オレンジジュースでさっぱりお肉煮込み。


 その日、悠利ゆうりは、一人で台所にいた。本日は、見習い組が全員お出かけしているのだ。何でも、訓練生と指導係に引率されて、採取依頼の練習らしい。マグとウルグスの二人は、戦闘の絡まない依頼に二人で出かけている事もあったが、カミールとヤックも一緒に出かけるのは珍しかった。なお、カミールは算術系の依頼は受けている。流石、商家の息子。

 何故そんな彼らが全員出かけているかと言えば、ちょうど、目的地付近の魔物が先日一掃されたので、安全なうちにお勉強を終わらせようということらしかった。

 そんなわけで、本日の昼食当番は悠利一人。別に悠利がそれを嫌がることは無かった。誰かがいたら一緒に楽しく作るし、いなかったら一人で、鼻歌を歌いながら楽しく作る。乙男オトメンは今日も素敵に愉快に家事に勤しんでいた。……もはや行動が完璧にお母さんだ。


「今日のお昼は、僕と、アリーさんと、あとは……、アロールかぁ」


 書類仕事があるとかで、本日は留守番がてらお仕事の真っ最中なアリーともう一人、訓練内容に関係無いという理由で、お留守番をしているのはアロールだった。基本的に、アロールは単独行動派だった。常日頃は白蛇のナージャしか側にいないが、実は彼女には王都の外に、無数の同胞達がいる。そのいずれも、アロールの従魔であるが、そこらで自活していた。

 理由は、……巨体のものがちらほらいるからだ。流石に、巨大な熊とか虎とか鹿とかの魔物がアジトで生活するのは難しい。従魔としてアロールにしっかりと躾けられたもの達は人間を襲うこともなく、それどころか時々、魔物に襲われている旅人を助けたりしているらしい。出来る魔物使いの従魔は、出来る従魔だった。……末恐ろしい10歳児だ。

 とはいえ、10歳児であるのだ。大人に囲まれて、物心ついたときには魔物使いとしての才能に恵まれすぎていて、奇妙に大人びた印象のある僕っ娘。それがアロールだ。ドライに見える部分もあるが、本質はどちらかと言えばお人好しだろう。大騒ぎする他の面々と違って、我が儘も言わないし、特に何が好きだとか、何を食べたいだとかも言わないのだ。


「……えーっと、アレ残ってたかなぁ……?」


 そんなアロールに、ちょっとでも彼女が喜ぶご飯を作ってあげたくて、悠利は冷蔵庫の中身を確認する。肉や野菜はきっちり入っている。というか、それらが無かったら料理が出来ない。ただし、夕飯に使う分は除外する。そんな冷蔵庫の中に、悠利は瓶に入った液体を発見した。


「……オレンジジュース?」


 一本丸々残っていたのは、果汁100%のオレンジジュースだった。そういえば、貰ったっけと思い出す。買ったのではなく、貰ったのだ。色々まとめて買い込んだら、オマケとしていただいたのである。数本貰った最後の一本。味は、オレンジの旨味がぎゅっと凝縮されていて、実に美味しかった。

 ちなみに、アロールはオレンジが結構好きだ。まだ10歳児なのでそんなに食事は取れないが、甘い物同じくだが、オレンジ系の時は他より良く食べているのを、悠利は知っている。……本人は、あまりその辺の露骨な好みを教えたくないのか、何でもないフリをしていた。しかし、誰が何を好んでいるのかを気にしている悠利には、結構簡単にバレた。

 手にしたオレンジジュースに、悠利は顔を輝かせた。美味しいオレンジジュースがあるならば、アレを作ろうと冷蔵庫の中から肉を発掘する。取り出したのは、鶏もも肉に近い味わいの、ビッグフロッグの肉だ。既にお馴染みになっている。先日また大量発生していたようで、庶民にとってはありがたい。

 ビッグフロッグの肉をまな板の上に置くと、次に悠利が取り出したのはタマネギだった。オレンジジュースと、肉と、タマネギ。何を作ろうとしているか解るだろうか?悠利は、ビッグフロッグの肉のオレンジ煮込みを作ろうとしていた。え?オレンジジュースで作るのかって?案外美味しいです。


「オレンジジュースの甘みと酸味で、お肉柔らかくなるし、食べやすいんだよねー」


 どうせ、今日いるのは悠利を含めて3人だ。それならば、最年少であるお子様のアロールが喜びそうな料理を作ってあげたくなったのだ。普段我が儘を言わないアロールを、喜ばせたいと思うし、アリーは別にその程度のことで文句を言わないことを知っていたので、気にしない。

 そんなわけで、昼のメインディッシュはあっさり決定した。オレンジジュース万歳。

 まず悠利が始めたのは、ビッグフロッグの肉を焼くことだった。肉は、一枚のまま焼く。細かく切ってしまうと、肉が縮んで固くなるかも知れないからだ。ビッグフロッグの肉は鶏もも肉に該当するが、蛙なので皮が剥ぎ取られているので、フライパンには少量の油を引いておく。本日の油はオリーブオイルだ。洋風料理のお供はオリーブオイルだ。

 肉を焼くと言っても、完全に火を通すのではなく、両面に焼き目を付けるのが目的だ。中火から強火ぐらいの火で、さくっと焼き色を付けて、ひっくり返す。両面に火が通ったら、一旦器に取り出し、フライパンに出た余分な油は拭っておく。

 次にすることは、ソースを作ること。まずはタマネギのみじん切りだ。本日も、料理の技能スキルレベル50のおかげで絶好調な悠利は、目にもとまらぬ早業でタマネギのみじん切りを作り上げた。誰かが見ていたら感動するぐらいの素晴らしさだが、最近、自分の手が故郷にいた頃よりも凄い動きをすることに悠利も慣れてしまったので、当人は何の感慨も抱いていなかった。

 そうしてみじん切りを作り上げたら、油を拭き取ったフライパンにオレンジジュースを放り込む。肉を入れても溢れない程度に、目安はフライパンの半分ぐらい。そして、そこにタマネギのみじん切りを入れて、火にかける。時々焦げ付かないように混ぜながら、沸騰するのを待つ。そして、沸騰したらそこに、顆粒だしや塩胡椒で味付けを調える。基本はオレンジジュースの味を生かすのが大切だ。イメージはトマトソース煮込み。

 味が調い、ソースがふつふつと沸騰したら、そこに焼き色を付けたビッグフロッグの肉を入れる。蓋をして蒸し焼きにしながら、時々ひっくり返してオレンジソースの味が染みこむようにじっくりと煮込む。つねにふつふつと水泡が見えるぐらいの火加減で放置したまま、悠利は他の料理に取りかかる。

 お肉には付け合わせとスープが欲しくなる。肉がオレンジジュースで味付けられているので、スープはシンプルにコンソメ風。細切りにした人参、タマネギ、千切りのキャベツに、コーンを入れる。これだけだと旨味が少なく感じるので、ベーコンも少量、細切れにして放り込んだ。あくまでベーコンはスープの旨味のためであって、具材を増やす目的では無い。


「えーっと、副菜どうしようかなー。今日はご飯じゃ無くてパンだしー」

 

 悠利は基本的に日本人なので、主食は米が一番落ち着く。しかし、ここはパンが主食の文化圏だ。別にパンが嫌いなわけでも無いので、メニューが洋食の場合はパンになることが多い。というか、毎朝毎朝新しいパンが届けられるのだから、ちゃんと食べないと痛む。お残しはダメです、勿体ない。

 ふと、色鮮やかなキャベツの山が目に入ったので、悠利はそれを手に取った。一つ一つのサイズはちょっと小ぶり。普通のキャベツより一回り小さいようなそれは、何故か、緑だけでなく、紫、オレンジ、黄色など、様々な色を備えていた。お前はパプリカか!状態である。なお、名前は迷宮キャベツ。そう、このカラフルな小ぶりキャベツ、ダンジョンで収穫出来る迷宮食材なのだ。

 色合いが綺麗なので、緑、黄色、オレンジのキャベツを千切りにして、混ぜ合わせることにした。簡単キャベツサラダの出来上がりだ。しかも、迷宮食材なので味はバッチリ保証されている。水を張ったボウルの中に切ったキャベツを放り込むと、ぐるぐると均等になるように手でかき混ぜる。ちゃんと混ざったら、ザルで水を切る。

 そうこうしているうちに、メインディッシュが出来上がったようだ。煮詰め続けたオレンジジュースは、とろみを帯びて、ジュースと言うよりもちゃんとしたソースになっていた。肉もほんのりオレンジ色が付いている。自分用の肉をフライパンから取り出すと、真ん中で半分に切って火の入り具合を確かめた後、その付近を一口分切り取って味見をする。


「んー、柔らかい~」


 じゅわりと口の中に広がるのは、ビッグフロッグの肉の持つ、鶏もも肉に似た、けれどそれを遥かに上回る旨味だ。また、オレンジジュースの酸味と甘みで味付けがされていて、さっぱりしているのにまろやかという不思議な風味。同時に、そうやって煮込んだおかげか、肉が軟らかい。異世界では初チャレンジのオレンジ煮込みだが、結構上手に出来た気がする悠利だった。

 味見が終わったので、悠利は大皿にビッグフロッグの肉をそれぞれ盛りつけて、タマネギのみじん切りのオレンジソースを上にかける。それだけでは色がちょっと寂しいので、粉末のパセリをぱらぱらとちらしておいた。バジルではなくパセリなのは、バジルだと味が出てしまうからだ。気分である。

 そうして、皿の三分の一ほどを空けておいたのだが、そこには、水をしっかり切った迷宮キャベツの千切りを盛りつけた。三色のキャベツの千切りとは奇っ怪だが、こちらの世界の人は何も気にしていないし、味も普通にキャベツだったので、悠利も気にしないことにした。美味しければ良いのだ。

 メインディッシュの盛りつけが完了すると、スープとパン、飲み物である水の準備に取りかかる。悠利が手作りしたランチョンマットの上に三人分のランチが完成する頃には、そろそろ頃合いだと考えたのか、アリーとアロールの二人が食堂へと顔を出すのであった。


「わー、時間ぴったり」

「今日のメニュー何?」

「ビッグフロッグのオレンジ煮込み」

「……オレンジ?」

「うん、オレンジ」


 訝しげな顔をしたアロールに、悠利はにこにこと笑った。ここで、「だってアロール、オレンジ好きでしょ?」とか言い出さない辺り、悠利は絶妙に空気が読めた。天然なのかもしれないが、普段色々とマイペースに爆撃する割りに、悠利はここぞというときは地雷を踏み抜かないのだ。便利な能力だった。

 アリーは二人のやりとりに特に興味は無いのか、さっさと着席していた。それを視界に納めた悠利とアロールも座る。そして、三人同時にいただきますと挨拶をして、食事に入った。

 自分で作っているのでそれが何か解っている悠利は、何も気にせずさっさと食事に入る。アリーも細かいことは気にしないので、普通に食べる。ただアロールだけが、オレンジ煮込みと聞かされて、耳馴染みの無い料理名に首を捻りながら、ナイフとフォークできちんと一口サイズに切っていた。

 ビッグフロッグの肉は硬いわけでは無いが、弾力がある。まだ10歳児のアロールの手の力では切りにくいこともあるのだが、今日のは簡単に切れた。するんとナイフが吸い込まれるように入ったのだ。いつもより肉は軟らかく煮込まれているらしい。そんなことを考えながら、アロールはオレンジ色のとろっとしたソースを絡めて、肉を口へと運んだ。

 口へ運ぶ途中で、鼻を通してオレンジの香りが入り込む。甘みと酸味を兼ね備えた、柑橘系特有のすっきりとした匂いだ。それは匂いだけではなく、味として口の中に広がった。オレンジで煮込むなんてどんな味になるか解らないと思っていたが、アロールが感じたのは、美味しいという気持ちだけだった。


「……これ、何でオレンジ?」

「冷蔵庫にオレンジジュース残ってたんだ」

「ジュースで煮込んだの?」

「うん。オレンジジュースで煮込むと、さっぱりとまろやかって感じになって、お肉も軟らかくなったから」

「へー……」

 

 そう呟くと、アロールは付け合わせの迷宮キャベツの千切りを食べながら、また肉へと戻る。時々、オレンジソースを迷宮キャベツで整えるようにして食べている。どうやら、気に入ってくれたらしい。


「お味は~?」

「美味しい」

「そう。良かった」


 アロールの返事に、悠利はにこにこと笑った。いつも大人びた表情を浮かべているアロールの顔に、10歳児らしい、美味しいモノに巡り会った子供の表情が浮かんでいるのを見たからだ。誰かが喜んでくれるのが嬉しい悠利だった。



 なお、余談であるが、「多分気に入るから作ってやってくれ」とアリーに言われて、後日同じ料理をブルックに食べさせた結果、何故かクール剣士がオレンジ煮込みに堕ちました。何故だ。



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