皆で作ろう、手作りお守り。


「ユーリお兄ちゃん、出来た!」

「出来た?それじゃあ、次の人に渡してね」

「うん!」


 少女が笑顔で声をかけてくると、悠利ゆうりも同じように笑顔で返した。彼女の手にあったのは、真っ白な布の中央に、四葉のクローバーが緑の糸でふちどりされたものだ。大きさは手のひらに収まる程度と、小さい。そしてその、ふちどりされた四葉のクローバーの葉っぱの部分に、数本の緑の糸が筋の様になっていた。そう、それは、まだ完成してはいないが、四葉のクローバーを刺繍した布だった。

 その場に集まっているのは、少女ばかりでは無かった。本来ならば、刺繍に興味など無いはずの男の子達も集まっているのだ。けれどその誰もが真剣に、一針一針色を足していく。四つ葉のクローバーを皆で順番に作り上げていく作業には、一応、ちゃんと意味があった。

 ちゃんと、というと語弊があるかも知れない。ただこれは、彼女達にとってとても重要な意味を持つ作業だった。


「……お兄ちゃん、喜んでくれるかなぁ……」


 小さく呟いたのは、悠利のすぐ隣に座っている、すなわち、中央にいる少女だった。10歳を幾つか越えた程度のまだ幼さ残る少女だが、普段は母親の手伝いで家事をしているようなハキハキとした女の子だ。それが今日は妙にしんみりとしている。だがしかし、悠利はいつも通りの笑顔でぽすぽすと彼女の頭を撫でた。


「大丈夫だよ。皆で頑張って作ったのを、喜ばないようなお兄さんじゃないでしょ?」

「……うん」

「はい。一周したら、また順番に刺繍してね~」

「「はーい!」」


 元気よく返事をする子供達の輪の中心で、悠利は一人、別の作業をしていた。彼が作っているのは、小さな巾着袋だった。本当に小さなサイズで、神社で貰える小ぶりのお守り程度の大きさしか無い。そして、巾着の口を縛る紐とは別に、首から提げられるように長い紐が付けられていた。ちょいちょいと細部に刺繍を施しているのは悠利の趣味だ。

 ただし、色々と手を入れてはいるが、デザインはシンプルだった。色も青い布地に白い糸で縫っていて、紐も白。時々白い糸で小さな花びらを刺繍する以外は、いたってシンプル。具体的に言えば、男性が手にしてもおかしくは無いものだった。

 悠利達が作っているのは、お守りだった。

 この世界にも、お守りはあった。ただし一般的には、教会で祝福を受けた石や、聖句の書かれた紙を布袋に詰め込んだものを指している。家族の誰かが手作りして作ってくれたお守り、というのはあまり認識されていないようだった。それならば何故、今、彼らがお守りを作っているのかと言えば。それは、少女の願いを叶えるためだった。


 話は、一時間ほど前に遡る。


 悠利は、従魔のルークスを連れて、小物を買いに出かけていた。趣味の裁縫をするために必要な布や糸、飾りボタンなどの類を購入するためだ。こういう、いわゆる女の子の買い物に該当するようなときは、クーレッシュやヤックも付いてこようとはしない。まぁ、彼らは彼らで鍛錬や任務などがあるので、毎度毎度悠利の買い物に付き合えないというのも事実だが。

 その途中で、教会を見ながらしょんぼりしている馴染みの少女を見かけたのだ。どう馴染みなのかと聞かれたら、買い物の途中で出会うという意味で。あちらは母親と一緒だったり、お使いを頼まれていたりするのだが、何気に悠利にはそういう知り合いが多い。なお、男の子はだいたい、魔法鞄(マジックバッグ)な学生鞄に入っている食べ物を分けてあげると、即座に舎弟になった。

 だから悠利は、彼女がしょんぼりしているのが気になって、声をかけた。どうしたの、と。悠利を見た彼女は目にいっぱいに涙を溜めて、それでも泣くまいと必死に堪えているようだった。広場の片隅にまで移動して話を聞けば、彼女の兄が冒険者になるのだということだった。


「つまり、お兄さんにお守りをあげたかったけど、教会のお守りは買えないから困ってたってこと?」

「……うん」


 そう、教会で作られているお守りは、それなりに高価だった。少なくとも、子供のお小遣いで買えるものではない。それでも彼女は、冒険者になる兄が心配で、その無事を祈ってお守りが欲しいと教会を見ていたのだという。

 ここで、悠利がお金を貸してあげて、お守りを買わせるのは簡単だった。何だかんだで現金収入は、そこらの新人冒険者よりも多いぐらいの悠利だ。理由、出ていくお金が少ないから。

 だがしかし、それでは意味が無い。少なくとも、悠利は意味が無いと思った。けれど、目の前で泣いている少女を助けてあげたいと考えたのも事実。そこで悠利が考えた手段は。



「じゃあ、一緒にお守り作る?」



 であった。

 ぽかんとしていた少女に、悠利は手製のお守りをお兄さんにプレゼントしてはどうかと持ちかけたのだ。御利益があるかどうかはわからない。けれど、どこかの国では、花嫁の幸せを願って、周囲の人たちが一針一針糸を入れる文化があるというを聞いたことがある。願いを込めて皆で作ったものというのは、少なくとも受け取った当人には何らかの影響を与えるだろう。

 そんなわけで、幸運の象徴である四つ葉のクローバーを白い布に刺繍することになった。こちらの世界でも四つ葉のクローバーは幸運の象徴と呼ばれているので、何の問題も無かった。悠利が裁縫セットの中のチャコペンで四つ葉のクローバーを描き、他より濃い緑の刺繍糸で縁取りを施した後は、少女とその友人達が一針一針葉っぱに色を入れているのだ。

 ちなみに、使っている布も刺繍糸も、少女のお小遣いで購入されている。手芸屋で、それほど高くないが丈夫そうな布を見繕ったのだ。なお、悠利が【神の瞳】で品質を確認しているので、問題は無い。……相変わらず、最強の鑑定系チートの無駄遣いだった。

 少女の友人達も、彼女の兄には世話になっていた。特に男の子達は、兄貴分として面倒を見て貰っていたらしい。だから、刺繍なんてしたことがない男の子達が、女の子達に色々と怒られながらも、一生懸命刺繍を手伝っているのだ。

 ちなみに、悠利が巾着袋に白い花をちまちま縫っているのは、シロツメクサをイメージしている。隅っこに小さくならば怒られないとか勝手に思っている。あと、何か言われたら、中に入っているのが四つ葉のクローバーだからですと応える予定だった。……何でそこに変に力を込めるのだろうか。


「でも、お守りを自分で作るなんて、ユーリお兄ちゃん凄いこと考えるね!」

「凄いかな?」

「だって、お守りは教会でもらうものなんだよ?」

「んー。まぁ、そうだよね。お守りはそういう、神様の御利益にお願いする感じだよね」


 確かにそこを否定するつもりはないし、御利益も確かにあると思っている。受験生が毎年必死にお守りを手に入れようとしたり、初詣に赴くのだってそういうことだろう。けれどそれとは別に、心を込めて身内が作ったお守りにも御利益があると、悠利は思っている。お祖母ちゃんのお手製のお守りとか、そういうのにも目に見えない力が宿っているような気がするのだ。誰かを思って作ったお守りなら、ちゃんと効能があるのではないかと考えている。……根拠はどこにも無いけれど。


「でも、こうやって頑張って作ったお守りも、お兄さんが無事でいてくれますようにっていう皆の願いが籠ってるから、大丈夫だと思うよ」

「そうかなぁ……?」

「そうだよ」


 首を捻っている少女に、悠利は笑顔で言い切った。根拠は無い。子供が作った拙いお守りが、本当に御利益を発揮するかなんて、解らない。それでも、そういう風に信じていれば、このお守りはちゃんとお守りとしての役目を果たしてくれる気がする悠利だった。


「よし、こっちは完成。あとは、そっちが終わったら、この中に入れて、お兄さんに渡してね」

「うん。ユーリお兄ちゃん、ありがとう」

「どういたしまして。僕はこうやって作るの楽しかったしね」


 出来上がった巾着を少女に渡して、悠利はにこにこと笑った。それは嘘では無かった。誰かの為に何かを作るのは大好きな悠利なのだ。なお、少女の手に戻ってきた白い布の四つ葉のクローバーは、三葉まで刺繍が終わっていた。残りの一枚は、家に戻って母親や父親に手伝って貰うのだという。そうして、皆で作り上げたお守りを、兄に渡すのだ。


「また、お兄さんがどんな感じだったか教えてね?」

「うん!」


 悠利が少女の頭を撫でると、帰還の気配を察したのか、ぽよんとルークスが跳ねた。それまでは大人しく悠利の足下でじっとしていたルークスは、悠利が立ち上がるのに合わせてぽよんぽよんと跳ねる。今日も賢いスライムだった。……まぁ、超レア種の変異種で名前持ちネームドなのだから当然と言えば当然なのだが。


「お金を払って手に入れたお守りももちろん御利益はあるだろうけど、家族のお手製も良いと思うんだよね~」

「キュウ?」

「だってそれって、世界にたった一つだけのお守りなんだよ、ルーちゃん。凄いことだと思わない?」

「キュイ!」

 

 笑顔の悠利に、ルークスはぽよんと跳ねることで返事をした。つぶらな瞳が、悠利を見上げている。魔物とは思えないほどに聡明な眼差しに、悠利は楽しそうに笑った。僕も何か作ろうかなーと能天気な口調で悠利が呟いたのは、時々怪我をして戻ってくるクランメンバーを思い浮かべているからだった。トレジャーハンターはそこまで荒事に首を突っ込まないとはいえ、戦闘をするのだから毎度無傷で帰還するとは言えないので。

 何気なく呟いたそれは、良いアイデアのように悠利には思えた。クランのメンバーに刺繍を一針ずつ手伝って貰うのも良いかも知れない。四つ葉のクローバーも良いが、個人個人で重要視している何かがあるなら、それをモチーフに作るのも良いかも知れない。そんなアイデアが浮かんできて、悠利はうきうきした。


「ルーちゃん、もう一度手芸屋さん行っても良いかな?」

「キュー」

「ありがとう」


 もちろん、悠利の護衛を自認している従魔のルークスが、それを断る理由は無かった。ルークスは悠利の側にいられるだけで十分なのである。何てお手軽なスライムだろうか。この主人にしてこの従魔だった。



 数日後、悠利から手渡されたお手製のお守りに、クランメンバーが大喜びするのもまた、予定調和なのでありました。

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