コロネとポテトサラダでお昼ご飯。


 昼食前の時間帯、悠利ゆうりはずらっと並んだコロネを見ていた。このコロネというパンは、どうやら日本発祥らしい。作り方は、パン生地を金属の棒にくるくると巻き付けて、焼き上がったら棒を外すという感じだ。お尻の部分は穴が開かないようにきっちり塞いで、途中の部分も隙間が出来ないように作ると、筒状のパンが焼き上がるということになる。

 で、このコロネ、一般的にはチョコクリームとかカスタードクリームとかが詰め込まれている、お菓子パンになる。変わり種としては、ソフトクリームが入っている場合もある。何でソフトクリーム?という疑問には、コロネをコーンの代わりに使っているだけです、と返答しておこう。そういうのもあるのだ。日本人は魔改造が大好きな民族のようです。特に食べ物関係。

 ちなみにこの大量のコロネ、いつもパンを納品してくれてるパン屋のおじさんに、こういうパンが欲しいですとお願いして作って貰った。今までにも何度か、悠利がそういう要望をしてきたこともあって、おじさんは比較的簡単に受け入れてくれた。パン屋としても、新しいパンのアイデアはありがたかったらしいので。


「さて、それじゃ作っちゃおうかな」


 本日は、いつもなら手伝いに沸いて出る見習い達がいない。というのも、冒険者ギルドで講習があるとかで、四人揃って出かけているのだ。昼には戻ってくるので、それまでに彼らの分の食事を用意しておくのが悠利の仕事だ。

 今日のメニューは、このコロネをつかった総菜パンと、欠食児童達の食欲を考えて、オーク肉のショウガ焼きも添えることになっている。ちなみに総菜パンの中身は、野菜である。もとい、サラダ。

 悠利は冷蔵庫から大きなボウルを取り出した。その中には、朝からせっせと作製しておいたポテトサラダが大量に入っている。ジャガイモとキュウリ、人参、ゆで玉子だけのシンプルなポテトサラダだ。コーンやハム、タマネギ、トマトなど色々と混ぜるアレンジはあるだろうが、悠利はこのシンプルなポテトサラダが好きだった。時々気分で、コーンやツナ缶を放り込んだりはするが。

 そんなこんなで、悠利はポテトサラダをコロネに詰め込んでいく。スプーンで掬って、ぐいぐいと詰め込んでいく。はみ出さないように詰め込みながら、最後まで詰め込んだら、スプーンの背で平らに整えておく。そうして詰め込んだコロネは、お皿に並べていく。全てのコロネにポテトサラダを詰め込み終わったら、再び冷蔵庫に戻した。これは冷たい方が美味しいのだ。

 その間に、オーク肉のショウガ焼きもちゃちゃっと作ってしまう。こちら、食べやすいサイズに切ったオーク肉を使うのだが、作り方をちょっと変えてみる。普通、ショウガ焼きというと焼いてからタレを絡める方法が一般的なのだが、煮て作るという方法もあるのだ。

 作り方はとても簡単。ショウガ焼きのタレをフライパンに放り込み、沸騰させる。そこにオーク肉と刻んだタマネギを投入して、じっくりことこと煮込むだけだ。始めの状態では味が薄いかもしれないが、煮詰めて水分を飛ばすことによって、完成形はちゃんと美味しいショウガ焼きになる。以前テレビで見て、これなら油を使わないと知ってから、悠利はこの方法を使っている。目指せヘルシー。

 出来上がったショウガ焼きをフライパンに残したまま、キャベツの千切りに取りかかる。ショウガ焼きにキャベツの千切りはセットだと信じている悠利であった。瞬く間に凄まじい量のキャベツの千切りが作製された。

 そうして作り上げた大量のキャベツの千切りを、悠利は二つの深皿に盛り付ける。一人分を、二つ。キャベツの千切りを盛り付け終えると、その上にオーク肉のショウガ焼きを盛り付ける。盛り付ける前にフライパンを温めて、ほかほか状態にするのを忘れない。そうして出来上がった深皿を、悠利は何のためらいもなく己の学生鞄に入れた。時間停止機能が付いている魔法鞄マジックバッグなので、次に取り出した時もほかほかである。

 そして、水筒に冷蔵庫で冷やしておいたお茶を入れると、同じように学生鞄に入れる。冷蔵庫で適度に冷やされたポテトサラダ入りのコロネは大皿に五つほど載せて、学生鞄に入れた。……何気に、中身がポテトサラダなので、見た目の大きさの割に満腹になるのだ。


「よし、準備完了。後は皆が帰ってくるのを待つだけだけど……」


 小さく悠利が呟いたのと、玄関の方から元気の良い「ただいまー!」という声が聞こえたのはほぼ同時だった。午前中の講習を終えた見習い組が、昼食を食べに戻ってきたのだ。なお、彼らは午後からも講習があるのだという。冒険者には冒険者のお勉強がある、の見本みたいな状況だった。まぁ、誰も嫌がっていないので大丈夫だろう。


「お帰り~」

「「ただいま!」」

「お昼は作ってあるよ。フライパンの中のオーク肉のショウガ焼きとキャベツの千切りを皿に取って食べてね?あ、ショウガ焼きはフライパンで温めてからの方が美味しいかも」

「「解った!」」

「それと、冷蔵庫の中にポテトサラダ入れたコロネが入ってるから、喧嘩しないで食べること。……ティファーナさん怒らせちゃ駄目だよ?」

「「解ってる!」」


 悠利の説明に、見習い達は元気な返事で答えた。空腹なので、いつも以上に素直だった。早くご飯!みたいになっているのも、彼らが育ち盛りの男の子だと考えれば無理のないことだ。そして、本日の留守番担当がティファーナお姉さんなので、自ら地雷を踏んづけるような阿呆をするわけがない、というのもあった。

 ティファーナは基本はおっとりとした微笑みの似合う穏やかで優しいお姉さんなのだが、その分怒ったときが物凄く怖い。とても怖い。時々レレイとかジェイクとかがうっかりやらかして怒られているのを見ているので、自分が怒られたくはないと思っている彼らであった。

 

「それじゃ、僕、お昼届けに行ってくるからね?あ、僕の分残しておいてね?」


 エプロンを脱いで学生鞄を手にした悠利が台所から立ち去っていく。その背中に投げかけられた返答は、大変素直な「解った!」であった。……すでに欠食児童たちの意識は、美味しそうなお昼ごはんに向かっていた。

 さて、見習い達に後を任せた悠利は、当然のように足元にくっついてくるルークスを連れて、門の方へと向かっていた。昼食を届ける相手が、そちらにいるのだ。ぽよんぽよんと跳ねているスライムと、相変わらずののほほんとした風情で歩いている悠利。一見すると荒くれ者にカモとして認識されそうな姿であるが、その背後にアリー率いる《真紅の山猫スカーレット・リンクス》が存在していることが知れ渡っているので、誰も手を出さない。また、悠利自身のおっとりとした性格も相まって、妙に皆に好かれているのだった。……本日も、運∞というチートは良い仕事をしていた。

 悠利が向かった先は、門のすぐ傍に設置されている物見台だった。登り口で見張りをしている衛兵に挨拶をすると、悠利は幅の狭い梯子をのんびりと登っていく。なお、ルークスは器用に梯子にへばりつくようにしてむにむにとよじ登っていた。……このスライム、やろうと思ったら、凹凸の無い壁でも登れるのではないか?と衛兵がふと疑問に思ったのだが(ちなみに、普通の下級から中級のスライムにそんなことは出来ない)、細かい事を気にするのはやめようと思ったのか、何も言わなかった。

 理由、ルークスの主が悠利で、悠利自身が色々アレなので、従魔もきっとアレなんだろうと彼が思ったから。……直接知り合ったわけでもない衛兵にまでそんな認識を持たれている悠利であった。


「フラウさん、ヘルミーネ~、お昼持ってきましたよ~」

「あぁ、すまないな、ユーリ」

「ユーリ、おっそい!お腹減った!」

「ヘルミーネ」

「だってぇ」


 こつんとフラウに頭を小突かれて、ヘルミーネはぷぅと頬を膨らませた。金髪の、外見だけならば完璧な美少女であるヘルミーネなので、そういう反応をしても可愛いだけだ。悠利は何も言わずに、物見台の一角、荷物置きになっている場所にある箱の上に持参したテーブルクロス(ちなみに、端切れを縫い合わせ、好き放題に刺繍をして作ったお手製だ)を敷いてから、学生鞄に入れておいた食器を取り出す。

 ポテトサラダの入ったコロネ。アツアツのオーク肉のショウガ焼きとキャベツの千切り。程よく冷えたお茶。目の前に広がった美味しそうなご飯に、ヘルミーネはぱぁっと顔を輝かせた。その隣のフラウも、嬉しそうに顔を綻ばせている。何しろ、物見の任務に付いているときに、出来立ての美味しい料理を食べることなんて、そうそう出来ないからだ。


「では、先に食べると良い、ヘルミーネ」

「良いんですか?」

「空腹なんだろう?」

「はい!」


 苦笑するフラウに、ヘルミーネは元気いっぱいに答えて、いそいそと悠利が並べた食事のもとへとやってくる。ちなみに、本日ヘルミーネは、フラウの指導の下、一日物見台での見張りという任務に付いている。これは、周囲への認識を広げることが出来るので、どの訓練生も経験することらしい。その中でも、斥候、諜報系の職業ジョブや、広い視野を必要とする弓使いなどの遠距離武器を扱う者たちは、何度も経験することになる。ヘルミーネもすでに数回目だという。


「でも、実際物見台にいても、何も来ないんだけどねー」

「そうなの?」

「そりゃそうよ。そんな簡単に魔物が襲ってきてたまりますか」

「それもそうだね」

「その代わり、旅人とか、戻ってきた冒険者とかが、どういう特徴で、どういう人物かを見分ける訓練は出来るけどねー」

「色々あるんだねー」

「そうよー」


 のんきに笑いながら、ヘルミーネは手を合わせていただきますと呟いた。悠利のおかげでこの挨拶はクランメンバー全員に浸透していた。食材に感謝して、作ってくれた人に感謝して、命をいただくという考えを忘れずに食事を食べる。それはとても大切なことなのだ。……特に、食料の調達が若干命がけなこの世界において。(魔物肉とかダンジョン産の食材などがあるので)

 ヘルミーネが最初に手に取ったのは、ポテトサラダの入ったコロネだった。中身何?と聞かれて、悠利はのほほんとポテトサラダと答えた。もはや、パンの中に何かが具材として入っていることに、誰も違和感を覚えないメンバーたちだった。サンドイッチを自作して以降、なんだかんだでパン屋の店主を巻き込んで、パンの中に何かを詰める、あるいはパンの上に何かを載せる、をやりまくっている悠利なので。

 ぱくり、とヘルミーネはコロネを齧った。冷えたパンと、同じように冷えたポテトサラダが口の中に広がる。サンドイッチとはまた違う食感だった。そして、冷たいポテトサラダと冷たいパンという組み合わせが、なんだかんだで暑くなり始めた時期である今は、大変心地よい。口の中で二つの味が混ざるのもまた、美味だった。

 続いて、オーク肉のショウガ焼きに手を伸ばす。味がしっかり染み込むように煮詰められているので、どこを食べても味がする。また、タレで煮込んでいるので肉がぱさぱさにならず、じゅわっとジューシーだった。甘辛い味に染まったタマネギもとても美味しい。更に、キャベツの千切りを巻くようにして一緒に食べると、シャキシャキのキャベツに肉の旨味が伝わって、何とも言えず食欲をそそる。


「んー!美味しい!」

「美味しい?」

「とっても美味しい!ユーリ天才!」

「あはは、ありがとう」


 上機嫌のヘルミーネに、悠利は嬉しそうに笑った。そんな二人を見ながら、フラウも口元に笑みを浮かべている。なおルークスは、フラウの隣で門の向こうを一生懸命見つめていた。ヘルミーネの代わりに見張り番をするつもりなのだろうか。妙に張り切っているので、誰もその行動をとがめなかった。


「このパン、これだけで充分ご飯になるよね?」

「そうだね。でも、それだけだと、皆には足りないかなと思って」

「携帯食としてなら、それだけで充分じゃないか?」

「そうですか?とりあえず今日は、届けられる場所だったので、お肉も持ってきました」

「美味しいから問題無し!ありがとう」

「どういたしまして」


 

 笑顔で感謝を伝えてくるヘルミーネに、食べてくれる人が喜んでくれたら嬉しいよ、と悠利はいつものように笑うだけだった。

 

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