ぷちぷち美味しい生たらこパスタ。
「たらこパスタ食べたい……」
ぼそりと悠利(ゆうり)は呟いた。冷蔵庫の中の食材をにらめっこをしながら、本日の昼食を考えていた最中のことである。何故か唐突に、たらこパスタが食べたくなった。本当に唐突だった。多分原因は、魚を買ったついでに、ご飯の御供として買い求めたたらこが、まだ大量に残っていたせいだろう。大振りのたらこはぷちぷちとした魚卵の食感が絶妙だった。昨夜は白米が大変進んだものである。
で、たらこパスタである。
悠利は個人的にとても好きだが、あまり魚卵を食べる文化の存在しないこの地において、たらこは割りとスルーがされがちな食材だった。というか、ご飯と食べる以外は酒の肴扱いだった。先日、たらことジャガイモを混ぜたタラモボールを作ったおかげで、それを布教された人々が何だかんだでたらこに手を出すようにはなったらしいが。やはりいまだに、たらこを使った料理は少ないようだ。これが産地である海の近くならばまた違ったのだろうが。
「よし、たらこパスタにしよう」
……え?普段から献立を好きにしている?えぇ、まぁ、それはそうですが。一応、他人がいるときは、その相手の好みを考えて料理を作ろうとは努力しているのです。これでも。
そんなわけで、悠利は自分のために、自分が食べたいたらこパスタを作ることに決めた。付け合わせには朝食の残りのサラダとスープがあるので、自分一人のご飯だったらそれで十分だと思ったのだ。料理をするのは好きだが、たまにはお手軽に手抜きご飯を求めたって許される。この場合、重要なのは手抜きご飯ではなく、食べたいものが食べられるの方に重点が置かれているが。
「たらこ~、たらこ~、たーらーこ~」
鼻歌を歌いながら、悠利は冷蔵庫から取り出したたらこをまな板の上に並べる。一人分ちょっと多い目ぐらいを考えながら作る。もしかしたらお代わりしたくなるかもしれないという、自分の胃袋のためであった。残ったら残ったで、夜に食べるとか夕方に誰かのお腹に吸い込まれるとか、そういう運命になるだろう。処理先には困らない《
それはさておき、悠利はまな板の上のたらこを真ん中でばすっと半分に切った。形を潰さないようにさくっと。包丁の切れ味が良いのか、悠利の料理
次に用意するのは、常温に戻したバター。何でそんなものがあるのかと言われたら、お昼は手軽にパンにしようと考えて、あらかじめ用意してあったのだ。なお、あくまで常温に戻したバターであって、熱々の溶けたバターではありません。あしからず。……熱いバターを放り込んでしまったら、たらこに火が通ってしまう。
悠利が作りたいたらこパスタは、たらこに火を入れない。焼いたたらこでも、クリームソースに混ぜたたらこでもない。あくまで基本は生のたらこを堪能するのが、
常温に戻したバターと、ほぐしたたらこを丁寧に、丁寧に混ぜ合わせる。ヘラを使って混ぜるが、あまり力を入れすぎるとたらこが潰れてしまうので、それには気をつける。好みとして、ここにマヨネーズを入れる人もいるが、悠利はバターとたらこオンリー派だった。マヨネーズを入れたらたらこマヨネーズになってしまって、たらこの風味がマヨネーズに負ける気がするのだ。マヨネーズは強かった。
「こんなもんかな?」
バターとたらこが混ざったのを確認したら、次はパスタを茹でる準備だ。一人分なので、そこまで大きな鍋は必要ない。お湯を沸かし、塩を一つまみ入れて、パスタを茹でる。一人分ちょっと多いぐらいの分量で茹でながら、悠利は相変わらず鼻歌を歌っていた。一人だと話し相手がいないので、ついつい鼻歌が出てしまうのだ。
茹で上がったパスタはザルにあけて水を切り、そのまますぐにたらこバターの入ったボウルに放り込む。熱々のうちに混ぜるのがポイントだ。たらこバターが溶けてパスタに絡んでいく。油分が足りないなと感じた場合は、ここにオリーブオイルを少し混ぜましょう。パスタが固まるのを防いでくれます。とはいえ、たらこバターを混ぜただけでも十分だ。
熱々の黄色いパスタに、たらこのピンクが絡まっていく。熱々とは言え、一度水をしっかり切っているので、その段階で温度は少し下がっている。たらこに完全に火が通ることは無い。なので、悠利が食べたい、生たらこのパスタはこれで成立する。……え?それ半生じゃないか?良いのです。焼いてないたらこだから問題無い。
深皿にたらこパスタを盛りつけた悠利は、サラダとスープも用意する。今日の飲み物はハーブ水。何となくただの気分である。なお、たらこパスタの上に、刻んだ青じそとか刻んだ海苔とか、かいわれ大根とかを盛りつけると、色合いが美しいです。残念ながら本日はそれらが無かったので、彩りの代わりにと粉末パセリをぱらぱらとかけておく悠利だった。どうせ自分のご飯なのだ。細かいことは気にしない。
「いただきます」
ちゃんと食堂に食べ物一式を運んで、一人でも忘れない食前の挨拶を口にして、悠利はフォークを手に取った。まず最初に口に入れるのは、サラダだ。炭水化物より先に、野菜を胃に入れた方が消化吸収が良いとかなんとか聞いたことがあるような気がするのだ。ちょっと良い岩塩を発見したので、それをかけただけのシンプルな野菜サラダを一口。野菜の歯ごたえと、塩の旨味が抜群だった。シンプルイズベスト。
続いて、錬金釜製の顆粒コンソメを使ったシンプルなコンソメスープも一口。具材はタマネギと人参だけだが、顆粒コンソメ作成時に大量の野菜を放り込んでいるので、その旨味が凝縮されている。え?いつの間に顆粒コンソメ作った?むしろ何故作らないと思ったのですか。悠利にとって錬金釜は、ただの便利な調味料作成機です。
そして、最後に真打ち登場である。食べたいと思って作った料理は、期待が膨らむ。くるくるとフォークで器用にパスタを巻き付けると、悠利は一口分に巻いたパスタを口の中に入れる。最初に広がるのは、たらこの塩味とバターの風味だ。噛んでいると、たらこのぷちぷちとした食感が口の中を楽しませてくれる。
味付けはシンプルに、たらこの塩気とバターのみ。あえてそれ以外の調味料を使っていないが、だからこそのシンプルな美味しさがある。余分な調味料が存在しないので、たらこ本来の旨味が伝わってくるのだ。これが、悠利の食べたかったたらこパスタである。
「んー、やっぱりたらこパスタは生が美味しいよねー」
別に、クリームパスタ系が嫌いなわけではないのだが、悠利はこの、生のたらこのぷちぷちとした食感を楽しむのが好きだった。クリーム系はたらこの食感よりも、たらこの味をクリームに染みこませている気がするのだ。そして、焼いたたらこは硬くなってしまうので、この感触が味わえない。それがちょっぴり寂しいのである。
そうやって悠利が一人至福に浸っていると、不意に誰かが食堂に入ってきた。アリーが戻ってきたのかと思って視線を向ければ、そこには何故かリヒトが立っていた。今日は何かの依頼で出かけていたはずのリヒトの突然の登場に、悠利は瞬きを繰り返しつつ、口の中に入ったままのたらこパスタを良く噛んでから呑み込んだ。
「リヒトさん、お昼戻ってくる予定でしたっけ?」
「いや、予定が変更になってな。あぁ、良い。何か適当に食べる」
悠利が席を立とうとしたのを察して、リヒトが片手でその動きを制した。本来の予定に無い行動をしたのはリヒトであって、悠利の不手際では無い。なのでリヒトは、悠利に何かをさせるのではなく、残り物でも適当に食べようと思ったのだ。なお、彼もまた見習い期間を経ての訓練生なので、料理は作れる。
そんなリヒトの背中に、悠利は言葉をかける。記憶を探ってみても、リヒトは生たらこを忌避していなかったので、するりと言葉が出てきたのだ。
「生たらこのパスタで良ければ、残ってますよ?」
「……は?」
「僕が今食べてるこれです。ちょっと余分に作ったので、もし良かったら、どうぞ」
「良いのか?」
「はい。サラダとスープ食べたら、お腹いっぱいになったので」
事実だったので、悠利はにこにこ笑ったまま告げた。サラダもスープも良い感じに美味しかったのでついつい食べ過ぎたのだ。夕方に誰かに食べて貰おうかと考えていたので、ここでリヒトに消費して貰えるならば、問題無い。悠利の言葉にありがとうと礼を告げると、リヒトは台所へと姿を消した。
悠利の隣に戻ってきたときには、ちゃんとスープとサラダも用意している辺りが、リヒトだった。ただし、たらこパスタの分量が彼には足りなかったのか、パンも用意していた。その辺は自分で調整してくれる方がむしろありがたい悠利なので、気にしない。パンは大量にあるのだ。
「いただきます」
悠利のおかげでクランメンバー全員に浸透してる、日本式食前の挨拶をしてから、リヒトはフォークでたらこパスタを巻き取る。とりあえず、どんな味か気になるたらこパスタに手を付けることにしたらしい。悠利もまだ食事の途中なので、そんなリヒトの姿を見ながらのほほんと食べている。
口に含んだ瞬間に広がるバターとたらこの風味に、ぷちぷちとした生たらこの食感に、リヒトはちょっと驚いたようだった。それでも、口の中に食べ物がある状態で喋るのが行儀が悪いことも解っているので、きちんと咀嚼してから口を開く。
「ユーリ、このたらこ、生なのか?」
「はい。常温のバターと混ぜておいたところに、茹でたパスタを入れたんですよ。焼いてないので、食感がぷちぷちで美味しくないですか?」
「美味いな。というか、たらこはライスと食べるものかと思っていたぞ」
「その辺は、アレンジ次第ですよー。まぁ、そのまま食べてお酒のおつまみって人も多いみたいですけど」
「確かにな」
未成年の悠利と、下戸のリヒトには解らない世界だったので、その話題はそこでさくっと終わった。悠利がのんびりと食べ終わる頃には、リヒトはお代わりのパンを取りに台所に移動している感じだった。流石現役の冒険者である。アジトでのほほんと主夫をやっている悠利とは、食べる量が違いすぎた。
なお、その日の夕方、予定外に早く戻ってきて新メニューに遭遇したというリヒトの幸運を、見習い組や訓練生達が羨ましがって大騒ぎするのであった。まぁ、いつものことです。
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