大量のキャベツでお好み焼きです。


 トトトトという軽快な音が響いている。発生源は悠利ゆうりだ。何をしているのかと言えば、彼はひたすらにキャベツの千切りを作っていた。ボウルに大量に作り上げられていくキャベツの千切り。それを感心した瞳で見ながら、ヤックと何故かそこにいるクーレッシュが二人でひたすら山芋をすりおろしていた。……ちなみに、食事当番はヤックだけで、クーレッシュは暇を持て余したので自主的にお手伝いに乱入しているだけです。やることやったら暇になったらしい。

 ちなみに、今悠利が作っているキャベツの千切りは、そこまで細かくはない。サラダや付け合せに使うときは、ものすごく細い千切りを作る悠利だが、今は違った。細すぎず、太すぎず、食感が楽しめる絶妙な切り方だった。もちろん、これには理由がある。

 それは、今日悠利が夕飯に作ろうとしている料理が、お好み焼きだからだ。

 お好み焼きのキャベツは、細すぎてはその存在を感じる事が出来なくなる。だがしかし、太過ぎると、今度はまとまりが悪くなってしまうのだ。だから悠利は、その間になるような、絶妙な幅の千切りを大量生産していた。なお、あまりにも大量に作らなければならないので、ヤックに山芋をすりおろす作業を任せて、一人で延々と作っている。そして、その包丁さばきは目にもとまらぬ早業になっていた。料理の技能スキルが高レベルなの怖い。

 

「ユーリの包丁の動きが見えねぇ」

「音がめっちゃしてる」

「「凄い」」

「え?二人とも何か言った?」

「「何でもない」」


 信じられない速度でキャベツの千切りを大量生産している悠利は、二人の呟きに小首を傾げた。そんな彼に、二人は首を左右に振って、何でも無いと返答した。悠利の料理の腕前が凄いことは知っていたが、特殊な料理の技術ではなく、こういった基本中の基本みたいな作業で違いを見せつけられると、凄さがより実感できた。何しろ、キャベツの千切りは彼らにも出来る。出来るが、悠利みたいな出来上がりにはならないし、こんな速さでも出来ない。だからこそ、自分と比べて凄さが実感できるのだ。

 まぁ、それはおいておこう。大量の千切りキャベツを作り上げた悠利は、複数のボウルにキャベツを分けた。そして、同じように、既に水洗いを済ませた大量のもやしも、分けていく。キャベツともやしで埋め尽くされるボウル。それだけならばただの野菜の塊だが、そこに、ヤックとクーレッシュの二人がすり下ろした山芋も均等に入れる。


「これ見て、食べ物だと思う奴はいないと思う」

「まだ準備段階だし、焼いて食べるものだよ」

「いや、ユーリの故郷の料理って独特だなと思って」

「そうかな?どこでも料理ってそんなものだと思うよ。慣れが大きいんだよ」

「そんなもんかー?」


 クーレッシュの答えに、悠利は笑った。そう、料理なんて、慣れが大きいのだ。違う国、違う地方、違う文化の場所に行けば、目にしたことも無い料理に出会うことだって普通だ。……同じ日本国内でだって、「それ、食べるの?」みたいな料理に出くわすことは多々ある。地方特有の料理は、よそ者には一瞬何か解らなかったりするのだ。

 とにかく、悠利はクーレッシュの言葉を気にしなかった。確かに、お好み焼きとかもんじゃ焼きとかの焼く前を見たら、「それ食べ物?」となるかもしれない。だがちゃんと食べ物なのだから問題はないのだ。誰だ。「もんじゃ焼きは完成形も食べ物に見えない」とか呟いたの。もんじゃ焼きも美味しいので、食べ物差別をしてはいけません。見た目格差良くない。

 さて、キャベツともやしと山芋を入れたボウルに、悠利は追加の材料を放り込んでいく。卵と顆粒だしだ。本日使用する顆粒だしは、和風系。海藻系と鰹節などの魚介乾物系が混ざっている。そうして入れた後は、お玉でひたすら混ぜる。全体が混ざるように、底から混ぜ込んでいく。

 なお、ボウルは複数なので、混ぜる作業も三人で行っている。だがしかし、そんな単純作業でも慣れがものを言うのか、悠利は二人よりも早く混ぜ終えて、次のボウルに取りかかっている。主夫は強かった。

 なお、小麦粉は入れない。今日使っている山芋は粘りけが強いので、特につなぎを足す必要性が感じられないからだ。基本、粉はタネがゆるい場合に入れるという認識が悠利にはある。なので、お好み焼きと言いつつ、粉もんというより、むしろ扱いは野菜で良いと思う。


「で、混ぜ終わったらどうするんだ?」

「食べる前に焼くから、それはそのまま」

「了解」

「あとは、トッピングかな?」

「「トッピング?」」


 首を捻った二人に、悠利はいつも通りにこにこと笑って見せた。お好み焼きは、具材によって千差万別の広がりを見せる食べ物なのだ。その為に必要な食材は、既に、買い集めてある。色々と抜け目の無い乙男オトメンだった。美味しいご飯の為に頑張れる辺りは、どちらかというと食い道楽か。悠利の場合は、自分が食べたい+美味しく食べて貰いたいという思考回路だったりするが。

 そんなこんなで二人と一緒に悠利は下準備を終えて、夕飯の時間。その日は、いつもとは少し違った。いつもなら、食事は全て配膳されている。ところが今日は、各テーブルの上には、飲み物と味噌汁しか用意されていなかった。何故、と皆が疑問に思うのは、さらに、テーブルの中央に携帯コンロと鉄板が置かれていることだ。あと、謎のボウル。


「今日の夕飯はお好み焼きなので、皆さん自分で欲しいだけ焼いて食べてください」


 にっこり笑顔で悠利は宣言して、とりあえず見本を一枚焼いた。悠利が焼いたのは、シンプルに豚玉もといオーク玉だ。お好み焼きのタネにはメインとなる具材は何一つ入れずに作ったのは、各々でアレンジして貰う為だ。まず、軽く塩胡椒をしておいたオーク肉を鉄板に載せ、その上にお好み焼きのタネを載せる。半分ほど火が通って動かせるようになったら、ひっくり返す。以上。

 そうして焼き上げたお好み焼きにかける調味料も、また、個人の采配で決定して貰うことにした。悠利はマヨネーズと醤油をチョイス。鰹節をぱらぱらとかけて完成だ。熱々のお好み焼きの上で、鰹節がゆらゆらと踊るように動くのが何とも言えず食欲をそそる。

 箸で一口サイズにして、悠利はお好み焼きを口に運んだ。焼きたては熱いので、はふはふしながら食べることになる。軽く塩胡椒をしたオーク肉は、表面はカリッとしているのに、お好み焼きに接している面は軟らかいままだった。何とも言えず美味だ。また、キャベツともやし、山芋だけで繋ぎの粉を入れていないお好み焼きは、表面はカリカリなのに、中身はふわふわ。実に美味しかった。


「と、いう感じで、各々好きに焼いて下さい。メインの具材はあちらです。もちろん、具材無しでも美味しいですよ」


 という悠利の言葉に、皆は反応して、とりあえず取り皿とは別に用意されていた皿に、自分用のメインを取りに向かった。なお、悠利が用意したメインは、各種肉と魚介類だ。肉は、オーク、バイソンの2種類は薄切りにしているので生のまま。やや厚めに切ってあるバイパーとビッグフロッグに関しては、あらかじめ塩胡椒で炒めてある。魚介類は、エビ、ホタテ、あとイカだ。魚介類は火の通りが速いので、生のまま用意してある。各々の好みで焼いて欲しい悠利だった。

 ……ちなみに、イカは、食べる人を選ぶ食材らしいのだが、シーフードミックスみたいに刻んでしまうと、殆どの人が食べられるらしい。ダメなのはあの見た目なのだろうか。悠利には良く解らなかったが、イカ玉も美味しいので気にしないことにした。彼にとって必要なのはそれだけだった。嫌なら無理に食べなくて良いのだ。今日は特に、自分でチョイスしてもらうスタイルなので。


「マグ、待て。焼いてやるから、座ってろ」

「……?」

「お前の身長じゃ、鉄板に届きにくいだろう?」

「……感謝」


 背伸びをしてテーブル中央の鉄板にお好み焼きのタネを流そうとしていたマグからひょいとボウルを取り上げると、リヒトがその頭を大きな掌で撫でながら交代を申し出た。頼れる兄貴分は今日も優しかった。マグも素直に頭を下げて礼を言っている。実に微笑ましい、何だか兄と弟みたいな光景だった。……ちなみに、隣にいるのがウルグスやカミールだった場合、マグは自らボウルを彼らに押しつけて、さあ焼けと言うような態度に出ていたのだが、言わぬが花であった。目上の人と同僚とでは態度が変わるのは普通、普通。

 ちなみに、マグはメインの具材を何も選ばなかった。理由、お好み焼きのタネの中に既に、出汁がたっぷり入っていると聞いたので、まずはそれを堪能するつもりらしい。それを食べてから、追加する食材を決めるとのこと。出汁の信者は今日も愉快だった。

 

「お肉大量~」

「お前、それ、ひっくり返せるのか?」

「やってみせる!」

「失敗して途中で半分になっちゃうのに100ゴルドでどうかな?」

「賭けにならない。僕もそっち」

「まぁ、そうよね」

「ちょっと、ヘルミーネ!アロール!」

「「焦げるよ」」

「あたしのお肉!」


 大量の肉をたっぷりのお好み焼きのタネで覆う形で焼いているレレイに対して、クーレッシュは心配そうに問いかけていた。レレイは別に不器用ではないが、初めての料理でちゃんと出来るのか心配になったのだろう。そんな二人と同じテーブルに座っているヘルミーネとアロールは、しれっとした顔で賭けをしようとして、しているフリをして、レレイをからかっていた。でも間違っていない感じがするのは何故だろう。

 そして、肉が焦げそうになったので大慌てでひっくり返すレレイは、二人の予言通りにお好み焼きを半分に壊してしまった。壊れてしまったが、別に地面に落としたわけではないので、食べられる。やっぱり、という顔をする三人に頬を膨らませつつも、半分ずつひっくり返して焼けるのを待っていた。


「ヤック、それはイカだが、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ユーリが味見させてくれたら、美味しかったんで」

「そうか。なら良い」


 コロコロと一口サイズに切られたイカを並べているヤックを案じるようにブルックが問いかければ、ヤックは笑顔で答えた。味見は料理当番の特権だ。ちなみに、本日はクーレッシュも地味におこぼれに預かっているのだが、彼はそれを口にしない程度には保身が出来た。先に全種類食べてるなんてバレたら、レレイにシェイクされる未来が待っている。

 イカ玉を焼き上げたヤックは、お好み焼きに、硝子の器に入ったソースをスプーンで掬ってかけた。そのソースからは甘い匂いと醤油めいた匂いの両方がした。それは何だ、という視線が向けられるので、ヤックは同じテーブルにいるブルックとカミール、フラウに向けて笑顔で答えた。


「ユーリが作ってくれた、お好み焼きのためのソースです。美味しいですよ」

「では、私もそれで貰おうか」

「ヤック、一口味見」

「良いよー」


 ブルックは無言でソースを自分のお好み焼き(ちなみにメイン具材はバイソン肉)にたらりとかけている。フラウもそれに続いてエビ玉にソースをかけた。そしてカミールは、ヤックのお好み焼きの端っこを一口貰って味を確認した後、自分が食べているオーク玉にソースをかけた。

 皆が絶品と称えるそのソースは、悠利が作った。間違っていない。悠利が、この世界で、再現したお好み焼きソースだ。甘いのと辛いのと醤油っぽいのと色々混ざったような、あの、香ばしい匂いをさせる、お好み焼き屋さんのソースだ。……ここまで来ればお解りだろう。作成方法は、毎度お馴染み錬金釜さんです。マイペースな乙男オトメンは今日も愉快にやらかしていた。


「……ユーリ」

「はい」

「あのソース」

「錬金釜で作りました」

「ま・た・か・お・ま・え・は」

「えーっと、あの、アリーさんも一口、どうぞ?美味しいですよ?」

「……後で覚えとけ」

「……はい」


 流石に皆が美味しいと食べている食事中に説教をするのは気が引けたのか、アリーはため息をつきながらも低い声で告げた。悠利も、バレたら多分怒られるなぁとは思っていたので、素直に頷いておいた。ちなみに、アリーは、悠利が錬金釜で調味料作製をやらかすのを今更だと思っている。思ってはいるのだが、誰かがツッコミを入れて説教をしないと、本気で突っ走りすぎるのでは無いかと危惧しているのだ。お父さんは大変だった。



 なお、その日最大の騒動は、悠利がしれっとお好み焼きの上に目玉焼きを載せて食べていたのが美味しそうで、その後皆が目玉焼きを作り出したことであった。美味しいは正義!

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