見習い組達が、ここにいる理由。

 それは、特に深い意味もなく、いつものごとく「何となく気になったから」で発された問いかけだった。本当にただ何となくだったのだ。だから悠利ゆうりは、ごく普通の口調で、目の前であーだこーだと言いながら勉強に勤しんでいる見習い組達に問いかけた。


「そういえば、皆って、どんな理由でここにいるの?」

「「は?」」


 問われた質問の意味が解らなかったのか、いつもなら一人別反応を示す筈のマグまで一緒になって、見習い組達は四人で首を傾げていた。一生懸命読み込んでいた教科書代わりの資料から顔を上げて、ちくちくと暢気にハンカチに刺繍をしている悠利を見る。四人に真っ直ぐ見詰められて、悠利は不思議そうにしながら、もう一度問いかけた。


「だから、何でここに所属することになったのかなーって」

「いや、聞こえてないわけじゃねーし」

「いきなり過ぎてびっくりしただけだって」

「そうなの?」


 ウルグスとカミールにツッコミを入れられた悠利は、そっかーと暢気に笑っていた。どうでも良いが、手元を見ていないのにさくさくと刺繍が進んでいくのはどういうことだろうか。慣れって恐い。

 いきなりの質問で困ったものの、別に隠すことでもないので、彼らは順番に口を開いた。一番最初は、ヤックだった。


「オイラは、村にリーダー達が来たときに、どうしたら冒険者になれるか聞いたんだ」

「そうなの?」

「うん。オイラの村は貧しいから、冒険者になってちょっとでもお金を手に入れたいなーって思って。早く一人前になって、皆に仕送りしたいんだ」

「……ヤックは良い子だねぇ」


 なでなでと頭を撫でられて、ヤックはきょとんとしている。自分のためでなく、家族のためにお金を稼ぎたいとか、真っ直ぐで良い子過ぎる。そこでチョイスしたのが冒険者だったのは、自分に学がないことを自覚していたからである。職人系も伝手がないとなかなか弟子にとってもらえないのが現実なので。

 なお、ヤックはその初対面での問答で、学は無くとも聡明で向上心があることをアリーに認められて、そのまま《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に入ることがきまったという、レアケースだ。普通は、そんな風に突撃してきた子供を受け入れることは無い。

 そしてヤックは、そんなアリーのお眼鏡に適うだけの頑張りも見せている。大きく化けることは無いだろうが、堅実に長く続けることが出来るタイプになるだろう、というのが指導係達の共通認識である。


「カミールは?」

「俺?俺は、別の街から王都に来て、ギルドで冒険者登録したときに、ギルマスにどっか基礎を教えてくれるようなところが無いか聞いたら、紹介状書いてくれた」

「へー、そういうパターンあるんだ」

「あるある。むしろ、ギルマスの紹介と知人の伝手が一番多いパターンじゃね?ヤックみたいに、自分から頼み込んで入れるのは少ないと思うぜ」

「そうなんだ」


 へらへらと笑っているカミールであるが、わざわざ故郷の街ではなく、王都で冒険者登録をした、というところに彼の先見の明が地味に光っている。故郷で冒険者登録をしたならば、最初の下積みはその故郷で行うのが普通だ。それをわざわざ王都まで出てきた段階で、彼は王都の方が利点があると知っていた、ということになる。


「っていうか、カミールなんで冒険者目指したの?確か、実家は商家だよね?」

「おう」

「それで、読み書き算術も得意なんでしょ?なんで?」

「家は姉さんと義兄さんが切り盛りしてるし、俺の入る隙間ねーんだもん。それなら、トレジャーハンターとして一旗揚げて、実家にあちこちの情報を流した方が得策じゃね?って思った」

「なるほど」


 へらへらと笑っているが、その決意を若干14歳の子供が固めるのは、そこそこ真剣に考えた証拠だ。カミールは商家の長男だが年の離れた姉が何人もいて、そのうちの長女が婿を取って実家を切り盛りしているのだ。自分がいると逆に邪魔になるのではと考えた彼は、家族の役に立てて、さらには自分も自由に生きていける道を考えて、今現在を選び取っている。

 ……割と、転んでもただでは起きない系の少年であった。逆境も良い感じに変えてしまうのはカミールらしい。


「皆色々と理由があるんだね。それじゃあ、マグは?」

「……?」

「マグはどうして、ここに来たの?」

「……あー……」


 悠利の問いかけに、マグは首を捻る。不思議そうな顔をしているマグと、何かを察したのか遠い目をして呻くウルグス。実は、マグがここに来た経緯を知らないカミールとヤックは、興味深そうに、このスラム育ちの、一種独特な性格をした仲間を見ている。

 そして。




「捕獲」




「「……はい?」」

「……あー……」


 きっぱりと単語で答えたマグと、意味が解らずにきょとんとする三人。そんな四人の状況を理解して、ウルグスが頭を抱えて呻いた。図らずも、それでウルグスが事情を知っていると察した三人は、視線をウルグスに向けた。そうだ、知っているに違いない、と彼らは思い出したのだ。だって、ウルグスはマグより先にここに来ているのだから。

 教えてお兄ちゃん!状態の視線を向けられたウルグスは、小さく息を吐いた。自分はちゃんと説明したと言わんばかりのマグの頭を軽く叩いてから、口を開く。……なお、マグはウルグス相手には平然と反撃するので、当たり前みたいにキックが飛んできたが、いつものことなので当人達は気にしていない。ただし、悠利からきっちり「すぐに手を出しちゃダメ」とお小言が飛んだが。この辺はいつもの流れである。


「こいつの住んでた街のスラムの一掃か何かの任務を、ブルックさんが受けたらしい。んで、そこでこいつは、ブルックさんに捕獲されて連れてこられたんだ」

「……捕獲されるって、マグ、何やらかしたの……?」

「奇襲」

「「え」」


 困惑したまま悠利が問いかければ、マグはやはり、淡々と答える。単語で返答するのはいつものことだが、その表情も仕草もいつも通りで、別に何もおかしいと思っていない反応だった。そして、相変わらず全然説明が足りないので、3人は視線をウルグスに向ける。教えてお兄ちゃん!再びだった。もう色々諦めたのか、ウルグスが補足していく。

 なお、その内容は、3人の予想の斜め上を余裕で突っ走っていた。


「こいつな、スラムの一掃にやってきたブルックさんを敵とみなして、大概の住人がさっさと逃げるのに、1人だけ背後から奇襲しやがったらしい」

「「はぁあああああ?!」」

「勿論奇襲は失敗して、その場でブルックさんに捕獲されたらしいけど」

「先手必勝」

「「何か違う!」」


 ぐっと親指を立てて宣うマグに対して、3人は思わず叫んだ。そりゃ叫ぶだろう。ブルックは誰が見ても歴戦の剣士だ。スラム育ちの子供が、奇襲したところで勝てるわけが無い。むしろ、逃げる方が賢明だ。それなのに何でまた、分の悪い賭に出たのかがちっとも解らなかった。マグは飄々としているが、普通に考えて色々間違っている。ウルグスも疲れたようにため息をついていた。

 なお、マグの心情としては、スラムは彼の家だったというのが理由になる。例え周囲から見て色々駄目な部分が多かろうが、その場所はマグにとって確かに居場所であったのだ。逃げる先など持たないマグにとって、自分の居場所を壊しに来たブルックは敵であり、だからこそ、勝てないまでも一矢報いなければという感情が芽生えたらしい。


「……まぁ、奇襲したことは置いておいて……。マグは、何でここに連れてこられたの?」

「確保?」

「ブルックさん曰く、奇襲してきた強靱な精神と、身のこなしから育てれば強くなるだろうから、とりあえず持って帰ってきたってことらしい」

「持って帰ってきたって……」

「あと、これを野放しにしておくと、何か色々面倒くさそうだと思った、らしい」

「「……あー……」」

「?」


 マグが1人不思議そうに首を捻っているが、3人は何となく納得した。感情の起伏に乏しそうに見えて、変なところで思い切りが良いマグである。どこかで騒動を起こされるぐらいなら、とりあえず見つけた自分が責任を持って持ち帰り、普通に生活していけるように鍛え上げる方が良いと思ったのだろうか。……何だかんだでブルックもアリーの相棒らしく、お人好しで面倒見が良い部分があるのであった。

 とはいえ、ブルックに捕獲されたのは、長い目で見ればマグにとって幸福だった。この場所は衣食住を保証してくれる。指導係各位も、別に鬼のようなスパルタなわけではない。きちんとルールを守って過ごしているならば、実に快適な空間だ。……だからマグは別に、連れてこられたことを怨んではいない。ただ、経緯が人とちょっと違うだけだ。

 マグの状況にちょっと頭が痛くなった三人は、ちらっと視線をウルグスに向けた。最後を任された見習い組の最年長は、別に面白くも何もねぇぞ、と呟いてから言葉を続けた。


「俺の家は代々城に勤めてる文官なんだが」

「ウルグス本当にお坊ちゃんだったの?!」

「ヲイこら、ユーリ、どういう意味だ!」

「いや、うん、育ちが良さそうな部分が時々あったけど、色々意外で」

「悪かったな!」

 

 心底驚いたと言う風に悠利が話の腰を折ってしまったが、ヤックもカミールもさもありなんという顔で頷いていた。普段のウルグスはどう考えてもガキ大将なのだ。それが実は育ちの良いお坊ちゃまとか言われても、その情報があったとしても、ついうっかり忘れてしまうのは無理も無いことである。

 なお、マグは相変わらずの無表情で、それがどうしたと言いたげだった。彼にはウルグスがお坊ちゃまだろうが何だろうが、どうでも良いらしい。まぁ、マグだし。


「で、うちは文官の家系だけど、俺は三男なんで、跡を継ぐのは兄さん達だ。だから、前から興味があった冒険者になろうと思って、登録をした」

「うん」

「その時に、ギルマスがリーダーに紹介状を書いてくれて、ここにいる」

「あ、ウルグスも紹介状なんだ」

「おう」


 のほほんと悠利と会話をしているウルグス。それだけだ、と話を締めくくろうとした瞬間だった。にひひ、と楽しそうに笑ったカミールに、一同の視線が向かう。にんまりと、黙っていれば良家の子息に見える顔立ちに悪童めいた笑みを浮かべたカミール。何かを察したかのようにウルグスが黙らせようと腕を伸ばしたが、それより早く、言葉は滑り落ちた。

 

「それだけが理由じゃないだろー?確か、すぐ上のお兄さんの役に立つためって聞いたぜー?」

「どこからだよ!」

「情報源は秘密ー」

「てめ、カミール!」

「……お兄さんの役に立つために、冒険者?」

「……っ」


 はて?と首を傾げている悠利に、ウルグスは言葉に詰まる。カミールを捕まえてぎゃーすか言っていたが、当のカミールはケラケラと楽しそうに笑っている。ヤックが少し心配そうに見ているが、勿論ウルグスも本気で殴ったりはしないので、そこは安心だ。どちらかというと、照れ隠しが近いだろう。

 ウルグスが答えないが、悠利は特に問いただそうとはしなかった。言いたくないなら良いや、と思ったのだ。だがしかし、くいくいと悠利の服の裾をひっぱり、マグが意思表示をする。珍しい。


「マグ、どうかした?」

「兄、遺物、届ける」

「……え?」

「兄、研究。遺物、届ける」

「えーっと、ウルグスのお兄さんが研究者さんで、見つけた遺物とかをお兄さんに届けるのが目的って、こと?」

「諾」

「てめぇマグぅううう!何勝手に暴露してやがんだぁあああああ!」

「煩い」


 カミールを羽交い締めにしたままウルグスが叫ぶ。マグはぷいっとそっぽを向いて、ウルグスの罵声を無視した。途端にカミールを放り出して、ウルグスはマグを追い回す。小柄なマグは面倒そうにウルグスの腕をかわしている。……腕力ではウルグスが圧倒的に有利だが、気配に聡くすばしっこいマグは、逃げるのが得意だった。

 そのままぎゃーぎゃー騒ぎながらリビングを出ていく年長コンビを見送って、残された3人はひょいと肩を竦めた。いつものことだよねー、と言いたげに。


 なお、勉強そっちのけで庭を走り回っていた2人は、騒動に気づいたブルックに捕獲され、アリーから拳骨を貰うのだった。……勉強の時間はちゃんと勉強をしましょう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る