賄いは、夕飯の残りで玉子丼です。


「ウルグス、今日の朝ご飯、玉子丼でも良い?」

「あん?」


 食事当番であるウルグスは、悠利ゆうりの発言に首を傾げた。何で玉子丼、と彼は思ったのだ。それというのも、今現在彼は、皆の朝食の準備で、パンとスープとサラダ、それにベーコンエッグという献立を聞かされて、その準備をしていたからだ。それで何でいきなり、玉子丼が出てくるのか解らない。

 なお、別に悠利は単なる思いつきで口にしたわけではないし、彼なりに考えがあってのことである。とはいえ、マイペースが服を着て歩いている悠利は、時々説明が足りないことがあった。今回もそんな感じだ。

 ウルグスと微妙に意思の疎通が図れていないことに気づいた悠利は、ぽんと手を打って、口を開く。へにゃりとしたいつも通りの笑顔で。


「あのね、皆のご飯は今準備してる献立で、僕とウルグスの賄いは、玉子丼で良いかな?って聞きたかったんだよ」

「あぁ、なるほど。そういうことか。……って、何で皆とメニュー違うんだよ」

「それはねー、昨夜のおかずの汁が残ってるからー」

「……昨夜のおかずの汁?」


 何かあったか、とウルグスは記憶を探る。そんなウルグスに、悠利は冷蔵庫からいそいそと取り出したボウルの中身を見せた。そこには、たぷたぷと良い匂いのするスープが入っていた。

 正確には、おかずの残り、である。


「昨夜、オーク肉ともやしの蒸したやつ作ったでしょ?その時にスープが残ったから、これで玉子丼作ろうかなって思って」

「……捨ててなかったのか」

「捨てるなんて勿体ないよー。お肉ともやしの旨味が出てるのに」

「……あー、うん。お前そういう奴だよな」

「ダメ?」


 勿体ない精神で、わざわざ煮汁をボウルに入れて保管していたという悠利の行動に、ウルグスは呆れたようにため息をついた。残すほどの分量でもなかろう、と思ったからだ。とはいえ、昨夜は人数が多かったので、ボウルの中身はそこそこの分量だった。これを全て捨てるのは、使った調味料が勿体ないと悠利が考えてしまっても、仕方がないだろう。

 なお、オークもやし蒸しは、ガラと酒を入れた鍋でもやしと肉を蒸し、火が通ったらごま油と醤油を混ぜて味を調えるだけのお手軽料理だ。大鍋があれば大量に作れるので、大変便利である。しかも、それだけ簡単なのに食欲をそそるらしく、今では定番料理になっている。また、肉料理ではあるのだが、半分がもやしなので、そこまで肉食でない面々でも食べやすいと評判だった。美味しいは正義。


「まぁ、別に良いけどよ。んじゃ、さっさと賄い食っちまうか?」

「そうだねー。皆が起きてきたら忙しくなるし」

「いや、違うメニュー食ってたら、煩くなりそうだなって思っただけなんだが」

「……煩くなるかな?」

「……人による」

「……そうだねー」


 ウルグスのしみじみとした呟きに、悠利は素直に頷いた。確かにその通りだった。大人組とかならば問題無いが、見習い組とか若手組がやってきた場合は、「それ何?美味しそう!」みたいな展開になる未来しか見えない。さっさとご飯にしてしまおう、と悠利は作業に取りかかる。

 まず、浅い鍋にボウルの中身を入れて温める。沸騰して蒸発してしまわないように見張りをウルグスに頼んでいる間に、悠利は別の作業に取りかかった。なお、ウルグスはお玉でくるくると鍋の中身を混ぜながら、固まった脂が溶けていくのを眺めている。……そして、混ぜている途中で肉の切れ端を見つけて、ちょっと嬉しそうだった。何だかんだで育ち盛りの男の子はお肉が大好きです。

 ウルグスに鍋を任せた悠利は、タマネギと人参を取り出した。皮を剥いたタマネギは、少し太めの千切りにきる。あまり細すぎては食感がないし、太すぎては味がなかなか染みこまないので、太めの千切りにしているのだ。人参も同じぐらいの太さに千切りにすると、ウルグスに声をかけて鍋の中へと入れていく。


「これ、どんくらい煮込むんだ?」

「タマネギの色が変わるぐらい?……多分、それぐらいで人参も火が通ると思うから」

「了解」


 くるくるとお玉で鍋の中身を混ぜて、タマネギと人参がきちんと煮汁に浸かるようにしながらウルグスが答える。何だかんだで、料理が手慣れてきている。自分が食べるものなので余計に頑張れるというのはあるだろうが。

 そんなウルグスを背中に、悠利は冷蔵庫から卵を取り出して、注ぎ口のついたボウルに割っていく。菜箸でカカカカと卵を混ぜ合わせる悠利。ただし、完全に混ぜきってしまうのではなく、白身の塊を菜箸で切るようにして解すと、ある程度は黄身と白身が別れている状態で留めておく。……この状態の方が、出汁を吸い込んで玉子が美味しくなるとどこかで聞いたことがあるのだ。まぁ、気分の問題である。

 卵の準備が出来たら、次は器だ。深めの器を用意して、半分ぐらいご飯を詰め込む。ただし、押し込むと米が潰れてしまうので、そっと入れる。あまり入れすぎると上に具を載せられないので、ほどほどに。足りない場合はお代わりしてもらえば良いのである。


「ウルグスー、煮込めたー?」

「多分」

「よーし、じゃあ、卵を投入するよー!」

「おー」


 すすっと鍋の前から移動するウルグス。卵入りのボウルを手にして、悠利が鍋の前に立つ。注ぎ口がついているので流し込むのは大変ラクチンだ。全体に上手に行き渡るように回し入れ、ぽこぽこと沸騰する鍋の中身を見つめる。じわじわと火が通り始めたのを確認すると、コンロの火を消して蓋を被せる。しばらくそのまま余熱で玉子とじが完成するのを待つのだ。


「ウルグスー、今のうちに野菜スープよそっておいてー」

「了解」


 ご飯の入った器を鍋の近くに移動させた悠利に頼まれて、ウルグスがカップに二人分の野菜スープを入れておく。本日の賄いは、玉子丼とたっぷり野菜のスープである。あと、季節感無視の迷宮食材なフルーツの盛り合わせだ。朝のフルーツには黄金の価値があるそうです。栄養とか吸収とか消化とかそういう感じの意味で。

 ぱかりと鍋の蓋を取ると、ふわんと美味しそうな匂いが漂ってくる。白と黄色が斑に混ざった玉子とじが実に美味しそうだ。いそいそとお玉で下の具材や煮汁ごと玉子とじを掬って、ご飯の上に載せていく。オーク肉ともやしの旨味が出た煮汁に、とろとろの玉子がハーモニーを添えるのだ。煮汁が美味しければ玉子とじも美味しいに決まっている。

 ほかほかと湯気を立てる丼。中身を入れ終えた鍋は流しでお湯を張って置いておく。洗い物は後回し。今は、出来立てほかほかの玉子丼を食べるのが、悠利とウルグスの仕事なのである。

 悠利が丼を食堂へ運ぶのと入れ違いに、既にスープを運んでいたウルグスが、水とスプーンを取りに戻ってくる。彼らは目だけで会話をした。言葉は要らなかった。早く食べよう!が彼らの中の合い言葉だ。……早朝から食欲旺盛なのは若者の特権なので、気にしないであげてください。出来立ての玉子丼の匂いが、予想以上に食欲をそそってきたのである。おそるべし、玉子丼!


「それでは、いただきます」

「いただきます」


 向かい合って座り、手を合わせて唱和する。そして悠利とウルグスは、どちらもスプーンを手にした。いざゆかん、ほかほか玉子丼!みたいな感じかも知れない。悠利はスプーンに半分ぐらい、ウルグスはたっぷり山盛りに。玉子とじとご飯を一緒に掬うと、そのまま口に運んだ。

 ふわふわとろとろの玉子には、オーク肉ともやしの旨味が凝縮されたエキスの味が染みこんでいた。若干の食感を残したタマネギと人参のシャクシャク感も、アクセントにぴったりだ。そして何より、玉子とじから煮汁の旨味をじゅわーっと吸い込んだ白米が、実に絶品!ほかほかご飯にほかほかの玉子とじ。絶品の玉子丼が完成していた。


「美味いな」

「美味しいねー」


 野菜たっぷりのスープを間に挟みつつ、玉子丼を堪能する二人だ。なお、フルーツは現在も冷蔵庫で冷やされている。変にぬるくなるのは嫌なので、デザートは最後まで冷蔵庫に入れておこうというので一致していた。……普段は特に気が合うとかでもないのに、何故かこういうときは重なるのだから、美味しいご飯は凄かった。

 豪快にがつがつと食べるウルグスと、のほほんと規則的に口に運んでいる悠利。そんな二人なので、元々の分量でウルグスの方が勝っていても、先に食べ終わるのはウルグスだった。ご馳走様でしたと両手を合わせて挨拶した後に食器を下げるウルグス。彼はそのまま冷蔵庫に向かい、ちらっと悠利に視線を向けた。悠利はそんなウルグスにこくりと頷いた。心得たウルグスは、二人分のフルーツを手にして戻ってきた。

 戻ってきて、そして、悠利の目の前にフルーツ皿を置きつつ、その斜め後ろを凝視していた。微妙に顔が引きつっているというか、困った感じになっているウルグスに、悠利が不思議そうにしながら振り返ると、そこには。


「……それ、今日の朝ご飯?」

「…………おはよう、レレイ」


 キラキラと顔を輝かせたレレイと、よっと片手を上げているクーレッシュがいた。レレイの目は玉子丼に釘付けだった。猫獣人の血を引いていることにより五感が普通の人よりも発達しているレレイなので、玉子丼の美味しそうな匂いに誘われたのだろう。クーレッシュが呆れながらもその肩を掴んで、人の飯を狙うなとツッコミを入れているが、多分、半分ぐらいしか聞こえていない。

 そんなレレイを見て、悠利は困ったように笑った。とてもとても困っていた。だってこれは、賄いなのだ。悠利とウルグスの朝ご飯なのだ。皆のご飯は、パンを中心としたスタンダードなモーニングである。


「……今日の朝ご飯はパンだよ」

「え?」

「皆の朝ご飯は、パンとベーコンエッグだよ?」

「……え?」


 きょとんとした顔で首を傾げるレレイ。悠利は根気強く、今日の朝ご飯がパン食であること、この玉子丼は残り物を使って作った、自分とウルグスの賄いであることを伝えた。クーレッシュはそんなレレイをスルーして、食後のデザートとしてフルーツを食べているウルグスに、「俺、ベーコンエッグ両面焼いて」とかリクエストしていた。……以前悠利が目玉焼きをひっくり返して焼いてみたら、それがお気に召したらしいクーレッシュであった。

 レレイはしばらく固まっていた。けれどそれもすぐに元に戻る。というのも、悠利がとりあえずご飯食べてしまおうという感じで玉子丼を食べるのを再開したからだ。レレイは何も言わない。けれど、その目は、表情は、どんな言葉よりも雄弁に彼女の心を伝えてきた。


「……えーっと、もう二口分ぐらいしか残ってないけど、…………食べる?」

「食べる!」

「お前なー、朝っぱらからユーリの飯奪ってんじゃねぇよ!」

「だって美味しそうなんだもん!これ、お肉の匂いするんだもん!」

「肉は入ってねぇだろ。玉子だろ」


 悠利の隣にちょこんと座り、すすーっと移動してきた器を前に顔を輝かせるレレイ。クーレッシュのツッコミに、彼女は肉の存在を主張した。しかし、見た目は野菜と玉子しか入っていない玉子丼。どこにも肉は見当たらない。けれど、確かに一応、これは昨夜のオークもやし蒸しの煮汁を使っているので、肉の風味が漂っていてもおかしくはない。実際、小さな肉片は残っていたし。

 

「あー、これ、昨日のオークもやし蒸しの煮汁で玉子とじにしたから、お肉の匂いはするかもしれない」

「は?」

「でも、正直僕にはお肉の匂いは解らないけど」

「あたしには解った!そして美味しい!美味しいよ、ユーリ!今度オークもやし蒸し作る時は丼もセットで!」

「はいはい」

「……そしてお前は、他人の飯奪っておきながら反省はねーのかよ」


 嬉しそうに、残り二口分の玉子丼を、レレイはちょっとずつ大事そうに食べた。よほど気に入ったらしい。クーレッシュのツッコミは届いていなかった。フルーツを食べ終えたウルグスが、今用意するんで、と台所へと戻っていく。その背中に、レレイの「あたしベーコンエッグ半熟で!」という声がぶつかるのだった。


 なお、事の次第がアリーにバレて、レレイは「お前は幼児か!」とアイアンクローをお見舞いされるのでした。合掌。



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