オーク肉とキュウリトマトのポン酢炒めを食べよう。

「……ユーリ」

「ん?何、マグ、どうかした?」

「何故、ポン酢?」

「え?」


 鼻歌を歌いながら夕飯の支度に取りかかっている悠利ゆうりの隣で、同じように下準備に取りかかっているマグが、小さく疑問をぶつけていた。悠利は何を問われたのか解らずに首を傾げている。マグはいつも通りの無表情っぽい顔で、もう一度問いかけた。


「何故、ポン酢?」

「いや、何故って、使うからだよ?」

「……炒める?」

「うん。ポン酢炒め」

「……?」


 マグは首を傾げた。悠利も首を傾げた。会話が噛み合っていなかった。ここにウルグスがいてくれたらマグの色々言葉が足りない発言をフォローして通訳してくれただろうが、彼は本日外泊組である。仕方ないので、悠利はマグと目線を合わせたまま色々考えて、そして、答えた。

 ……マグも言葉が足りないが、悠利も微妙に言葉が足りていないので、会話が噛み合っていなかっただけなのだが。


「今日はね、さっぱりとポン酢炒めにしようと思ったんだよ。ほら、肉とか野菜を炒めて醤油で味付けするでしょ?そんな感じで、ポン酢で味付けするの」

「……炒める、ポン酢?」

「そうだよ」

「…………美味?」

「マグ、そんな思いっきり不思議そうに聞かないでよ。ポン酢炒め結構美味しいよ?」

「……」


 マグは無言で、悠利の手元を見た。彼は今、綺麗に洗ったキュウリを乱切りにしていた。乱切りにされているキュウリは、このポン酢炒めに使われる材料なのだ。何故ポン酢とマグが思ったのは、そこだった。炒めると言われたのに、今悠利とマグが用意している野菜は、キュウリとトマトなのである。マグの中でその二つは炒める野菜では無かった。生で食べる野菜である。

 が、悠利は気にせずにどんどんキュウリの乱切りを作っていく。仕方ないので、マグも作業に戻った。彼に任されているのはトマトの準備だ。半分に切ってヘタを取り、櫛形に切っていく。あまり小さくはしない。小さくすると食べにくいからと言われたのだが、用意されたトマトが多いので、切るのは結構大変だった。しかしマグはこういった作業は嫌いでは無いのか、黙々とトマトを切っている。

 マグが丁寧にトマトを切っている隣で、キュウリの乱切りを終えた悠利が次の作業に入っていた。手にしたのはオーク肉だ。本日はちょっと脂がありそうな部位を使う。火を入れたら縮むことを考えつつも、一口サイズ少し大きめにスライスして切り分けていく。大きさにして、キュウリやトマトとそれほど変わらないサイズだろうか。この辺りはただの好みです。

 本日悠利が作ろうとしているメインのおかずは、オーク肉とキュウリとトマトのポン酢炒めだ。微妙に暑い日は食欲が落ちる。けれど肉も野菜もしっかり食べて欲しいので、さっぱり食べられるポン酢炒めを作ろうと思ったのである。……なお、ポン酢炒めを今まで作ったことがないので、マグ以外の面々がいたとしても「何でポン酢?」という疑問は出してくれただろう。

 ちなみにこのポン酢は、自家製だ。見習い組達がせっせと絞ってくれた柑橘系をブレンドして作ったオリジナルポン酢。今使っている分はちょっとゆずが多めで、その香りが良い仕事をしてくれている。レモンでも、かぼすでも、すだちでもポン酢は美味しいが、ゆずの香りは優しい気分になるので悠利は特にお気に入りだった。


「マグ、トマト切れた?」

「完了」

「おぉ、流石マグ。……何か本当に、殆ど同じ大きさになってるの凄いんだけど」

「揃えた」

「うん、マグってそういう職人みたいなところあるよね」


 ありがとうと言いながらも、悠利は驚きを隠さない。マグはほんの少し胸を張っているような感じだった。どうだ、頑張ったぞ、みたいな感じだろうか。普段が無表情系のマグなので、そういうちょっとした感情の動きが妙に初々しい。

 マグが切ったトマトは、本当に、大きさが殆ど均等だった。少なくとも、一つのトマトを均等に切り分けている感じがする。トマトの大きさが違うので勿論微妙な差違は存在する。だがしかし、同じトマトから切り分けたと思しき分に関しては、殆ど同じ大きさだった。無駄に職人気質なのか、マグはこういうことが得意だった。……ネギをこの大きさで切ってくれと言ったら、刻みネギを同じ幅で切り続ける程度には。


「それじゃ、トマトもボウルに入れておいてね」

「諾」

「お肉も切れたし、炒めようー」

「おー」


 えいえいおーと二人でかけ声をかけてから作業に入る悠利とマグ。……ツッコミはいなかった。

 悠利が取り出したのは深めのフライパンで、まずはコンロの上で熱して温める。フライパンが温まってきたら、ごま油を入れる。あまり入れすぎないように注意して、熱で油をのばしてフライパンに満遍なく広げていく。この作業を怠ると、次に入れる肉が変なところでくっついたりして大変なのだ。油はちゃんと引きましょう。多分その方が美味しく料理が出来ます。

 油が全体に広がって温まったのを確認したら、そこに肉を投入する。ただし、一気に全部入れると変な形でかたまってしまいそうになるので、なるべく少量ずつ入れて、菜箸で解してバラバラにする。……上手に出来ないと思う場合は、一枚ずつ入れて丁寧に焼けば良い。その場合、先に焼いた分の肉を大皿などに一度引き上げることで、火が通り過ぎるのを防げる。悠利は慣れているので菜箸でちゃちゃっと広げて解しながら炒めていた。

 その手元を、マグはじっと見ている。悠利は何気なく、当たり前のように作業をしているが、その手際は実に良い。元来家事が得意で料理が好きだった悠利であるが、この世界に来て料理技能スキルをゲットしてしまった結果、補正がかかっているのだ。当人はあまり気にしていないが、見習い組達はその腕前をよく知っているし、少しでも追いつけるように日夜頑張っているのである。……自分が美味しいご飯を食べるために。


「肉に火が通ったら、キュウリとトマトも投入ー」

「諾」

「そうそう、水分でバチバチいうけど、怖がらないで全部入れちゃってー」


 肉を菜箸で炒めている悠利の隣で、マグがボウルを手にしてキュウリとトマトをどかどかとフライパンの中へと入れていく。温められた油と、キュウリとトマトの水分で大変なことになっているが、どちらも気にしない。悠利は慌てず騒がず、バチバチ煩いフライパンの中身を菜箸で均等に混ぜ合わせる。

 キュウリとトマトの冷たさで一瞬下がった温度が、そうこうしているうちに戻ってきた。じゅうじゅう、と音をさせるフライパンの中身を、マグはじぃっと見ていた。マグの頭の中で、キュウリとトマトを炒めるのはあんまり存在しない調理方法だった。辛うじてトマトはまだ、火を入れるイメージが存在する。しかし、キュウリは生で食べるイメージしかないので、炒めて大丈夫なのかと若干気になっているようだ。

 だがしかし、そこは悠利への信頼が勝った。悠利が作る料理は美味しいという絶対的な信頼。何だそれと言われるかも知れないが、基本的に《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々はその共通認識を持っている。あながち間違っていないし。


「それじゃ、軽く火が通ったみたいだから、ポン酢で味付けするね」

「……」


 こくりと頷くマグに笑いかけて、悠利はフライパンへポン酢を投入する。……割と遠慮無く、どばどばと入れていくので、マグが目を点にしていたが、悠利は気にしない。醤油ならばこんな入れ方はしないけれど、ポン酢の場合は醤油のように遠慮がちに入れると足りないのだ。更に今回は、キュウリとトマトの水分もあるので、味が薄まってしまう。それを考えてのどばどば投入だった。

 フライパンの中で、ポン酢が沸騰している。それをオーク肉、キュウリ、トマトの具材に絡めるように悠利はフライパンを揺すりながら混ぜ合わせる。時々フライパンを振って中身をひっくり返して、満遍なく味が染みこむようにするのも忘れない。

 しばらくするとポン酢の色が具材に染みこんでいくので、そこで火を止める。菜箸でオーク肉、キュウリ、トマトをそれぞれ一つずつ二つの小皿に取り分けて、悠利は片方をマグに手渡した。料理当番の特権、味見である。未知の料理にマグは不思議そうにしながらも、箸で皿の中身を摘まんだ。

 マグがまず最初に手を付けたのは、オーク肉だった。オーク肉は、冷しゃぶなどの時にポン酢で食べているので、ポン酢との相性が悪くないことを知っている。また、肉なので温かいのも普通。よってマグは、一番無難な味であろうオーク肉へと箸を伸ばしたのだ。


「……美味」


 口の中にじわりと広がるオーク肉の旨味と脂。そして、それをさっぱりとさせてくれるポン酢に、仄かに香るごま油の風味。ポン酢で炒めるというのがどんなことか想像は出来なかったが、いざ口にしてみるとこうやって調理することも考えられているようなバランスに感じられた。……まぁ、小難しく考えずに、美味しかったというだけなのだが。

 続いてマグが食べたのは、トマト。温かいトマトは別に初めてではない。ミネストローネに代表されるスープや、トマトソースを用いたパスタ。肉にトマトソースをかける場合もある。それを考えると、温かいトマトはまだ許容範囲だろう。多分。

 そんなわけで口に含んでみたが、トマトとポン酢の相性も悪くなかった。サラダのようなさっぱりした感じだ。温かいことだけが若干違和感だったが、炒めたことでしんなりとしたトマトは皮も多少柔らかくなっており、これはこれで美味しい。


「……」

「マグ、何でキュウリ睨んでるの?」

「……キュウリ、温かい、知らない」

「あぁ、キュウリ炒めたの初めてだっけ?ポン酢炒めの場合はそんなに変じゃないし、キュウリも火を入れる料理の時あるよ」

「……?」

「僕はあんまり作らないけど。とりあえず、キュウリも火を入れて食べても大丈夫な食べ物だよ」

「……諾」


 悠利がそう言うならと、マグはキュウリを口に運んだ。表面が焼き色がついてちょっとこんがりしていた。身の部分はふにゃっとしていた。キュウリ特有のシャキシャキした感じが失われているのではと思いながら口に含んだマグは、驚いたように目を見張った。見た目は若干しんなりしていたが、キュウリの食感は残っているし、水分も残っていた。そして、ポン酢とキュウリの水分が口の中で調度良いバランスを作るのだ。未知の体験だが、美味しかった。

 ぽりぽりカリカリと乱切りのキュウリを大事そうに囓っているマグ。その反応から、味付けに問題は無かったらしいと判断して、悠利はホッとしたように笑った。自分で味見をして大丈夫だと思っていたけれど、やはり、初めて作る料理は、周囲の反応が気になってしまう。

 特にマグは、好みでなかった場合は無言で食べるのを止めるタイプなので、そのマグが大事に味見用を食べているなら美味しかったということだ。口数は少ないが、意外に態度に色々見え隠れするマグである。


「これは温かい方が美味しいから、食べる直前にフライパンで温めようね」

「諾」

「それじゃ、他の料理の用意をしようか」

「諾」


 メインディッシュが出来たとは言え、それだけで料理当番の仕事が終わりでは無い。副菜に汁物を作らなければと、二人は引き続き夕飯の準備をするのだった。




 夕飯時、当初は訝しげに見られていたポン酢炒めであったが、何だかんだで皆に好評だったので、暑い季節が続くならまた作ろうと思う悠利であった。


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