けなだけで、おかずは食べるつもりだった悠利のツッコミに、マグはちょっとしょんぼりしていた。それでも、無いなら仕方ないと諦める程度には、聞き分けが良かった。……料理当番がウルグスじゃなくて本当に良かったと思う悠利だった。もしもウルグスが食べようとしていたら、確実に狙われていただろう。
とりあえずマグが納得したのを確認してホッとした悠利は、盛り付けたご飯の上に、冷蔵庫から取り出した梅干しを一つずつ載せた。不思議そうな顔をしているマグに、味付けと答えれば、出汁の信者はなるほどと頷くだけであった。……基本、出汁があるなら、それ以外は気にしないマグなのだ。
「それじゃ、ベーコンエッグ焼いちゃうから、マグは今の間にテーブル拭いたり、飲み物用意したりしてね」
「諾」
美味しい出汁の料理が食べられると言うことで、出汁の信者の動きは速かった。いつもの三倍速ぐらいだ。実際のスピードが速いというのではなく、動きに無駄が無いというべきだろうか。……出汁が絡んだときのマグは、何故かスペックが急上昇する感じであった。
そんなマグに苦笑しながら、悠利は適度な厚みに切ってあるベーコンと届いたばかりの卵で、ベーコンエッグを作っていく。ぷるんと揺れる黄身がなんとも美味しそうである。
「マグ、玉子は半熟?固焼き?」
「……?」
「……あぁ、うん。マグ、割とどっちでも良かったね。じゃあ、僕半熟が好きだから、半熟に合わせて良い?」
「諾」
出汁の信者は、玉子の半熟固焼きに興味が無かった。というか、どっちでも美味しくいただくと言うべきか。
なので悠利は、二つまとめて焼いているので、自分の好きな半熟に合わせて調理をする。異論は無かったので、美味しそうに焼き上がったベーコンエッグは、悠利好みの半熟だった。お皿に盛り付けて、その隣にサラダを置けば、完成だ。
ベーコンエッグが仕上がったので、ライスを入れた器に少し冷めた出汁を注いでいく。湯気がぶわりと出てくるので、すっと顔を後ろに動かして逃げる悠利。……眼鏡が曇るのは大変なのです。
既にスプーンをスタンバイしているマグに、ちょっと待ってと声をかけると、手で砕いた海苔と鰹節を散らす。本当はここにじゃこや青じそ、三つ葉などを入れると色合いも綺麗で栄養もありそうなのだが、思いつきで作ったのでその辺は無かった。まぁ、そういうものである。
「はい、完成ー。食べようねー」
「諾」
出来上がった出汁茶漬けの入った持って移動する二人。ちなみに、ベーコンエッグとサラダは出来上がった瞬間にマグがテーブルに運んでいた。……本日のマグは、本当に、動きが素早い。よほど出汁茶漬けが食べたかったようだ。
いただきますと仲良く唱和して、二人は食事を始める。悠利は箸で、マグはスプーンで食べている。使っている道具は違うが、二人とも最初にやるのは梅干しとご飯を解すことだった。梅干しはまるごと入れたので、潰して味を全体に行き渡らせるのが目的だ。ご飯は冷めて固かったので、出汁の温かさで解すのが目的である。美味しく食べるための前準備みたいなものだ。
それらが出来て、ぐるりと海苔や鰹節などと一緒に混ぜてから、中身を口に運ぶ。箸で食べているので、悠利は器を手で持って口の中にかきこむようにして食べる。お茶漬けはこういう風に食べるものだと思っているので、細かいことは気にしない。まだ熱かったが、出汁の優しい味わいに梅干しがアクセントを添えていて、実に美味だった。ほっこりするお味である。海苔と鰹節が入っているのもまた、梅干しの酸っぱさを必要以上に感じさせない。
たかがお茶漬けと言うなかれ。
出汁でワンランクアップしているし、具材を調整すれば立派な料理に早変わりするのだ。鯛茶漬けなどは、むしろそこそこ良い料理として扱われるのではないだろうか。地方特有のお茶漬けなどもあるぐらいなので、出汁茶漬けを含むお茶漬けはバリエーション豊かな料理である。
ちらりと悠利が視線を向ければ、マグは物凄くご機嫌で食べていた。いつもなら、出汁関係の料理は凄まじい速度で食べるのだが、今日は違う。出汁茶漬けなので熱いというのもあるが、お代わりが存在しないと解っているからだ。これは大事に味わって食べなければいけないものだと、マグは思っているのだ。
スプーンに出汁と一緒にご飯を掬い、口へと運ぶ。単調な仕草で食べ続けているし、その表情もいつもと何も変わらない。けれど、頭の上で音符がぴこぴこ飛んでいるような感じだった。出汁茶漬けは、出汁の信者のお口に合ったらしい。
「マグ、美味しい?」
「美味」
「そっか。良かった」
「美味、……美味」
ご機嫌で答えていたマグの言葉が、ぽつりと途切れた。不思議そうに悠利が視線を向ければ、マグの手にしていた器の中身が空っぽに近づいていた。もう二口ほど食べてしまえば終わるだろうか。大事に大事に食べていたつもりでも、無くなるときは無くなるのである。それでも、幾分しょんぼりした様子で器の中身を見ているマグの姿に、悠利は苦笑した。本当に、出汁の信者は今日も出汁が大好きだ。
「マグ」
「……?」
「出汁茶漬けは割と簡単にできるから、主食がライスの時の〆に食べることも出来るよ」
「……?」
「おかずを全部食べて、最後に残ったご飯を少し出汁茶漬けにするとかね」
「……諾!」
悠利の提案に、マグはぱぁっと顔を輝かせた。……ように見えた。表情筋はあんまり動いていないが、目の輝きが違う。オーラが違う。全身から喜びの空気が溢れ出ていた。……よっぽど気に入ったらしい。
マグに提案した内容は、悠利の中で普通のことだった。出汁茶漬けにするというところだけがちょっと面倒だが、ご飯の〆にお茶漬けというのはよくあることだ。おかずでご飯を食べた後、漬物とお茶漬けを嗜むのも別に珍しくはない。そのときには、他にも希望者が出るだろうから、出汁は多めに作らないとダメだろうなと考える悠利であった。多分間違っていない。《
「梅干し以外にも具材を変えて楽しめるから、色々やってみようね?」
「諾」
その申し出はマグにはとても嬉しいことだったのか、打てば響くような返事はとても速かった。そんな素直なマグの反応に、悠利はにこにこ笑うのだった。
その後、主食がご飯のときは〆に出汁茶漬け、というのが一時期アジトでブームとなるのであった。美味しいは正義ー!
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