色んな野菜でなんちゃってナムルをどうぞ。


「アレ?ユーリ、野菜と睨めっこしてどうしたの?」

「あ、ヤックお帰り。お使い終わった?」

「終わった」


 言いつけられていた用事を終えて台所に戻ってきた本日の食事当番のヤックは、流しに並べた野菜と睨めっこをしていた悠利ゆうりに不思議そうに声をかけた。ヤックに気づいた悠利はいつものほわっとした笑顔で彼を出迎える。そんな悠利の隣に歩み寄り、ヤックは彼が見ていた野菜を見た。


 そこにあったのは、大量のオクラとアスパラガスだった。


 何でこの二つがこんなに大量に?とヤックは首を捻った。どちらもぼちぼち季節的に収穫出来る野菜であることは、農家出身のヤックは知っている。知っているが、まだ、王都ドラヘルンの市場ではそこまで出回っていない。それなのに大量にあるとはこれ如何に?

 しかも、悠利が自分で購入したのでは無いということが、ヤックには察することが出来た。自分で買ってきたならば、このお料理大好きな乙男オトメンは、嬉々として料理に取りかかっているはずだ。こんな風に、どうしようかな?みたいな感じで考え込んでいたりしない。と、ヤックは思う。


「これ、どうしたの?」

「お土産に貰ったの」

「お土産?誰に?」

「クーレ達。今日の任務、収穫の箱庭だったんだって」

「……あぁ、なるほど」


 悠利の返答に、ヤックは納得した。物凄く納得した。収穫の箱庭というのは、王都ドラヘルンの近くにある、難易度の低いダンジョンだ。訓練生達は、薬草や食材の採取依頼に赴いている。先日、そこで大量の果物を持ち帰った面々は、悠利が大喜びしたことを覚えていた。そして、それが美味しいおやつに化けたことも覚えていた。

 ……その結果、ダンジョンでの採取依頼になると、そのダンジョンで収穫出来る食材を片っ端から持ち帰ってくるという現象が起きた。お前達仕事はどうしたというツッコミは、誰からも出なかった。美味しいご飯になるのが解っているので、採取依頼の『ついで』に食材をゲットしてくるのは見逃されてしまったのだ。なんてこったい。なお、若手の訓練生だけでなく、指導係含む大人組も採取してくるので、もう色々仕方ない。

 皆、美味しいご飯が大好きだった。


「それで、これ、どうすんの?」

「いっぱいあるからどうしようかと思ったんだけど、せっかくだし、ナムルにしようかな」

「ナムルに?」

「うん。元の味が美味しいなら、ナムルでシンプルに仕上げても美味しいかなって」

「ふーん」


 悠利の発言に、ヤックは特に異論を挟まなかった。元々、悠利の方が料理が得意というのもあって、反論することは殆ど無い。また、ヤックには、ナムルに対する先入観が存在しないので、どんな野菜で作るのが一般的かとか、全然考えていないのだ。そして悠利は、美味しければ良いじゃないという感じで、色々魔改造をやっちゃうタイプの家庭料理の人だった。ただし、魔改造はするが、飯マズ系の根拠の無い調味料の追加などはしない。そこら辺は、料理の出来る人種の魔改造で留まっていた。

 そんなわけで、本日のメニューはナムルに決定した。使うのは、オクラとアスパラガス。それと、いつでも大量に存在するジャガイモだ。先日作ったモノと作り方も使う調味料もほぼ同じだが、細かいことは気にしない。美味しければ正義である。


「それじゃヤック、鍋にお湯湧かしてくれる?」

「了解!」


 ヤックに茹でるためのお湯を沸かすことを頼んだ間に、悠利は野菜の下処理に入る。まずは、一番時間のかかるジャガイモから。とはいえ、悠利の手は随分と早くなっているので、皮むきが恐ろしい勢いで完了されていく。皮を剥き、千切りにしたジャガイモは、塩を入れたお湯の中へ投入されて、茹でられていく。

 それを待っている間に、ヤックと二人でオクラの下処理に取りかかる。オクラの場合、ヘタというかガクの部分を上手に取り除いてしまえば、切らずとも食べることが出来る、らしい。だがしかし、その作業を大量のオクラでやると面倒くさいので、悠利はヘタギリギリのところで切り落とす作戦に出た。オクラの穴が開いている部分まで切ってしまわないように注意しながら、ヘタを落としていく。

 穴が開いている実の部分までヘタを落としてしまうと、そこから水が入ってしまうからだ。失敗しないように気をつけながら、二人でヘタを落とす。そうしてヘタを落としたオクラは、まな板の上で塩を振ってごろごろと転がす。これで産毛が取れるらしい。また、塩を振っているので、茹でるときに塩を追加する必要は無い。一石二鳥だ。

 オクラを鍋に放り込んで茹でる頃には、ジャガイモが茹で上がっている。そのジャガイモをザルにあけて水切りをしている間に、最後のアスパラガスの下処理に取りかかる。アスパラガスは根元が硬いので、底を取り除かないと、食べても筋張っていて美味しくないのだ。なので。


「ヤック、右手で根元を持って、左手で真ん中らへんを持ってね」

「うん」

「で、その状態で、右手をこうやって曲げると……」

「あ、折れた」

「うん。その折れたところは、皮を念入りに剥いて、永い時間茹でたら食べられるから、後回しで」

「了解」


 ぽきんと簡単に根元の部分が取れてしまって、それが楽しいのか、ヤックはどんどんアスパラガスを折っていく。悠利はその折ったアスパラガスのヘタを別の場所によけておこうとして、……足下でじーっと自分を見上げているルークスに気づいた。いつの間に来たのだろうか。基本的に調理中は台所に入ってこないのに、まるで自分の仕事がそこにあると察したかのような動きであった。


「……ルーちゃん、アスパラの根元、食べる?」

「キュイ!」

「じゃあ、どうぞ。生だけど美味しい?」

「キュキュー」


 ころころと床に転がされたアスパラガスの根元を、ルークスはむにむにと体内に取り込んだ。何やら非常に嬉しそうである。迷宮食材だから美味しいのか、自分の仕事が出来たことが嬉しいのか、悠利には判別がつかない。つかないが、ルークスが楽しそうなのでそれで良いかと思う程度には、彼は自分の従魔に甘かった。……そこ、ペットだろとか言わない。


「ユーリ、全部折れた」

「ありがとう。それじゃ、次は根元を数センチ、皮剥き器で皮むきしようね」

「皮剥いた方が良いの?」

「下の方は硬いからね」


 二人並んで、まな板の上に置いたアスパラガスに皮剥き器を押し当てて、下数センチの部分を皮むきしていく。数が多いので大変だが、二人で行うので問題無い。なお、先ほどまでのジャガイモやオクラのヘタと一緒に、アスパラの皮もルークスの体内へと消えていった。早く寄越せと言わんばかりに待ち構えているので、思わず与えてしまったのだ。……ルークスが来てから、アジトの生ゴミは全てこうやって処理されている。生ゴミを捨てることが無くなってしまったのだ。一応有効活用になるので、良いことなのだろうが。

 皮むきの終わったアスパラガスは、塩を一つまみ入れたお湯の中に放り込む。長いまま入れるのは、切ってしまうとその断面から水を吸って、味が水っぽくなってしまうのを防ぐためだ。これはオクラにも言える。茹でた後に切ることが出来る野菜は、案外、切らずに茹でる方が味が美味しい場合が多い。

 茹で上がったオクラとアスパラガスも、ザルにあけて水を切る。粗熱を取って水切りが終わったら、味付けの開始だ。既に千切りになっているジャガイモから取りかかる。ごま油を満遍なく塗し、顆粒だしを混ぜる。使うのは和風の昆布出汁系だ。ジャガイモにはあっさりとしたそれが良くあった記憶があるので。

 ……どこかの誰かが突撃してきそうなので、大量に作れるジャガイモにしたのであった。


「オクラはこうやって斜めに半分に切る感じで、アスパラは一口で食べれるぐらいの大きさに切ったら、縦に四等分で」

「了解」


 悠利と一緒に料理をするようになって、見習い組達の包丁さばきも随分と上達した。ヤックも、危なげなくオクラとアスパラガスを切っていく。切ったらボウルに入れて、ごま油と顆粒出汁を塗して味の調整だ。オクラに使ったのは煮干しなどの魚をメインにした顆粒だしで、アスパラに使ったのは鶏ガラ系だった。特に深い意味は無く、何となくそれが味の好みだっただけである。悠利の。

 ヤックは悠利が作るナムルを食べたことがあるので、味見をしながら調整するのもお手の物だった。まったく知らない料理だと味見も難しいが、一度食べたことがある味付けなら、使っている野菜が多少異なってもイメージは出来る。そんなわけで、ジャガイモ、オクラ、アスパラガスのナムルは、無事に完成した。

 大量の野菜のおかずの出来上がりだ。ナムルにはパンより白米が合いそうだと悠利が判断したので、今日の主食はご飯に決定した。野菜をたっぷり入れたスープと、オーク肉の細切れを醤油で甘辛くちゃちゃっと炒めて作った肉のみ炒めもセットである。多分、バランスはそんなに悪くない、筈だ。


 そして、夕食の時間帯。


 まぁ、案の定、誰もが予想した結果通りという感じで、マグがジャガイモのナムルに突撃していた。シャキシャキの食感が残る状態で茹でられた千切りのジャガイモに、ごま油と顆粒だしのしっかりとした味が絡んでいて、実に美味しい。おかずにも、酒のつまみにもなりそうな感じだった。一応小皿によそって食べているのだが、マグの消化スピードが早かった。お前お腹大丈夫かというツッコミは入らなかった。その辺は調整出来るマグさんである。

 なお、他の誰かが大皿からジャガイモのナムルを取るときも、じーっと赤い瞳で見つめているのが不気味だった。自分の分は小皿にあるのに、大皿をロックオンしている出汁の信者怖い。……ちなみに、ウルグスが食べようとすると、べしっとその手を叩いて妨害するというオマケ付きだった。今日も見習い組の年長者コンビは、仲良く口喧嘩をしながらのご飯である。もう今更なので誰も何も言わない。

 とはいえ、そこは皆の予想通りだった。マグが食べまくるのは、予想の範疇だ。ナムルに出汁が使われていることを知っているので、誰もそこは意外に思わない。ただ、自分が食べる分をきっちり確保するだけである。

 皆が驚いた予想外がいたとしたら、それは、ジェイクだった。


「美味しいですねぇ」


 にこにこと笑いながら、延々とナムルを食べ続ける学者先生。基本的に食が細く、見た目のひょろひょろした感じ通りのジェイクが、珍しく大量に食べていた。ナムルだけを食べると口の中に味が残るのか、ご飯も一緒に食べている。気づいたらご飯をお代わりしているので、余計に皆がびっくりだ。

 オクラは、一口サイズにざっくり切ってあるので、そこまでねばねばしていない。その為、ねばねばが苦手な面々も普通に食べていた。アスパラガスは、オクラやジャガイモに比べれば水分が多いのだが、その旨味が調味料と混ざって良い感じである。歯ごたえがある感じも、食べていると実感させてくれて、食欲をそそるようだ。


「……ジェイクさん、ナムルそんなに好きでしたっけ?」

「いえ、今日のこの、オクラとアスパラガスが、美味しくて」

「あぁ、キュウリとかより、そっちの方が好みですか?」

「僕は特にオクラが好きですねぇ。細かく刻んでしまうとねばねばしてちょっと苦手ですけど、このナムルは、美味しいです」


 のほほんと笑うジェイクに、悠利はそうですかと笑った。笑って、笑顔のまま差し出されたお茶碗を手にして、台所に戻る。……お代わりを要求されるのは良いのだが、本当にこのまま食べさせて大丈夫かな?とちょっと心配になった悠利である。配慮の出来る乙男オトメンは、茶碗に半分以下の分量のお代わりにしておいた。

 

 なお、皆の予想通り、食後数時間後、食べ過ぎて唸っているジェイクがいるのであった。駄目な大人の見本だった。

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