疲れた時は、入浴剤でほかほかお風呂です。
「あ、お帰りなさい。お風呂出来てますから、どうぞ~」
のほほんとした笑顔で出迎えた
それなのに悠利は、にこにこ笑ったままで、お風呂どうぞと促してくるのだ。何で?と彼らが首を捻っても無理はない。なので、こういうときはちゃんと質問しておいた方が良いと思ったクーレッシュが口を開いた。年齢も近く、普段も連むことの多いクーレッシュは、何だかんだで悠利の担当窓口みたいになりつつある。なお、他には、ヤックとアリーがこれに該当する。
「ユーリ、何でそんな風呂に入れって言うわけ?まだ早いだろ」
「今日はお風呂準備してるから」
「いや、だから何で準備して……」
そこでクーレッシュが言葉を途切れさせたのは、笑顔で風呂場の方から戻ってくる見習い組四人を目撃したからだ。お風呂上がりと解る感じにほかほかだった。しかも何だかとてもご機嫌だ。上機嫌の後輩達に、クーレッシュはぱちくりと瞬きを繰り返す。
そんなクーレッシュをそっちのけで、悠利が視線を見習い組達に向けた。ご機嫌モードの四人は、悠利のところへ駆け寄ってくると、口々に喜びを伝え始めた。
「ユーリ、ユーリ、めっちゃ良い匂いだった!」
「後、いつもより芯から温まった気がする!」
「匂いのせいか、すっげーくつろげたぞ」
「……肌、つるつる」
「うんうん。ちゃんと出来てたみたいだねー」
顔を輝かせてヤックが、ぐっと親指を立ててカミールが、ひょいと肩を竦めながらウルグスが、見て見てと言いたげに手の甲を示しながらマグが、口々に感動を伝えている。周囲をそっちのけで盛り上がる少年達だった。が、悠利はそんな彼らの感動も、普通にのほほんと受け入れている。マイペースは相変わらずマイペースだった。
なお、マグが手の甲を示して告げた「肌、つるつる」という一言に、女性陣がざわめいた。いつの世も、女性は美容に敏感である。戦闘を繰り返す冒険者にとって、お肌のお手入れは死活問題だ。お洒落に興味が殆ど無かったとしても、お肌の状態は気になる人間だっている。綺麗なお肌は、それだけで魅力的だ。
そんなわけで、にこにこしている悠利の肩に、ぽんぽんと両サイドから手が載せられた。悠利が驚いて左右をきょとんとしながら見てみれば、そこにいたのはにっこり笑顔のティファーナと、じぃっと上目遣いで微笑んでいるヘルミーネだった。ただし、手は置いていないが、レレイの視線も向いている。
「はい?」
「ねぇ、ユーリ、肌つるつるって、どういうこと?」
「そうですね。私も気になります」
「えーっと、……入浴剤による保湿効果?」
「「入浴剤?」」
こてんと首を傾げて答えた悠利に突き刺さる周囲の視線。入浴剤って何?とざわざわする一同。悠利が説明しようと口を開いた瞬間、その頭に大きな掌が載った。載って、そして。
手加減した状態とは言え、アイアンクローが発動した。
「い、痛い!痛いです、アリーさん!」
「ほぉ?振り向かないでも俺だと解ったか」
「ぼ、僕にアイアンクローするのアリーさんぐらいですぅうう!」
「そうかそうか。それは悪かったな。……で、お前、俺がちょっと出かけてる間に、何をした?」
「……にゅ、入浴剤を作って、ヤック達に試して貰いまし、た……」
「……ほぉ?」
て、てへ?みたいな感じで答えた悠利に突き刺さる、ひんやりとしたアリーの視線。アイアンクローからはすぐに解放されたが、詳しく説明しろと悠利はアリーに引っ立てられていった。お父さんは今日も通常運転でした。否、悠利が通常運転過ぎたというだけだ。
なお、悠利が本日やらかしたのは、毎度お馴染み錬金釜さんによる「生活をちょっと便利にするアイテム作成」である。異論は多々あるかも知れないが、悠利はとりあえず、錬金釜のことを「材料を入れたらアイテムを作ってくれるとっても便利な釜」ぐらいにしか思っていない。そして実際間違っていないのが辛い。悠利の保持する
ちなみに、悠利に入浴剤を原材料から手作り出来る知識は無かった。無かったが、色々とアップデートされまくっているチート
悠利は、その【神の瞳】さんを信じた。何故って、先日同じような状況でさくっとカレーに必要なスパイスを教えてくれたからだ。そうしてカレールーを作成することに成功した悠利なので、今度も【神の瞳】さんの能力に感謝しつつ、必要な材料を買い集めた。そして、錬金釜にぽいっと放り込んで、液体タイプの入浴剤を多数作り出してしまったのだ。
「……と、いう感じで、お風呂がより快適になるように、入浴剤を作ってみました」
「……お前の故郷の文化基準はどうなってんだ……」
「……普通にお店に売ってたんです……」
案の定、説明されたアリーは頭を抱えた。
勿論、入浴剤という単語や品物は存在しなくても、似たようなものはある。精油だったり、果物の皮だったり、塩だったり様々だ。そういったものを風呂に入れて楽しむのは、そこそこ裕福な人々の嗜みであり、楽しみだ。そうして良い香りを纏うことで身だしなみにしている部分もあるかも知れない。
だがしかし、悠利が作った入浴剤は、それらとはちょっと違う。日本の入浴剤の感覚で色々と材料を放り込んだ結果、保湿効果だったり、リラックス効果だったりが付随しているのだ。香りでリラックスを促し、お湯に溶け込んだ成分で肌に潤いを与える。単純に香りを楽しむためのものとは別なのだ。……つまり、基準ラインを大きく突破している、ということだ。
ちなみに、悠利がアリーにお説教されている間に、帰参したメンバーはそれぞれお風呂に入っている。なお、アジトには風呂が3つある。4、5人が入れる大きめの風呂が二つあり、これがそれぞれ男湯と女湯となっている。そして、時間がずれたときなどに入るための一人風呂。更には、シャワーも別で備え付けられている。このアジトを作った先代が、「風呂は命の洗濯だ。風呂を疎かにするなんて許さん」とか言い出して、この状況が作られている。
なお、男湯は柑橘系の香りで、女湯はラベンダー系の香りで纏めてある。深い意味は無いが、何となく男性陣は食べ物、女性陣は花になったのだ。フィーリングなので細かいことは気にしないで欲しい。
「というかな、ユーリ」
「はい」
「……どう考えても、お前が作ったせいで、追加効果が恐ろしいことになってる気がするんだが」
「……お肌すべすべで皆幸せかと……」
「……」
「……不眠解消も皆幸せかと……」
「……」
「……鎮静効果とか、1日の疲れを取るのに適してるかなーって?」
愛想笑いで誤魔化そうとしたが、アリーは誤魔化されてくれなかった。それで誤魔化されてくれるような相手だったら、悠利の保護者として日々ツッコミに忙しかったりしないだろう。アリーは見た目が強面の割に常識人なのだ。真っ当なのだ。ズレて突っ走る子供を拾ったのが運の尽きかも知れないが、彼はいつも大変だった。
「……どう考えても効き過ぎる気がするんだがなぁ?」
「……僕に言われましても……」
「お前が作らなかったら、俺もこんな小言言う必要が無いんだが?」
「……すみません」
アリーの言い分も間違っていないので、悠利は素直に頷いておいた。まさか、入浴剤の能力まで底上げされるとは思わなかったのだ。ちょっと品質が良くなったって、香りが良くなるぐらいだと悠利は思っていたのだ。そうしたら、まさかのアロマテラピー的な能力が付随してしまったのだ。癒やし効果追加怖い。
勿論、悠利だって、どうしてこうなったと思っている部分はあった。あったけれど、まぁ、入浴剤だし、身体に悪い効果は無いし、良いかーと思って突っ走った部分はある。……相変わらずだった。
「あ、でも、筋肉の疲労とか軽減するみたいなんで、皆さんに……」
「……そういう話はしてないよな?」
「……」
「目をそらすな。……とりあえず、外部に出すなよ?絶対に出すなよ?」
「……はい」
存在や作り方を教えるぐらいならばそこまで大事にはならないだろうが、悠利が作った入浴剤を外に出すのは怖いのである。効果が良すぎるというのも難点だ。身内で、内輪で使う分には構わないが、何も知らない第三者に知られると、悠利の規格外っぷりが広まる可能性がある。……誰だ、既にマイペース方面で規格外っぷりが広まってるとか言ったの。それとこれとは別問題です。
「それとな、ユーリ」
「はい」
「お前、これ、バレたらあいつが殴り込んでくるぞ」
「……え?」
「保湿だの美肌だの追加効果があるなんて知ったら、あのバカ絶対来るぞ」
「……うわぁ」
アリーの宣言に、悠利は遠い目をした。誰も何も言わなくても、察しよく現れそうだとか、入浴剤を使用したメンバーの肌を見ただけで何かあったと判断しそうだとか、そう思った。彼の人は、美容に並々ならぬ熱意を傾けているのである。麗しのオネェは持って生まれた美貌で満足せず、それを日々磨き上げることに余念が無かった。……具体的には、先日のシャンプーとかと同じ現象が起きそうだな、と悠利は思った。
「……あのー、アリーさん、レオーネさんに試作品をプレゼントするのは……」
「……明日、ハローズを呼べ。あと、材料を寄越せ。俺が錬金したのを渡す」
「……了解であります」
盛大にため息をつきながらも妥協案を口にする程度には、アリーはやっぱり悠利に甘かった。というか、身内認定した相手に甘いのが、このリーダー様の良いところである。……そのせいで、色々と苦労を背負い込んでいるのだけれど。
そして、二人の予想通り数日後に美貌のオネェが「今度は何を作ったの!?」とアジトに突撃してくるのであった。
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