コカトリスの卵で極上プリンです。


「まぁ、ユーリくん、これ、どうしたの?」

「お土産に貰いました」

「お土産にって……、これ、コカトリスの卵よね?」

「そうです」


 驚いて目を見張っているルシアに、悠利ゆうりはにこにこと笑っていた。ここはルシアの実家である《食の楽園》だ。ルシアは基本的に月に二回のスイーツバイキング以外は、コース料理のデザートと、ティータイムのケーキセットなどを作っている。とはいえ、何もルシア一人で作っているわけではないし、《食の楽園》にだって定休日とかスタッフごとの休暇とかある。今日はその、ルシアの休暇だった。

 休暇だったのだが、ルシアは新しいスイーツを作ろうとあれこれ試作を繰り返していた。そこへ、悠利が遊びに来たのだ。クランの面々が依頼の残り物だからと持ち帰ってきた、コカトリスの卵を持参して。

 コカトリスとは、鳥の魔物だ。巨大鶏の尻尾に蛇がくっついているような感じが、この世界のコカトリス。その尾である蛇は生きており、噛みつかれた場所が石化するという恐ろしい魔物だ。鳥だけに空を飛ぶし、すばしっこいし、嘴は鋭いし、脚力も強いので大変危険な魔物。その魔物の卵は、とても美味しいが、同時に手に入れるのが困難な食材とも言われていた。

 つまり、こんな風にしれっと、「お土産に貰いました」などと言える品物ではないのだ。渡してきた面々が普通の顔だったので、悠利はいつものお土産と同じ感じで持ってきた。【神の瞳】で鑑定したところ、「大変美味しく、栄養価も高いです。なお、どんな料理に使っても美味しいですが、プリンや茶わん蒸しなどにするとなめらかに仕上がります」とか出てきた。なので悠利は、ルシアと一緒にプリンを作ろうとやってきたのだった。ぶれない。

 コカトリスの卵は、巨鳥と称される魔物に相応しく、大きい。ごろんと転がっているその大きさは、悠利の頭ほどだろうか。はたして何人前のオムレツが作れることか、というサイズだ。殻は勿論その大きさに見合って硬いので、割るときには工具を用いなければならないだろう。

 だがしかし、問題はそこではない。


「……ユーリくん、この卵、どうするって?」

「え?皆で食べるためにプリン作りたいので、一緒に作って下さい?」

「……プリン?」

「はい。プリンにすると美味しいみたいなので!」

「コカトリスの卵で、プリン?!」

「……はい?」


 衝撃から立ち直れないようなルシアの叫びに、悠利は首を捻った。何で?と言いたげな顔をしている。悠利としては、【神の瞳】さんが「プリンに向いている」と教えてくれたので、ルシアに道具を借りつつ手伝って貰って、プリンを作ろうと思っただけなのだ。それだけなのだ。

 だがしかし、コカトリスの卵は、高級食材の一つだった。卵が食用に適している鳥系魔物の中で、コカトリスの卵は段違いに高級品なのだ。それは、コカトリスが強いので手に入れるのが難しいというのもあるが、同時に、コカトリスの卵は数が少ないからだ。運良く手に入れられたとしても、お金持ちの皆さん向けに販売される、高級食材なのである。

 それを、当たり前みたいに「皆のおやつにプリン作りたいので手伝って下さい」と言われたルシアの衝撃や、いかに。ごめんなさい、ルシアさん。悠利に常識は期待しないで貰いたい。美味しいものを食べたい、作りたい、食べさせたい、ぐらいしか考えていません。


「……あのね、コカトリスの卵は高級食材なのよ?」

「そうなんですか?でも、プリンにしたら美味しいみたいなので、プリン作るの手伝ってください」

「ユーリくん……」


 がっくりと項垂れるルシアに、悠利は不思議そうな顔をした。高級食材だと伝えたのに、この反応。マイペース乙男オトメンは今日も元気にマイペースだった。ぶれない。

 何を言っても無駄だと諦めたのだろう。ルシアはため息を一つつくと、悠利を調理場に案内した。コカトリスの卵で作るプリンとはいかに?な感じで混乱はしているのだが、多分悠利は諦めないだろうと察したのだ。それは正しい。

 割り切ってしまえば、ルシアもお菓子作りのプロ。製菓の技能スキルを持つパティシエさんだ。気持ちを切り替えて、支度に取りかかる。その隣で悠利も、持参した愛用のエプロンを身につけて、手を綺麗に洗って、準備を整えている。

 普通ならば一つ一つプリン型に入れて作るのだろうが、生憎、本日使うのはコカトリスの卵。大きすぎるので、そんなことをしていたら型が足りなくなってしまう。なので、大きなサイズのプリン型を幾つも用意した。イメージはケーキの型だろうか。初めて見る大きなプリン型に、悠利は興味津々だった。


「こんな大きなプリン型、あるんですねー」

「一つ一つ作るのだと手間がかかる時用よ」


 そういって笑うルシアに、なるほどと頷く悠利。端から見ていると、お姉さんと弟みたいで、実に微笑ましかった。……なお、そんな風に微笑ましいくせに、二人揃って料理系の技能スキルを身につけているので、手の動く速さが色々とおかしかった。

 ルシアが工具を取り出してコカトリスの卵をカンカンと割っている間に、悠利はカラメルソースの作製に取りかかっている。カラメルソースは、砂糖を煮詰めて作る。ただ砂糖を煮詰めるだけではソースにならないので、煮詰まってきたら水やお湯を適量足して調節するのである。お鍋片手に鼻歌を歌いながら、スプーンでくるくると混ぜながら固さを確認していた。

 そうして出来上がったカラメルソースは、熱いうちにプリン型に流していく。零さないように気をつけつつ、そろそろと流し入れる。カラメルが無いプリンなんてプリンじゃ無い派のルシアと悠利なので、カラメルは大事なのだ。勿論、世の中には色んなプリンがあるので、そこは個々人の好みでお願いします。

 無事に殻を割ったコカトリスの卵は、ボウルにその中身を入れられていく。大きな卵に相応しい、ぷるんとした立派な卵黄だった。濃厚だということが解るように、色は濃く、また、張りがある。泡立て器でつんつんと突っついてみても、弱い力ならばぷるんと弾いてしまうほどの弾力である。

 そこに砂糖を入れて、よく混ぜる。ここでバニラエッセンスを少々加えて、香りを付ける。きっちり混ざったら、鍋で泡立たないように丁寧に攪拌しながら温めた牛乳を注いでいく。ゆっくり、ゆっくりと流し入れる悠利と、丁寧に混ぜるルシアの共同作業だ。なお、牛乳の温度はだいたい60度ぐらいだ。……牛乳を温めすぎると、卵と混ぜるときに火が通ってしまうので気をつけましょう。その段階でもはや卵液ではなくなるので。


「……卵が勝ってる気がするのは僕の気のせいですか」

「分量は間違ってないから大丈夫よ」

「はい」


 牛乳を混ぜている筈なのに、色が妙に黄色かった。卵が濃厚らしい。流石コカトリスの卵。とはいえ、プリンを作るための分量としては間違っていないので、多分これで大丈夫な筈だ。製菓の技能スキルを持つルシアが付いているのだから、大丈夫。ただし、ルシアにしてもコカトリスの卵でプリンを作るのは初めてなので、勘に頼っている部分は多々ある。

 そうして混ぜ合わせた卵液を、目の細かいふるいを通すことによって、よりなめらかにする。これは、何もプリンを作るときだけではなく、茶碗蒸しを作る時にも使える手段だ。この作業をするだけで、仕上がりの舌触りがなめらかになります。頑張ろう。

 そうしてした卵液を、カラメルソースが入ったプリン型に流し込む。コカトリスの卵が大きいので、大きめのプリン型を使っても六つは出来上がった。そうしてプリン型に流し込んだ後は、お湯を張った鉄板の上に並べて、オーブンで加熱する。焼き上がったら外に出して、粗熱を取る。粗熱が取れたら冷蔵庫に冷やして、完成になるのだ。

 勿論、温かいのをその場で食べても良いのだが。悠利の好みは冷たいプリンだった。


「焼き上がりましたねー」

「出来たわねー」

「じゃあ、ルシアさん、幾つ要りますか?」

「……え?」


 のほほんと笑いながら告げられた言葉に、ルシアは呆気に取られた。そんなルシアの前で、悠利は焼き上がったばかりのプリンを眺めて、幾ついるかなー、などと暢気に呟いている。


「ゆ、ユーリくん?」

「皆の分だから、えーっと、ルシアさん、僕が四つでルシアさんが二つで大丈夫ですか?」

「ちょっと待って!」

「はい?」

「あの、これ、持って帰るんじゃないの?」

「はい。持って帰りますよ。四つ」


 何を当たり前の事を聞いているんだろう?と言いたげな顔をする悠利と、何が起きているのか解っていないルシアのすれ違いだった。ルシアは、悠利がプリンを作る道具や場所を借りに来たのであって、プリンは全て持ち帰ると思っていた。悠利は、ルシアと一緒にプリンを作りに来たので、勿論分けるのだと思っていた。見事なすれ違いだ。


「だって、これはユーリくんが皆の為に作ったプリンでしょう?」

「はい。でも、それ以外の材料はルシアさんが用意してくれましたし」

「そんな!コカトリスの卵と比べたら、そんなのは微々たるものよ?!」

「じゃあ、美味しそうに出来たので、皆さんで食べて下さい」

「……ユーリくん」

「美味しいものは、皆で分けるともっと美味しいですよね?」


 笑顔で告げる悠利に、ルシアはぽかんとして、次に破顔した。そうね、と笑った彼女の顔は、悠利に負けず劣らずの幸せそうな笑顔だった。

 結局、悠利が四つ、ルシアが二つで、大きなプリンは分けられることになった。四つの大型プリンを魔法鞄マジックバッグである学生鞄にしまいこむと、悠利はいそいそとアジトへ戻る。その足下を、調理中は大人しく《食の楽園》の床掃除をしていたルークスがぽよんぽよんと跳ねているのが、実に微笑ましかった。

 アジトに戻った悠利は、プリン型を冷蔵庫に即座に入れた。粗熱は既に取れているので、冷蔵庫で冷やしておやつに食べるのだ。見た目だけでも濃厚だと把握できたコカトリスの卵は、どんな味のプリンになっているのだろうか。わくわくだった。

 そして、プリンがほどよく冷えた15時のおやつタイム。飲み物はシンプルに紅茶にしておいた。プリンがおそらく甘いだろうと判断して、砂糖の類は基本無し。各人の好みで追加はして貰う予定だ。


「ユーリ、コレ、プリン?」

「うん、プリン」

「……でかくね?」

「元の卵がコカトリスで大きかったからねぇ」

「「コカトリスの卵?!」」


 のほほんと悠利が告げた瞬間、周囲が絶叫を上げた。今まさに、自分の取り皿に取ったプリンを食べようとしていた面々も、スプーンを手に固まっていた。そんな一同に、悠利はきょとんとしている。どうかしたー?みたいな顔だった。

 超高級食材が、当たり前みたいにおやつとして出てきたことに驚いている者。そもそもコカトリスの卵を持って帰ってきていることを知らなかった者。彼らの衝撃は凄まじかったが、やはり悠利は、のほほんと笑いながら、皆にプリンを取り分けていた。ぶれない。

 なお、その中でただ一人、何も気にしないで平然と、プリンにスプーンを入れて口に運び、その濃厚な味わいを堪能している男がいた。ブルックだ。

 何故かって?そんなことは決まっている。お土産としてコカトリスの卵を持ち帰った一人が、ブルックだからである。悠利に渡したらおやつかご飯になって戻ってくると思っていたブルックなので、プリンが出てきた段階で色々と把握していたのだ。


「ふむ。流石コカトリスの卵。濃厚だな」

 

 口の中に入れた瞬間に広がる濃厚な卵の味わいに、ブルックは満足そうに頷いた。見た目に反して甘味が大好きな甘党である。極上品の卵から作られたプリンに大満足していた。

 普通の卵よりも濃厚で、それなのにそれなのに後味はスッキリとしていた。卵の旨味が強いので、砂糖はそこまで使われているように感じない。なめらかな口当たりが実に上品だった。……周囲が騒いでいる間に、こっそりお代わりをする程度には、ブルックの口に合ったらしい。


「コカトリスの卵って美味しいんだねー」

「いや、確かに美味いんだけどさ、ユーリ」

「何、クーレ?」

「超高級食材でプリン作るとか、誰も思わないぞ?」

「え?だってプリンに向いてるって鑑定結果だし」

「……お前本当に、その辺マイペースだよなぁ……」

「う?」


 諦めたようにため息をついたクーレッシュの発言は、その場に居合わせた大半のメンバーの気持ちを代弁していたのであった。合掌。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る