大人は人付き合いが大変なのです。


「……凄いですねぇ……」


 感嘆の声を上げているのは悠利ゆうりだった。その悠利の前には、普段とはまったく異なる服装をしたアリーとブルックがいた。どちらも窮屈そうにしていることから、彼らがこの服装を面倒くさいと認識しているのはバレバレだ。だがしかし、着ている人物が嫌がっていようとも、その衣装は誂えたように彼らにぴったりで、目の保養であった。

 悠利は可愛いモノと綺麗なモノが大好きだが、格好良いモノも嫌いではない。よって、目の前の大人二人が、普段とは違う恰好で着飾っている姿を見て、感動していた。両者共に前衛の冒険者というイメージの抜けきらないアリーとブルックだが、今はその無骨なイメージは綺麗さっぱり拭われている。


「サイズは何とか大丈夫そうねぇ」

「だから問題ねぇって言ってんだろうが」

「バカ言いなさい。貴方達は現役冒険者なのよ?ついた筋肉でサイズが変わる可能性だってあるでしょうが」


 面倒くさそうなアリーの発言に異論をぶつけているのは、レオポルドだった。本日は、この美貌のオネェが遊びに来ていたのだ。というか、アリーとブルックが普段とまったく異なる、いわゆる礼装と呼ばれる恰好をしているのは、レオポルドが原因だった。

 実は、彼ら三人は定期的に、とあるお貴族様の開く夜会に招待されている。アリーとブルックは三回に一回ぐらいしか参加しないが、レオポルドはほぼ毎回参加しているという。そして、次には是非二人を連れてきて欲しいと頼まれたオネェが、「貴方達、衣装の用意はちゃんと出来てるんでしょうねぇ?」と二人に問いかけたのが発端である。

 アリーとブルック、そしてレオーネの衣装は、その招待主が作ってくれたオーダーメイドだった。普段まったく使うことが無い服で、基本的には部屋のタンスに片付けられている。それを引っ張り出して、衣装合わせを強行したのである。当日になって、衣装に不備があっては困るという判断だ。オネェは身支度に妥協はしない。一切妥協しない。


「動きにくいから嫌いなんだよ、こういう恰好は」

「我が儘言うものじゃないわよ。最高級のオーダーメイドよ」

「頼んでねぇ」


 ぶちぶちと文句を口にしているアリーの服装は、悠利の知るタキシードに良く似ていた。黒のジャケットにベスト、ズボンはサスペンダーで吊るしている。ただし、蝶ネクタイではなく、黒のネクタイを装着している。ネクタイがさらに窮屈さを与えるのか、アリーは面倒そうに結び目に指をかけて引っ張る。太い指がネクタイを引っ張って緩めるのだが、それを見たレオポルドが眉を寄せた。


「ちょっと、まだ確認終わってないんだから、勝手に緩めないでちょうだい」

「……着られたんだから、それで良いだろうが」

「良くないわよ。トータルコーディネートの確認は必要なの。ほら、眼帯もちゃんと装飾用のに付け替えなさいな!」

「……ちっ」


 面倒そうに舌打ちしつつも、抗わないアリー。このオネェの熱意を知っているので、ヘタに反抗したら面倒くさいことになるのが解っているからだ。なので、文句を言いながらも、大人しくしている。そんなアリーに、「困った男ねぇ」とでも言いたげな表情で、レオポルドは彼のネクタイを直している。念入りに、きっちり締められたのか、最後の瞬間にアリーが小さく呻いた。

 その間、同じように窮屈そうにしているブルックは、詰め襟の首元を緩めていたが、レオポルドの視線が自分に向くのを察知したかのように、その寸前できっちり止め直していた。……気配に聡い前衛職の能力を、全然関係無いところで活用しているようだった。

 そんなブルックの装いは、アリーのそれとは打って変わって、衛兵と呼ぶのが相応しいような感じだった。悠利の記憶にある、自衛隊の儀仗服に似ている気がした。色はブルックの髪の色に合わせたのか、深みのある緑だった。首元は詰め襟で、合わせた上着が斜めになっている。華美にならない程度に金色の紐の束のような飾りもついていた。

 どうやら帽子は無いらしいが、あったら完全に儀仗服だなぁ、と悠利は思った。また、アリーは武装はしていないのに、ブルックの腰には細身のサーベルが装着してあった。普段、ブルックが使うのはシミターやシャムシールのような曲刀の類なので、これはこの服用の武器なのだろうと判断する。


「……ブルックさん、その剣は装飾品になるんですか?」

「一応装飾品ではあるが、使えるぞ」

「そうなんですか?」

「まぁ、名目上、アリーの護衛として招かれているからな」

「……護衛?」


 こてんと悠利が首を傾げたのは、「アリーさんに護衛なんて必要なんですか?」という素朴な疑問が浮かんだからだ。アリーは確かに後衛職である真贋士だが、自分の身は自分で守るが信条で、そこらの駆け出しの冒険者なんて足下にも及ばないぐらい、立派に前衛として戦える腕前の持ち主だ。そもそも、武器を手にしていなくても、その立ち居振る舞いからして、どう考えても荒事に慣れている前衛にしか見えない。


「その名目さえなければ、俺が呼ばれる必要も無いのだろうが」

「そうなんですか?」

「そのはずだ。アリーは真贋士として優秀だから呼ばれるとして、俺のようなただの剣士を」

「バカなことを言うんじゃないわよ」

「何バカ言ってんだ」

「……だ、そうですけど」

「……」


 言外に、自分はアリーのオマケで、アリーのせいで面倒くさい夜会に引っ張り出されているのだ、と悠利に説明していたブルックは、背後からぶつかってきた二つの声に沈黙した。悠利は白い目をしているレオポルドとアリー、そして視線を明後日の方向に逸らしているブルックを見て、首を傾げる。

 この三人の遠慮の無い物言いは、流石元パーティーメンバーというところだろうか。……濃いメンバーだなぁ、と悠利はぼんやりと思った。


「ブルック、貴方自分の能力把握して発言しなさいな。見目の良い凄腕剣士なんて、貴族からしたら護衛に欲しくてたまらないのよぉ?」

「つーか、俺に責任を押しつけようとすんな。あっちはお前も呼びたがってるだろうが」

「そうよぉ。アリーみたいに周りを黙らせることが出来る肩書きが無いから、護衛として呼んでるだけで、本当なら貴方だってあたくしやアリーと一緒で主賓じゃないの」

「……そういうのは好きじゃない」

「俺だって好きじゃねぇ」

「だから、毎回じゃなくても見逃してあげてるじゃないの。あたくしが」

「「…………」」


 決定権がお前にあるのか、と言いたげなアリーとブルックの視線にも動じずに、レオポルドは胸を張る。美貌のオネェは、その気になったら男二人を毎回でも夜会に引っ張り出すことも可能だ。二人が諦めるまで、つきまとって連れて行けば良いだけである。レオポルドならやる。それをやらないのが温情だと言いたげな発言であった。

 そんな三人の、気心知れているがゆえのやりとりを見ながら、悠利は「仲良しだなぁ」と思っていた。アリーもブルックも、悠利達の前では年長者としての態度を崩さない。しかし、レオポルドの前では同輩として接しているので、何だか新鮮な気分である。


「まぁ、それは別に良いのよ。アリーは眼帯、ブルックは帽子!トータルコーディネート確認するんだから、ちゃんと全部身につけなさいな!」

「……へいへい」

「……解った」


 やる気が殆ど存在しない男達に対して、オネェは超強気だった。身だしなみに妥協は許さないオネェである。放っておいたら、適当に終わらせてしまいそうな二人を知っているからだ。そんなレオポルドの背中をつんつんと突っついて、悠利は振り返った彼に質問を投げかけた。


「レオーネさんはどんな衣装なんですか?」

「あら、あたくしの衣装が気になるの?」

「はい。アリーさんもブルックさんも格好良いので、レオーネさんのも格好良くて綺麗なんだろうなーと思って」

「ユーリちゃんは良い子ねぇ」


 ぎゅーっと抱きしめられて、悠利ははいー?と間抜けな声を上げていた。何がレオポルドを喜ばせたのか、彼は全然解っていなかった。ちなみに、悠利が無意識に口にした「格好良くて綺麗」という言葉に、レオポルドは喜んでいるのである。格好良いだけで終わらずに、綺麗がくっついてるところがミソだ。ただし、口にした本人は思ったことを言っただけです。

 

「あたくしのは、アリーのものと基本は同じね。ジャケットは無くて、ベストの上からストールを羽織るのよ」

「ジャケットじゃなくてストールなんですか?」

「えぇ、だって、ジャケットを羽織ってしまうと、男性の正装にしか見えないでしょう?このストールも特注品で、透明感のある淡い虹色なのよ」

「それは凄いですねぇ」


 さらっと凄いことを口にしているレオポルドが相手でも、悠利は気にしない。脳裏に、白いシャツに黒いベスト、黒いネクタイを身につけ、更には虹色に輝くストールを羽織ったレオポルドを思い浮かべる。……似合う。物凄く似合ってしまった。基本がアリーのものと同じだと言われて脳内再生してみたが、ストールを一枚追加するだけで、完全にオネェの衣装になってしまった。恐るべし、虹色のストール。


「足下はズボンですか?」

「一応ズボンよ。ただ、裾広がりに作って貰って、足を揃えて立っていたら、スカートみたいに見える形になっているの」

「……あー、キュロットスカートのロング版みたいな感じですね」

「キュロットスカート?ユーリちゃんの故郷には、そういう衣装があるのかしらぁ?」

「シルエットがスカートに見えるように広がっている半ズボンのことですよ。女の子が着てました」

「あら、素敵」


 うふふ、と笑う美貌のオネェ。にこにこと笑っている乙男オトメン。二人の周りだけ、空気が妙にほんわかしていた。お前らなぁ、と呆れたような顔をしているアリーとブルックは、いつの間にか衣装を完璧に整えていた。

 アリーが身につけている眼帯は、黒地なのはいつもと同じだが、よく見れば金糸で縫い取りがされていた。その金糸の内側に、きらりと光るのは砕いた宝石だった。透明度の高いそれは小さなダイヤモンドの粒だ。さらに、眼帯を止めている紐も黒地に金銀の糸を編み込んである。無駄に手がかかっている、装飾品でしかない眼帯だった。どう見ても、アリーの趣味ではない。

 ブルックの方は、硬そうな細身の帽子と、肩口にケープを取り付けていた。左腕の肘の辺りまでの長さのケープも、服と同じ深い緑だった。帽子も同じくだ。帽子は鍔の縁取りに金色が見えた。正面部分には、黒地に金糸で縫い取りのされたエンブレムがあった。意匠は悠利の目には、簡略化された竜に見えた。


「わー、凄い!格好良いです!」

「うん、大丈夫みたいね。まったく、最初っからちゃんと全部身につけなさいよ」

「「……」」


 顔を輝かせる悠利と、満足そうに頷くレオポルドを前にして、アリーとブルックはため息をついた。彼らがこの恰好を気に入ってないのは明白だった。もっと言うなら、面倒くさい夜会に行きたくないと顔に書いてある。お貴族様とのお付き合いなど、彼らには何一つありがたくないのだった。

 なお、レオポルドが積極的に参加しているのは、そこが彼にとって仕事場になるからだ。オーダーメイドの香水を購入してくれる上客との大事なお付き合いである。……凄腕の調香師様は、営業もお得意だった。


「そういえば、何で貴族の人が皆さんを夜会に招待したりするんですか?」

「……あー、顔つなぎ?」

「アレだろ。お前を押さえてるっていう証明」

「単純に会いたいだけってのもあると思うわよぉ」

「……はい?」


 悠利の質問への答えは、面倒くさそうなアリー、同じく面倒そうなブルック、そしてどこか楽しそうなレオポルドの三人で、それぞれ違った。そして、全員が違うことを言うので、悠利には何のことやらさっぱり解らない。説明するのも面倒くさいと言いたげなアリーに代わり、悠利に噛み砕いて教えてくれたのはレオポルドだった。このオネェは相変わらず、悠利に甘い。


「昔、ちょっとしたご縁があった偉い人なんだけれど、アリーは凄腕だから、自分達が関係しているぞってことで、周りに圧力をかけているのよ」

「アリーさんが凄腕だったら、何か問題なんですか?」

「あちこち取り込もうとするのが煩いのよぉ。でも、アリーはそんなの全部蹴っ飛ばしちゃうから、仲良くしているのをアピールして、「うちが仲良くしてるんだから、余計なちょっかいかけるなよ?」っていう感じねぇ」

「…………アリーさんって、凄かったんですねぇ……」

「別に凄くも何でもねぇ。普通の真贋士だ」


 尊敬の眼差しで見つめる悠利に、アリーはやはり、面倒そうに答えた。答えて、もう良いだろうとレオポルドに確認を取ると、窮屈な衣装を脱ぐために自室に戻っていった。ブルックも同じくだ。去って行った二人を見送りながら、悠利はぼんやりと「スマホ出せるなら、写真撮ったのになぁ」と考えていた。それぐらい、二人は格好良かった。モデルや芸能人を見ている感じで。


「アリーさんは凄い人なんですね?」

「えぇ、凄いわよ。真贋士は数多くいても、アリーほど凄腕はいないわ。……だから貴方は、アリーのもとで、色んなことを学びなさいな」

「はい!」


 柔らかに笑うレオポルドに返されたのは、実に素直で無邪気な返事であった。

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