弓使いにも色々いるのです。
「ヘルミーネって、弓使いなんだよね?」
「そうよ?それがどうかした?」
悠利はヘルミーネの腕に手を伸ばして、色白でほっそりとした二の腕に指先で触れた。ぷにっとした手触り。もち肌。そこはまぁ、良いのだ。つんつんと突っついている悠利を、不思議そうに見ているヘルミーネ。悠利はうーんと唸りながら、そんなヘルミーネの腕から視線を彼女の目へと戻して、口を開いた。
……なお、こんな風に無造作に突っついて許されているのは、悠利の人徳であろう。他の男子諸君がやったら、ヘルミーネの眉間に皺が刻まれるに違いない。微塵も警戒されないというのはある意味素晴らしい特技である。
「ヘルミーネの腕って、弓使いの割りに筋肉ないよね?」
「え?非力な私に何求めてるの?」
「いやだから、弓って、結構腕力いるよね?背筋とかも」
「???」
きょとんとしているヘルミーネに、悠利は自分の知っている知識の中で考えた感想を伝えた。そう、弓は腕力を使うし、全身の筋肉が必要になるのだ。弓道部員なんて、細身に見えて腕とか背筋とか凄いことになっている。勿論、悠利の知っている弓道と、魔物を退治する実践派の弓使いの皆さんが、同じとは限らない。とはいえ、弓弦を引き絞り矢を放つ彼らの腕に、筋肉が少ないわけがない。そう思ったのだ。
だがしかし、その考えの通りに行くと、ヘルミーネの腕には筋肉がちっともついていないような気がする。種族特性で、見た目に反して腕力があるとかならば別だが、羽根人のヘルミーネはその翼で空が飛べることと、視力が良いことと、長命種であることぐらいしか、人間との見た目の違いは無い。……え?それだけあったら十分?いえ、見た目がほっそりでもバカみたいに腕力がある種族とかいるんですよ。獣人とか
そんな悠利の素朴な疑問に、ヘルミーネは首を捻っていた。何言ってるの?みたいな反応だ。彼女は弓が得意と言われる羽根人で、実際弓使いとしての技量はかなりのものらしい。それなのにこんな反応を返されて、悠利もわけが解らずに首を捻った。二人揃って頭に
平行線で交わらない彼らの会話に救世主が現れたのは、二人が互いの顔を見ながら首を捻って数分が過ぎそうになった頃だった。落ち着いた声が二人の背中にかかったのである。
「お前達、何をしているんだ?」
「フラウさん」
「あ。フラウ」
現れたのは、指導係の一人で弓使いのフラウだった。彼らの疑問を解決してくれる大変素晴らしい女性だった。フラウに事情を説明する役目は、悠利が行うことになった。というのも、ヘルミーネは悠利が抱いている疑問の意味が解っていないので、どういう趣旨かさっぱり理解出来ていなかったからだ。
「質問なんですけど、弓使いって筋力必要ですよね?」
「あぁ、必要だな。全身くまなく使う」
「ヘルミーネ、筋力無さそうなんですけど」
「うん?……あぁ、そういうことか。ユーリ、ヘルミーネの場合、武器が特注だ」
「へ?」
きょとんとしている悠利と、それがどうかしたのー?とでも言いたげなヘルミーネ。フラウは悠利の疑問と、それに対して良く解っていないヘルミーネの二人から、彼らの会話と認識の食い違いを理解したのだろう。楽しそうに笑うと、詳しい説明をしてくれた。
曰く、弓を使って戦うには筋力が必要になるが、ヘルミーネを始めとする羽根人は華奢で繊細で非力な種族なので、特注品の弓を使うということだった。この羽根人達が使う弓は、
「武器が特注ということは、ヘルミーネは、愛用の武器が壊れたら戦えないってことですか?」
「基本的に羽根人が使っている弓は壊れにくいがな。
「壊れたら困るじゃないー」
「でも、それ壊れたらヘルミーネ、弓使えないんでしょう?」
「そうだけど、滅多に壊れないし、ちゃんとお手入れしてるもーん」
細い腕のヘルミーネが弓使いをやっていることについては説明されたが、それはつまり、その希少価値の高そうな武器が壊れたらアウトなのではと悠利は思った。思ったが、
その流れのまま、悠利はフラウへと視線を向ける。スレンダー美人のフラウお姉さんは、今日も相変わらずの凜々しいパンツスタイルだった。時々タイトスカートを穿いているときがあるが、物凄くレアである。だがしかし、いわゆる恰好良い美人なフラウなので、パンツスタイルのキリッとした雰囲気がとても似合っている。それはともかく、悠利の視線はフラウの腕へと吸い寄せられていた。
「……触ってみるか?」
「良いんですか?」
「あぁ、構わん。ヘルミーネと比べてみたいんだろう?」
「はい」
優しいフラウに感謝して、悠利は彼女が伸ばしてきた二の腕へと指を近づけた。つんつんと触ってみると、服の上からでも引き締まっているのが良く解る。力を抜いている今は幾分柔らかいけれど、悠利の反応を面白がったフラウが力を込めると、一気に硬くなる。見事な筋肉だった。
「ヘルミーネと全然違いますねー」
「まぁ、私は普通の弓を使っているからな。筋肉がなければ弓が引けない」
「だってー、私、どれだけ鍛錬しても、筋肉つかないんだもーん」
「そうなの?」
「羽根人って、視力は良いけど、筋肉はつきにくいのよねー」
ヘルミーネがぼやく。だから
ふと悠利は思い出した。弓という武器にも、色々な種類があることを。フラウやヘルミーネが使っているのは、弓道で使う様な手で引くタイプの弓だ。それ以外にも、非力な人でも使えるように作られた、クロスボウなる弓があることを、悠利は知っている。……サブカル方面からの知識なので、詳しい製造方法とか構造については全然解っていないが、とりあえず、普通の弓より手軽に使える、という認識は持っていた。
「ヘルミーネ、クロスボウ使わないの?」
「アレ邪魔になるから嫌」
「……え?」
「だってクロスボウって結構かさばるんだもん」
「……理由、そこ?」
「うん!」
実に素敵な笑顔だった。
手軽に使える武器だとか、狙いをつけやすいとか、非力でもちゃんと矢が飛ばせるとか、まぁ色々と利点はあるのだが、それら全てをヘルミーネはバッサリと「かさばるから邪魔」と言い切った。輝く笑顔で告げる理由としては、なんでやねん状態だった。悠利が思わず呆気に取られるのも無理はない。
そんな悠利にヘルミーネの言葉の理由を説明してくれたのは、フラウだった。やはり、指導係として日々訓練生達のフォローをしているお姉さんは素晴らしい。
「ヘルミーネの弓はな、
「収納しやすい?」
「小さくなるのよー」
「……うわぁ」
色々と便利過ぎるなぁと悠利は思った。
なお、ヘルミーネの弓は、使わない時は半分ぐらいの大きさに縮めることができる。矢と矢筒は小さくならないが、弓が小さくなると言うことは、矢筒の中にすっぽり片付けることも出来るので、持ち運びが楽なのだという。また、弓が
「フラウさんの弓は、何か特別だったりするんですか?」
「いや。特にこれといって特殊な弓は使っていないな。ただ、弓も矢も数を揃えているので、向かう場所や魔物の種類によってそれらの組み合わせを変えている」
「私そういうの考えるの面倒だから嫌いー」
「弓を変えろとは言わないが、矢は選べよ、ヘルミーネ」
「はぁい」
面倒そうなヘルミーネにフラウの軽いお小言が飛んできた。とはいえ、別に怒っているわけでも、厳しくしているわけでもない。フラウの顔は笑っているし、ヘルミーネもいつも通りの態度だ。こういうやりとりも、いつものことなんだろうなぁと悠利は思った。冒険者達に取っての日常会話は、彼にとっては興味津々で面白い話題だった。……もっとも、自分が彼らと同じ場所に出かけようとはちっとも思わないのだけれど。
ちなみに、フラウが矢を選べと言ったのは、鏃に使っている材質によっては、魔物に効果が無い場合もあるからだ。その辺の情報をしっかりと入手し、最善の装備を調えて挑むことも、大切な勉強の一つなのである。それが解っているから、ヘルミーネも面倒とか嫌いとか言いながらも、やらないとは一言も言っていないのだ。基礎を疎かにしてはいけないことぐらい、彼女だってちゃんと解っている。
「クロスボウ派の弓使いさんもいるんですか?」
「あぁ、いるな。どちらかというと、クロスボウを使う面々は弓を主体と言うよりは、補助武器に使っているが」
「補助武器?」
「基本が近接武器で、敵と距離がある場合や威嚇にクロスボウを使っているようだ」
「なるほどー」
悠利の脳裏に、ボタン一つで武器の切り替えが出来る系のゲームが浮かんだ。敵から離れた場合は遠距離武器でチクチク攻撃して、敵との距離が近い場合は剣や斧の様な武器でザックザックと切り捨てる。そういうゲームがあったような気がした。アクションはあまり得意では無いので、うろ覚えの記憶であったが。
こちらの世界でも、そういう考え方があるんだなーと悠利は思った。思って、冒険者も大変だなぁと暢気に考える。彼は平和にアジトでおさんどんをしているけれど、日々魔物と戦い続ける冒険者の皆さんは、自分の命を守るために常に精進しているのだ。……普段悠利が見る皆の姿はのほほんとしているので、ついついそういったことを忘れてしまうのであった。
……なお、皆がのほほんとした姿を見せている原因が、八割ぐらい自分だということに気づいていない悠利だった。
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