栄養たっぷり鶏巾着。


「……ヘルミーネ、これ何?」

「お肉よ?」

「……うん、お肉は解ったんだけど、これ、何のお肉?」

「鑑定したら解るじゃない」


 にこにこ笑顔のヘルミーネに、悠利ゆうりはため息をついた。目の前にいるのは、精肉加工されたお肉だった。それは間違いない。だがしかし、見たことが無い肉だった。それだけならまだ良かったが、ヘルミーネが笑顔で「戦利品なのよ」とか言ったものだったので、ちょっと気になったのだ。お土産ではなくて、戦利品と称するのはどういう意味だろうか、と。

 仕方ないので【神の瞳】を発動させて鑑定する悠利。にこにこ笑っているヘルミーネが、多分教えてくれないだろうなと思ったのだ。そして、その結果はというと。



――ウイングコッコの肉。

  魔物ウイングコッコの肉。肉の部位については鶏と同等。

  赤身は淡泊、脂身もさっぱりとしており、食べやすい。

  鳥系の魔物の肉としては比較的手に入りやすい部類。

  ちょっと名の知れたブランド鶏ぐらいのイメージ。



 最後の一文は相変わらず悠利向けだった。まぁ、最近の【神の瞳】さんのフリーダムに比べたら、比較的基本に忠実な鑑定表現だろう。オススメ料理とか出てこなかっただけマシだ。多分。


「……ウイングコッコって、空飛ぶ鶏って考えて良いの?」

「ちょっと大きいわよ。えーっとね、私が両手で抱えられるより、もうちょっと大きいの」

「うん。何となく解った。それで、そのウイングコッコの肉が、お土産じゃなくて戦利品なのは、何で?」

「私が仕留めたから!」


 キラキラとした笑顔で言われて、そう、と悠利は納得した。それなら確かに、お土産ではなく、戦利品だ。仕留めた魔物の肉はその場で血抜きをして、冒険者ギルドで解体してもらったのだという。人によっては自分で解体もするのだが、ヘルミーネは解体は苦手だった。

 理由、彼女では肉を捌くための力が足りない。

 弓使いであるヘルミーネの戦利品。既に食肉加工されている新鮮な鶏肉。これを使って夕飯は何を作ろうかと考えて、悠利は冷蔵庫にお揚げが残っていることを思い出した。鶏肉とお揚げが残っているならば、作るメニューはただ一つ。鶏巾着だ。


「それじゃあマグ、とりあえずこのウイングコッコの肉をミンチにしようか」

「……諾」


 本日の食事当番であるマグはこくりと頷いた。……頷いたのだが、きょろきょろと周囲を見た次の瞬間、ぺこりと悠利に頭を下げて、立ち去った。良く解らずに首を捻りつつ、悠利はウイングコッコの肉を持って台所へと向かう。何故かヘルミーネも付いてきた。何を作るか気になったのだろうか。

 とりあえず、悠利はまな板の上にウイングコッコの肉を転がした。綺麗なお肉だった。これから包丁を使ってミンチにしなければいけないのだが、結構な重労働になりそうだ。何気に、包丁で叩いてミンチを作るというのは大変なのだ。

 そんなことを考えながら悠利が包丁を手にすると、台所の中にまでくっついて来ていたヘルミーネが、ちょんちょんと悠利の肩をつついた。振り返った悠利の前で、ヘルミーネは顔をキラキラさせていた。


「ねぇユーリ、そのミンチにする作業、私もやってみたい!」

「……え?」

「この間、クーレやレレイがやってた作業でしょう?楽しそうだったから」

「……楽しそう、かなぁ……?」

 

 まぁ、そこは個人の感覚の違いだから良いかと悠利は思った。思って、ヘルミーネに予備のエプロンを渡す。手を洗い、エプロンを身につけたヘルミーネは、嬉しそうに肉の塊と向き合った。流石にいきなりミンチには出来ないので、小さく切り分けてから、包丁で叩く。楽しそうにミンチを作っていく姿を横目に、悠利は別の作業に取りかかった。

 冷蔵庫に入っていたお揚げを取り出して、長方形のお揚げを半分に切る。それを幾つも作って、指を入れて中を開く。そうしてちゃんと袋になっているか、破れていないかを確認しながら、人数分プラスアルファのお揚げを用意していくのであった。

 お揚げの用意が完了したら、次は具材の準備。ミンチはヘルミーネが一生懸命作っているので、悠利が用意するのは人参とゴボウだ。どちらもみじん切りにするのであるが、ゴボウはとりあえず、みじん切りにした後に一度水にさらす。そうしてアクを抜く作業を間に挟むのだ。

 水がちょっと黒くなったら取り替えるという作業を二回ほど繰り返した後は、ザルにあけて水を切る。水が切れたゴボウのみじん切りと、人参のみじん切りはまとめてボウルに放り込む。そこで悠利は、ミンチがどうなっているのかを確認しようとして、目を点にした。

 何故なら、そこにいたのが、食事当番でもないウルグスだったからだ。


「……何でウルグスがミンチ作ってるの?」

「……うるせぇ」


 先ほどまでは、ヘルミーネが楽しそうにミンチを作製していた筈だ。それが、悠利が野菜をみじん切りにしている間に、いつの間にかウルグスに変わっていた。ヘルミーネは既にカウンターの向こう側に移動していて、美味しそうにハーブ水を飲んでいる。にこにこ笑顔の美少女はプライスレスだが、エプロンも脱いでいて、もう作業はしないという意思表示だろうか。

 悠利が首を捻っていると、哀愁漂う背中でミンチを作製しているウルグスの背後から現れたマグが、ぐっと親指を立ててきた。見事なサムズアップだった。最近ちょっとお茶目になってきたマグだった。


「……えーっと、もしかして、マグがウルグスを連れてきたの、かな?」

「諾」

「こいつ、人の耳引っ張って、理由も言わずに引きずってきたあげくに、ヘルミーネと二人でミンチ作業押しつけやがるんだ。怒れよ」

「……それでもちゃんと作業代わりにやってあげるウルグスって優しいよね」


 むしろ怒るべきは、仕事を押しつけられた当事者のウルグスではないだろうか。そんなことを悠利は思ったのだが、ウルグスは面倒そうに舌打ちをしただけで、そのままミンチを作製する。その背後では、やはりマグが、いつもの無表情をちょっとだけ楽しそうに唇を持ち上げて、親指を立てていた。


「マグ、食事当番はマグなんだから、ヘルミーネから作業交代するならマグじゃないの?」

「力仕事」

「うん、ミンチの作製は力仕事だね」

「適任」

「……いやまぁ、ウルグスは適任だけど」

「出汁」

「……あぁ、スープの出汁を取ってたんだね?」

「諾」


 どこか自信満々な気配を漂わせたままで、顔は相変わらずの無表情っぽかったが、マグはコンロの上の鍋を指さしていた。そこには、昆布と鰹節で取られた出汁が存在していた。つまり、ちゃんと仕事はしていたと言いたいのだろうか。……出汁の信者は、出汁を取る技術もきっちり身につけていた。

 ちらり、と悠利はウルグスに視線を向けた。便利人扱いされたウルグスがどう思っているのかを気にしたのだが、面倒そうな顔をしながらもミンチを作製し、ボウルに放り込んでいるウルグスの様子はいつもと変わらなかった。……相手がマグなので、色々と諦めているのかも知れない。

 料理が出来たら味見をさせてあげよう、と悠利は思った。頑張ってミンチを作ってくれたウルグスには、味見をする権利があると思うのだ。

 不憫なウルグスであるが、彼が作ってくれたミンチはありがたく夕飯の材料として使わせてもらう悠利だ。人参とゴボウのみじん切りが入っているボウルへ、ウイングコッコのミンチを放り込む。塩胡椒を加えてしっかり混ざるまで捏ねる。混ざってきた頃合いで、少量の味噌を隠し味に加える。味噌を入れると何となく旨味が増えるような気がする悠利だった。

 そうして混ぜ合わせたタネを、お揚げの中に詰め込んでいく。詰め終わったら、お揚げの口を爪楊枝で塞ぐ。こうすることで、中身が零れないようにするのだ。なお、爪楊枝は前から存在していたが、ちょっと使いにくかったので、悠利が色々思うところを伝えて、日本の爪楊枝っぽいのを作製してもらっている。……ハローズ曰く、売れ行きは好調とのことだった。

 

「マグ、こんな感じで詰めるの頼んで良い?」

「諾」

「ねーねー、それ、何でお揚げに詰めちゃうの~?焼かないの?」

「焼くんじゃなくて、炊くんだよ」

「そうなの?」

「うん。出汁と醤油で味付けして、じっくり煮込んでつく……、……マグ、作業して」

「…………諾」


 ヘルミーネに詳しく説明をしている途中で、悠利は無言の圧力を感じた。視線を向ければ、マグがじぃっと悠利を見ていた。その手は止まっている。悠利に指摘されたマグは、こくりと頷くと、先ほどまでよりも早く作業を進めていく。……味付けに出汁と聞いた瞬間のこれだ。ぶれない。

 悠利とマグの二人がかりで、次々とタネを詰め込んだ巾着が完成していく。出来上がったそれを、悠利はマグに作業を任せている間に作った煮汁へと沈めていく。和風の顆粒だしと醤油、塩で味を調えた、ややあっさりめの味付けだ。ここに砂糖を加えて甘辛くしても良いのだが、今回はあっさりめで作製する。

 ぽこぽこと沸騰している鍋の中へ、鶏巾着を順番に詰め込んでいく。全ての巾着を詰め込んで、煮汁が被さっているのを確認して、蓋をする。あとは、火が通って味が染みこむのを待つばかりだ。


「……美味?」

「うん、美味しいと思うよ。巾着の中のミンチからも旨味が出るしね」

「……美味」

「……マグは本当に、出汁が好きだねぇ……」

「……昆布、美味」

「アレ?昆布出汁限定?」


 不思議そうに悠利に問われて、マグはふるふると頭を振った。マグは出汁と旨味を愛している。悠利のおかげで知ったそれらに、とてもとても魅せられているのだ。ただ、その中でも特に昆布出汁がお気に入りで、けれどその理由は、本人にもわからなかった。舌に合ったということなのだろう。

 そんなマグは、頭の上に音符でも浮かんでいそうな風情で、鍋を見ている。ぷしゅーと湯気が出てくるのさえ、出汁の匂いがするので楽しいらしい。まるで小さな子供のようなその仕草に、悠利は苦笑して、傍らで同じように苦笑しているウルグスを見上げた。


「ウルグスも味見するよね?」

「あ?」

「ミンチ手伝ってくれたから」

「……あー、ありがとう」

「お礼言うのはこっちだよ。……大丈夫、ヘルミーネにも味見させてあげるから」

「良かった!」


 カウンターから身を乗り出していたヘルミーネに、悠利は楽しそうに笑いながら言葉をかける。悠利がその発言をしなければ、「私は!?」とでも叫びかねない表情だった。美少女が台無しだ。……いや、美味しそうに食べる美少女ならプライスレスか。

 そんなやりとりをしている間に、巾着の中のミンチと野菜に火が通る。とりあえず一つを取り出した悠利は、爪楊枝を外して包丁で巾着を四つに切った。なお、しっかりと火が通ってしまえば、お揚げは巾着の形で固定されるので、爪楊枝を外しても中身がこぼれることはない。

 ふわんと湯気が切り口から立ち上る。和風の煮汁を吸ったお揚げは、それだけで十分に美味しそうだった。だが、切り口から覗く、火が通った白いミンチと、オレンジの人参と、茶色っぽいゴボウの色彩が、目を惹いた。しかもミンチからはじゅわーっと肉汁か煮汁か判別出来ない液体が零れているのだ。これで食欲をそそられなかったら嘘だ。


「はい、一つずつどうぞ。熱いから気をつけてね」

「おう」

「諾」

「はーい!」


 三人は元気よく返事をして、小皿に取り分けられた鶏巾着を受け取る。小さなフォークを使って鶏巾着を口に運ぶ。ウルグスは息を吹きかけて冷ました後に、一口で。マグとヘルミーネは、四分割された鶏巾着を更に小さくしてから、口に運ぶ。そんな面々を見ながら、悠利は箸で鶏巾着を摘まんで、一口囓った。

 すまし汁を少し濃くしたような和風の煮汁の味わいが、お揚げにじんわりと染みこんでいて口の中に広がる。だが、煮汁を作ったとき以上の旨味を感じるのは、ミンチとそこに混ぜた味噌から味が出てきたおかげだろう。しっかりと火が通った人参とゴボウも合わせて、口の中でほろほろと崩れていくのが何とも言えずに心地良い。


「お味はいかが……って、マグ、待って!マグ待って!味見はこれでおしまいだから!」

「……否」

「否じゃないから!ウルグス!ウルグス手伝ってぇえええ!」

「あ?……ってお前何やってんだ、阿呆!食うな!」

「拒否」

「拒否じゃねぇ!」


 気づいたら、いつの間にかちゃっかり新しい鶏巾着を囓っていたマグ。更に、もう一つ手を出そうとしたのに気づいて、悠利が叫ぶ。その叫びに反応したウルグスが、自分よりも小柄なマグを羽交い締めにして鍋から引きはがして、やっと事なきを得た。……なお、手にした小皿の上の鶏巾着は、きっちり完食するマグだった。

 とりあえず、味見で一つ余分に食したマグには、夕飯時に一つ差し引かれるというペナルティが発生した。……が、余った分は皆で仲良く分けました。



 なお、残ったミンチは味噌を練り込んでつくねにして、スープに放り込まれるのでありました。


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