顆粒だしでなんちゃってナムルです。


 顆粒だしをこの異世界で作り出せた悠利ゆうりが、前から作りたかった料理がある。それは、ナムルだ。ナムルといっても、本格的な韓国料理のナムルを食べたことは無いので、ネットで仕入れた知識で作るなんちゃってナムルなのだが。それでも、実家で作っていたときは家族に好評だったし、おかずにも酒の肴にもなると言われていたので、作りたくなったのだ。

 なお、ナムルは本来もやしや山菜で作るものだったらしいが、悠利はそんなことは知ったことではない。食べたいと思った食材で作るだけだ。日本人の魔改造の精神はこんなところにもあった。或いは、様々なものを受け入れて、自分たちの生活に落とし込むことが得意というべきなのか。……真偽のほどは黙して語らぬほうが良さそうだ。


「まずはキュウリの下準備からだよ」

「おー」


 何気に最も下準備に時間のかかるキュウリから取りかかる。悠利の声かけに、食事当番のカミールは気の抜けたとも取られるような返事をした。なお、他の見習い組達はそれぞれ与えられた課題をこなしている。実は、ナムルには顆粒だしをいっぱい使うので、マグがいない方が色々と助かるのだ。……味見で全滅するという意味で。

 それはさておき、まずはキュウリの下ごしらえだ。水で洗ってヘタを落としたキュウリを、乱切りにしていく。大きすぎず、小さすぎず、食べやすい大きさの乱切りに仕上げたら、ボウルの中に放り込んで塩もみをする。そうして塩を揉み込んだ状態で放置して、水が出るのを待つのだ。この作業を塩押しというのだが、ここで余分な水分を抜いておかないと、キュウリに味が上手に付かないのだ。


「これ、どれぐらい放置?」

「とりあえず、他の作業してから考えるよ」

「てか、どうせ味付けるんだから、この作業必要か?」

「いるよ~。余分な水が出たら味付けが薄くなっちゃうし、そもそも、青臭さが残ったりすると美味しくないもん」

「了解」


 そうしてキュウリは水が出るまで置いておくとして、次の作業だ。次は、もやし、小松菜、人参の下ごしらえに入る。この三つは、いずれも下茹でをする必要があった。もやしは水洗いをして細かいものや汚れの目立つものを取り除いて、沸騰した鍋へ放り込む。割と早く火が通るので、色が変わって火が通ったのを確認したらザルにあけて、水を切る。

 続いて小松菜だ。こちらは、バラバラにならないように注意しつつ根っこの一番下の部分だけを落として水洗いして、茹でる。切ってから茹でる派と茹でてから切る派がいるだろうが、悠利は茹でてから切る派だった。理由は、バラバラになるので水切りが面倒くさいから、だ。それ以上の深い意味は無い。

 ひとつまみの塩を入れたお湯で小松菜を茹でる。あまり茹ですぎるとくたくたになってしまうので、その見極めは大事だ。イメージとしては、葉っぱが綺麗な緑になった頃合いが良いかも知れない。とはいえ、茎の部分はしっかり茹でないと硬かったりするので、時々に応じて確認はして貰いたい。とりあえず、茹で上がった小松菜は、もやしと同じようにザルに放り込んで水を切る。……切るのは冷めてからである。

 人参は、きんぴらなどに使う様な細い千切りにする。悠利の切り方は、まず、千切りの幅に合わせた一枚の板のように人参をスライスするところからだ。そうしてスライスした人参を重ねて、そのまま細く細く切っていくと、あら不思議、簡単に千切りができます。……すみません。別にそんなに凄いことでも無いです。ごめんなさい。

 そうして細千切りにした人参も、お湯でさっと茹でてからザルにあげる。基本的に、ナムルはそのまま食べるので、下準備として茹でたり水を抜いたりしておくべきなのだ。多分、おそらく。


「ユーリ、全部終わったぞ。次は?」

「次は、水気を取るんだよ」

「解った」


 もやしは手で絞り、小松菜は食べやすい大きさに切ってから絞る。人参はザルを振って水気を飛ばす。そしてキュウリは、余分に出てきた水を捨てれば完璧だ。

 手順としては、具材にごま油をまぶして水分が出ないようにカバーしたら、顆粒だしを投入して混ぜる。以上。味が足りない場合は、塩や醤油を足して個人で調整しましょう。基本的には、市販の出汁の素を使って何となくそれっぽい味に仕上げていた悠利であった。

 今、彼の手元にあるのは、この世界で、錬金釜を使って作り出した顆粒だしだ。昆布や鰹節などの海産物を主体にした和風だけでなく、鶏系の魔物の骨を使った鶏ガラ系、牛系の魔物の骨を使った牛骨系、オーク系の魔物の骨を使った豚骨系と、色々と取りそろえてある。……異世界でもマイペースは絶好調だった。

 

「まずもやしからだね。ボウルに入れて、ごま油を混ぜて」

「なぁ、何でごま油先に混ぜんの?」

「先にごま油を混ぜることで、余計な水が出ないようにするためだよ」

「ごま油混ぜるだけでそんなこと出来んの?」

「ごま油が、野菜の周りに膜を張ってくれるんだよね。それで水が出るのが防がれるらしいよ?」

「へー」


 もやし全体にごま油が絡むように混ぜたら、そこに和風の顆粒だしを放り込む。相変わらずの目分量だが、細かいことは気にしてはいけない。辛ければもやしを足せば良いのだ。味が足りなければ顆粒だしを足すか、塩や醤油で調整すれば良いのだ。家庭料理なんてそんなものだ。

 作業はそれで終わりで、現段階で味見をして問題が無ければ、そのまま味が染みこむまでボウルの中に入れておく。少し寝かせた方が味が染みこんで美味しいのはお約束だ。


「ん、何かこう、気づいたらめっちゃ食ってそうな感じする」

「そうだね。おかずにもなるし、おつまみにもなると思うよ」

「あと、マグに見せたら全部食う気がする」

「……そこは否定できないかな」


 そっと悠利は目をそらした。特に、今作ったもやしのナムルに使っているのはマグが大好きな和風系だった。正確には、マグは昆布出汁に目が無いので、昆布が入っている和風系の出汁の場合は、食いつき方が違うのだ。何故そうなったのかは誰にも解らない。七不思議レベルだ。

 次に取りかかるのは、人参のナムル。こちらもボウルに放り込んでごま油を混ぜる。味付けは色々考えた結果、豚骨系をチョイスしてみた。深い意味は無い。なんとなく、美味しいかな?と思っただけだ。料理にはインスピレーションも大切です。


「あ、これ、肉と炒めた時っぽい」

「オークの旨味が出てるんじゃないかな?」

「これさー、この間作った冷しゃぶの感じで肉で巻いて食ったら美味そう」

「あぁ、なるほど。今度それで試そうか?」

「おう」


 カミールは美味しいご飯で胃袋を掴まれている代表でもあるのだが、だからこそか、時々こうやってアイデアを出してくるときがあった。美味しいものを食べたいという欲求は、何か目に見えない才能を引き出すのかも知れない。……どっかの出汁の信者みたいに。

 続いて、小松菜。ただし小松菜は、ちょっとだけ手を加える。一口サイズに刻んだトマトも一緒に混ぜるのだ。小松菜とトマトにごま油を塗し、使う顆粒出汁は牛骨系。小松菜の緑とトマトの赤で見た目にもバランスがよろしい。牛骨系を使ったのは、以前食べたのがそういう味付けだったからだ。


「何でトマト?」

「知らない」

「知らないのかよ」

「でも、美味しかったよ?」

「まぁ、美味いなら良いか」


 カミールの疑問に対する返答はあっさりしていた。しかし、美味しいは正義なのだから仕方ない。試しに味見をしてみたら、牛骨系の濃厚な味わいと、小松菜とトマトのさっぱりした味が混ざって、なかなかに美味しかった。これは確実にご飯が進むと解ってしまう。

 最後に残ったのはキュウリ。ごま油をまぶした後は、和風系の顆粒だしを混ぜておしまいだ。味付けはもやしと同じだが、キュウリにはもやしには存在しない食感があるので、これはこれで美味しい。ぶっちゃけてしまえば、おやつ感覚でばりぼり食べれてしまいそうな怖さがあった。


「……このキュウリ、もうちょいいると思う」

「え?」

「キュウリが1番食べやすい。つーわけで、塩押しして良いか?」

「どうぞ」


 実際にお代わりをする側の発言だったので、悠利はカミールの行動を許した。許すと同時に、同じのばっかりもつまらないよねぇとか考えた。……考えた結果、悠利が取り出したのは青じそとすりごまだった。何でそうなった。

 青じそは水洗いした後に軸を外し、容赦なくみじん切りにした。それはもう、容赦なく。お前そこまで徹底する?と言われるぐらいの勢いでみじん切りにした。そして、味付けが完了しているキュウリのボウルへと放り込む。カミールが目を点にしているが、悠利は気にしなかった。

 青じそのみじん切りを満遍なく混ぜると、次にすりごまを投入する。これも満遍なく混ぜ合わせれば完成だ。青じそとすりごまの香りがふわりと漂った。何というか、先ほどまであったごま油の強烈な食欲をそそる香りとはまた別の、やんわりとしていて美味しそうを感じさせる香りだった。


「……ユーリ、何してんの?」

「どうせキュウリ増やすなら、味付け変えようかなと思って」

「……それも多分めっちゃ美味いんだろうけど、それ違う、ユーリ」

「え?」

「味付け変えたら、そっちも増やさないと、多分、無理」

「……え?」


 きょとんとしている悠利に対して、カミールはため息をついた。キュウリだから別に同じじゃ無いの?みたいな反応をしている悠利には悪いが、カミールにはそうじゃない未来が見えている。同じキュウリでも、味付けが違えば別の枠になる。絶対に。そして取り合いになるのだ。そんな未来が見えている。

 なのでカミールは、無言で悠利にキュウリを差し出した。追加分作るの手伝え、という意味である。言われなくても把握した悠利は、慣れた手つきでキュウリを乱切りにしていく。悠利が切った乱切りキュウリをボウルに入れて塩を揉み込みながら、カミールはため息をついた。この能天気は、相変わらずマイペースでどこかがズレていた。


「そもそも、マグが一人で五人分ぐらいは食うだろ」

「……そうかな」

「もやしとキュウリは確実に抱え込むぞ、あいつ」

「マグはどうして、あんなに出汁に拘るのかなぁ……」

「俺が知るかよ……」


 遠い目をした悠利に、カミールはぼやいた。そもそも、マグを出汁の信者にしたのは悠利だ。悠利が昆布出汁の美味しさを教えなければ、マグがあんな風にぶっ飛ぶこともなかったのだ。きっと。元々マグは奇妙な少年ではあったが、あんな風に食事を抱え込むような性質ではなかったのだ。どう考えても悠利が有罪ギルティだった。

 確かにちょっと責任はあるかなと思ったので、悠利は黙々とキュウリの乱切りを作ることにした。その隣で、ついでとばかりにカミールはもやしも余分に茹でていた。どう考えてもマグ対策だった。



 なお、各種ナムルはおかずとしてだけでなく酒の肴としても優秀だったらしく、皆に大変好評でした。……マグについてはお察しください。


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