おやつに食べよう、枝豆のバターレモン炒め。


「大量だねぇ」

「うん」


 のほほんとした悠利ゆうりの言葉に、ヤックは素直にうなずいた。悠利が示したのは、ヤックが台所の作業机の上に並べた、枝豆だ。枝にくっついたままの枝豆は、大量という言葉の通りに、枝ぶりも、そこにくっついている豆も、実に立派だった。ヤックが両手に抱えて一生懸命持ち帰ってきたその枝豆は、頂き物だ。


「でも、こんなにいっぱい貰っちゃって大丈夫だったの?」

「オイラも聞いたんだけど、余ってるから持って行けって言われた」

「そっかー。ありがたいけどねー」


 悠利の疑問も無理はなかった。この大量の枝豆を、ヤックは文字通り、頂いてきたのだ。おすそ分けしてもらったのだ。

 誰からと言われれば、商店街の馴染みの野菜売りから、となる。ヤックがもらってきたこの大量の枝豆は大変立派だったが、どうやら納品で頼まれたサイズから外れてしまった商品らしい。いわゆるB級品とでも呼ぶべきだろうか。だがしかし、それならそれで、普通に販売すれば良いのではと思ったのだが、あまりにも大量にあったせいで、売り物にするために枝から外すのが面倒になったそうだ。そこで、普段から頑張っているヤックにあげようと思ってくれたらしい。何しろ、ここが大所帯だと知っているので、食料は渡せば渡した分だけ消費されるのは自明の理だ。

 そんなわけで、大量の枝豆だ。悠利とヤックは、とりあえず雑談をしながら枝豆を枝から取り外す作業に取りかかる。ぷちぷちとちぎった枝豆は、それぞれ側に置いたボウルへと放り込んでいく。


「この枝豆、どうしよっか?夕飯?おつまみ?」

「んー、おやつにしようか?」

「おやつに?」


 悠利の言葉に、ヤックは首を捻った。彼の中で枝豆は、塩茹でにして食べる方法しか思いつかないので、おやつというよりはおかずの足しか、大人が晩酌に摘まんでいるイメージだった。なお、悠利の中でも枝豆の塩茹ではそんな感じの扱いだ。なので、彼が作ろうとしているのは、枝豆の塩茹でではない。


「バターレモン炒めにすると、味が濃いから結構美味しいよ」

「バターレモン炒め?」

「うん」

「枝豆の?」

「うん」

「……ごめん、オイラ、味の想像がつかない」


 ヤックの返答に悠利は笑った。味の想像がつかないと言いながら、ヤックの顔は別に悠利の行動を咎めているものではなかったからだ。味の想像はつかないが、悠利が作るなら美味しいに違いない、みたいな暗黙の了解がそこにあった。

 そんなわけで、今から作るのは、枝豆のバターレモン炒めである。名前のままの味付けになる。一番最初にする作業は、枝豆に塩を揉み込む作業だ。


「ユーリ、これ、何で塩揉み込むの?」

「僕もよく知らないんだけど、こうすると枝豆の産毛が取れて、塩味がよく染みこむらしいよ?」

「へー」


 枝豆を入れたボウルに塩を投入して、二人でごしごしと米を洗うように塩を揉み込んでいく。全体に満遍なく塩を揉み込めば、下準備はおしまいだ。ボウルはそのままにしておいて、茹でるために鍋にお湯を沸かす。また、そのお湯にも塩を投入しておく。これで枝豆に塩味を付けるのだ。

 ただし、今回はバターレモン炒めにするので、いつもよりもお湯に入れる塩は控えめを心がけた。何も入れなければ味がしないので塩は入れるが、あまり塩味が濃くなってしまっては、バターとレモンの味とぶつかってしまう可能性を考慮してだ。

 ぶくぶくと鍋が沸騰してきたら、そこに塩もみした枝豆を入れる。大量の枝豆が大鍋の中でぐつぐつと茹でられるのは、見ていてちょっと楽しくなる悠利だった。菜箸で枝豆が全部お湯に浸かるように整えると、蓋をして茹でる。

 枝豆を茹でている間に、味付けに使うバターとレモンを用意することにした。バターは冷蔵庫から取り出して、使う分だけ切り分ける。レモンは半分に切ってから、汁を搾るために絞り器に載せる。ぐりぐりぐりとレモンをねじ込むようにして果汁を搾る仕事は、ヤックが引き受けた。


「レモンの匂いって、匂いだけで何か酸っぱい……」

「あははは。確かにねぇ。あ、目に入らないようにね?」

「大丈夫!これ、絞れたら小さいボウルに入れておけば良い?」

「うん、よろしくー」


 悠利と一緒に料理をするようになってそこそこたつので、ヤックの手際もなかなかのものになっていた。勿論、悠利と比べたらまだまだなのだが、無駄な動きが減ってきたし、何かをしている間に別の作業に入るということが、深く考えずに実行できるようになっていた。解りにくくても、成長はそこにあった。

 バターとレモンの用意が出来た頃合いで、鍋がシューシューと音を立て始めた。蓋を開けて枝豆の色を見てみれば、鮮やかな緑に変わっている。菜箸で摘まんで一房取り出すと、悠利は熱さに四苦八苦しながらも中の豆を取り出した。本当は皮からぷちっと出して食べると塩加減が解るのだが、とりあえず今は火が通っているのかどうかを確かめるだけなので、箸で押して豆を出した。……鍋から取り出したばかりの枝豆に口を付けるのは、流石に火傷しそうだと思ったのだ。

 枝豆はしっかりと茹で上がっており、ホクホクとしていた。そこでコンロの火を止めて、大鍋をえっちらおっちら流し台へと運ぶ。大きなザルが流し台の中に置かれており、悠利はそのザルめがけて枝豆をざざーっとお湯ごと流した。湯気がもうもうと立ちこめてしまう。そのせいで眼鏡が真っ白に曇ってしまう。


「……ヤックぅ」

「うん?どうかした、ユーリ」

「……前が見えないから、お鍋引き取って……」

「え?わぁ、眼鏡真っ白!解った。危ないからユーリ動かないでよ!」

「うん……」


 しょぼんとしている悠利の眼鏡が真っ白で、視界が塞がれたことを察したヤックは慌てて大鍋を悠利から受け取った。まだ熱々の大鍋なので、うっかり二人の動きが合わずにぶつかったら火傷をしてしまう。なので、悠利は大人しく、ヤックが鍋を引き取るのを待っていた。

 鍋をヤックに渡すと、悠利は眼鏡を外してエプロンで軽く拭った。汚れは後でちゃんと眼鏡拭きで取るとして、現状、真っ白になった眼鏡では仕事が出来ないのをどうにかしたかった。眼鏡は視界をクリアにしてくれる便利な道具だが、温度差に弱く、湯気ですぐ曇ってしまうのが困りものだった。……とはいえ、コンタクトレンズは目が乾くから好きじゃない悠利なので、彼はこれからも眼鏡愛好家として生きていくだろう。

 とりあえず、枝豆は無事に茹で上がった。これで終わりにするならば、いつも通りの塩茹での枝豆だ。しかし、今日はここから一手間をかけることで、まったく違った味に仕上げるのが目的だった。


「それじゃ、水が切れたら、枝豆を炒めようね」

「え?このまま炒めるの?」

「うん。このまま。皮にバターとレモンの味を付けるとね、食べるときにほんのり味付けされて良い感じなんだよ」

「へー」


 大きなフライパンに悠利はバターを放り込み、じわじわと熱で溶かしていく。バターが綺麗に溶けて、フライパン全体に広がったら、そこに水を切った枝豆を放り込む。一度塩茹でしているので、炒めると言ってもそこまでしっかり火を通す必要は無い。ようは、溶けたバターを絡めて、ほんのり焼き色がつけば良いだけだ。

 ふわんとバターの食欲をそそる香りが広がって、ヤックはごくりと喉を鳴らした。枝豆とバターの相性はどうか解らないが、このバターの匂いは美味しそうだった。溶けた熱々のバターの匂いは反則だ。


「枝豆にバターが絡まって、ほんのり焼き色がついたら、最後の仕上げだよ。こうしてレモンを回しかけて、軽く混ぜるの」

「ふむふむ」


 レモンの絞り汁をくるーっとフライパンの中に垂らすと、悠利は菜箸を使ったりフライパンを揺すったりして、全ての枝豆にレモン汁が絡むようにする。バターのほんのり甘い香りと、レモンの酸味が混ざって、何故かひどく食欲をそそった。レモンとバターの相性って良かったっけ?とヤックは思いつつも、目の前のフライパンの中身から目が離せない。

 全体に馴染んだことを確認したら、悠利は枝豆を大皿にそのまま無造作に盛りつける。どちゃっとした感じになったが、それが逆に、食欲をそそる。枝豆は綺麗に理路整然と盛りつけられるより、ボリュームを感じるようにどさっと盛られた方が何となく美味しそうに思ったのだ。後はまぁ、単純に数が多いので、細かい盛り付けを考えるより、とりあえず器に入れてしまえ、というのが勝ったというのもある。


「はい、出来上がり。熱いから気をつけてねー」

「これ、普通に中身出して食べれば良いの?」

「うん」

「解ったー」


 味見と称して二人は一つずつ枝豆を手に取った、皮の端っこを加えて、ぴゅっと両端から豆を押すと、口の中に飛び出してくる。普段なら塩味しかしないが、その瞬間、バターとレモンの風味も一緒に口の中に入ってきて、豆と絶妙のバランスを醸し出した。バターの濃厚さとレモンのさっぱりした感じが、枝豆をより美味しく際立たせているのだ。

 一房食べて、ちゃんと火が通って味がついていることを確認した悠利はフライパンや鍋、ザルの片付けに取りかかる。だがしかし、ヤックは黙々と枝豆を食べていた。味見を通り越してつまみ食いなのだが、まぁ、枝豆を貰ってきたのはヤックなので、悠利は細かいことを気にしなかった。大量にあるので、ちょっとぐらいつまみ食いをしても、皆のおやつ分は残っている。

 そうして悠利が片付けを終えた頃、ヤックはじーっと皿を見つめて何かを考え込んでいた。首を捻りつつ悠利が問いかければ、ヤックはちょっと困った顔をして、提案を口にした。


「ユーリ、オイラこれ、お礼に持って行きたいんだけど」

「お礼?あぁ、枝豆くれた人に?」

「うん」

「良いよ。それじゃ、蓋付きの入れ物が良いかなー」

「良いの?」

「良いと思うよ。僕もたまにするし」

「……あ、そういえばそうか」


 大量にオマケをして貰ったときなどに、悠利は作った料理をお裾分けしている。それを思い出して、ヤックはほっと胸をなで下ろした。美味しい枝豆をくれた相手に、こんな風に美味しく出来ました、と教えてあげたかったのだ。もしかしたら向こうはこの食べ方を知っているかもしれないが、それでも、差し入れはきっと喜んで貰えるだろうと思って。

 手早く蓋付きの入れ物に枝豆のバターレモン炒めを悠利は詰め込んでいく。中身が零れないようにしっかりと蓋をした上で、布巾で包んでから小さな布袋に入れる。これで、持ち運びもしやすく、万が一傾いても蓋が外れないだろうという気遣いだった。……今日も乙男オトメンは愉快にオカンだった。


「それじゃ、ヤック、気をつけてね」

「うん、ありがとう!あ、ユーリ、オイラの分残しておいて!」

「勿論解ってるよ。別の器に入れておくから」

「ありがとうー!」

 

 元気に手を振って去って行くヤックを見送って、悠利は他の面々を呼ぶ準備を進める。大皿からヤックの分だけを取り除くと、皿を持ってリビングへと向かうのだった。



 なお、枝豆のバターレモン炒めは、食べた酒飲みの大人組から、「これはおやつじゃなくておつまみ!」という認定をされるのであった。


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