迷子の子猫と保護者と拾い主?
「さて、今は大人しく寝てるこの子猫、どうしようか?」
「どうするも何も、ワーキャットの迷子とかどうすんだよ」
「カミール、ただのワーキャットじゃない。ロイヤルワーキャット」
「……それ忘れてぇわ……」
アロールの淡々とした指摘に、カミールはがっくりと項垂れた。
ちなみにその件のロイヤルワーキャットの子供、見た目は服を着て長靴を履いた子猫は、すよすよと幸せそうに眠っていた。ねこまんまを三杯食べて、満腹になったらしい。なお、子猫のベッドになってしまっているルークスは、頭の上で眠る子猫を嫌がりもせずに、むしろよく眠れるようにと身体を軽く揺らしていた。お前は揺り籠か。
「……相談できる大人がいないのが辛い」
ぼそりと悠利が呟いた。カミールもアロールも、そっと視線を逸らした。本日アジトで留守番を担当しているのは、学者のジェイクだった。全然役に立たない、駄目な大人の見本。むしろ反面教師代表である、色々とマイペースすぎて困った大人だ。腕は確かだが、困ったときに頼れる相手かと言えば、頼れない。それが子供達の共通認識だった。
子猫は暢気にうにゃうにゃ言いながら眠っている。金茶色の毛並みは、よく見ればとても美しかった。大切に育てられているのだとわかる。服や長靴の質が良いかどうかは彼らには良く解らなかったが、それでも、傷も汚れも見当たらない服装という段階で、大事にされているのはわかる。……わかるだけに、何で腹ぺこで倒れてたんだろうと思ってしまうのである。
なお、ロイヤルワーキャットという種族は、ワーキャットの上位種らしい。単純に上位種として別の集落を作っている種族もあれば、ロイヤルワーキャットの下にワーキャットが存在する集落もあるそうな。とりあえず、普通のワーキャットよりも凄いらしい、ということだけは漠然と解った。
「……普通の迷子なら、衛兵に届ければ良いと思うんだけどさ」
「衛兵に預けても困るんじゃね?」
「だよねぇ……」
アロールの発言にカミールが続き、悠利もそれに同意した。八方塞がりだった。せめて、件の子猫と意思の疎通が出来て、事情を聞けるなら良かったのだが。子猫は絶賛お休み中だった。ぐっすり熟睡しすぎである。
三人が唸りながら困っていると、食堂の扉を開けて人が入ってきた。視線を向ければそこにいたのは、何やらビラを一枚手にしたリヒトであった。
「あれ、リヒトさん?ギルドに行ってたんじゃないんですか?」
「あぁ、ギルドでちょっとした騒ぎがあってな。お前達にも伝えておこうと思って」
「「……騒ぎ?」」
首を傾げる三人に、リヒトはビラを差し出した。なお、ルークスはリヒトに構わず、頭に子猫を乗せたまま、揺り籠モードを実行中だった。子守が楽しいようである。お前従魔のプライドとか超レア魔物変異種のプライドとかどこにやった。……始めからなかったかもしれないが。
そのビラには、探し人のことが書いてあった。文字ばかりで、似顔絵は無い。似顔絵あったら楽なのにとぼやいたカミールに、絵心ある人はそんなにいないだろとアロールが冷静に切り返す。そんな二人と裏腹に、悠利は書き込まれた文字、探し人の特徴を食い入るように見ていた。見てしまっていた。
――探し人。
ワーキャットの子供。見た目は幼い子猫。
金茶色の体毛をしている。瞳はアイスブルー。
薄い茶色のシャツとズボン。長靴を着用している。
幼いためにまだ言葉は話せず、猫のように鳴く。
大変人懐っこく、物怖じしない性格。
そのビラの文字を全部読んで、悠利はすいっと視線をルークスの頭上ですよすよ眠っている子猫に向けた。つられるようにリヒトも視線を向ける。そして、あ、とリヒトは声を上げた。彼はビラの中身をしっかりと確認しているので、探し人がどんな相手かを理解していた。それゆえの、反応だった。
「……ユーリ?」
「誘拐してませんからね?!お腹空かせて倒れてたのを、ルーちゃんが勝手に連れてきちゃっただけですから!」
「勝手に連れてきたなら、誘拐と言わないか?」
「違います!側に誰もいなかったし、その時点で既に迷子です!」
悠利はリヒトに必死に訴えた。犯罪者にされてしまってはたまらない。本当に、子猫が転がっていたときは、側に誰もいなかったのだ。もしもいたならば、ルークスが子猫を頭に乗せた瞬間にでも、飛び出してきたに違いない。或いは、アジトまで彼らを追いかけてきただろう。つまり、その時点でこの子猫は、迷子だったのだ。
冷や汗をだらだら流す悠利と、疲れたようにため息をつくリヒト。ビラの中身を確認したアロールとカミールが、互いの頬を引っ張り合っていた。夢か現実か確かめていたらしい。どう足掻いても騒動に巻き込まれるのは避けられないと察して、二人はため息をついた。
そも、ビラに「ロイヤルワーキャット」と書いていないところが、気になる。種族としてのロイヤルワーキャットは、珍しいが別にそこまで隠蔽しなければならないものではない、筈だ。ならば、何故この子猫はただのワーキャットとして探されているのか。……ロイヤルワーキャットであると知られてはいけない理由が、あるのではないか、と二人は思った。現実逃避がしたかった。
「とりあえず、条件に該当しそうなら、一緒にギルドに行くか」
「……リヒトさん、一緒に来てくれるんですか?」
「ん?お前達だけで行くか?」
「「是非同行をお願いします」」
「お、おう」
悠利の問いかけに、リヒトは不思議そうに質問を返した。それに対して、三人は真顔で、若干食い気味で同行を希望した。リヒトは何で三人がそこまで必死なのかを理解出来ていなかった。……流石に、ここで「この子猫、実はロイヤルワーキャットなんです」を言える神経は三人には無かった。ギルドで引き渡してしまえばそれで終わる。それでおしまい。そうに違いない。そんな希望に縋る子供達であった。
そんなこんなで、子猫を頭に乗せたルークスを中心に、四人は冒険者ギルドへと向かった。なお、何故冒険者ギルドに探し人のビラが配られたかと言えば、冒険者は方々に出かけるし、方々からやってくるので、こういう情報収集にはうってつけだからだ。更に、どうしても解決しなければ、依頼へと変更し、諜報を得手とする者達に仕事を頼むことも出来る。
「キュキュー……」
「ルーちゃん、微妙に元気無いんだけど」
「住まわせるつもり満々だったからな」
「何でそんなこと考えてるの、ルーちゃん」
「キュ?」
呆れたような悠利の言葉に、ルークスは不思議そうに身体を傾けた。人間で言うなら、小首を傾げるような仕草。つぶらな瞳が、じぃっと悠利を見上げていた。生憎悠利にはルークスの言葉はわからないが、何となく今は考えていることが解った気がする。
「あのね、ルーちゃん。いくら可愛くても、余所の子はうちの子には出来ません」
「……キュウ」
「お友達になるのは別に構わないけどね」
「キュイ」
ぽよんと跳ねたルークスは、頭の上で眠る子猫を落とさないように移動する。何でそこまでこの子猫を気に入っているのか、彼らには全然解らなかった。ただ一人、アロールだけが微妙に顔を引きつらせていた。彼女は思ったのだ。或いはルークスは、この子猫に己と同じ希少性を感じ取り、それ故に同胞意識を芽生えさせたのでは無いか、と。その予想が外れてくれていることを祈る10歳児だった。
そうして彼らはギルドに足を運び、騒ぎになるのを懸念したリヒトが先に受付に話を通してくれて、そのまますんなりと個室へと通された。ルークスの頭上の子猫は周りに気づかれないように、子供三人でルークスを囲む形で移動した。騒ぎはごめんである。
その個室では、おそらくまだ若者と呼んで問題無いだろう二人のワーキャットが待っていた。一人はしなやかな体つきをした黒猫の女性だ。もう一人は濃い茶色の毛並みをしたすらりとした青年だった。初めて見るワーキャットに悠利とカミールは何となく感動している。と、ルークスが進み出て、頭上の子猫を彼らに差し出した。……なお、子猫はぐっすりと眠っている。
「若!」
「若様?!」
「「……え」」
ルークスの頭上の子猫を見た瞬間の、二人の反応。無事で良かったと跪く勢いでルークスの前にしゃがみ、すぴすぴと眠っている子猫に傅いている。というか、彼らの口から飛び出した単語に、四人は目を点にした。次いで、リヒト以外の三人が互いに目を合わせて、ため息をついた。レッツゴートラブル万歳。
黒猫の女性に抱き上げられた子猫は、うにゃうにゃとまだ何か言っていた。だがしかし、ちっとも起きる気配は無かった。茶猫の青年は、ありがとうと悠利達に頭を下げてくる。その所作は洗練されており、何となく騎士っぽいなーと悠利は思った。そういう雰囲気があったのだ。
「探し人で間違いはありませんでしたか?」
「はい、間違いありません。こんなに早く見つけていただけるとは思いませんでした。感謝いたします」
「いえ、実は、腹を空かせて倒れていたのを、この子達が見つけたそうです」
「そうでしたか。それは本当に、ありがとうございます」
ふわりと微笑む茶猫の青年に、悠利達はこくこくと頷いた。頷くだけにしておいた。リヒトが大人の対応で、先ほどの「若」とか「若様」とかいう発言をスルーしているのだ。子供達もこの場は大人になって、実はこの子猫が「ロイヤルワーキャット」だと知っている、という事実を隠し通そうと決めた。トラブルはいりません。
それでは、と子猫を連れてワーキャット達が立ち去ろうとして、悠利達がそれを見送ろうとしたときだった。何かを察したのか、それまで熟睡していた子猫が、ぱちりと目を開けた。綺麗なアイスブルーの瞳が大きく開かれて、そして、自分を抱いているワーキャット達と、それを見送る悠利達を認識した。
そして。
「うーにゃー!!!」
「ちょ、若?」
「若様、どうされたのですか?」
「にゃ、にゃー!!!」
じたばたと暴れ出した。何でだ。ルークスがぽよんぽよんと跳ねながら、子猫の様子を窺っている。子猫は暴れて、そのままぴょんと地面に飛び降りてしまった。それを危なげなく受け止めるルークス。出来るスライムは今日もお見事だった。そして、子猫はルークスの上に乗ったまま、悠利を見上げてにゃーにゃーと鳴いていた。
「……あの、すみません、通訳をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「……申し訳ありません。どうも、いただいたお食事が大変美味しかったようで……」
「はぁ。多分腹ぺこだったから、美味しく感じただけだと思います」
黒猫の女性の言葉に、悠利は首を捻りながら応えた。だって、子猫に与えたご飯は、鰹節を混ぜただけのねこまんまなのだ。手の込んだ料理を作ったわけじゃ無い。どう考えても、空腹は最高のスパイスの原理が発動したとしか思えない。
そんな悠利に、黒猫の女性は言葉を続けた。どこか申し訳なさそうに。
「とても美味しかったので、是非とも里に共に来て欲しい、と」
「……は?」
「「却下!」」
「キュー!」
「うにゃー!」
女性の言葉を、カミールとアロールが即座に遮った。ルークスも援護射撃のように飛び跳ねた。なお、リヒトは大人として沈黙を守ってはいるが、さりげなく、本当にさりげなく立ち位置を入れ替えて、悠利を庇えるように移動していた。ちなみにルークスは、跳ねた動作に合わせて、子猫をぽいっとワーキャット達の方へと放り投げた。あげない、という意思表示なのだろうか。
子猫がにゃーにゃーと怒っているが、大人二人はすみませんと頭を下げている。子供の戯れ言、という扱いにしているのだろうか。子猫が怒っててしてしと自分を抱いている茶猫の青年の顔をパンチしているが、子猫の猫パンチなど痛くも痒くも無いので、青年は気にしていなかった。
そんな子猫に苦笑しつつ、悠利は子猫の頭を撫でながら口を開いた。なお、悠利の服の裾を、カミールとアロールがしっかりと握りしめていた。やらん、という意思表示だろうか。
「あのねぇ、僕にはこの街にお家があるから、君の所には行けないよ?」
「にゃー」
「でも、僕はこの街にいるから、また、遊びにおいで?」
「にゃ?」
「今度は大人の人と一緒に、勝手にどこかに行くんじゃ無くて、ね?」
「にゃ!」
撫で撫でと頭を撫でながら悠利が諭せば、子猫は「その手があったか!」みたいに顔を輝かせて、素直に頷いた。頷いて、「また来ても良いよね?ね?!」みたいなオーラを出しながら、おそらく目付と護衛を兼ねているだろう二人を見上げている。二人は苦笑しつつも、小さく、頷いた。
「我々を出し抜いて勝手に出て行かれるのではなければ」
「そうですよ、若様。ご一緒なら、です」
「うにゃ!」
解った!と言いたげに鳴いた子猫に、皆がホッと安堵のため息をついた。これでこの大騒ぎも終わるだろう、と彼らは皆安堵した。ワーキャット達は迷子の子猫を連れて里に戻り、悠利達もアジトへ戻っていくのだった。
……ちなみに、数日後にとあるワーキャット達の里から「次代を保護していただき大変感謝する」という趣旨のお手紙が届いて、悠利達を凍り付かせたのであった。
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