書籍5巻部分

残った脂でパラパラ玉子チャーハン。


「ベーコン入れようよ!」

「やだ」

「何で!?」

「今日はベーコンは使わないのー」


 悠利ゆうりの腕を引っ張って訴えてくるヤックに、悠利はやだーと素っ気ない。普段の悠利を知っていると奇妙に思えるかもしれないが、悠利だってまだ17歳なのだ。時々は子供めいたわがままを言いたくなることだってある。そして、今がその瞬間だった。


 ちなみに、二人が揉めているのは、本日の昼ご飯のチャーハンの具材についてだった。


 くだらない、と言うなかれ。チャーハンはその具材で味が幾通りにも変化する料理である。肉を入れるか、入れないか。その肉はベーコンなのか、ソーセージなのか、それとも蒸し鶏なのか、切った肉なのか、ミンチなのか。どれも違ってどれも良い。共通点と言えば、肉類を入れればその旨味が米に染み込んで味に深みが出るということだろう。

 しかし、いつもならその旨味を理解して肉類を入れようとする悠利が、何故か断固拒否という構えを取っていた。ヤックには意味が解らないのだ。肉類の入っていないチャーハンなんて!となってしまうのは、育ち盛りの少年としては当然だろう。ヤックは悪くない。

 とはいえ、悠利にも一応理由はあるのだ。むしろ、何の意味もなく料理が味気なくなるような手段を悠利が選ぶわけが無い。彼は美味しいご飯が大好きだった。自分でそこそこ作れるからこそ、美味しいご飯は正義をちゃんと理解しているのである。


「何でベーコン使わないんだよー!」

「だーかーら、今日はこの、残り脂で美味しく作れるのを堪能したいから、お肉類は入れないの!」

「脂は脂じゃんか!ベーコン、ベーコンんんん!」


 悠利が示しているのは、フライパンにほどよく残っている脂だった。その脂は、昨夜に焼いた肉から出た脂である。しかも、いつも使っているような、オークやバイソンの肉では無い。なんと、昨夜はバイコーンの肉をたっぷり焼いたのだ。

 バイコーンとは、ユニコーン二本角バージョンみたいな魔物だ。穢れ無き生き物とされるユニコーンと対照的に、こっちは不浄を司るとかそういう感じに魔物である。魔物なので狩っちゃって問題無いし、魔物肉なので大変美味しいというおまけ付。なお、見た目は馬系なので馬肉かと思いきや、味は馬肉と牛肉の間という、ちょっぴり不思議な魔物だったりする。

 結構強い魔物なので、普段市場に出回ったりはしない。そんな美味しいけれど微妙にお高いラインナップに入りそうな肉が手に入った理由は何かと言えば、何のことは無い、ダンジョンに出かけていた面々が狩ってきただけである。本来の討伐目標にバイコーンはいなかったらしいが、乱入してきたので返り討ちにしたとのこと。おかげで昨夜はシンプルな塩と胡椒だけで大変美味しい焼き肉祭が繰り広げられた。美味しいお肉万歳。

 で、悠利がやろうとしているのは、この、バイコーンの旨味が残りまくった脂を使っての玉子チャーハン作りであった。脂に旨味が残っているのだから、それで作れば、シンプルに美味しく出来る!と。

 しかし、ヤックはそれが納得出来なかった。脂は脂なのだ。肉では無い。肉を入れた方がずっと美味しくなるはずなのに、という気持ちだった。そんなヤックの言い分も解らなくはないので、悠利はため息をついた後に提案を口にした。別に悠利だって、ヤックと喧嘩をしたいわけではないのだから。


「……じゃあ、とりあえずベーコン無しで作って、物足りなかったら、焼いたベーコンを添えるってのはどう?」

「何でユーリそんな頑なにベーコン排除派なの……」

「だって、バイコーンの旨味で味付けしたいんだもん」

「……うー。じゃあ、味見して物足りなかったら、ベーコンも焼く」

「ありがとう、ヤック」


 何とか妥協案を見つけた二人であった。ちなみに、今日の昼ご飯は悠利とヤックの他には、ジェイクしかいないので、細かいことを気にしないで良いのが楽だった。ジェイクはどちらかといえば肉が苦手で食が細いタイプなので、きっと、ベーコンが入っていないチャーハンでも文句は言わない。もとい、彼は食べ物に文句を付けたことは無い。美味しいとは言うが、不味いとは決して言わない男、それがジェイクだった。何気に大人な部分もある。

 ……誰だ、そこまで拘りが無いだけだろうと言ったの。図星の可能性があるので止めてあげてください。

 そんなこんなで和解した悠利とヤックは昼食のためにチャーハンの準備に取りかかる。今日は他に朝食のサラダと野菜スープが残っているので、チャーハンを作ったら完成の予定だ。用意する材料は、卵、タマネギ、人参、ご飯だ。

 タマネギと人参はみじん切りにしておく。卵はボウルに割って、丁寧に溶く。その段階で、塩胡椒と乾燥ハーブで少し濃いめに味を付ける。あえて、普通に卵として焼いたら味が濃いだろうなと思うぐらいの味付けにしているのは、フライパンの中で味付けをしなくても良いようにだ。炒めながらチャーハンに味付けをするのは結構難易度が高いのだ。


「そんなに調味料入れて大丈夫?」

「うん、大丈夫。むしろ、もうこれ以上調味料を使う予定が無いからね。よし、ちゃんと卵混ざったから、ここにライスを投入ー」

「おー」


 悠利が差し出したボウルに、ヤックが炊飯器からご飯を入れる。ぽいぽいと入れられたご飯を、悠利は丁寧に卵液と混ぜ合わせた。それはもう、丁寧に。米粒一粒一粒が卵でコーティングされるようにとの念の入れようだ。きっちり混ざったのを確認すると、ボウルを置いてコンロへと向かう。

 バイコーンの肉を焼いた脂がたっぷりと残ったフライパンを火にかけて、脂が温まったのを確認すると、そこにみじん切りにしたタマネギと人参を放り込む。ここにグリーンピースかピーマンがあれば彩り完璧だったのだろうが、生憎無かったので今日はタマネギと人参だけになった。


「わー、何か脂だけなのに良い匂いがする」

「そうそう。美味しいお肉は脂だけでも匂いが美味しそうなんだよねー」


 のほほんと笑いながら、悠利は木べらでタマネギと人参を炒める。焦げ付かないように、弱火から中火の間ぐらいの火力だ。タマネギが透明になり、人参がほんのり柔らかくなったら、そこに卵液と完全に混ざったご飯を投入する。水分があるので油と反応してバチバチ言いそうだが、細かいことは気にせずに一気に入れる。悩んでいる間に、先に入れた分に火が入ってしまうからだ。

 木べらを使って、先にフライパンに入っていたタマネギと人参をご飯と混ぜ合わせる。火力は中火ぐらいにしておく。具材とご飯がきっちり混ざるように気をつけながら、満遍なく火を通していく。時々、中身をひっくり返すためにフライパンを揺するのも忘れない。

 そうして具材とご飯が混ざったのを確認すると、ほんの少しだけ火を強くする。強火にまではしない。あんまり強くすると、熱くてフライパンの中身を木べらで混ぜるのが辛くなるのだ。料理の基本とかそういうのではなくて、悠利は自分がやりやすいように作業をしていた。火傷はしたくない。

 木べらで炒めていると、徐々に火がきっちり通ってきたのか、ご飯がバラバラになっていく。米の一粒一粒が卵液でコーティングされているので、火が通るとその卵液が固まり、ご飯がバラバラになるようだ。パラパラ玉子チャーハンは美味しいです。


「よし、出来上がり!味見しようね」

「おー!」


 フライパンの中身を小皿に取って、それぞれスプーンを手にする。出来立てほかほかの玉子チャーハンは、バイコーンの肉の脂を吸い込んで、実に美味しそうな匂いをさせていた。食欲をそそる匂いである。美味しいお肉の脂は、脂だけでも強かった。

 まずは一口。口の中に広がるのは、卵液にした塩胡椒と乾燥ハーブの味付けだ。しかし、そこに、肉の旨味がぎゅっと凝縮されている。タマネギと人参には下味を付けていなかったが、昨夜塩胡椒で肉を焼いた脂から味を吸い込んでいるのか、野菜の甘みとマッチして実に奥深い味わいだ。

 それに何より、肉を入れていないのに、肉の旨味が染みこんでいた。所々小さな塊になっている玉子が、その旨味をきっちり吸い込んでいるのだ。玉子の塊を食べた瞬間、悠利もヤックも驚いた顔をした。予想以上に肉の旨味がそこにある。美味しい、としか言えなかった。


「ヤック、ベーコンいる?」

「……いらないかも」

「でしょー?」

「何でー!?何で、肉入れてないのに、こんなに肉の味すんの!?」

「そこが、美味しいお肉の、美味しい脂の凄さだよ!」


 衝撃に叫びまくっているヤックに対して、悠利はぐっと親指を立ててイイ笑顔だった。ヤックは意味が解らないと叫んでいるが、悠利には解っていた。実家にいた頃に、頂き物の大変高価なお肉を焼いて食べたとき、残った油が勿体ないと、もやし炒めを作って見たのだ。塩胡椒で単純に作っただけのもやし炒めが、物凄く美味しかったことを悠利は覚えている。

 だからこそ今回、バイコーンの脂を使って、チャーハンを作ろうと思ったのだ。ご飯に旨味が染みこんで、とても美味しく出来上がると確信していたのだ。……料理に関しては、昔からこういう残り物活用の発想が物凄く発動する悠利だった。どう考えてもお婆ちゃんの知恵袋とかになっている。料理好きとは言え、17歳の男子高校生の感覚では無いだろうが、本人はまったく気にしていなかった。

 そう、美味しければ良いのだ。美味しければ。美味しく作れているのなら、作り方だの材料だの、細かいことを気にしてはいけない。悠利はプロの料理人ではないし、作る料理も堅苦しい料理では無い。あくまで家庭料理を、自分が美味しく食べたいと思って作っているのだから、細かいことはどうでも良いのである。


「それじゃ、お皿に盛りつけるね。ヤック、ジェイクさん呼んできて。……倒れてたら、ルーちゃんに運んで貰って」

「了解!ルークス、行こう!」

「キュー!」


 調理中は台所に入ってこないルークスは、大人しく食堂の床をピカピカに掃除していた。彼にはこの後、悠利達が食べ残したご飯がルークスのお昼ご飯になる。基本的にルークスは雑食で何でも食べる。生野菜だろうが生ゴミだろうが、気にせず食べる。だがしかし、それでも悠利が作る料理を一番喜んでいる。味がわかっているのか、悠利が好きだから喜んでいるのかは、いまいち判断に悩むところだ。

 野菜サラダとスープに、玉子チャーハン。シンプルなお昼ご飯を、悠利は食堂のテーブルに運ぶ。飲み物はハーブ水にしておいた。今日は味の濃い飲み物より、さっぱりした飲み物の方が、味を感じて貰えると思ったからだ。肉があんまり得意で無いジェイクが、肉は入っていないけれどその旨味を凝縮させた玉子チャーハンにどんな反応をするのか、ちょっと気になる悠利だった。



 ……なお、悠利の発言が予言よろしくぴったり当てはまり、睡眠不足のところに暑さでダウンしたらしいジェイクは、ルークスに担がれて食堂まで運び込まれるのであった。ダメ大人は今日もダメ大人でした。


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