美味しい果物はジュースと冷凍フルーツで。


「ユーリ、お土産ー!」


 目の前にトンっと置かれた魔法鞄マジックバッグに、悠利ゆうりはきょとんとした。にこにこ笑顔で眼前に居るのは、レレイ。その背後に、同じように笑顔のクーレッシュとヘルミーネがいた。あと、そんな三人の影に隠れるようにして、アロールの姿もある。訓練生の中でも若手という認識のメンバーだった。……ヘルミーネの実年齢は若手組じゃない?見た目は少女だから問題ありません。精神年齢も若手組です。


「お土産?」

「そう!今日はね、採取依頼で、収穫の箱庭っていうダンジョンに行ってきたから!」

「……クーレ、追加説明よろしく」

「任せろ」


 端的に事実だけを伝えて来るレレイだが、そもそも悠利は、その収穫の箱庭というダンジョンを知らない。冒険者や王都ドラヘルンの人々にとっては当たり前の情報も、悠利にとっては未知の領域だったりするのだ。何だかんだでアジトに身を寄せて数か月であるが、基本が家と商店街とをうろつくだけの悠利にとって、外の情報はあまり入ってこない。

 まぁ、職業(ジョブ)が主夫とかハウスキーパーとかになっていそうな悠利である。外部の情報なんて手に入らなくても、日々美味しいご飯が作れれば満足だった。そんなことより、市場の物価の変動の方が重要だった。人数が多いので食費もバカにならないのだから。


「ここから十五分くらいの場所に、収穫の箱庭っていう、食材とか薬草とかのドロップ品が豊富で、難易度の低いダンジョンがあるんだよ」

「うんうん」

「で、依頼主に頼まれた品物の採取が終わった後に、ちょうど良いから土産に色々採取してきたってことになる。野菜は自分で買ってるだろうから、今回は果物見繕ってきたぞ」

「果物?」


 その言葉に、悠利は顔を輝かせた。果物は栄養も水分も補給できるし、何より美味しくて大変有難い。デザートとして使うのも良いし、小腹がすいた時のおやつにももってこい。だがしかし、それだけに、普段の食費で買うには少々値が張る事があるのもお約束だ。お土産で、しかも普通の食材より美味しいことが分かっているダンジョンのドロップ品である迷宮食材なら、文句などあるわけがない。

 大喜びで魔法鞄マジックバッグの中身を取り出した悠利は、目の前に広がる多種多様な果物に、ぽかんとした。呆気にとられてしまったのだ。



 何故ならば、現れた果物は、季節感を完全に無視していたからだ。



 徐々に暑くなりはじめたこの時期に何で何で、というような果物も転がっている。そもそもが、育つ環境も季節もバラバラな果物が勢ぞろいしている時点でツッコミ多数だ。そんな風に驚いている悠利に向けて、アロールが淡々と言葉をつづった。


「迷宮食材なんだから、ダンジョンでいつでも採取可能に決まってる」

「え?そうなの?季節は?」

「そもそも、普通に育ててるわけじゃないんだ。そこらに転がってるんだから」

「えー……。流石ダンジョン……」


 当たり前だろ、と言いたげなアロールと、何言ってるの?と言いたげなレレイ。そんな二人の対応と裏腹に、クーレッシュとヘルミーネはさもありなんと頷いていた。ダンジョンに足を踏み入れる事のない悠利ならば、知らなくても当然と2人は思っている。アロールは子どもの自分が知ってることを年長者が知らないというのが理解できないし、レレイはそもそもそれが彼女の中の普通なので、悠利の驚きが理解できないのだった。


「まぁ、そういうわけだからさ、これも使ってくれよ」

「うん、ありがとう、皆」


 経緯はどうであれ、目の前にあるのは美味しそうな果物の山だ。それが嬉しかったのは事実なので、悠利は素直にお礼を言った。土産として持ち帰った面々も、喜んで貰えれば悪い気はしない。……なお、「おやつの時間楽しみにしてる!」みたいな反応があったのは、致し方ないことだろう。

 受け取った果物を魔法鞄マジックバッグに戻すと、悠利は台所に向かった。とりあえず冷蔵庫に保管しなければいけない。季節を問わない多種多様な果物は美味しそうだったが、だからこそ、ちゃんと扱わないといけないと思ったのだ。

 そして、今日のおやつにどう生かそうかと考える。幸い今はまだ午前中。作業に取りかかっても大丈夫な時間帯だ。さて、どうしよう。そんなことを考えていた悠利は、名案を思いついた。


「迷宮食材なら、美味しいよね」


 普通に手に入れた果物より、美味しいに決まっている。ならば、ヘタに手を加えるより、シンプルにその美味しさを楽しもうと決めたのだ。そうして悠利は魔法鞄マジックバッグから取り出した果物の中で、今日使わないものを冷蔵庫にしまう。そして、使う予定のものは、ごろごろと流し台の中へと転がした。

 綺麗に水洗いをすませると、皮を剥いて中身だけの状態にしていく。一口サイズに切って、それぞれ同じ種類を固めるようにして器に盛りつけていく。盛りつけると言っても、崩れないように入れているだけだ。そうして一通り切り終わると、悠利はそれを、そのまま冷蔵庫の冷凍室に入れた。

 今はまだ午前中。おやつの時間までには凍ってくれるだろうと思っての行動だった。果物を丸ごと凍らせて、溶けかけたところで食べる冷凍フルーツ。一口サイズに切ったスイカや桃などでも美味しく頂けるのである。なお、皮の薄いミカンは丸ごと放り込んだ。オレンジは皮を剥いている。

 普通に冷やしても美味しいのだろうが、冷凍でぎゅっと凝縮された感じもまた美味しいのだ。それに、今日は外気温が少々高い。普段よりも暑いので、ひんやりしたおやつの方が皆が喜ぶだろうと思ってのことだった。

 ちなみに、周りが暑さに辟易していても悠利が割とケロッとしているのは、何も彼が南国の出身で暑さに強いとかでは、ない。暑いのは暑い。汗も掻く。だがしかし、悠利の体感として、この暑さはまだ平気なのだ。理由は単純。王都ドラヘルンは、高温多湿にはなっていないからだ。

 確かに気温は高い。だがしかし、湿度が快適に保たれていれば、吹き込んでくる風で十分に涼しい。湿度が高いと、気温が低くてもじめっとして過ごしにくい。梅雨の時期を越えれば湿度に悩まされる日本育ちの悠利にしてみれば、からっとした暑さはまだ快適な環境だった。……その説明をするのが少々難しかったのはご愛敬だ。悠利も上手に湿度のことなど説明できなかった。

 閑話休題。


「あとはジュースと、ジュース用の氷かな~」


 新鮮で美味しい果物を丸ごと搾ったジュース。それは何て魅惑的な飲み物だろうか。生搾りジュースなどが店頭販売されるとついつい買ってしまう悠利としては、美味しく鮮度の良い果物はこのままジュースにしたかった。

 とはいえ、ここは異世界。ジューサーもミキサーも存在しなかった。残念。代わりのように、レモンやオレンジを搾る道具はある。それ以外は、おろし金でも使ってすり下ろそうかと考える悠利。……時々、発想が斜めの方向にぶっ飛んでいく困った少年である。

 スイカ、オレンジ、桃、ミカン、イチゴ、ブドウ。色とりどりの果物を並べて、順番に果汁を搾っていく。オレンジは半分に切って、ぐりぐりと絞り器に押しつけるような形で。それ以外の果物は、おろし金を使って強引に果汁と果肉に分解した。ジューサー欲しいなぁ、とぼんやりと思いながらも作業の手を休めないのは、褒められても良いだろう。たぶん。

 そうして作り出した生搾りジュース。それぞれを保存容器に入れて冷蔵庫にしまう。……のだが、悠利はそれだけで終わらなかった。冷凍室から製氷皿を取り出すと、一部残したジュースをそこに注いだ。そう、冷たいジュースを堪能するために、ジュースで作った氷もセットにしようと考えたのだ。

 理由?そんなの、水で作った氷だとジュースが薄まって勿体ないからに決まっているじゃ無いですか。せっかくの生搾りジュースが薄まるなんて、味が下がることは認められないのです。……変な所に拘りのある乙男(オトメン)であった。

 製氷皿を果汁で満たし、冷凍室へとしまいこめば、準備は完了だ。あとは無事に凍ってくれるのを待つばかり、であった。……え?微妙に手抜き?元の素材が美味しいから大丈夫です。



 そして、その日のおやつの時間にどうなったかと言えば。



「冷え冷え美味しいー」


 冷凍ミカンを手にしてレレイが幸せそうに笑っている。器に入った一口サイズの他の果物よりも、真っ先に皮付きの冷凍ミカンに突撃したレレイは、ミカンをぎゅっと掌で包み込んで少し溶かした後に、皮を剥いて中身に齧り付いていた。……齧り付いていた。大事なことなので二度言いました。

 冷凍されているので房をばらすのが難しかったのだろうが、皮を剥いてごろんとまん丸の冷凍ミカンを手にした瞬間、普通に齧り付いたレレイ。彼女に年頃の乙女らしい恥じらいとか慎みは無かった。普段は多少あるかもしれないが、美味しいものを前にした時は消えます。ダメだこの子、早く何とかしないと。


「……お前、美味いのは解るけど、もうちょい食い方」

「ふえ?」

「……いや、良いわ。レレイだもんな」


 そんなレレイに呆れたように呟きつつ、途中で諦めたクーレッシュ。付き合いが長い彼は、彼女の中に乙女力みたいな感じのものがあまり備わっていないことを知っている。そもそも、冒険者をやっている、目指そうとしている女性が、そういうものを持っている方が不思議だ。いや、世の中にはそういうものに溢れた女性も存在するが。レレイはそういうタイプでは無かった。

 そんなクーレッシュは、水分たっぷりのスイカを食べている。表面が溶けてきたぐらいで口に放り込むと、シャリシャリした食感と、溢れ出る果汁を堪能出来る大変美味しいデザートだった。悠利は出来る子なので、ちゃんと種は全て取り除いてある。お陰で丸ごと口に放り込んでも食べやすいので、クーレッシュもご機嫌だった。


「不思議な食感だけど、美味しいわ」


 こちらは凍らせた桃を嬉しそうに食べているヘルミーネ。クーレッシュやレレイが手づかみで食べているのに対して、ヘルミーネはフォークできちんと食べていた。愛らしい金髪美少女が笑顔で果物を食べる姿は大変絵になった。絵になった。黙って笑っていたら、ヘルミーネは大変愛らしい美少女なのだ。……口を開くと色々残念というか、喧しい小悪魔系とかになっちゃうのはお約束なので、諦めて下さい。

 

「アロールは食べないの?」

「……ジュースのが美味しいから」

「そう」


 悠利の問いかけに、アロールは静かに答えて、果汁氷の入ったオレンジジュースを飲んでいる。なお、そんな彼女の首に今日も巻き付いたままの白蛇は、アロールが自分たちの前に置いた凍らせたブドウの器から、器用に一つずつブドウを食べていた。アロールは自分が食べる分ではなく、相棒に食べさせる分としてブドウを確保していた。

 確保しておかないと、目の前でわいわい騒いでいる面々に全て食べ尽くされることを知っているからだ。最年少のアロールだが、大人に囲まれて育ったという生い立ちのせいか、精神面では多分一番大人だった。馬鹿騒ぎをする面々とは一線を画している十歳児だった。


「ユーリ、これ、この氷、色付いてる」

「そうだよ、ヤック。氷は、それぞれのジュースを凍らせたやつだから」

「何で?」

「だって、水の氷だと、溶けたら美味しくないじゃない」

「なるほど!」


 グラスの中の色つき氷が気になったのかヤックが問いかける。彼は悠利の行動から色々なことを吸収しようと日々頑張っている良い子だった。上昇志向が強いというか、ただただひたすらに努力家だった。真面目に頑張るタイプなのだ。

 そんなヤックは、スイカジュースを飲んでいた。農村育ちのヤックはスイカに馴染みはあったが、こんな風にジュースにすることも、それで氷を作ることも無かったという。まぁ、普通に生活していたら、スイカは冷やして食べるぐらいだろう。ジュースとか氷とか凍らせるとかゼリーにするとか、加工するのは暇人ぐらいだ。日々の生活に忙しい農村では、そんな手間はかけないだろう。


「暑さが吹っ飛ぶなー」

「うんうん!暑いの忘れちゃう!」

「でもレレイが大騒ぎすると暑苦しいわよ?」

「ヘルミーネ?!」

「ヘルミーネ、それは思ってても黙っておけよ。でないと煩いんだから」

「クーレも?!」


 二人に騒々しい認定をされたレレイが食ってかかっているが、確かにレレイは元気いっぱいなので騒々しい。悠利、アロール、ヤックの三人は、慎ましく視線を逸らした。そして、話題を振られても答えられないという意思表示のために、全員が揃って、グラスに口を付けて、ちびちびとジュースを飲むのだった。



 なお、この二つを食後のデザートに出したら、皆に好評だったので、しばらくは凍らせたフルーツと生搾りジュースが定番入りすることになったのだった。

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