スライム素材でひんやり枕カバー。

「アリーさん、これ、加工できるんですか?」

「あ?」


 アジトの倉庫、もっぱら素材置き場としてしか使われていないその場所で、悠利はとある素材を手にしてアリーに問いかけた。悠利がびよーんと引っ張って両手で持っているその素材は、ゲル状とビニール状の間みたいな、引っ張ったら多少伸びる変な素材だった。


「そりゃ、加工出来なきゃ意味ねぇだろうが」

「じゃあ、これを、平面に、一枚の布みたいな形に整えることは可能ですか?」

「……お前、今度は何をやらかそうとしてるんだ?」


 相変わらず青い素材をびよーんと引っ張っている悠利に対して、アリーは静かに問いかけた。半眼になっているのはご愛敬だ。いつもいつもやらかす悠利と付き合っているので、彼の思いつきが何かしっちゃかめっちゃかな騒動を引き起こすことを、アリーは学習している。なお、悠利に悪気は一切無いし、いつだって、より快適な生活と美味しいご飯を求めているだけなのが、さらにタチが悪かったりする。

 なお、悠利が引っ張っている青い素材、身も蓋もなく言ってしまえば、スライムの抜け殻である。正確には死骸と言うべきだろうか。スライムは、生きている間はぽよんぽよんとしており、ゴム状なのだが、核を破壊されて死んだ後は、弾力が減り、ビニールとゲルの間みたいになってしまうのだ。ついでに、形状も丸だったのが中途半端に崩れてしまったりする。


「で、スライムで何作るんだ」

「ブルースライムってひんやりしてるので、これを枕カバーにしたら寝るとき気持ち良いかなって」

「……は?」

「首の後ろを冷やすと寝心地良いですよね?」

「……お前なぁ」


 がっくりとアリーは肩を落とした。悠利の発想は常に斜め上に、明後日の方向に、ぶっ飛んでいくのだ。悠利にとっては普通のことで、現代日本で使っていた便利グッズとかを再現しようとしているだけなのだが、その発想はこの世界では斜め上だ。……いや、日本人の感性を持っていたとしても、斜め上だろう。スライムの死骸を枕カバーに加工しようとする人種は、そうそういないと思われる。

 ちなみに、悠利がそんな変な事を考えたのは、ルークスの存在があったからだ。悠利の従魔、護衛を自負しているルークスは、夜眠るときも悠利の側を離れない。このところ少々暑く寝苦しかったのだが、枕元で眠っていたルークスを抱き枕のようにするとひんやりして心地良いと気づいた悠利であった。ルークスも嫌がらないので、おかげで悠利は快適な睡眠をゲットしている。

 とはいえ、そんなことが出来るのは悠利だけだ。他の面々は、夏になると寝苦しいなどと言いながら過ごしている。そんな彼らの姿を思い出したのと、目の前にあったブルースライムの素材がひんやり冷え冷えだったことにより、悠利は枕カバーを作れば良いと思ったのだ。余裕があれば、敷布バージョンとか作ったら、物凄く快適に眠れるような気がした。ひんやりしているとはいえ、水属性のブルースライムは冷えすぎるほど冷たいわけではないのだ。……コレがさらに冷たいアイススライムだった場合は、ちょっと危ないので使用を控えましょうとかなりますが。


「ダメですか?」

「……別にダメじゃねぇが、そういうのは専門職に頼め」

「専門職……」

「……素材加工が得意な職人は色々いるが……」

「……こういうのって、誰に頼めば良いんでしょうか~?」

「聞くな」


 ほけーっとした状態で悠利が問いかけると、アリーはため息交じりに返事をした。

 そう、誰に頼めば良いのか、ちょっと解らなかった。コレが武具ならば、それ専門の職人に頼めば良い。だがしかし、武具でも装飾品でもないのだ。枕カバーに加工してくれとか言われて、誰が作ってくれるのだろうか。職人の皆さんは、自分の仕事に誇りを持っているので、ヘタしたら出禁を言い渡される。怒らせたら面倒だ。

 びよーんびよーんとブルースライムを引っ張りながら、悠利は首を傾げている。アリーはしばらく無言で記憶を辿って、知り合いの職人を探していた。頼むならば、素材の加工だけを行っているような職人が適任だろう。とりあえず、悠利が言う形状に整えてくれる職人がいれば良いのだ。加工作業自体は、枕カバーになるように、一枚の布のような形状に整えて欲しいというだけで、難しいことは言っていないのだから。


「とりあえず、それ、持ってこい」

「はい?」

「職人街に行くぞ」

「あ、はい!」


 面倒そうにしながらも案内してくれるつもりらしいアリーに、悠利は顔を輝かせた。いそいそとブルースライムの素材を学生鞄に詰め込む。魔法鞄マジックバッグになっているので、こういうときには大変便利だ。アリーの背中を追いかけて悠利が倉庫から出ると、出かけようとしているのを察したのか、いつの間にかルークスがその足下にやってきていた。出来るスライムはやはり違った。



 そして数日後、職人に「とりあえず、これぐらいの大きさに伸ばして下さい」とお願いした物体が、アジトに届けられたのだった。



「……ユーリ、これ、何すんの?」

「これにねー、紐を付けるんだよー」

「いやだから、紐付けて、どうすんの?」


 不思議そうなヤックの質問に、悠利はのほほんと答えた。いつも通りだった。だがしかし、悠利がいつも通りだろうと、ヤックとしては、「だから何で?」となってしまうのだ。しかし詳しい説明は後回しで、悠利はせっせと作業に勤しんでいる。

 届けられたブルースライムの亡骸は、綺麗に形を整えられていた。枕の表面にぴったり重なるぐらいのサイズに作られたブルースライムの素材は大量だった。悠利はその、被せるタイプの枕カバーみたいになっているブルースライムに、いそいそと紐を取り付けていた。両端の上下に紐を取り付けて、それを枕の下で括って固定できるようにするのだ。

 ブルースライムの素材に接着するので、縫うという作業は出来ない。その代わり、事情を説明したら、専用の接着素材を一緒に与えて貰ったので、紐を小さな布に付け、さらにその布をブルースライムに貼り付ける、という方法を取っている。というか、接着素材を付けた布を、テープのようにして紐を固定しているというべきだろうか。


「出来たー!」

「……だからユーリ、これ、何?」

「え?枕カバー」

「え?」

「いやだから、ブルースライムの素材で作った、ひんやり枕カバー」

「……はい?」


 とりあえず一つ完成させた悠利は満足そうに笑っているが、説明されてもヤックは何が何やら解っていなかった。そりゃそうだろう。今の会話で色々理解出来たら、その人の理解力は素晴らしすぎます。

 ヤックの反応から、流石にちょっと説明が足りなかったことを理解したらしい悠利は、ぺんぺんと枕カバーを叩きながらヤックに触ることを促した。促されるままに触ってみるヤック。水属性のブルースライムはひんやりとしているので、触ってみると心地良い。氷と言うほど冷たくないが、なんだかほのかにひんやりとしていて、暑さを和らげてくれる感じだ。


「これをね、枕の上に重ねたら、寝るときちょっとひんやりするよね?」

「……あ」

「首の後ろ冷やすと寝苦しさ減るかなーって思って」

「……ユーリ、これ」

「そこそこいっぱい作ってもらったよー。ヤックも使う?」

「使う」


 はい、と差し出されたスライム素材の枕カバーを、ヤックは大事そうに受け取った。ヤックは農村出身なので、夏は暑いことぐらい解っている。解っているが、それでも、寝苦しいのは寝苦しいのだ。少しでも快適に安眠が与えられるというのならば、それに手を伸ばすのは人の性だ。多分。

 ヤックがうきうきと枕カバーを手にして部屋に戻っていくのを見送りながら、悠利はせっせせっせと作業を進めていた。ぺたぺたと布に専用接着素材をくっつけて、枕カバーに紐を貼り付けていく。そんな雑務にしか思えない作業を、悠利は一人、鼻歌を歌いながら続けていた。彼はこういう作業が大好きだった。何かを作るのはとても楽しいのだ。

 結局、倉庫にあったブルースライムの素材で作れた枕カバーは、全部で10個だった。悠利はルークスがいてくれるので必要ないので、ヤックが一つ持っていった以外は、誰に渡そうかと考える。とりあえず、暑さに弱い面々に渡すべきだろう。どこかの体力の無い学者先生とか。

 そんなことを考えていたら、顔を輝かせて走って来るレレイの姿が見えた。そのレレイの後ろで、ヤックが手を振っている。なお、逆の手でがっちり枕カバーをガードしているのは、奪われまいと抵抗したのだろうか。何があったのか解らないが、何となく何があったか解ってしまう、そんな気分の悠利だった。


「レレイ、どうしたの?めちゃくちゃ笑顔だけど」

「ユーリ!冷たい枕カバーあるって本当?」

「冷たいって言うほどじゃないよ。ひんやりぐらい」

「貸して、貸して!」

「はい、どうぞ」

「うわー、冷たい。気持ち良い。これだとぐっすり眠れそうー!」


 大喜びしているレレイに、悠利はこてんと首を傾げた。何でそんなに大騒ぎしてるの?と言いたくなったのだ。そんな悠利に、レレイの代わりに答えを与えてくれたのは、いつの間にかその場にいたジェイクだった。……存在感が薄いのか、時々ジェイクは、皆が気づかないうちに側にいたりするのだ。だがしかし、断じて気配を殺すのが得意とかそういう、戦闘に活用できそうな能力ではないのがミソだった。あくまで、存在感が薄いという方向に説得力がありそうなのだ。

 理由、戦場だと全然そういうことが出来ていない。


「彼女は猫の気質を受け継いでいますから、暑いのは苦手だそうですよ」

「その割にいつも元気ですけど」

「体力は有り余ってるようですけど、暑いのは嫌いだと言ってましたよ?」

「そうなんですかー。あ、ジェイクさんも要ります?」

「いただきます。……ところでユーリくん、何でこんなものを?」

「ルーちゃん抱いて寝てると気持ち良かったので」

「なるほど」


 父親が猫獣人のレレイは、見た目は人間の母親に良く似ているが、体質その他諸々はどちらかというと父親に似たらしい。確かに、猫は涼しい場所を探すのが得意だったりするので、暑いよりも涼しい方が良いという感じなのだろうか。とりあえず、ひんやり枕カバーで大喜びしているので、それで良しとしておこうと思う悠利であった。

 

「あぁ、これはほどよく気持ち良い冷たさですね。今日からぐっすり眠れそうです」

「ジェイクさんの場合は、寝る前の読書を控えたら、もうちょっとぐっすり眠れると思いますよー?」

「……」

「あんまり夜遅くまで本を読むのは目にも悪いですしねー?」


 のほほーんと笑っている悠利であるが、微妙にオーラが黒かった。ちょっとだけお怒りだった。本の虫と呼ぶに相応しいジェイクは、気を抜くと夜中どころか明け方まで本を読み、徹夜連続何日目だよ、みたいな状態を作り出すのである。それもしょっちゅう。それで倒れても改まらないので、悠利がちょっとだけ怒っているのも仕方ないのであった。



 スライム素材のひんやり枕カバーは好評で、数日中に全員分が揃えられることになったのでありました。睡眠大事ー!


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