アロマで改良?お家で贅沢、入浴剤。


 真剣な顔をして、出来上がった品物を見ている美貌のオネェ、レオポルド。その麗しいお姿は、今日も見惚れる程に素晴らしかった。しかも、凜とした面差しに相応しいキリッとした表情をしているのだから、美形度5割増しぐらいだ。勿論、普段の人当たりの良い姿も、晴れやかな微笑みも、彼の人はとても魅力的であるが。

 とにかく、現在、超真剣な顔をしているレオポルドが、そこにいた。


「……あのー、レオーネさーん?」


 ひらひらと手を振ってみせる悠利ゆうりに対して、反応は無い。怖くなるほど真剣に、彼は手にした瓶の中の液体を、食い入るように見つめていた。そして、瓶の蓋を開けると、その香りを確かめている。本当に、いつもと全然違うぐらいに、恐ろしいほどに、真剣だった。真剣すぎて怖い。美形が真顔になると怖いというのは事実だった。そこにいるのは、悠利が見たことも無い雰囲気のレオポルドなので、困った顔をしてしまうのも無理はないのだ。

 レオポルドが手にしているのは、先ほど悠利が作り上げた入浴剤だ。先日、ついうっかり、作ってしまった入浴剤。配合した素材の影響で美肌効果とか保湿効果とかが出てしまったそれに、美貌のオネェが食いつかないわけがなかった。今ではハローズによって様々な種類が売られている入浴剤であるが、オネェの探究心はその商品を購入して使用するだけでは、終わらなかった。

 何しろ、制作者がここにいる。原案者とでも言うべきか。アリーによって、身内以外に錬金釜で作った品物を渡すことを禁じられている悠利であるが、レオポルドは例外だった。というか、例外枠をもぎ取ったという方が正しい。彼は悠利の、調合技能スキルにおける師匠に当たるので、強引に割り込んできたのだ。良い品質の美容品その他に目が無いのは流石オネェだった。

 まぁ、アリーが外部に流出させるなと口を酸っぱくして告げているので、レオポルドも自分が使う以外にどうこうするつもりはないのだが。


「見た感じはきちんと出来ていると思うわ」

「そうですかー」

「そんなわけだから、とりあえず試してみないといけないわねぇ。行くわよ、ユーリちゃん」

「え」


 アレ?僕も?という反応をしている悠利の手を引っ張って、レオポルドは勝手知ったるといった感じでアジトの中を歩いていく。先ほど作り上げた特注品の入浴剤の出来具合を確かめるのだと意気込んでいるオネェ。何故か一緒に被検体認定されてしまった悠利は、洗濯物取り込まないとダメなのにー、という実に斜めにそれたことを考えていた。乙男オトメンは相変わらずだった。

 仕方ないので、通りすがりのウルグスに代役を頼んでおいた。美貌のオネェがちょっぴり苦手な見習い組の最年長は、巻き添えで風呂に連行されるぐらいならばと、快く引き受けてくれた。……何しろ、被検体は多い方が良いと言わんばかりに、レオポルドがにっこり微笑んでくれちゃったので、さっさと逃げたかったのである。

 そんなわけで風呂場にやってきた悠利であるが。


「……で、なんで俺を巻き込んだ、ユーリ」

「えーっと、手近にいたから?」

「ヲイ」

「あと、レオーネさんと一緒にお風呂でも大丈夫そうかなって。クーレ割と、レオーネさん平気だし」

「……誰かに逃げられたのか?」

「ウルグスがめちゃくちゃ逃げた」

「そうか」


 風呂場に行くまでにすれ違ったクーレッシュは、悠利とレオポルドに捕獲されて、一緒にお風呂タイムとなっていた。肌の状態は個人差があるので、被検体は多い方が良いのだ。せめてもう一人とレオポルドが口にしたので、悠利としては、被害の少なそうな人材を選んだつもりだった。……アリーとかブルックならばレオポルドとつきあいは長いので大丈夫そうだが、逆に彼らの場合は諸々ツッコミが飛びそうだったので除外したのである。

 アジトの風呂は数人で入っても大丈夫に作られているので、いつも複数人で入っている。だから、悠利もクーレッシュもそこは気にしていなかった。彼らが気にするとしたらそれは、お客様であるところのレオポルドの存在である。しかし当のオネェは気にした風もなく、さっさと服を脱いで、長い髪を邪魔にならないようにくるりとまとめて、入浴剤を手に中に入ってしまっている。


「レオーネさんって、ここのお風呂使ったことあるのかなぁ?」

「あー、たまにここで飲み会した後に、風呂入ってたのは知ってる」

「そうなんだ」

「今はそこまで飲むメンバーがいないから飲み会少ないしな」

「昔は多かったの?」

「バルロイさんがすっげー飲むし、アルシェット姉さんもアレで酒豪だから、あの頃は三日に一回は飲み会やってたぞ」

「うわぁ」


 既に《真紅の山猫スカーレット・リンクス》を卒業している狼獣人のバルロイと、そのお目付役であるハーフリングのアルシェット。彼らがいた頃はずいぶんと賑やかだったんだなぁ、と悠利は思った。今も確かに賑やかだが、晩酌はしても飲み会はしていないので、きっと、大人しいのだろうと思った。

 というか単純に、訓練生の年齢が下がっているというのもある。今はお酒を飲めないメンバーが半数を占めているので、飲み会の需要が下がっているのだ。

 脱衣所でいつまでもぐだぐだしていても仕方ないので、悠利もクーレッシュも服を脱いで浴室に入る。早いお風呂だと思ってしまえば良い。ついでに身体も頭もきっちり洗ってしまおうと決意する悠利。時間配分は大事である。どうせお風呂に入るなら、全部終わらせた方が良いに決まっている。

 そうして中に入った浴室には、素晴らしい匂いが充満していた。香水の香りだ。乳白色に染まった浴槽から、ふわり、ふわりと広がっているのは、ハーブの爽やかな香りだった。アレ?とクーレッシュが小さく呟いたのは、その香りが以前の入浴剤のものよりも上質だったからだ。


「ユーリ、この匂いって」

「うん、レオーネさんの香水。今回のは、香り付けにレオーネさんの香水を使ってるんだよ」

「……それ、値段高くなるんじゃね?」

「売りには出さないよ。レオーネさんが個人的に使いたいんだって。だから、うちとレオーネさん限定かな?」

「へー」


 美貌のオネェは、自分が使う品物に妥協はしなかった。ハローズの店で買い求めた入浴剤も別に悪くはないのだろうが、調香師として名を馳せている彼には物足りなかったらしい。しかし入浴剤は錬金釜を使用して作られているので、自分でアレンジをすることが出来ない。そこで、悠利の手を借りて作成したということになる。

 ……なお、悠利が、自分の錬金釜で作成したことによって、保湿効果とかその他諸々がパワーアップしているのだが、そこは口にしないのがお約束だ。鑑定系技能スキルを持っていなければ、体感ぐらいしか解らない。体感ならば、確証はないのだから。


「香りは良い感じだし、入浴剤そのものも、特に肌に悪影響はなさそうねぇ」

「レオーネさん、満足しました?」

「えぇ。これで大丈夫みたいだから、ユーリちゃん、後で他の香りもお願いね」

「了解です」


 ちゃぷんという音と共に、レオポルドがにこやかに微笑んだ。湯船にしっかりと浸かっているので、見えるのは肩の少し下ぐらいまでだ。長い髪をアップにしているので、後ろ姿だけならば女性と間違えそうになる。しかし、普段服を着ているときはあまり思わなかったが、元冒険者なだけあって、ほっそりとして見えた肩や背中にも、しっかりと筋肉はついていた。

 ちらり、と悠利は隣でがしがしと頭を洗っているクーレッシュを見た。体格的には中肉中背で、鍛えていないわけではないがマッチョでもないクーレッシュ。得手は援護や斥候と口にする彼は、そこまで体格が良いわけでも、力があるわけではない。それでも、何一つ鍛えていないへろへろの悠利に比べれば、腕や背中に筋肉はあるし、腹筋も少しは割れている。

 だがしかし。


「……クーレより、レオーネさんの方が筋肉あるっぽいんだけど」

「ユーリ、聞こえてんぞ」

「ユーリちゃん、聞こえてるわよ」


 悠利がぼそりと口にした独り言は、きっちり二人に聞こえていたらしい。二人はそれぞれ別の意味で、不機嫌そうにツッコミを入れた。

 クーレッシュは、まだこれからだから!という年頃の男子らしい主張だった。確かに彼は前衛ではないので鍛え方はいまいち足りないが、それでも、筋肉が無いと言われるのは納得いかなかったらしい。彼は彼なりに鍛えているので、そこはちゃんと理解して欲しいらしい。

 そして、美貌のオネェはというと。


「あたくしは、もう冒険者は引退したのよぉ。確かにその頃の名残でそれなりだけれど、あまりそういうのは好きでは無いのよ。物騒なことは嫌いだわ」

「……この間、冒険者ギルド前でバカな冒険者を瞬殺してたじゃないっすか」

「アレはアレでしょう?だからって、荒事を好むと思われるのは不愉快だわぁ」

「別に僕、そんなこと思ってませんよ?ただ、レオーネさん、服着てる姿からは、こんなに筋肉あると思わなかっただけです」

「……着痩せするタイプで良かったと、心底思っているのよねぇ」


 ふぅ、と溜息をつくレオポルド。まぁ、確かに、香水屋の店主にマッチョ要素は必要ないだろう。健康的な細マッチョだとしても、調香師のイメージからは多少外れてしまうかも知れない。彼の前歴を知っていなければ、優美な見た目に反して鍛えられた身体をしているとは思わないだろう。

 そんなレオポルドを気にした風も無く、頭も身体も洗い終えた悠利は浴槽に身を沈める。ちゃぷんという音がした。乳白色のお湯はまろやかな肌触りで心地よい。ぱちゃぱちゃとしばらくお湯の中で動かしてみると、肌つやが良くなるのが解った。


(……うわーい。効果倍増しちゃってるー)


 心の中だけに止めたのは、隣の美貌のオネェに聞かれたらやばいことになると本能で察知したからだ。保温効果とか、血行促進とかの、健康に良さそうな効果はこの際どうでも良いのだ。やばいのは、保湿とかの、露骨にお肌の肌つやに影響する美容関係の部分だ。流石、チート技能スキル【神の瞳】保持者が作った入浴剤は違った。……何だろう、とてつもなく能力の無駄遣いの気配がしている。いつものことだが。


「レオーネさんは、頭は洗わないんですか?」

「えぇ。ここのシャンプーが良いのは知っているけれど、乾かした後に使う香油を持ってきていないから」

「……乾かした後に香油使うとか、マジでレオーネさん手入れの鬼っすか……」

「貴方はもう少し気を配りなさいな。毛先が傷んでいるわよぉ」

「いやー、俺、男ですし。髪短いですし。カミールは気にしてるみたいですけどね」

「あぁ、あの子は綺麗な金髪だものねぇ。良いことだわ」


 悠利とレオポルドがのほほんと会話をしていると、頭と身体を洗い終えたクーレッシュがやってくる。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》では、基本的に、洗い終えてから浴槽に入るようにと言われている。複数人が入浴するので、少しでもお湯が汚れないようにするためだ。

 そして、あえてレオポルドの隣では無く悠利の隣にやってくるあたりが、クーレッシュだった。とはいえ、別にレオポルドが苦手というわけでもない。確かに、彼の感性はよく解らないので、「何だろう、この人?」みたいなモードになることもあるクーレッシュだ。しかし彼は、基本的にはレオポルドの実力を認めていて、尊敬しているのだ。……オネェなところは別として。


「おー、何か肌がすべすべになるぞ」

「入浴剤は保湿効果があるからねー」

「これ、前のより香りも良いから、女性陣喜ぶんじゃね?」

「そうだねぇ。レオーネさん、試作品、分けてもらっても良いですか?」

「勿論よ。ユーリちゃんのおかげで作れるんだから」

「ありがとうございます」


 快諾してくれるレオポルドに、悠利は良かったねぇと笑った。クーレッシュは割と真剣に、こくりと頷いていた。彼は思ったのだ。いくら巻き込まれて連行されたからといって、レオポルドの香水を使った極上の入浴剤でのお風呂を、男である自分だけが堪能したと知ったらどうなるか。

 まず間違いなく、女性陣に詰られる。そして絶対、悠利は怒られないのだ。彼は己の立場を知っていた。


「……これで、レレイとヘルミーネに首絞められないですむ……」

「クーレ、何か哀愁漂ってるよ」

「あらあら、あの子達そんなに物騒かしらぁ?」

「物騒っすよ。特にレレイは、考えるより先に手が出るし、ヘルミーネも感情で突っ走るんで」

「貴方も大変ねぇ」

「……レオーネさん、顔が超楽しそうなんすけど……」


 俺の不幸を楽しまないでください、とぼやくクーレッシュ。レオポルドは愉しそうに笑っていた。悠利は、しょんぼりしつつも、その実クーレッシュがそこまで落ちこんでいないことを知っているので、気にせず極上のお風呂を堪能していた。



 なお、無事に試作品をゲットした悠利によって女性風呂も素敵なお風呂に早変わりしたので、その日の女性陣は上機嫌になるのであった。


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