可愛くても超レア魔物でした。
「……ルーちゃんって、そういや強かったねぇ……」
「……この状況で、他に言うことないの?」
「……うーん、逆に、他に何を言えば良いのか解らないよ、アロール」
遠い目をして呟いた
……何故かルークスの周囲では、人相の悪い方々が、死屍累々と転がっていた。
キュー!とルークスは鳴いた。それはまるで、「褒めて!褒めて!」とでも言いたげな感じだった。まぁ、実際ルークスは褒めて貰えるようなことをしたのだ。一応。ただちょっと、ちょおおおっとやりすぎちゃってるだけで。……この主人にしてこの従魔あり、みたいな感想を抱かれそうなルークスだった。
ぽよんぽよんと可愛く跳ねているルークスは、見た目だけならば下級から中級レベルのスライムだ。しかし、その実態は、超レア魔物のエンシェントスライムの変異種であり、オマケに
「ルーちゃん、この人達悪い人なの?何でフルボッコしちゃったの?」
「キュウ?」
「いや、ルーちゃんが意味無く誰かをボコボコにするとか思わないからね?理由は?」
「キュキュウ!」
悠利の問いかけに、ルークスは不思議そうに身体を揺らした。何を言っているの?みたいな反応だった。ルークスにとって、この死屍累々と転がっている人相の悪い方々は、排除して当然の相手だった。しかし、悠利にはそれが解らない。
……何で、食材の買い出しを終えて帰ろうと思ったら、それまで側にいたはずのルークスが路地裏で死屍累々を築き上げてる状況に遭遇しなければならないのだ。現実は時に作り話より奇っ怪であった。
「……誘拐犯だよ」
「誘拐犯?」
「正確には、従魔の誘拐犯だ」
忌々しそうにアロールが呟く。魔物使いのアロールは、魔物が好きだ。それは、彼女が魔物と意思の疎通が図れるからであって、余人に理解されることは少ない。けれど、今、この場にいるのは悠利だ。ルークスのことも、アロールの従魔である白蛇のナージャのことも、可愛いと思っている悠利なのである。
ゆえに、悠利の表情は曇った。ナニソレ、と呟いた声が妙に低かった。悠利は基本的に温厚だが、譲れない部分に関しては頑固だ。そして、こうと決めた部分については、物凄く怒る。未成年の飲酒だったり、自分の体調を鑑みない暴走だったりすることが多いので、悠利に怒られる側が悪いと皆が全面的に理解しているが。
そして、そんな悠利が今、背後に業火を背負う勢いで不機嫌だった。
「つまり、この人達は、うちのルーちゃんや、アロールのナージャさんみたいな、善良な従魔をかっ攫おうとした、不届き者?」
「……善良かどうかはともかくとして、他人の従魔を誘拐して売り払おうとしてる集団だと思う」
「キュキュウ!」
「……ルーちゃんはこの人達が誘拐犯だって解ったから、返り討ちにしたの?」
「キュウ!」
褒めろ、と言いたげにぽよんぽよんと跳ねるルークスの頭を、悠利は撫でた。偉いねと微笑む表情はいつも通りの笑顔なのに、瞳が全然笑っていなかった。げっ、とアロールが小さく呻いた。
彼女は知っている。普段のほほんとしている悠利が怒ったら、非常に面倒くさいことになることを。眼前の死屍累々となった誘拐犯の方々は、衛兵に引き渡せば良いと思っていたのに、何だかそれで終わらない気がした。
「ルーちゃん、もうちょっとやっても良いよ?」
「キュ?」
「その辺、意識残ってて、しかも全然反省してないみたいだから、大怪我させない程度にね?」
「キュイ!」
「……ユーリ」
悠利が示したのは、よろよろと起き上がろうとしている男だった。普段の悠利なら、そんなことは言わない。だがしかし、今の悠利は怒れる大魔神だった。とはいえ、無理も無かった。何しろ、相変わらず【神の瞳】さんが赤判定を出しているのだ。それはつまり、反省が微塵も見られないということだった。
……仮に罪人とか悪い奴とかでも、悪意や敵意を向けてこない相手ならば、【神の瞳】は赤判定をしない。悠利に危険を伝える程度には、目の前の相手は未だ何かを企んでいるのだ。それを理解しての悠利の発言であり、解っていても、頭を抱えたくなるアロールだった。目の前の誘拐犯達は、1番踏んづけてはいけない地雷を踏んだのだ。確実に。
「キュウ!」
ルークスは可愛い声で鳴いて、そして、身体の一部を鞭のように伸ばして、べしーんと男を引っぱたいた。叩くだけでは飽き足らず、ぐるぐる巻きにして、空中でぶんぶんと振り回している。ちょっとシュールな光景だったが、悠利はにこにこ笑っていた。……怒った
まぁ、空中でぶん回しているだけなのでダメージはそんなに無いだろう。多分。一応ルークスは、悠利の言いつけを守って、大怪我をさせない程度に相手をしているようだ。
……そういうことが考えられる段階で、ルークスは相変わらず規格外な従魔だった。正体を知れば納得の性能なのだが、それを知らなくても「ユーリの従魔」と聞いたら皆が納得する。何故だろう。
「アロール」
「……何」
「こういう人達は、誰に引き渡したら良いのかな?」
「……あ、引き渡すっていう判断は残ってたんだ?」
「残ってるよ?やだなぁ、僕、物騒なこと嫌いだもん」
にこにこと笑う悠利だが、その隣でルークスが男をぶん回しているので、全然説得力が無かった。従魔に男をぶん回させるのは物騒じゃ無いのだろうか。そんなことをアロールは思ったが、大人しく黙っておいた。余計なことを言って、巻き込まれたら嫌だったのだ。その程度には自己保身に走る10歳児であった。
「衛兵に言ったらちゃんと処罰与えてくれると思うけど」
「そっかー。じゃあ、衛兵さん呼んでくれる?」
「うん、別に良いけど」
「ついでに、この人達の拠点潰してもらうから」
「……は?」
にへーっと笑っている悠利だが、目が全然笑ってない。何で、と小さく呟いたアロールに、悠利は首を傾げた。その辺で良いよ、とルークスに声をかけてから、アロールに向き直って、笑いながら口を開く。
「ステータス確認したらアジトの場所とか解ったから、根こそぎ叩き潰してもらいたいよね?」
晴れやかなその笑顔に、アロールは引きつった笑みで頷いた。頷くしか出来なかった。めっちゃ怒ってる、と呟いて、10歳児は大人しく衛兵を呼びに走っていった。衛兵が来るまでの間、意識を取り戻した反抗的な相手は、ルークスにぶん回されていた。路地裏で人目に付かないからって、やりたい放題だ。怒った悠利は本当に怖かった。しかもルークスはノリノリで、誰も止めないのだから、エンドレスである。
その後、アロールが連れてきた衛兵の皆さんと一緒に、従魔の誘拐犯達が拠点としている空き家へと向かった悠利とアロール。アロールは悠利のお目付役というか見届け人というポジションで付いてきたのだが、悠利は始終にこにこ笑っていた。その笑顔が怖いとアロールは思った。
そして、アジトに辿り着いた瞬間に、悠利はにっこり笑顔で言い切ったのだ。
「ルーちゃん、悪い人はぜーんぶやっつけちゃって良いよ?」
大好きな主人のお言葉に、ルークスは素直に従った。衛兵やアロールが呆気に取られている間に、ルークスはドアの隙間から中へ入り込み、あっという間に内部を鎮圧してしまったのだ。武器を持った相手が複数いただろうに、全然気にせずにぶっ飛ばして倒してしまう辺り、流石超レア魔物。
中から聞こえてくる悲鳴やら破砕音に慌てて衛兵達が踏み込んだ時には、妙にキラキラとした雰囲気でぽよんぽよんと跳ねているルークスと、死屍累々と転がる誘拐犯達がいた。……衛兵達が、自分達が来た意味があるのだろうかと悩んだのは無理の無いことだが、すぐに気を取り直して捕縛に取りかかった。お仕事ご苦労様です。
「ルーちゃん、これ、壊せる?」
「キュ?」
「これ、壊せたら、壊してあげて」
そう言って悠利が示したのは、奥の部屋にあった檻だった。そこには何匹かの従魔がいた。全員、タグは身につけたままだった。警戒はしているようだったが、すぐに襲ってくることは無さそうだ。……というか、従魔は頭が良いので、大立ち回りを繰り広げたルークスに敵わないことを解っている。それがわかっているから、見るからに戦闘タイプと解る種族でも大人しくしているのだ。
まぁ、そもそも従魔は魔物使いに調教されているので、無闇に他者に危害を加えたりしないのだが。この場合、それが仇になって捕らわれたということもあるかもしれない。
「キュ!」
檻に体当たりをして壊そうとしたルークスだが、予想以上にガタガタと空き家が揺れてしまったので考えを変えたらしい。にゅるにゅると身体の一部を伸ばして、錠前に突っ込む。しばらくぐにぐにと弄くった後、カチャンと錠前が外れた。
「おー、ルーちゃん器用だねぇ」
「キュキュー」
「待て……。錠前破り出来るとか本当に待て……」
えっへんと威張るようなルークスと、褒めまくっている悠利の傍らで、アロールが脱力していた。檻の中の従魔達も、変なモノを見るように悠利達を見ているのだが、当事者達は全然気にしていなかった。だっていつものことだから。
「アロール、この従魔さん達のお話聞いて、ご主人様のところに戻れるようにしてあげてね?」
「僕の仕事なの!?」
「え?だって、衛兵の皆さん、従魔の言葉解らないよね?」
「……くっ」
当たり前の発言をされて、アロールは頭を抱えた。仕事が増えた、とぼそりと呟いてしまうが、それでも、目の前の、不遇な扱いを受けていた従魔達のことは見捨てられないのだろう。元々魔物が大好きなアロールなので、衰弱していたり傷ついていたりする彼らを労りながら、手持ちの回復薬などを使っていた。何だかんだでアロールは良い子です。
その間、悠利はひたすら、ルークスを褒めていた。褒められたルークスもご機嫌だった。そんな風に仲良く主従でじゃれあっている間に、悠利の不機嫌も治ったようだ。アロールが従魔達から情報を聞き取って衛兵に伝え終わる頃には、いつもののほほんとした笑顔で「ご飯の準備あるから帰ろうか?」と告げてくる悠利に戻っていたので。
なお、この話を聞いたアジトの面々は「やっぱりユーリを怒らせちゃダメだ」と再認識したのであった。
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