お腹に優しく、すりおろし根菜雑炊です。

「あれ?シーラさん?」

「あ、ユーリくん、こんにちはー」

「こんにちは。今日はお店は良いんですか?」

「今日は父さんが食料仕入れに行ってて、お休みなのよ」

「そうですか」


 にこにこ笑顔で答えるシーラに、悠利ゆうりも笑顔で答えた。リビングで仲良くお茶を楽しんでいるのは、シーラとティファーナだ。幼なじみでもある二人なので、彼女達が仲良くしているのは別に珍しくも何ともない。強いて言うなら、いつもはティファーナがシーラが働く大衆食堂木漏れ日亭に顔を出すパターンだということぐらいだろうか。

 そして、シーラの父であり、《木漏れ日亭》を切り盛りする店主のダレイオスは、本日、食材を求めて狩りに繰り出していた。……何も間違っていない。元冒険者のダレイオスなので、美味しい食材を求めて自分で狩りに出掛けるのだ。主に肉を。おっさん料理人は今日もタフだった。


「そうだ、ユーリくん、何か良いレシピ知らないかしら?」

「へ?」


 きょとんとした悠利に、シーラは困ってるのよーと訴えてくる。基本的にお人好しな悠利は、不思議そうにしながらもシーラに先を促した。


「あのね、絶食後に食べるのに向いてるご飯ってない?」

「……お粥とかパン粥とかじゃダメなんですか?」

「……父さんの知り合いに、仕事に没頭すると食事を忘れちゃう困った人がいてね」

「わー、それはまるでジェイクさんみたいですねー」

「ユーリ、間違ってませんけど、しれっと言うのはやめてあげてくださいね?」

「何でですか?」

「……いえ、まぁ、事実ですから仕方ありませんけど」


 僕何か悪いこと言いました?と言いたげに首を傾げた悠利に、ティファーナは溜息をついた。確かに間違っていないのだが、問答無用で一刀両断するのはどうだろうと思ったのだ。しかし、真実なので弁護できなかった。ジェイクさんは常に反面教師なダメ大人です。

 そんな二人のやりとりを生暖かい笑顔で見守っているシーラ。彼女もなんだかんだでジェイクがどういう人間かを知っているので、フォロー出来なかったのである。ジェイクさんは本当にジェイクさんです。


「で、よ。ほぼ絶食みたいな状態で、『仕事が終わったから飯を食わせろー!』ってやってくるのよ」

「……元気ですねぇ」

「そういう次元じゃなくてね……。一仕事終わった後だからか妙に気力は充実してて、肉とか食べたがるんだけど」

「けど?」


 問い掛けた悠利に、シーラは遠い目をした。既に話を聞いていたのだろう。ティファーナも遠い目をしていた。まるで、あちこちで行き倒れているジェイクを思い出しているかのような瞳だ。いや、下手をしたらジェイクよりもダメかもしれない。




「胃がそれを受けつけないから、がっついて食べた後に寝込むのよ」




 どうしようもない大人がいたものである。

 普通に考えて、絶食の後は、刺激が少なく胃に優しいものを食べるべきだ。極端な話、重湯から始めましょう状態だ。それなのにそこで肉をかっ込んだらどうなるか。びっくりした胃が反逆するのも仕方ない。むしろ胃は、無理ですと必死に訴えていたかも知れない。


「それは困りますね」

「だから、何か良い料理知らない?お店で出すとか出さないとかじゃなくて、とりあえずそれ食べてもらってお腹落ち着かせないと、うちのメニュー出せないのよ」

「《木漏れ日亭》は結構がっつり系多いですもんねー」

「冒険者御用達ですから、仕方ありませんよ」


 悠利が記憶を頼りに呟くと、ティファーナがその続きを引き取った。事実だったので、シーラはこくこくと頷いている。隣接する宿屋日暮れ亭の客も大半が冒険者であり、利用客が肉を希望する人々が多ければ、メニューはどう足掻いてもそういう風になってしまう。

 だがしかし、そんなメニューは、絶食明けの人には向いていない。それでも平気だという人がいたら、それは胃袋が並外れて頑丈な人に違いない。少なくとも、人間はそこに該当しない。

 困っているシーラを見て、悠利は口を開く。ある意味とてもタイミングが良かったなぁ、と思いながら。


「それじゃあ、今日のお昼ご飯、見ていきます?」

「え?」

「ちょうど、消化に良いメニューなんですよ」


 楽しそうに笑った悠利にぽかんとしているシーラ。ティファーナは何かを思い出したかのように、そうですねと笑った。意味が解っていないシーラをつれて、二人は台所に向かう。ちょうどお昼の準備をするのに良い時間になったのだ。

 ついでだから食べて行けば良いですよと言われて、壊滅的なまでの料理の腕前を誇るシーラは、素直にその好意に甘えた。……可愛い看板ウエイトレスは、料理をすると謎の物体を生み出してしまう特技の持ち主なのだ。


「でも何で、そんなメニューなの?」

「ちょうど、絶食明けが三人ほどいまして」

「は?」


 意味が解らないという反応をするシーラに、悠利はのほほんと言葉を続ける。悠利ののほーんとした口調と雰囲気で告げられるので重々しくならないが、発言内容は普通にヘビーだった。乙男オトメンのほわほわ効果恐ろしい。


「鍛錬の一つで、三日間水だけで過ごすっていうのをやってたんですよね。あ、もちろん塩分とかはとってましたよ。でないと倒れちゃうし。で、それが昨日終わったので、今朝から食事してるんです。朝は重湯だったので、お昼はちょっと味のあるものにしようと思って」

「へー。大変なのねぇ」

「冒険者って大変ですよねー」


 のほほんと笑いながら言う悠利が相手なので、同じようにのほほんと答えたシーラ。そのまま気にせず歩く悠利の後ろを歩きながら、発言内容をしっかり理解したのか、驚愕した表情で隣のティファーナを見つめた。ティファーナはにこにこ笑っているが、シーラの引きつった表情は元に戻らなかった。


 三日間水だけ。


 さらりと言われたが、普通に考えて一般人にとっては恐ろしい状況である。病気で寝込んでいて食事がとれないならまだしも、そうじゃない健康な状態で水オンリーの生活が三日。多分、早々に心が折れる。冒険者の特訓はハードモードだった。

 なお、この鍛錬の意味は、「旅の途中で食料が無くなって水だけで過ごすのがどれだけ過酷であるか」を実体験するためである。倒れたら困るので、その間はアジトで生活することが決められている。塩分などもとれるように配慮しているので、身体を壊すことは無い。ただ、空腹なのに水オンリーという過酷な状況に、泣きそうになるだけだ。

 そうしてたどり着いた食堂では、ぐでーっとテーブルに身を預ける人物が三人いた。あと、台所から実に良い感じの出汁の匂いがしてくる。


「……あの、あの三人、大丈夫なの?」

「あぁ、お腹が減ってるだけですよ。だよねー?」

「……おにくたべたい」

「……とりあえず、腹減った」

「…………うー、食べたいけど、一気に食べたら倒れそうで嫌ー……」

「って感じです」

「うわー……」


 心配したシーラの問いかけに、悠利はけろりと答えた。その後、悠利の質問に対して、精気の乏しい瞳で空中を見つめながらレレイが願望を口にする。それに続くように、クーレッシュとヘルミーネも今の状態を答えるのだった。今朝から絶食を解除されたばかりの三人は、まだ本調子では無いのでがっついて食事が出来ないのだった。というか、それをアリーも悠利も許さなかったというのが正しいが。

 絶食の後にがっついたら、普通は倒れる。レレイは一人肉を要求しているが、それでも普段とは違うことも理解しているので、勝手に食べたりはしていなかった。


「お肉は無理だけど、味のあるものは作るから、ちょっと待ってて」

「「解ったー……」」


 なるべく早く用意してくださいとでも言いたげな三人の反応だった。言うだけ言ったら力尽きたのか、それとも動くのが面倒になったのか、またテーブルに突っ伏す三人であった。それを微笑ましそうに見てから、悠利は台所に向かう。そこではマグが、大量の出汁を準備して待っていた。


「マグ、出汁の準備ありがとう。良い感じだね」

「完璧」

「マグは出汁を取るのも上手だねぇ」

「美味」


 キリっとした顔で返事をするマグに、悠利は楽しそうに笑った。出汁と旨味を愛する少年は、今日も元気に絶好調だ。いつの間にか、プロの料理人ばりに完璧な出汁を取れるようになっているマグである。好きこそものの上手なれの見本みたいだった。

 今日の料理に必要なのは大量の出汁である。大鍋に入った出汁を見て悠利は満足そうに笑う。また、それ以外の下準備も既にマグが済ませていた。大根、人参、ジャガイモが、ボウルにすり下ろされている。それを見て、シーラが首を傾げる。


「ユーリくん、これ、野菜をすり下ろしたの?」

「はい。大根と人参とジャガイモをすり下ろしてあります。すり下ろしたのはその方が消化に良いからです」

「……えーっと、スープでも作るの?」

「いえ、雑炊です」


 そう、悠利が作ろうとしているのは、野菜のすり下ろしを加えて味を調えた雑炊だった。ただの雑炊よりも、すり下ろした野菜を入れた方が栄養があると思ったからだ。あと、流石に重湯に続いておかゆとかシンプルな雑炊だと、約一名もの凄く切なそうな顔をすると思ったからである。……肉食乙女は、重湯に悲しそうな顔をしていたので。

 作り方は至って簡単。出汁を作り、そこに塩と少量の醤油を加えて味を調える。続いて、皮をむいてすり下ろした根菜とご飯を入れてじっくりことこと煮込むだけだ。野菜はすり下ろしているのですぐに火が通る。だから、気にするべきはご飯がちゃんと軟らかくなるまで煮込むことだけだ。沸騰させると煮詰まるので、その手前ぐらいの火加減でじっくりことこと、である。


「マグー、弱火で放っておいたら良いよ」

「……美味」

「ちゃんと僕らの分もあるから、見張ってなくても無くならないよ」

「……」

「それより、先にテーブルの準備しちゃおう?」

「諾」


 じーっとくつくつ煮えている鍋を見つめていたマグは、悠利に言われてやっと動きだした。今日も出汁の信者は出汁が大好きだ。美味しそうな匂いがするので気になるのだろう。だがしかし、大鍋に作っているし、今日の昼食メンバーはこの場にいるだけなので、横取りはされないはずだ。

 テーブルを拭いて、お水とそれぞれの茶碗とスプーンを用意する。カチャカチャと音をさせながらセッティングされていくと、別のテーブルで突っ伏していた三人がそろそろと顔を上げた。ご飯?と言いたげな視線に、悠利とマグは二人でこっくりと頷いた。空腹トリオはそれに嬉しそうに顔を輝かせて、いそいそと席を移動してきた。

 テーブルの中央に大きめの鍋敷きを用意して、ご飯が軟らかくなり味が染みこんだ雑炊の鍋を運んでくる悠利。なお、大きな鍋なので、一人で持つと火傷しそうだと判断して、マグと二人で片方ずつ取っ手を持って運んでくる。実に微笑ましい光景だった。

 鍋敷きの上にどーんと置かれた大鍋。蓋を開ければそこからは、ふわりと出汁の香りが漂ってくる。味付けは塩と醤油を少しだけの薄味だが、しっかりと出汁を取ってあるのでその匂いだけで食欲をそそる。ぐーと鳴ったのが誰のお腹なのかは、詮索しない一同だった。


「熱いから、レレイは気をつけて食べてね」

「はーい」


 茶碗に一人ずつ雑炊を取り分ける悠利。大鍋がどーんと置いてあるのは、おかわり自由という意思表示だ。なお、他におかずが存在しないのは、絶食明けの三人が食べられないのに、同席した悠利達が別のものを食べるのは可哀想だという判断だった。彼らはしっかりと三日間の苦行に耐えたのだ。それが終わった後まで可哀想な目にあわせてはいけない。

 スプーンは熱いものを食べるのに適したように、木製のものを選んだ悠利である。レンゲならば雰囲気が出るだろうが、あいにくと手元にあったのは丸スプーンだ。とはいえ、それで味が変わるわけでも無いので、そっと一口分を掬って口へと運ぶ。

 マグが一生懸命作った出汁は、昆布と鰹節の旨味が染みこんでいてなんとも言えない。控えめに塩と醤油で味付けをしているが、味の主体はどう考えても出汁だ。じんわりと口の中に広がる旨味に、自然と悠利の顔も綻んだ。すり下ろした野菜の甘みもしっかりと溶け込んでいて、具材を食べている気はしないのに、奇妙に満足感がある。

 じっくりことこと煮込まれたご飯は、半分以上溶けかかっていた。だがしかし、そのほとんど残っていないだろう米も、口に含めば味を吸い込んでとても美味しくなっているのが解る。軟らかいのでほとんど噛まなくても大丈夫になっているが、それでもあえてしっかり噛んでみると、米の甘みが広がって絶妙だ。


「あら、これ、普通に美味しいわね。味もちゃんとしてるし」

「お口に合いました?」

「えぇ」

「でもこれ、調味料、塩と醤油だけで、後は出汁だけなんですよ」

「……ユーリくん、レシピ宜しく。父さんに伝えてみる」

「了解です」


 ぺろりと茶碗一杯分を平らげたシーラが、悠利にレシピを強請る。このレシピを使うのも、改良を加えるのも、ダレイオスの自由だ。ただ、アイデアの一つとして伝えるのは悪くないだろうとシーラは判断した。少なくとも、いきなり腹に重いメニューを食べさせるよりはマシに違いない。

 そんなシーラと悠利のやりとりなど聞こえていないという感じに、一心不乱に食べているのはマグだった。流石に熱いのでかっ込むことは出来ないでいるが、黙々と食べている。自分でとった美味しい出汁を堪能している出汁の信者。その周囲で、絶食明けの三人も嬉しそうに食べていた。

 本来ならその旺盛な食欲に任せて食べるだろうレレイは、猫舌なのでゆっくりしか食べられない。自分達が絶食明けだと理解しているクーレッシュとヘルミーネは、身体に負担をかけないようにしっかり噛みながら食べていた。それでも、今朝食べた重湯よりも確実に食べているという実感があるのだろう。その顔は幸せそうだった。


「お代わりは、お腹壊さない程度にねー」

「「はーい」」


 のほほんとした悠利の言葉に、行儀良く返事が返ってきた。ティファーナはそんな皆を見つめて、微笑ましそうに笑っていた。三日間を耐え抜いた三人にはこの後、徐々に身体を通常に戻すという鍛錬が待っている。その一つとしての、食事の取り方を実はしっかり観察しているティファーナであった。


 なお、このすりおろし根菜雑炊に溶き卵を加えれば、割とバランス良く栄養が取れると閃いたマグのせいで、マグが当番のときは高確率でこの雑炊が出てくるのであった。

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