山芋のバター醤油炒めをおつまみに。


 しょりしょりと皮剥き器で山芋の皮を剥いているのは、悠利ゆうり一人だった。当人はそれをまったく気にせず、ひたすらに山芋の皮を剥き続けている。何で悠利が一人で作業をしているのかと言えば、今が、夕飯もその後片付けも終わった時間帯であるからだ。皆は風呂に入ったり自室に戻ったり、リビングでくつろいでいたりする。

 そんな中で悠利が未だに台所で作業をしているのは、おつまみを作る為だった。

 別に、頼まれたわけでは無い。遠回しにお願いされたわけでもない。ただ単純に、悠利が差し入れを作ってあげようと思っただけだった。

 何故そんなことを思ったかと言えば、本日は任務の都合で夕飯に間に合わず、外食で済ませてきた面々が、微妙に寂しそうだったからだ。別に外食でも美味しいと悠利は思っているのだが、クランメンバー達は悠利のご飯を食べないと落ち着かないらしい。特別美味しいとか、豪華な料理が出てくるとかではないのだが、「食べると何かホッとする」「帰ってきたって感じがする」というご意見多数だった。それどこのお袋の味。

 悠利が作ろうとしているのは、山芋のバター醤油炒めだ。おかずにもなるし、お酒を飲んでいるならおつまみにもなるだろうなと思って作っている。流れでパンや白米を要求されたら、ほどほどの分量を提供しようとは思っている。……何だかんだで悠利は、「美味しい!」と言ってくれる人々に対して甘かった。締めるところはちゃんと締めるが。


「……山芋半分で足りるかなぁ……」


 ぼそりと悠利が呟いてしまったのは、食堂スペースで酒盛りをしているメンバーがメンバーだったからだ。静かに大人しく晩酌を楽しむ大人メンツは、その場にいなかった。

 「ユーリのご飯ー」とうだうだ言いながらジョッキでエールをがぶ飲みしているのはレレイ。見た目に反して酒豪なので、ジョッキでエールを二桁飲んだところで酔っ払わないらしい。

 「言うな。俺も食いたくなるだろ」とレレイの頭にチョップをしながら、ちびちびと度数の低い酒を飲んでいるのはクーレッシュ。こちら、肝臓がそこまで強くない人間なので、己が飲めるレベルを考えながら調整しているらしい。……時々酒豪達に巻き込まれて撃沈し、二日酔いでうなされるのはお約束である。

 「……俺も食いたい」としょんぼりとしているのは、何故か頻繁にアジトに顔を出しまくっているバルロイ。その手には、レレイのものよりも更に大きなジョッキが握られていて、しかも何故かその中身は度数の高い酒だった。しかもストレート。脳筋の狼獣人の肝臓は強靱だった。

 「アンタら煩い」と全員の頭をぺしぺしぺしと叩き、小さなグラスでワインを嗜んでいるのは、アルシェット。彼女は酒を飲みたいのではなく、バルロイのお目付役としてその場にいるだけであった。今日もツッコミ役は絶好調だ。……ちなみに、レレイとクーレッシュの頭はぺしぺしという効果音で正しいが、バルロイの頭を殴ったときだけは、べし!という効果音が相応しい。相棒って素晴らしい。

 ……ちなみに彼らは、悠利が未だに台所でごそごそやっているのを、明日の朝ご飯の仕込みをしている、と思い込んでいる。そんな誤解が発生していることを悠利は知らないので、マイペースに作業をしているのだが。

 それはともかく、賑やかな四人を視線で確認して、悠利は使わずにおこうかと残しておいた山芋のもう半分に手を伸ばした。どう考えても足りない気がした。主に、レレイとバルロイの二人が食べ尽くしそうだという意味で。クーレッシュの口に入らなくなりそうだと思ったのだ。アルシェットは特に文句は言わないか、バルロイから掻っ払うだろうけれど。


「美味しく食べてくれそうだから良いんだけどね~」


 皮を剥いた山芋を、悠利は慣れた手つきで短冊に切っていく。軽やかに切られていく山芋。しかし、その小気味よい音は、騒々しい酒宴組には聞こえていないらしい。酒を大量に食堂側へ持ち込んでいるので、お代わりの度に台所へやってくることも無いのだ。大量の水が入ったピッチャーも持って行っている。用意万端過ぎた。

 なお、彼らは一応、ナッツ類やクラッカー類などのおつまみを摘まんでいる。しかしそれらは小腹を満たしてはくれても、満足感は無いらしい。相変わらず、「ユーリのご飯食べたい」という言葉がちらほら聞こえてくる。……順調に餌付けされている面々であった。

 そんな愉快な面々を尻目に、悠利はテキパキと調理を進めて行く。山芋の短冊を大量に作り上げたら、次はフライパンにバターを投入する。バターがジュワーッと溶けてきた段階で、山芋を一気に放り込み、炒める。バターの焼ける匂いが充満して、実に美味しそうだ。……なお、その匂いが届いたのか、四人が一斉に台所へ視線を向けたのだが、悠利は気にせずフライパンを操っていた。

 山芋は生でも食べられるので、表面に色がついてきた頃合いで炒めるのを止める。というか、そうしないと、バターが焦げてしまって大惨事になってしまう。そして、くるりと醤油を回しかける。もう一度火を入れて、醤油が山芋に絡むようにちゃちゃっと混ぜ合わせる。醤油とバターの香ばしい匂いが、ふわんと悠利の鼻腔をくすぐった。

 これで調理は完成なので、大皿にどかっと盛りつける。色合いが寂しいので、乾燥パセリの粉末をぱらぱらと散らしてみた。刻んだネギや、カイワレ大根などを混ぜたり散らしたりしても良いかも知れない。生憎今は冷蔵庫に無かったので、せめともと乾燥パセリの粉末なのである。

 ひょいとフライパンにひっついていた小さな破片を口に含んで、悠利は味を確かめる。問題無かった。炒められた山芋はホクホクで、表面のねばっとした部分にバターと醤油が絡んでいて何とも言えずに食欲をそそる。実家では、おかず兼おつまみみたいな扱いだったので、酒の肴に出しても大丈夫だろうと思ったのだ。


「はい、おつまみですよー」

「「ユーリ!?」」


 良い匂いに釣られていた一同は、大皿片手に現れた悠利に、驚いたように叫んだ。ちょっと待っててねーと笑いながら、悠利は小皿とフォークを人数分取りに行く。……山芋が滑るので、箸よりフォークの方が食べやすいだろうと判断したのだ。悠利自身は箸の方が楽だが、こちらの世界の皆さんは、フォークの方が得意だったりするので、その辺を考えた結果だ。

 手渡される小皿とフォークに、四人は固まっていた。だがしかし、復活するのも早かった。主に、美味しそうな匂いに胃袋を刺激された、レレイとバルロイの二人が。


「いただきます!」

「ます!」


 ざくっとフォークを山芋の山に突き刺して、自分の小皿に取っていく二人。まるで戦争みたいな雰囲気だった。慌てて、食べ損ねてはたまらないとクーレッシュが二人の間を縫うようにして山芋を確保する。アルシェットは三人が小皿に取り終わって、大皿の周辺が平和になってから手を伸ばしていた。流石、大人枠。

 あーん、と大きな口を開けて山芋を放り込むレレイとバルロイ。年齢も性別も違うのに、その仕草が妙に似ていた。……似ていることに気づいて、クーレッシュとアルシェットが顔を見合わせて、そっとため息をついた。確実に脳筋二号になりそうなレレイを感じてしまったらしい。……バルロイに比べたらまだ全然マシです!多分。


「美味しい!」

「美味い!」


 ぱぁっと顔を輝かせるところまで、レレイとバルロイは良く似ていた。似てしまっていた。……レレイの将来が心配だ。

 とはいえ、ホクホクの山芋に、バターと醤油の味が絡んで実に美味しいのは事実だった。生で食べても平気な山芋なので、そこまでしっかり火は通っていない。だがしかし、炒められたことにより、生で食べるときよりも柔らかいのだ。しかしそのシャキシャキとした食感は失われておらず、バター醤油の香ばしさと相まって口の中に幸せを運んでくれる。

 レレイがバルロイ二号になりそうな事実にはそっと蓋をして、クーレッシュとアルシェットも山芋を口に含む。美味しいと顔を合わせて笑う二人は、そのまま、にこにこ笑っている悠利にお礼を言っていた。……なお、レレイとバルロイの二人は、悠利にお礼を言うのもそこそこに、ばくばくと食べ続けていた。どんな胃袋をしているのか心配になるほどだ。食べても太らない体質って便利ですね。


「クーレ、パンいる?」

「……いやー、俺はそこまで腹減ってな」

「パン!食べる!」

「俺も!」

「……すまん、ユーリ。そこの体力バカ共に、パンやってくれ」

「了解です~」


 クーレッシュが否定の言葉を口にし終わるより早く、レレイの発言が被さった。ついでにバルロイも。早く早く!と、解りやすく耳と尻尾で感情表現をしているバルロイと、耳も尻尾もついていないが、似たような反応をしているレレイ。獣人やその血縁というのは、そういうものなのだろう。感情表現が豊かである。……いや、中にはクール系な獣人さんもいるのだが、悠利が知っている獣人系はこの二人だけなので、必然的に感情表現が解りやすい、に落ち着いてしまうのだ。仕方ない。

 まとめ役よろしく悠利にパンを準備するように頼んできたのは、アルシェットだった。きっと彼女は、こういう状態のためにここにいるのだ。バルロイのツッコミ担当、飼い主担当なので仕方ない。

 悠利は笑顔で台所に戻ると、ロールパンを幾つか大皿に載せて戻ってきた。テーブルの上に大皿が置かれた瞬間、レレイとバルロイの手が伸びて、パンを掴む。山芋のバター醤油炒めを口に含みながら、パンも一緒に口へと放り込む。もぐもぐと咀嚼する姿は実に嬉しそうで、幸せそうな笑顔で食事を続ける二人の姿は大変微笑ましかった。

 ……実年齢とか職業とかその他諸々を考えなければ、だが。


「ところでユーリ、何でいきなりこれ出てきたんだ?」

「え?だって、帰ってきたとき、何か食べたいって言ってたじゃない」

「いや、言ったけど」

「いらなかった?」

「いります。ありがとう」


 不思議そうに首を傾げられて、クーレッシュは素直にお礼を言った。余計な仕事を増やしてしまったという申し訳なさがあるのだが、それでも、アジトで悠利の作った料理を食べるという状況はありがたかった。美味しいぞ、と笑顔を向けるクーレッシュに、悠利もにこにこと笑っていた。


「アンタ、ホンマにこう、ポジションがなぁ……」

「はい?」

「いや、えぇねんよ。確かに美味しいし、本人が満足してるなら、それでえぇわ」


 カリカリと山芋を囓りながらアルシェットが小さく呟いた。そのぼやきが完全には聞こえなかったので悠利が問い返す意味も込めて視線を向けるのだが、彼女は何でもないと頭を振るのだった。今更だと思ったのだ。彼女が出会ったとき、既に悠利はこんな感じだったのだから。



 ……なお、食べ尽くしても足りないと叫くレレイとバルロイの後頭部には、アルシェットの華麗なツッコミが炸裂するのであった。


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