ご飯のお供に、味噌ナスをどうぞ。


「……ナス?」

「うん。味噌ナス」

「何でまた唐突に、ナス?」


 きょとんとしているヤックに、悠利ゆうりは大量のナスをゴロゴロと流し台の中に放り込みながら答えている。夕飯のおかずに、と悠利が取り出したのは大量のナスだった。別にナスが嫌いなわけではないのだが、予定では違う野菜を使うはずだったのでは?みたいな気分のヤックだった。……まぁ、メニューが予定と違うものになるのはよくあることだけれど。


「ナスが食べたいってわけじゃないんだけど、味噌ナス作ろうかなって思って」

「何で味噌?」

「皆がさー、味噌は味噌汁以外に使い道あるの?って聞いてきたから、美味しい味噌料理食べて貰おうかなって思って」

「……なるほど」


 悠利のいつも通りの答えに、ヤックは納得した。確かに、味噌は殆どの場合、隠し味に使うか味噌汁になるかだった。そもそも、ハローズが最近流通させた調味料なので、使い方がイマイチ誰も解っていないのだ。唯一、悠利だけが味噌に大喜びして、つくねの隠し味に使ったりしているぐらいだ。なので悠利は、皆に美味しい味噌料理を振る舞うことを決意して、自分が作れるものの中から、味噌ナスをチョイスしたのであった。

 味噌ナスは、ナスの味噌炒めと言う方が正しいかも知れない。炒めたナスを味噌で味付けするという簡単な料理だ。ただし、味噌の味付けが家によって異なったりするので、甘かったり、甘辛かったり、辛かったりと、様々である。挽肉や、人参、タマネギなどの他の野菜と一緒に炒めるパターンもある。ただし、悠利が作るのはナスオンリーだ。シンプルにナスを味噌味で堪能するだけである。


「とりあえず、ナスを洗っちゃおう!」

「おー!」


 二人で仲良く大量のナスを洗う姿は、どこか微笑ましい。悠利とヤックが二人でアレコレやっていると、通りがかる面々がほっこりしてしまうのは、彼らが一生懸命頑張っている姿が妙に愛らしいからだろう。この場合の愛らしいというのは、「幼い子供が必死に頑張っている姿が微笑ましい」という類だ。……13歳のヤックはともかく、一応実年齢は17歳の悠利もそこに括られるあたり、彼の童顔は相変わらずだった。


「味噌ナスって、味噌味のナスってこと?」

「ナスを味噌味で炒めた料理って感じ?」

「へー。それ、美味い?」

「個人的にはご飯が進むけどなぁ。味噌の味でしっかりしてるから」

「解った。オイラ頑張る!」

「ヤックは解りやすいよねぇ……」


 美味しいご飯のために頑張ると宣言するヤックに、悠利は苦笑した。だがしかし、気持ちは解る。悠利だって美味しいご飯のために頑張っているのだ。それに、ヤックのように素直に喜んでくれると、嬉しいのも事実だ。今日もアジトは平和です。

 さて、水洗いしたナスは、ヘタを落とし、お尻の先っぽも落としておく。また、傷ついた部分などがあれば皮の部分を切り取るが、そうでない場合はそのままだ。縦半分に切ったナスを、斜めに切って食べやすい大きさにしていく。大量のナスを手際よく切っていく悠利の傍らで、ヤックは言われた通りにナスを水を張ったボウルに放り込んでいく。

 ナスのあく抜きは、切ってすぐに使う場合や、炒め物や揚げ物の場合は水を切るのが大変なのでやらない方が楽なことが多い。なのだが、今回はナスの数が多いので、あく抜きをすることに決めた悠利であった。ぽいぽいと次から次へとボウルに放り込まれるナス。水にさらすのは10分ほどで大丈夫だろう。

 切り終えたナスを全部ボウルに放り込んだら、今度は調味料の下準備だ。味噌ナスと言うだけあって、メインの調味料は味噌だ。だがしかし、何も、ナスを炒めているところに味噌を直接放り込むわけでは無い。ちょっとばかり追加の調味料を入れたりして、味を調えるのだ。

 まずは味噌をボウルに入れる。これは、別に少量しか作らないなら、小鉢でも構わない。アジトでは人数が多いので、ボウルで作る。味噌が赤味噌系なので、砂糖で甘みを足し、少量の昆布出汁も加える。面倒なときは顆粒だしをお湯で溶いたものを入れているが、今日は昆布出汁があったので、それを入れた。そうして、酒、醤油も少しずつ足して混ぜ合わせる。

 くるくると調味料を混ぜ、舐めて味見をしている悠利を見ながら、ヤックがぽつりと呟いた。


「……それ、昆布出汁入れたら、またマグが食いつくんじゃ……?」

「……まぁ、その可能性もあるんだけど、ほら、出汁入れないと美味しくないし……?」

「……うん」


 二人揃って遠い目をするのであった。マグは出汁の信者なので、この、隠し味程度の出汁にも気づいてしまうのだ。しかも、今回使ったのは昆布出汁。マグが一番愛している出汁だった。……二人の脳裏には、大皿を抱え込むマグの姿が浮かんでは、消えた。


「マグの分は、別に大皿を作ろう!」

「う、うん!それが良いと思うよ、ユーリ!」

「そうすれば、それを食べ終えたらお代わり無しって言えるしね!」

「名案だ!」


 うんうんと彼らはうなずき合った。……何となく、それでも足りなかった場合、マグは確実にウルグス辺りから奪い取るのだろうなと思ったけれど、相手がウルグスならばケンカをしながら自分の分は死守しそうなので、放っておこうと考えた。ちなみに、悠利はマグに食べ物を奪われたことは無いし、実はヤックも無い。カミールは時々争奪戦に負けている。なお、ウルグスはだいたい常にマグとケンカをしている。年が近くて付き合いが長いせいかもしれない。

 気を取り直して、二人は料理に戻った。あく抜きが出来たナスは、ザルに上げて水を切ってある。水にナスの色がついているのを見てヤックが驚いているが、それだけナスはあくのある野菜というだけだ。……ちょっと色水っぽくて楽しいと思っているのは内緒な悠利である。小学生の頃に草木染めをやったのだが、色のつく野菜も放り込んで遊んだ過去があるのだ。


「それじゃ、水も切れたし、ナスを炒めよう」

「了解。ユーリ、油は?」

「ごま油ー」

「解ったー」


 ごま油を取り出して悠利に手渡すヤック。悠利は、熱したフライパンにごま油を大量に入れた。……ちょっと多くない?と思われるかも知れないが、相手はナスだ。妙に油を吸い取っちゃうナスさんがお相手なので、油は多めに放り込む。大丈夫です。ナスは一度油を取り込んでも、要らないと思ったら吐き出してくれる良い野菜です。

 油が熱されたら、そこにナスを投入する。バチバチとやや残っていた水分と油がケンカをするが、気にしないでヘラを使って炒めていく。ナスに火が通ってしんなりしてきたら、先ほど作った味噌を放り込む。あとは、味噌が全体に絡むように中火で炒めて混ぜ合わせるだけだ。

 出来上がった味噌ナスをいくつかの大皿に分ける。その途中で、マグ用に別の大皿に味噌ナスを盛りつける悠利。これは杞憂であって欲しい。しかし、出汁の信者マグが、一口食べてそれに気づかないワケが無い。だから、出来るだけの手は打っておくのだ……!という感じだった。


「味見する?」

「するー!」

「熱いから気をつけてねー」

「うん!」


 キラキラとした笑顔で、悠利が小皿に取り分けた味噌ナスを食べるヤック。実に美味しそうな顔であった。実際、味噌汁みたいな味を想像していたヤックにとって、ほどよく甘辛い味噌ナスの味は、ご飯が進むと言われても納得だった。ナスなのは解っているが、味噌のしっかりとした味で、肉料理とかと同じようにご飯が食べたくなるのだ。野菜のおかずも強かった。

 その後、他にも汁物や副菜、主菜となる魚を焼いたりと食事の準備に忙しかった二人であるが、頑張って大量に作った甲斐あって、味噌ナスは皆に大好評だった。大好評だった。


 …………約一名に、物凄く大好評すぎた。



「……お代わり」

「あのね、マグ、もう無いから」

「何故」

「何故じゃなくて、君、皆が分けて食べてる大皿と同じの、一人で食べたよ?」

「……お代わり」

「ありません」


 実際、既に味噌ナスは食卓に出回ってしまっていて、余分なお代わりなど存在しないのだ。最初に渡された1食分を食べたマグは、案の定味噌に使われた隠し味の昆布出汁に気づいてしまい、黙々と食べてしまった。お代わりをするには他のものも全部食べてからと言う悠利の鉄則を知っているマグは、大急ぎで他の料理をかっ込んだ。そして、マグ専用に用意されていた、大皿の味噌ナスをゲットしたのだ。

 自分用の大皿に瞬きを繰り返した後、ぺこりと頭を下げていそいそとテーブルに戻る姿は、実に可愛らしかった。普段の、感情が読めない無表情系無口人間とは思えないぐらいに、頭に音符でも飛んでいそうなぐらいに、ご機嫌だった。


 だがしかし、その大皿をも食べ尽くしてしまったマグは、再度のお代わりを要求しに来たのだ。


 その小さな身体にどれだけ入るのか、と誰もが思うほどに、マグは食べる。ただし、それは別に、食べなければ活動できない、いわゆる燃費の悪い人種というわけでは無い。マグはただ、食いだめをするタイプなのだ。スラム育ちだからだろうか。食べられるときにきっちり食べる、みたいな精神が染みついている。そこに、出汁の信者としての出汁への拘りが追加されているので、恐ろしい食欲なのだ。

 ……それで何故、食べた分が身にならないのか、誰もが謎だった。マグはこれだけたくさん食べているのに、相変わらず細身で小柄で、栄養不足を疑われそうな外見をしている。……まぁ、多分、今までの積み重ねが影響しているのだろう。


「お代わり……」

「だから、もう無いんだって」

「……諾」


 しょんぼりと肩を落として去って行くマグ。可哀想に思ったが、無いものは無い。それに、これ以上食べたらお腹を壊してしまうのでは?という悠利の不安もあった。何はともあれ、引き下がってくれて良かった。そんなことを思いながら洗い物をしていた悠利は、次の瞬間、手にしていた皿を流し台に落っことしそうになった。

 何故なら。


「マグ-!てめぇ、人の皿強奪しようとすんじゃねぇええええ!」

「……否」

「嫌じゃねぇんだよ!それは俺のだ、阿呆!!」

「……お代わり」

「お前大皿で食っただろうがぁあああ!カミール、手伝え!」

「あーもう!何でマグ、そんなに味噌ナスに拘ってんだよ!」


 小柄なマグを羽交い締めにして自分の皿を守っているウルグスと、そのウルグスに頼まれて、皿を自分の方に引き寄せて援護するカミール。じたばたと暴れているマグは、悠利とヤックが想像した通り、「奪い取っても良いと思っている相手」であるところのウルグスのところへ突撃したらしい。……まだ食事を終えていなかったウルグスが不運だったというところだろう。ちなみにカミールは味噌ナスを完食している。


「……出汁」

「「出汁入ってたのか!?」」


 マグがぼそりと呟いた理由に、ウルグスとカミールは絶叫して、台所にいる悠利へと視線を向けた。悠利は困ったように笑って、そして、ちょっとだけね、という意味合いを込めて、親指と人差し指で分量を示してみせた。本当にちょっとだった。それに気づいたマグがおかしいだけである。

 その答えに絶句して、ウルグスとカミールは、再びマグと戦い始める。人の飯を取るんじゃねぇ!とウルグスが叫べば、弱肉強食とマグが応じる。何か色々と間違っているが、割りといつものことなので、誰も何も言わなかった。


 何はともあれ、味噌ナスは味噌の新しい使い方として、アジトの皆に受け入れられたのでした。


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