マグネットとピアスとネックレス。
ころころとしたその鉱物を、
「これ、磁石ですよね?使い道がないってどういうことですか?」
「あ?いや、アクセサリーには使えないだろ、色も悪いし」
悠利の問いかけに、ブライトはあっさりと答えた。そう、悠利が手にしているのは、磁石だった。加工済みの磁石とは趣は違うものの、近づけるとくっついたり反発したりする。現代のものと同じか違うかはよくわからなかったが、とりあえず磁石であることは間違いない。
なお、アクセサリー職人のブライトにとって、磁石は別に必要でも無い素材だった。知人がとりあえず置いて行ったらしい。というのも、それを必要としている人に渡すには小さすぎるのだとか。ようはクズ石扱いなのだ。そして、そうやって部屋の隅に転がっていた磁石を、悠利が見つけて掌の上で転がしていたのだ。
ブライトの言葉に、使い道がないという発言に、悠利は首を捻った。捻るしか無かった。磁石、つまりマグネットならば、アクセサリーに応用できることを彼は知っている。何も飾りに使う必要はない。マグネットは、立派にアクセサリーの金具として活躍できる素材だ。
「でも、金具に使ったら便利ですよ」
「は?」
「だから、金具に」
足下でむにむにと掃除に励んでいるルークスの頭を撫でながら悠利が告げると、ブライトは呆気に取られたような顔をした。それは彼の知らない知識だった。彼の知らない発想だった。だがしかし、同時に彼は立ち直りも速かった。常日頃、割とマイペースなオネェと顔つき合わせてアイデアを練っているブライトは、その辺タフだった。柔軟とも言える。
……ぶっちゃけ、先日の「ルーちゃんに可愛い装身具下さい!」に比べたらインパクトはマシだ。アレは、彼の人生におけるベストスリーぐらいの衝撃だった。
「どうやって、使うんだ?」
「ピアスの金具にして、耳を挟むように使ったり、ネックレスの金具にして、首の後ろで磁石くっつけるだけで着脱可能にしたり?」
「……随分と具体的だな」
「僕の故郷にはあったので」
嘘は言っていない。本当に、そういうアクセサリーを悠利は知っているのだ。胡乱げな目で見られたって、本当なのだから仕方ない。……ただし、その故郷が異国や異境という表現がされる場所じゃ無くて、異世界だっただけで。
実際、マグネットピアスは色々な種類が出ていた。特にこれは、ピアスの穴を開けることの出来ない少女達に大人気だったりする。イヤリングと違い、見た目はピアスっぽいのだ。ちょっと背伸びをしたいお年頃の少女達にとって、マグネットピアスは嬉しいアイテムだったらしい。
そして、ネックレスの方は、首の後ろで磁石をくっつけるだけで着脱可能というのが売りだ。中には、ペンダントトップを付け替えることの出来るチェーンも存在した。金具でいちいち着脱するのは、首の後ろが見えないので結構難しい。チェーンに余裕があるタイプならば、前で金具を確認して後ろに回すとかも出来るが、ぴったりしたデザインだとそれも苦しい。そういう場合にも、磁石で簡単に着脱可能なのは嬉しいという話だ。
とりあえず悠利は、いつも持ち歩いている(というか、アリーに持ってろと言われている)学生鞄の中から、ノートを取り出した。
あと、使い慣れた道具が、異世界で補充しないで済むことは安堵していた。やはり、人間使い慣れた道具が一番だ。違う道具で同じようにやれと言われても、難しいのだ。……具体的に言えば、インク壺にペン先を付けて使う様なペンを渡されても、上手に字は書けません。
なお、悠利は日本語で読み書きをしているが、何故かそれが自動翻訳されているようで、こちらの世界の人々に通じている。逆も然りだ。ただし文字は、何となく日本語の意味は解って読んでいるけれど、目に映っているのは異世界文字という、カオスな状況だった。とはいえ、意味が解るから良いや、ぐらいの認識しかしない辺りが、悠利であった。ぶれない。
「こういう感じで、ピアスの金具とネックレスの金具に、磁石を使うんです」
「……なるほどなー。ネックレスの方は単純に着脱が楽になりそうだが、ピアスはアレだな。穴を開けてない人も使えるってのが良いな」
「ですよね。イヤリングだと金具で挟んで耳が痛くなることもあるらしいので」
「よし、なら試作してみるか」
悠利から受け取ったアイデアに、ブライトは楽しそうに笑うと作業に没頭し始めた。それまでは不必要と認識していた磁石を手にとって、あーでもない、こーでもないと独り言を言いながら、加工を始める。彼の頭の中には完成図が出来上がっているのだろう。何だかんだで作業をする背中に迷いは無かった。
そんなブライトの背後で、悠利はルークスと二人で黙々と掃除を続けた。細々とした金属の破片などはルークスが吸収し、棚や備品を拭いたりという作業は悠利が担当する。普段もやっていることなので、彼らの連携は完璧だった。流石、主と従魔。……え?従魔の仕事は掃除じゃない?今更なので諦めてください。当人達は楽しんでいるのですから。
基本、ブライトは小さな工房を一人で切り盛りしている。奥には居住スペースもある。彼はここで一人暮らしだった。基本的な家事は出来るが、仕事をしながら床をぴかぴかにするなんて不可能だったので、今までは足下に作業の痕跡が残っているのが普通だった。それが、悠利が遊びに来るようになって、減った。もう、劇的に減った。
減った結果、彼は悠利が来ない日は、時々、人材派遣ギルドに掃除を頼むようになった。人材派遣ギルドはまぁ、現代日本の人材派遣会社みたいなものだ。皆がそれぞれの特技で登録をしており、条件が合致した場合に派遣される。日雇いから期間を決めての雇用まで形態は様々。主婦の副業にもなっているそうだ。
なお、ブライトが頼むのは掃除のプロでも、掃除に慣れている主婦層でもなく、冒険者ギルドと二足のわらじを履いて、何とか日々の生活費をやりくりしようとしている駆け出しの冒険者だった。……何となく、彼らに協力してやりたくなったらしい。
さて、掃除に勤しんでいた悠利がルークスと一緒に工房をぴかぴかにしても、まだブライトは作業に没頭していた。結構長いこと作業を続けていることに気づいたので、悠利は勝手に備え付けの台所で(居住スペースの台所とは別に、工房に簡易の台所が存在している)お茶の用意を始める。根を詰めすぎる人には、こちらが様子を見て休憩をさせるのが正しいフォローである。たぶん。
「ブライトさーん、お茶が入ったので一旦休憩しましょー」
「……あ?」
「ずーっと続けてても、身体に悪いですよ。適度な休憩は必須です」
「へいへい。その辺お前さん頑固だな。おいルークス、引っ張らなくても休憩するって」
「キュウ」
「あはは、ルーちゃんもブライトさんに休んで欲しいんだよね?」
「キュイ!」
むにーっとブライトの服を引っ張っていたルークスだが、ブライトが大人しく休憩することにしたのを理解して、嬉しそうに跳ねた。実はルークスは、ブライトがお気に入りだった。というか、自分のお気に入りの装身具を作ってくれた人なので、気に入っているというべきだろうか。なので、無理をして欲しくないという考えを身につけたらしい。……賢すぎるスライムってどうなんだろう。
飲み物はブライトの家にある紅茶だが、お茶請けは悠利が学生鞄から取り出した一口フレンチトーストだった。パンの耳が余ったのを大量に作って、その時に食べやすいように一口サイズにしたものを、こっそり鞄にしまっておいたのだ。時間停止機能が付いた
「ん?これ何だ?」
「パンの耳で作ったフレンチトーストですよ」
「へー。お前は本当に器用だなぁ」
感心しながらひょいひょいとフレンチトーストを食べるブライト。ストレートで入れた紅茶と、甘いフレンチトーストの相性はばっちりだった。興味深そうにじぃっと見ているルークスに気づいて、悠利が一欠片与えると、嬉しそうに吸収、分解を始めるスライム。違いの解るスライムは、何気に美味しいは正義を理解していた。何でだ。
作製の進捗状況を聞いてみると、何となくの形は解ったとのことだった。常に新しいものにチャレンジするその精神は素晴らしかった。とりあえず、アクセサリーのデザインは後回しにして、金具部分の構想を練っていたらしい。
「とりあえず試作品が出来たら、レオーネに押しつける」
「レオーネさんに?」
「あぁ。あいつなら、使い勝手について聞いてない部分まで言ってくるからな」
「……確かに」
レオポルドは天下無敵のオネェである。身内に対する遠慮とか存在しないだろう。まして、ブライトとは仕事仲間としての認識が存在しているのだ。そんなレオポルドが、なぁなぁの甘い評価を与えるわけがない。悪いところは悪いとずばっと言ってくれるだろう。その代わり、良いと思ったら手放しで褒めてくれるだろうが。
悠利としても、アイデアの提供は出来ても、実際に自分が使っていたわけでは無いので、その辺はお手上げだった。彼は可愛いものも綺麗なものも大好きだが、それを自分が身につけるという考えは持っていない。見ているのが楽しいのであって、似合う人に着飾って貰うのを眺めるのが楽しいのであって、自分が可愛くなりたいわけではなかった。微妙に面倒くさい。
とはいえ、悠利が知っている女性陣はいずれも、そこまでアクセサリーを身につけていなかった。仕事をしている女性達は邪魔にならない程度にしか着飾っていないし、クランに所属している冒険者組は着飾ることは殆ど無い。休みの日にちょっとお洒落をしているぐらいだろうか。
よく考えたら、悠利の知り合いで一番お洒落なのはオネェのレオポルドだった。何てこったい。アクセサリー屋の看板娘、リーファも確かにある意味お洒落だが、彼女は凜々しい系美少女なので、ちょっと趣が違う。華やかに着飾るタイプがオネェ一人だった件について。何でだ。
「……」
「どうした、ユーリ」
「いえ、僕の周りで、お洒落に一番気を遣ってるのがレオーネさんだったと気づいただけです」
「……気にするな。俺の周りでもそうだ」
「ですか」
「ああ」
オネェの美に対する執念は恐ろしい、と二人は物凄く通じ合った。別にそんなレオポルドが嫌いなわけでは無い。ただ、凄いなと思うだけだ。まぁ、悠利は綺麗に着飾っているレオポルドを見るのが好きだし、ブライトは仕事に役立っているので全然問題は無いのだが。ただ、男女含めてのトップがオネェだった事実が、何となく彼らに遠い目をさせるのだった。
後日、使い勝手を確かめたレオポルドとの間で微調整を繰り返したブライトが、マグネット式のアクセサリーを販売し、それは徐々に広がっていくのだった。便利って大事。
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