あっさり食べたい冷しゃぶサラダ。


 少々暑い日が続いていた。季節が夏に差し掛かっているのかもしれない。そんなことを悠利ゆうりは思う。こちらの世界での四季は日本ほどはっきりとはしていない。ただ、やはり一年を通しての気候の変動はあるそうで、王都ドラヘルンがある地域は温帯だった。ただし、日本に比べれば湿度が低いので、悠利としては比較的過ごしやすい暑さだった。

 とはいえ、他の面々には暑さは面倒なようで、普段から食が細いメンバーは若干食事の量が落ちていた。もちろん、冒険者である彼らが、食事を摂らないことの愚かさを理解していないわけはない。ただそれでもやはり、食が進まないのは仕方のないことだろう。悠利だって、猛暑の中なら食欲が落ちて、冷たい麺類であっさりすませたくなる。元々そこまで肉食ではないので。

 そんなわけで、本日のお昼はあっさり、だけど栄養バランスを考えて肉も野菜も食べられるメニューを考えた悠利だった。ちなみに、メニューは冷しゃぶサラダ。茹でて冷ました肉とサラダをポン酢で一緒に食べる。以上。

 え?手抜き?いえいえ、肉も野菜も食べられる素敵なメニューです。パンを食べる量を各自で調節して貰えば良いというだけだ。あと、デザートに冷たい果物も用意した。冷たい果物は暑い日には格別だ。


「肉はやっぱりオーク肉かなー」


 これは個人差なのだが、悠利の中では冷しゃぶ=豚肉だった。しゃぶしゃぶ=牛肉なのだが、何故か冷しゃぶ=豚肉なのだ。どうしてなのかは本人にも解らない。きっと、そういう風に食べて育ったからだろう。仕方ない。……まぁ、豚肉でしゃぶしゃぶもしていたのだが。

 冷蔵庫からオーク肉の塊を取り出すと、しゃぶしゃぶにするぐらいの厚みに切り分けていく。本日の昼食メンバーは食事当番のヤック、留守番役のティファーナ、特に任務が無いのでアジトで自主トレなどをしているカミール、それにヘルミーネとアロールだった。見事に食が細いメンバーだ。

 ヤックとカミールは確かにそれなりに食べるが、まだ身体の出来上がっていない子供でもある。食べる量は他の少年達に比べれば少ない方だ。ウルグスなんて、体格だけは大人と変わらないほどなので、大変よく食べる。あと、マグは小柄な身体のどこに入るのか謎なぐらい食べる。それに比べて考えれば、ヤックとカミールは普通だった。年齢通りと言える。

 ヤックが午前中の勉強に出かけている今のうちに、とりあえず全員分のオーク肉を切り分けることに決めた悠利は、てきぱきとオーク肉の塊をスライスしていく。包丁の切れ味が良いというよりは、やはり相変わらずの技能スキル補正だろうか。あっという間に、お店でパック詰めにして売られているようなお肉の山が出来上がった。


「ユーリ、ごめん!遅くなった!」

「お帰り、ヤック。カミールは?」

「カミールは、アロールと何か喋ってた」

「あの二人割と仲良しだよね?」

「うん、割とね」


 悠利が肉を切り終えた頃に、ヤックが走ってきた。きちんと洗剤で手を洗って、料理の準備をする。肉の準備が出来たならば、次に必要になるのは大量のお湯だ。冷しゃぶを作るには、茹でる工程が必要なのだから。大きめの鍋を用意して、お湯を沸かす。


「ユーリ、今日は何作るの?」

「今日は冷しゃぶサラダ」

「それ何?」

「茹でたオーク肉をサラダの上に盛りつけて、ポン酢であっさり食べる感じ」

「あー、暑いから?」

「うん」


 察しの良いヤックは、悠利が妙にヘルシーなメニューを考えた理由に気づいた。暑さで食欲が落ちている面々を気遣ってという辺りが、悠利らしいなとヤックは思う。悠利はいつだって、美味しく食べて貰おうと頑張って料理をしているのを、ヤックは知っている。……まぁ、8割ぐらいは自分が美味しく食べたいなのだけれど。

 さて、鍋のお湯が沸騰したら、酒と塩を投入する。ただのお湯ではなく酒と塩を入れるのは、この後、このゆで汁を使ってスープにしてしまおうという勿体ない精神のせいだった。何となく、肉の出汁が出ている気がするので、それを捨てるのが勿体ないなとか思った悠利であった。大量に茹でるならともかく、今日の昼食メンバーを考えたら、そこまでお湯が汚れることも無いだろうと思えたのだ。

 え?貧乏性?いえ、無駄を省きたい主婦の知恵です。多分。

 酒と塩を入れたら、コンロの火を止める。沸騰した状態で入れると、豚肉は硬くなってしまうらしい。となると、豚肉とほぼ性質が同じであるオーク肉もそうなると考えて、悠利はちょっとだけお湯が冷めるのを待った。


「茹でないの?」

「沸騰したので茹でると、赤身が硬くなるって聞いたことがあるから、ちょっと冷ましてからにするんだよ」

「へー。……アレ?肉は沸騰したところに放り込む方が、アクが出ないって前言ってなかった?」

「うん。それもある。あるんだけど、アクはまぁ、掬えば大丈夫だし。お肉が美味しい方が重要だよね?」


 笑顔の悠利に、ヤックは確かにと納得してしまった。美味しいが1番なのだ。美味しいが正義というのが染みついてしまっているのだ。だって、誰だって美味しいご飯が食べたい。

 そんなわけで、ちょっと温度の下がったお湯に、悠利は一枚一枚オーク肉を放り込む。しゃぶしゃぶと箸で器用に動かすと、赤かった肉が徐々に白く変化した。豚肉系は生で食べるのは怖いので、ちゃんと白くなって火が通ったのを確認できるまで茹でましょう。大事なことです。

 そうして茹でた肉を、常温の水に放り込む。氷水で冷やすという手段を使っていたこともあるのだが、実は氷水で急激に冷やすと、脂が固まってしまってイマイチ美味しくなかったのだ。なので、常温の水にくぐらせて、けれど水っぽくなると困るのですぐに引き上げる。後はザルの上に並べて水を切っておけば良い。

 そうして人数分の肉を茹でる傍ら、アクは丁寧に掬う。アクが肉に絡みついては美味しくないので、肉を引き上げてはアクを掬うの繰り返しだ。こういう地道な手間を惜しんではいけない。多分。


「で、肉は終わったけど、次どうすんの?」

「サラダに使う野菜を切ってもらって良いかな?僕、これでスープ作るし」

「了解」


 肉を茹でる作業は二人で交代で行っていたのは、茹で加減などをヤックにも覚えてもらうためだった。なので、それが終わってしまえば作業は分担される。悠利はアクを綺麗に掬ったゆで汁の味を確かめながら、細切りにしたタマネギ、人参を加えていく。味付けは塩と胡椒、それに顆粒だしを少々と、醤油で調える。オーク肉の旨味が染みこんでいるので、割とシンプルでも美味しそうだった。

 ヤックが作るサラダは、千切ったレタス、千切りキャベツ、スライサーを使って千切りにした大根、人参、それにフェンネルなどのサラダに向いたハーブを少々。あと、彩りにくし切りにしたトマトが添えられている。一人分ずつに盛りつけたサラダは、少々大皿だった。とはいえ、他におかずが無いのだから、頑張って食べて貰いたい。

 サラダが盛りつけられたら、熱の取れたオーク肉も盛りつける。盛りつけが終わったら、自家製のポン酢をかける。なお、本日のポン酢に使用されているのはレモンとゆずだった。ゆずを発見したら使いたくなった悠利だった。


「そっち出来た?」

「バッチリ。ユーリは?」

「こっちもバッチリ」

「じゃあ、オイラ皆を呼んでくるよ」

「よろしく~」

「うん!」


 元気よくヤックが走っていくのを見送って、悠利は配膳を開始する。本日のパンはロールパン。とりあえず、一人二個をノルマにしておく。そこまで大きなロールパンではないので、二個ぐらいが妥当だろうと思ったのだ。あまり食べないのもそれはそれで健康に悪いので。

 スープと冷しゃぶサラダとロールパン。シンプルなお昼ご飯だが、肉食メンツがいないので何も問題はないだろう。ヤックと一緒に食堂に姿を現した面々も、テーブルに並ぶ昼食を見て美味しそうと言うだけで、特に文句は出なかった。ここに前衛系のよく食べる面々がいた場合は、ちょっと物足りなさそうにしただろうけれど。


「お肉もサラダもお代わりはありますから、もし食べれそうならお代わりしてくださいね」

「ユーリー、私、そんなに食べられないんだけどー」

「それなら、無理はしなくて良いよ。でも、さっぱり系なら少しは食べられるでしょ?」

「まぁねー。このポン酢ってレモンとかゆずのおかげで肉類が食べやすくなるのよね~」


 にこにこと笑う悠利に、ヘルミーネも笑った。人形みたいな美少女であるヘルミーネは小食派だ。そして、脂っこいお肉が苦手なメンバーでもあった。そんな彼女は、悠利が作ったポン酢で食べる肉が割と好きだった。ポン酢のさっぱりで肉があっさり食べられるからだ。どうやら好みに合ったらしい。

 とにかく、全員揃ったので、手を合わせて「いただきます」と唱和して、食事が始まった。お肉はちょっと、みたいな顔をしていた面々も、悠利とヘルミーネのやりとりで安堵したのか、冷しゃぶサラダに手を付けている。

 茹でた後に冷やされているとはいえ、硬くならないように注意をして作ったので、オーク肉は軟らかかった。少なくとも、氷水で急速に冷やした時よりも軟らかいのは悠利が知っている。ポン酢でさっぱりとしているので、割と何枚でも食べられそうだ。それに、サラダを巻いて食べると、肉と野菜の旨味とポン酢が合わさって、何とも言えずに美味しい。自然と箸が進んでしまう。


「ユーリ、これ、このスープ、肉茹でた?」

「アレ?カミール気づいた?」

「ん。何かオーク肉っぽい味がした」

「あはは、凄いねぇ。マグみたいだ」

「止めろ。あいつと同じレベルまで行ったら、何か人として色々大事なモノ捨てる気がする」

「「……確かに」」


 スープにオーク肉の旨味を感じたと素直に報告したカミールであるが、出汁の信者であるマグと同じ扱いにされるのは嫌だったらしく、即座に否定した。だがしかし、誰もそんな彼を咎めることが出来なかった。というか、出来るわけが無い。だって、マグが出汁に気づくレベルは色々とおかしすぎるのだから。隠し味程度にでも反応する出汁の信者、恐るべし。特に、昆布出汁の場合はそれが顕著だった。

 

「あら、アロール、面白い食べ方をしていますね」

「うん?」

「パンに挟んで食べているので」

「……この間」

「この間?」


 ロールパンの真ん中にナイフで切り込みを入れたアロールは、そこに冷しゃぶサラダを挟んで食べていた。もぐもぐと口の中に入っていた分を咀嚼してから、アロールは目の前に座るティファーナに向けて言葉を続けた。


「ユーリが、ロールパンにウインナー挟んでたから」

「ホットドック美味しいよね?」

「これも挟んだら美味しいかと思った」

「あらあら、色々と楽しそうですね」


 楽しそうに微笑んだ後に、ティファーナもアロールの真似をした。別々に食べても美味しいが、挟むと肉の味やポン酢などが染みこんで、それはそれでとても美味しい。あら美味しい、と彼女が呟いたのと、残ったメンバーがロールパンに冷しゃぶサラダを挟もうとするのはほぼ同時だった。美味しいは正義。美味しそうだったら試してみるのも正義だ。

 ちなみに悠利は挟まずに、別々に食べている。普段はあまり食べない悠利だが、あっさりとポン酢で仕上げた冷しゃぶサラダは結構食べやすく、気づいたら皿の中身を食べきってしまっていた。まだお代わり分があることは解っているし、腹具合ももうちょっとと訴えてくるので、皿を持って立ち上がる。


「……ユーリ、お代わりすんの?」

「うん。もうちょっと食べられそうだし」

「俺も!俺もお代わりするから!」

「オイラも!」

「大丈夫だって、そんなに食べないよ」


 皿の中身を必死に食べようとしているカミールとヤックに、悠利は苦笑した。そこまで大食いでは無いのだから、食べ尽くすわけが無い。そう言いかけた悠利の隣を、しれっとした顔で皿を手にしたヘルミーネがお代わりに立った。



 一応お代わりは全員分確保されていたのだが、何だかんだでわいわいと大騒ぎになったのは、言わずもがなだろう。

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