武闘派娘と不運な引ったくり犯。


「買い出し、これで全部か?」

「うん、全部」

「しっかし、今日は随分と買い込んだなー」

「備品が色々と減ってたからね~」


 うーんと伸びをしながらクーレッシュが告げれば、悠利ゆうりはいつも通りのへらっとした笑顔で答えた。本日の買い出しは、食材だけに終わらなかった。何だかんだでアジトで使う備品の買い出しも兼ねていたのだ。そこに、本来なら悠利とルークスのみで出かけるはずだった買い出しに、クーレッシュともう一人、レレイが暇つぶしを兼ねて合流しているのだった。ちなみにレレイが喋っていないのは、屋台で買った串焼きを頬張っているからだ。

 なお、串焼きを頬張ってはいるものの、買い出し用の魔法鞄マジックバッグをクーレッシュと一つずつ分けて持っているので、一応荷物持ちというポジションではある。悠利があれこれ品物を見るときに鞄が邪魔になるだろうという配慮だった。なお、魔法鞄マジックバッグなので重量は鞄の重さしかない。相変わらず便利な魔法道具マジックアイテムさんだった。


「クーレやレレイは何か買い物無いの?」

「俺は今のところ無し。レレイは?」

「むー?」

「……食べ終わってからで良いよ、レレイ」

「……俺、時々お前が成人女性だって忘れるわ」

「?」


 困ったように笑う悠利と、呆れたようなクーレッシュに、レレイは首を傾げていた。串焼きを頬張ったままという姿は、彼女の雰囲気にはよく似合っていて、別に違和感は無い。ただ、成人女性という単語とイコールで結びつかないだけだ。ただまぁ、それもいつものことだし、そんなことを言いつつクーレッシュも小腹が空いたとか言いながら、屋台に視線を向けているのだから、人のことは言えない。

 

「で、レレイ何か買いたい物ある?」

「特にないよ!暇だったからついてきただけだもん」

「そっかー。じゃあ、帰る?お昼になるし」

「今日の昼飯はー?」

「今日はヤック達が頑張って作ってるよ~」

「ご飯何かな-」


 のほほんとした会話をしている彼らの足下を、ルークスがぽよんぽよんと跳ねていた。和気藹々とした彼らの姿は、妙に微笑ましい。それは、中心にいる悠利がほけほけとしているからだろう。クーレッシュとレレイも確かに冒険者という割には気さくで、物騒な気配を出してはいないし。仲の良い友人達がじゃれているようにしか見えないのが、彼らだった。まぁ、別に間違っていない。

 そんな風に歩いていたら、悠利がぴたりと足を止めた。それに気づいて足を止める三人。悠利は視線を、少し離れた路地へと向けていた。そこには別に何も無いのに、じっと見ている。


「ユーリ?」

「どしたのー?」

「……あれー?何か赤い・・んだけど?」

「「……え?」」


 あそこ、と悠利が示した先は路地で、クーレッシュとレレイが不思議そうにしながらそちらへ視線を向ける。そこには、そろりと路地から出てくる男の姿があった。長身痩躯の、どこか不健康そうな男だった。そのくせ、細い身体は奇妙に鍛えられていて、なんだアレはとクーレッシュは思わず呟いていた。レレイも同じくで、二人は揃って不思議そうに男を見ていた。何やら一般人にしては、奇妙だった。

 それに、悠利がと告げる相手が、ろくでもないことは彼らも知っている。それがどの程度の危険度かは知らないが、赤が危険を知らせるものだと知っているのだ。……ただ、悠利の足下のルークスが、男をさして警戒していないのがクーレッシュには気になった。悠利に危険があるなら、この従魔のスライムが、何か反応をすると思ったのだが、普通のままだ。


「……ルークスが警戒してねぇってことは、俺らに危害を加えられる可能性は無いってことか」

「別に殺気とかは出てないよね。妙だけど」

「そうなの?」

「「そうなの」」


 きょとんとしている悠利に、クーレッシュとレレイは静かに言い切った。ほけほけしている悠利は非戦闘員なので、そういったことは一切解らない。解らないが、だからこそ、そう言うものかと傍らの二人と足下の従魔に全幅の信頼を寄せていた。解らない分野に首を突っ込もうとはしないタイプだった。

 そんな風に眺めている彼らの視界で、男が路地から出てきた。そして……。


「クーレ、鞄お願い!」

「投げるな!あとお前、手加減しろよ!?」

「解ってるー!」


 目の前で起きた光景に、レレイは手にしていた魔法鞄マジックバッグを隣のクーレッシュに投げつけるようにして渡すと、地面を蹴った。彼らの目の前で男は、当たり前のように買い物をしていた老婆から鞄を奪い取って走り出したのだ。ひったくりだった。

 そりゃ確かに俺達には危険はねぇな、とクーレッシュはため息をついた。鞄を奪われた老婆は、その場に崩れ落ちて、周囲の人々に介抱されている。男はなかなかに俊足なようで、人の波を縫うように走っている。



 が、それを、周囲の人の頭上を跳躍して越えていくレレイが、走り、跳びながら、追っていた。




「……レレイって凄かったんだねぇ」

「あいつ、半分猫獣人だからな。見た目は人間だけど、能力は猫獣人の親父さん譲りだ。行くぞ」

「追うの?」

「追うっつーか、……ひったくり犯が心配だからな」

「うん?」


 追うぞ、とぽんとクーレッシュに肩を叩かれ、腕を引かれ、悠利も駆け足でレレイを追う。その足下をルークスがぽよんぽよんと跳ねながら追った。既にレレイとの距離は随分と開いてしまっていたが、驚いた人々が道を空けていたので、割とスムーズに追いかけることが出来た。……そりゃ、いきなり女の子が頭上を跳び越えていったら、びっくりして両脇に避けるだろう。

 レレイは、ひったくり犯に簡単に追いついていた。ひったくり犯も驚いている。何しろレレイは見た目だけなら人間の女性だ。見た目だけは、可愛らしい、女性なのだ。……見た目だけは。


「つっかまーえたー!」

「……ッ?!」

「よせ、レレイ!」

「クーレ?」


 レレイの伸ばした腕が、ひったくり犯を捕らえた。楽しそうなレレイの声と、ひったくり犯が驚愕に息を飲む姿が彼らの視界に入る。その状況で、クーレッシュが焦ったように叫ぶのを、悠利はぽかんとしながら見上げていた。クーレッシュの表情は本気で焦っているそれだった。

 そして、彼らの目の前で、レレイは、捕まえたひったくり犯を、…………ぶん投げるようにして地面に叩きつけた。どすんという激しい音が響いて、周囲の喧噪が静まりかえる。華奢な女性が、長身痩躯とはいえ男を軽々と投げ倒したことに、誰もが絶句していた。

 そして、クーレッシュはと言えば、頭を抱えていた。


「……クーレ、大丈夫?」

「あのバカ、あのバカ、あのバカ……!」

「クーレ?」

「レレイ!お前、手加減しろって言っといただろうが!」

「ほえ?」


 捕まえたよー!という感じの笑顔でクーレッシュと悠利を迎えたレレイは、怒鳴られて首を捻っている。彼女が掴んでいる男は、したたかに全身を地面に打ち付けたのだろう。目を回していた。


「……この人、頭打ったりしてない?」

「頭?頭は打ってないと思うよ。背中から落としたし」

「背中から落としたにしても、お前の馬鹿力で叩きつけたらどうなるか考えろ、バカ!」

「クーレさっきからバカバカ言い過ぎ!あたし、ちゃんとひったくり犯捕まえたもん!」

「……その鞄の中身、無事なんだろうなぁ?あ?」

「へ?」


 こめかみを引きつらせながらクーレッシュが指摘すれば、レレイと悠利がそろりと男へと視線を向ける。鞄、男が老婆から引ったくった鞄は、男の下敷きになっていた。レレイが投げ飛ばした時に、男の下敷きになったのだろう。……中身が衝撃に弱いものだった場合、一発アウトだ。


「あ、あわわわ……」

「とりあえずレレイ、鞄取って」

「う、うん。うん」


 ちょうだいと手を差し出されて、レレイは男の身体の下から鞄を引っ張り出した。ちょっと上品なお買い物鞄といった感じだった。中身が何かを確認するのはご本人に任せようと、衛兵と一緒に歩いてきた老婆へと振り返る悠利。レレイは、耳や尻尾があったらぺたんと張り付いてしまうぐらいには、しょげていた。

 一応彼女は、ひったくり犯を捕まえたのだ。悪い奴を捕まえたのだ。そこは褒められてしかるべきだった。だがしかし、詰めが甘かった。もとい、何でも腕力で解決してしまう系の考え方が入っていたために、加減を忘れて男をぶん投げてしまったのだ。それだけだ。

 衛兵達がひったくり犯を起こして状態を確認している。どうやら怪我は無いらしい。ほっと一安心だ。捕まえたのはお手柄だが、そこで大怪我をさせてしまっては大変だ。ひとまず、そちらは大丈夫と解って安堵するレレイ。

 だがしかし、問題は、鞄とその中身だった。


「お婆さん、これは貴方の鞄で間違いはありませんか?」

「えぇえぇ、私のですよ。ありがとうね、お嬢さん」

「い、いえ、あたし、あの、……考え無しにぶん投げちゃって、その」

「中身の確認をして貰えますか?もしも壊れていた場合の請求は……。……請求はお前宛だよなぁ、レレイ?」

「あたし?!あたしになるの?!今そんなにお財布余裕無いよぉ」

「いやでも、ひったくり犯はそっちだけど、ぶん投げて壊す原因作ったのはお前じゃね?」

「うぐぅ」


 クーレッシュの正論に、言葉に詰まるレレイ。間違っていないのが辛かった。

 そんな二人のやりとりをそっちのけで、悠利は鞄を確認している老婆が取り出した中身を預かっている。一つ一つ丁寧に確認している老婆。レレイにしてみれば執行猶予みたいなドキドキがあったのだろう。いつもは軽快な笑顔を浮かべている顔に、冷や汗が浮かんでいた。……そんなに今のお財布事情は寂しいのだろうか。


「……大丈夫ですよ、お嬢さん」

「え?」

「ありがとうね。中身も壊れていないし、……それに何より、この鞄を取り戻してくれて、ありがとう」

「あ、いえ、お役に立てたなら、良かったです!」


 それまでしょげていたのが嘘のように、レレイは嬉しそうに笑った。そんなレレイに、老婆も嬉しそうに笑う。その鞄は、今は亡き夫から贈られたものなのだと聞いたレレイは、一発ぐらい殴っても良いかな?などと物騒なことを呟いて、クーレッシュに止められていた。……彼女が本気で殴ったら、普通の人間は大怪我をする。

 なお、事情を確認した衛兵がひったくり犯を連れて行こうとしたときに、悠利が口を開いた。引っ立てられている男に対して、のほほんと、さらりと、一言。


「おじさん、ネズミっていうあだ名なんですか?」


 その言葉に、衛兵達が顔色を変えた。男も顔色を変えた。しかし、それ以外の人々は何も言わなかった。衛兵が悠利に詳しい説明を求めると、悠利はへろっとした口調で応えた。……普通は人物の鑑定をしないが、この人物はので、念のため確認をした悠利であった。


「備考のところに、ネズミってあったんです。ネズミってなんですか?」

「……ネズミとは、我々が追い続けている賊の呼び名だ」

「へー。じゃあ、おじさんがその賊?さんなんですか?」

「ユーリ、賊にさん付けはいらねー」

「そう?」

「そう」


 のほほんとしているのは、悠利達だけだった。衛兵と男は固まっている。固まっていたが、気を取り直した衛兵が、男を念入りに確保して引っ立てていった。去り際に告げられた「協力に感謝する」という言葉は、レレイではなく悠利に向けられていたのだが、そのことを彼らはあまり気にしていなかった。


「お前、またやったんじゃないか?」

「そうかな?」

「そうだと思うよ」

「でも、悪い人が捕まったんだから、良いことだよね?」

「まぁな」

「あたしがやったのも良いことだよね!」

「お前はもうちょい咄嗟の判断と力加減考えろ。でないとバルロイさんみたいになるぞ」

「それは嫌!」


 

 心底嫌そうにレレイは叫んだ。しかし、割と頑張らないとそちらへ突き進みそうなレレイなのであった。合掌。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る