美味しく改良した回復薬です。


「……美味しくない」


 小さな味見用コップに入った液体を一口飲んで、悠利ゆうりはぼそりと呟いた。それは彼の本音だった。本当に、ちっとも、美味しくない。いや、美味しくないなんて表現をしてはいけない。これは不味いのだ。不味いときっちり言うべきだ、と悠利は思った。

 自分で作っておいてなんだが、既存のレシピ通りに作ったのだが、ちっとも美味しくなかった。むしろ不味すぎて、飲むのが嫌になる感じだ。飲まないと効果が発揮されない物体のくせに、飲むのが嫌になる味付けってどうなんだろう、と悠利は心の底から思った。割りと本気で。

 

「良薬口に苦しって言っても、これはちょっと無いよ~」


 がっくりと肩を落とす悠利。彼が飲んでいたのは、何でも作れる規格外のトンデモ魔法道具(マジックアイテム)錬金釜さんで作製した、回復薬だ。普段は調味料の作製にしか使っていない錬金釜だが、たまには習ったことを復習しておこうと思って、自分で回復薬の材料を買い集めてチャレンジしていたのだ。……その材料がさくっとたくさん買える程度には、レシピその他のおかげで収入がある悠利だった。使わないので貯金ばかりが貯まっていくのである。

 で、今まで回復薬は作ったことはあるが、使う予定が無いので、魔法鞄(マジックバッグ)と化した学生鞄の中に常備していたり、見習い組や訓練生の備品としてプレゼントしたりしていた悠利である。だって、怪我をしないのだから、回復薬を使う必要が無いのだ。そんな悠利だったが、回復薬、ゲームとかでよく見るポーションと同じような物体が、どんな味か気になったのだ。見た目は淡い水色の液体だ。美味しそうなのだ。



 ……しかし、実際飲んでみたら、歯磨き粉みたいな味がした。



 薄荷はっかとかミントとかそういうレベルではなくて、大人向けの辛みの強い歯磨き粉のような味がしたのだ。一口含んだ瞬間に、「コレは無理!これは無い!」と本気で思ったぐらいだ。薬は確かに苦い。薬としての苦みならば、悠利はまだ耐えた。風邪薬だって、大人に近づくと苦くなる。

 だがしかし、辛すぎる歯磨き粉の味は、いただけない。アレは、歯磨きとして、口の中をすーっとさせるから意味があるのだ。それを飲めとか拷問みたいに思えた。こんなの間違ってる、と悠利は確信する。

 何せ、回復薬というのは、戦闘中に飲むアイテムなのだ。怪我をして、ピンチの状況で回復させるために飲むアイテムであるはずだ。それなのに、飲むことを躊躇するような味というのはどういうことだ、と。悠利は全然納得出来なかった。改良をするべきだと勝手に思った。思い込んだ。

 ……よほど、回復薬の味が、合わなかったらしい。


「……よし、錬金釜に味のつく材料を一緒に入れよう!」


 何か間違ったことを決意していた。何故そうなるというツッコミを入れてくれる相手はいなかった。台所で一人で錬金釜で遊んでいる悠利である。誰もいないのだ。……こういう時に限ってストッパーがいないのが、お約束である。

 なお、悠利の足下を定位置にしているルークスも、お裾分けで頂いた回復薬を摂取しているが、こちらはスライムなので、あまり気にしていなかった。美味しいと不味いの違いはわかるようだが、少なくとも、この回復薬の味をそこまで気にしているようには見えなかった。……まぁ、超雑食のスライムに、その辺の反応を求めてはいけないのだろう。悠利は味に煩い日本人だから、仕方ない。

 冷蔵庫の中をごそごそと探して悠利が発見したのは、果物だった。とりあえず、リンゴとバナナとミカンを取り出した。季節感は綺麗さっぱり無視されているが、そもそもが入手場所がダンジョンである収穫の箱庭なので、気にしたら負けだ。

 とりあえず、回復薬の材料を錬金釜に放り込み、続いてリンゴをぽいっと入れた。他の材料と同じように、丸ごとぽいっとだ。そして、スイッチをぽちっと押して、後は錬金釜が仕事をするのを待つばかり、である。


「上手に出来るかなー?」


 悠利がイメージしたのは、子供用の飲み薬だ。子供でも飲みやすいように、薬に味がついてある。甘ったるいわけでもなく、ほどよく飲みやすいあの感じを、果物で追加できればと思ったのだ。……大人用の飲み薬は、歯磨き粉+はちみつもしくはジュースみたいな味になっている場合があるので、想像するのは止めましょう。結構拷問レベルでしんどいです。

 しばらくすると、ぱこっという音と共に錬金釜の蓋が開いた。悠利はワクワクしながら中を覗き込む。そこには、見た目はいつもの回復薬と何一つ変わらない物体があった。なお、入れ物は、悠利のイメージが更に反映されて、瓶ジュースみたいになっていた。蓋部分はジャムの蓋みたいに、締め直すことが可能な感じだ。

 ……ペットボトルでイメージしなかっただけ、褒めてやって欲しい。


「見た目は変わらないけど、ちゃんと出来たのかな?」


 とにかく確認が大事だということで、悠利は【神の瞳】で確認することにした。別に飲まなくても、鑑定してしまえばオッケイなのだ。鑑定系最強チート様の使い方としては間違っているかも知れないが、それでも、未知の物体を鑑定するのだから、いつもよりちゃんとお仕事をしていると言える。……具体的に言えば、食材の目利きに使われるよりは、鑑定らしい使い道だ。

 


――回復薬 リンゴ味(最上質)

  ごくありふれた回復薬の素材にリンゴを足して作られた、最上質の回復薬。

  材料は普通の回復薬だが、作り手の技量を反映させ、その性能が大幅に向上している。

  具体的に言えば、中級回復薬の標準品質を軽く上回る性能。

  なお、リンゴの美味しさが凝縮されたリンゴジュースになっています。




「わーい、出来た-!」


 【神の瞳】さんはお茶目だった。所持者の悠利に対応してなのか、大変お茶目な反応をしてくれるようになった。だがしかし、悠利はそんなことはどうでも良いとばかりに、リンゴジュースと化した回復薬を味見用のコップに注いでいる。鑑定結果を信じているが、やはり実際に味見をしたいと思うのだ。

 コップに注いだ回復薬(リンゴジュース仕様)を飲んでみる悠利。見た目はそれまでと変わらない淡い水色の液体だが、口に含んだ味は間違いなくリンゴだった。とても美味しかった。上手に出来ていた。

 その結果、悠利は、バナナとミカンでも同じことをやらかした。更に、ちょっとした出来心で、紅茶の茶葉も一緒に放り込んでみたら、見た目が水色の液体なのに、味が紅茶の回復薬まで作れてしまった。錬金釜さんによるミラクルなのか、悠利の探求者の職業ジョブのせいなのか、それとも運∞とかいう規格外の能力値(パラメータ)のせいなのか、その辺は神のみぞ知る、である。



 そんなこんなで作り上げた『美味しい回復薬』を、悠利はアジトの面々に味見して貰うことにした。



 普段、回復薬を使っている人達の素直な感想が聞きたかったのだ。それだけだったのだ。だがしかし、結果はまぁ、想像出来ただろうが、アリーからお叱りを受けることになる。主に、「お前は、何でそんな変なもん作ってんだ!」という理由で。


「痛い!痛いです、アリーさん!」

「何でお前は、そういう風に、ズレまくった考えを、実行するんだろう、なぁ?」

「だ、だって……!不味かったんです!」

「薬が美味くてたまるか、ボケ!」


 ギリギリと悠利の頭をアイアンクローしながら、アリーが怒鳴る。その背後では、クランメンバー達が、あーでもない、こーでもないと言いながら、自分はどの味の回復薬が好みかを話し合っている。そっちは和やかだが、こっちは全然和やかじゃなかった。

 なお、一人の使用者としてならば、アリーも美味しい回復薬は大歓迎だ。普段の回復薬を薬だと理解していても、戦闘中に一気に飲むのは辛いときがある。だがしかし、それはそれ、これはこれ、なのだ。

 ただでさえ悠利の規格外なスペックである、『【神の瞳】を所持した探求者』という事実を隠蔽しているアリーにとって、「何でお前はそうやって、人目につきそうな、大事になりそうなことばっかり、やらかしやがるんだ!」という保護者故の悩みが存在するのである。お父さんは辛いよ。


「ユーリ」


 そんな風に問題児とお父さんがやりとりをしている場面に、ブルックの声が割り込んだ。アリーは悠利の頭を鷲掴みにしたまま、悠利はアリーに捕縛されたまま、視線をそちらに向ける。そこには、紅茶味のラベルのついた回復薬の瓶を手にしたブルックがいて、口元をほんの少しだけ持ち上げる笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。


「次は出来れば、砂糖か蜂蜜を入れた紅茶味で頼む」

「了解しましたー」

「ブルック、てめぇ!」

「飲みやすい回復薬は、前衛として大歓迎だ」

「お前が回復薬の類を口にすることなんぞ、そうそうねぇだろうが!」

「だが、万が一に備えて、美味な回復薬を所持できるなら、そっちの方が良い」

「お前、回復薬を甘味扱いしようとしてんじゃねぇええええ!」


 しれっと自分の要望をぶっ込んでくるクール剣士。凄腕のブルックなので、訓練生や見習い組達の育成で赴くようなダンジョンで、彼が怪我をすることなどない。それゆえのアリーのツッコミだが、どこ吹く風だった。……見た目に似合わぬ甘党であるブルックは、所持していても違和感の無い回復薬を甘味枠として荷物に入れようとしていた。何気に抜け目が無い。

 そんなアリーとブルックのやりとりの間から抜け出した悠利は、ちょいちょいと服の裾を引っ張られて振り返る。そこには、にこにこ笑顔のティファーナがいた。今日も笑顔の素敵なお姉様に、悠利は首を傾げる。


「ティファーナさん、どうかしましたか?」

「ユーリ、この回復薬は、味の素になる果物があれば、違う味で作れますか?」

「へ?……あぁ、はい。多分。作れると思います」


 それがどうかしましたか?と不思議そうな悠利に向けて、ティファーナはやはり素敵な笑顔だった。悠利の両手を両手でぎゅっと握りしめて、にっこりと微笑む。麗しのお姉様の微笑みだが、悠利は別に特に何も感じなかった。乙男オトメンの無風状態怖い。


「では、後日果物を採取してきますから、イチゴとブドウでお願いしますね?」

「……はい?」

「私、イチゴとブドウが好きなんです」

「……了解しました」


 まるで夢見る少女みたいにうっとり微笑んでいるティファーナに、悠利はこくこくと頷いた。頷いて、「……皆、回復薬が不味くて嫌だったんだ……」と心の中で思った。自分だけじゃ無かったことに安堵した。そんな暢気な悠利の襟首に太い指が伸びてきて、ひょいっと再びアリーの元へ引っ張り戻される。


「アリーさん?」

「……お前の作った味付きの回復薬だが」

「はい」

「外部に漏らすな」

「……はい?」

「少なくとも、俺が薬師ギルドと話を付けて、諸々調整するまでは、うちの奴ら以外には渡すな」

「……了解しました?」


 アリーが何を必死になっているのか良く解っていない悠利は、首を傾げて、疑問符ハテナマークを頭に浮かべながらも、素直に了承した。そんな悠利の、何一つ解っていない風情に脱力して、アリーはぺしんとその頭を軽く引っぱたくのだった。保護者は今日も、マイペースな天然のせいで無駄にお仕事が増えております。頑張って欲しい。


 なお、それからしばらくは、悠利に自分好みの味の回復薬を作って貰おうと、アジトの面々が収穫の箱庭で果物その他を採取してくる光景が見られるのであった。

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