拾った子猫にねこまんま。


 その日、悠利ゆうりは食事当番のカミールを伴って食材の買い出しに出かけていた。事が起きたのはその帰り道のことだった。大人しく悠利の足下をぽよんぽよんと跳ねていたルークスが、突如何かを発見したのか勝手に移動を始めたのだ。


「ルーちゃん?」

「え、ルークスどうした?」

「キュウ、キュイ!」


 こっちだ!みたいな感じのルークスを、仕方なく追いかける二人。買い物に使っているのは魔法鞄(マジックバッグ)なので、荷物が重くないのが幸いだった。何だかんだで今日は結構買い込んでしまった。きっと、市場の皆さんが上手に売り込んできた+オマケをくれたせいだ。重量が普通にあったら、今頃荷物持ちのカミールがへばっているぐらいには買い込んでしまっていた。

 大丈夫です、主夫としての経験を着実に積んでいる悠利は、きっちり値切り交渉もしております。だから無駄遣いにはなっていないのです。多分。


「ルーちゃん、どうしたの?」

「キュ!キュウ!」

「……えーっと、子猫?」

「お、本当だ。ぐったりしてるけど、大丈夫かー?」


 ルークスが示したのは、建物の影になっている部分でぐったりと蹲っている子猫だった。金茶色の毛並みの子猫はぴくりとも動かない。カミールが近づいて撫でると、ぴくりと反応をするが、それ以上は動かなかった。心配になってカミールは小さな猫を抱き上げた。子猫は大人しくカミールに抱き上げられる。温かな身体に、ちゃんと生きていると解ってホッとするカミール。


「怪我とかしてる?」

「見た感じはしてない。……てか、ユーリ鑑定しろよ」

「あ、そっか。ちょっと待ってね」


 自分がチート技能スキルな【神の瞳】さんを所持していることを、ついうっかり忘れがちな悠利である。鑑定したら一発だということを、ついつい忘れるのだ。……彼にとっては、世界最強の鑑定チートも、「食材の目利きに便利!」ぐらいの扱いだった。最近「仲間の体調管理に使える!」と気づいたぐらいかもしれない。……何でだ。

 そうして、子猫を見ていた悠利は、【神の瞳】を発動させる前に、違和感に気づいた。じぃっと子猫を見る。そして、口を開いた。


「……ねぇ、カミール。その子、靴履いてない?」

「……え?」

「あと、何か服着てない?」

「……着てるな」


 丸まっていたので気づかなかったが、何故か子猫は、服を着て、長靴を履いていた。その瞬間二人は理解した。これは絶対、猫じゃない。ただの猫じゃない。絶対違う。いくらのほほんの悠利でも、服を着て、靴を履いた猫が普通の猫とは思えない。……何故なら、この異世界で、ペットに洋服を着せる文化は存在していないからだ。日本ならいるかもしれないが。

 カミールは、そろそろと子猫をその場に降ろした。彼は猫が好きだった。とてもとても好きだった。悠利も子猫は可愛いから大好きだった。だがしかし二人は、目の前の子猫から厄介ごとの気配を察した。幸い、怪我をしているようには見えない。うっかり鑑定して、情報を手に入れるのも恐ろしかった。関わらない方が良い気がしたのだ。


「……カミール」

「ユーリ」

「「帰ろうか」」


 二人は顔を見合わせて、こくりと頷いた。厄介ごとを拾ってはいけない。ただの子猫を拾って帰った場合は、「引取先を探せよ」とか「元気になったらどうにかしろよ」とか言われるぐらいで終わるだろう。だがしかし、服を着て、靴を履いた子猫。どう考えても普通じゃ無い子猫を連れて帰った場合は、考えるのも恐ろしい。二人が選んだ選択肢は間違いではない。

 だがしかし、そんな二人の目の前で、ルークスが彼らを裏切った。二人が子猫を置いて帰ると決断したと悟ったからなのか、ルークスは子猫をぽよんと身体の一部を伸ばして頭の上へと放り投げた。そうして、ぷにぷにしたその身体で受け止め、半分自分の中に埋め込むようにして固定する。


「ルーちゃん?!食べちゃ駄目だよ!?」

「キュイ」

「え?食べないの?どうするの?」

「キュキュー!」

「あ、こら、ルーちゃん!待ちなさい!何やってるの!」

「マジかよ!あいつ勝手に連れ帰るつもりか?!」


 食べるなと怒られたルークスは、身体を左右に振って否定を示した。ならば何をするのかという問いかけに、ルークスは楽しそうに鳴くと、そのままぽよんぽよんと子猫を頭に乗せたまま、アジトに向かって移動を始めたのだ。暢気な音だが、いつもより速い。悠利とカミールが慌てて追いかけるが、追いつける気配がなかった。流石、超レア魔物の変異種。スペックは相変わらずぶっちぎりだった。

 そうして二人が息を切らせてやっとルークスに追いついたときには、ぽよんぽよんと跳ねている賢すぎるスライムは、アジトの玄関をくぐってしまっていた。なお、出迎えたのはアロールだった。お前等何やってんの?という10歳児の視線が突き刺さった。何も悪くないのに。


「あ、アロール、ルーちゃん止めて」

「止める?おい、ルークス。お前何をしてきたんだ?」

「キュウ?」


 ルークスはアロールを見上げて鳴いた。唯一ルークスと完全に意思の疎通が出来る魔物使いのアロールは、じっととぼける素振りのスライムを見つめた。その視線と、彼女が首に巻いた白蛇の視線に耐えかねたのか、ルークスが鳴いた。


「キュキュイ」

「……あぁ、なるほど」

「キュー」

「それもわかる」

「キュウキュウ!」

「……だからって、それ、連れてきて大丈夫なのか?」

「キュイ」


 ぷいっとそっぽを向くようなルークスに、アロールはやれやれとため息をついた。事の次第を見守っていた悠利とカミールは、呼吸を整えながらアロールを見た。凄腕魔物使いの10歳児は、とてもとても面倒くさそうに、ルークスの頭の上の子猫を示して口を開いた。


「その猫、ワーキャットっていう種族なんだけど、あのままだと変なのに攫われそうだから保護した、らしい」

「「……は?」」

「言っておくが、ワーキャットは魔物じゃないからな。地域によって魔物扱いするが、彼らは獣の姿をした人だ。で、とりあえず腹が減って目を回してるらしいから、何か食べ物を用意してやってくれ、だと」

「……ルーちゃん」


 がっくりと悠利はその場に崩れ落ちた。まず、ワーキャットってなんだろう、と素朴な疑問を抱いたが、そこはこの際スルーした。問題は、腹ぺこが可哀想だから連れ帰ってきたって、どういう思考回路なのかということだ。いや、悠利が腹を空かせた子犬に擬態していたルークスを連れて帰ってきたので、それに倣った可能性はある。結論、悪いのは悠利かもしれない。

 ぽよんぽよんと跳ねているルークスは、頭に子猫を乗せたまま食堂へと向かった。ため息をついてそれを追いかける悠利。同じくカミール。アロールは面倒そうにしながらも、放置すると厄介になりそうだと悟ったのか、大人しく付いてきた。……10歳児に目付をされる男子高校生。


「アロール、ワーキャットって何食べるの?」

「割と何でも食べる。あー、確か、タマネギ系は苦手だったかな?」

「……そこはちゃんと猫なんだ」


 アロールの返答に、悠利はどう見てもただの子猫にしか見えない物体を見つめて、ため息をついた。言われなければ、ワーキャットというのはわからない。まだ小さいからだろう。アロールによれば、ワーキャット、ワーウルフというのは、猫や犬の姿のまま、人と同じように2本の足で立ち、器用に手を使い、同じように言葉を話す種族だという。一説には獣人は彼らから分岐した存在ではないか、と言われている。獣人は人の姿に耳と尻尾が存在する種族なので。

 子猫に何を与えれば良いのか解らずに、悠利はとりあえず、朝の残りのご飯を器に盛った。何を作ろうか考えながら、ついつい手が動いて作ってしまったのは、……ねこまんまだった。何故それにした、というツッコミは入らなかった。というか、見ているアロールとカミールには、それが何か解らなかったのだ。

 ご飯に鰹節を混ぜただけの物体。いわゆる、ねこまんま。ご飯に味噌汁をかけたもの、鰹節を混ぜ込んだもの、まぁ、手抜きというか一瞬で作れるような、残り物ご飯のような、そういうものをねこまんまという。まだペットフードがあまり存在しなかった頃、日本では犬猫に残飯を与えていたという。その流れで、未だにその名称が根付いているという不思議な食べ物である。


「……あ、流石にコレはダメかなぁ……?」


 悠利がねこまんまを片付けようとした瞬間、小さな手が、伸びた。ぺたりと茶碗に触れた。え?と思っている間に、ルークスの頭の上の子猫が身体を起こして、ねこまんまの入った茶碗を引ったくる勢いでぶんどり、そのまま顔を茶碗に突っ込んで食べ始めた。


「……ぇええええ、ねこまんま食べるの???」

「ユーリ、それ、家畜の餌の間違いじゃ……」

「うん、まぁ、猫に与えるご飯で、ねこまんまだったんだけど、まさか食べるとは思わなかった」

「ぅにゃー!」


 一気に茶碗の中身を平らげたらしい子猫は、ぱっと顔を上げた。顔中に米粒が付いている。その状態で、子猫は茶碗を悠利に差し出した。なお、ルークスの頭の上に乗っかったままである。


「……えーっと、ねこまんまで、良いの?他にも作れるよ」

「にゃー!」

「……気に入ったんじゃね?」

「鰹節混ぜただけなんだけど!?」


 カミールの呟きに、悠利は思わず叫んだ。調味料すら使っていない。ただただ、ご飯に鰹節を混ぜただけなのだ。それをここまで喜ぶとはどういうことなのだろうか。或いは、そこまで空腹だったのだろうか。仕方ないので、悠利は差し出された茶碗を受け取り、ねこまんまを再び作った。そんな悠利に対して、子猫は早くと急かすようににゃーにゃーと鳴いた。

 結局子猫は、その後三杯もねこまんまを平らげた。小さな身体のどこにそんなに入るのかと、悠利もカミールもアロールも疑問を抱いた。満腹になった子猫は、顔中の米粒を手で取り、舌で舐め、器用に全部食べ尽くすと、うにゃあと気持ちよさそうに鳴いて、ルークスの頭の上にぱたんと倒れた。

 ……満腹になった幼児が寝るような、そんな仕草であった。


「……アロール、この子猫どうしたら良い?」

「……ワーキャットの子供がこんなところにいるとは思えない」

「……つまりこいつ、迷子?」

「キュウ」

「ルーちゃん、とりあえず今は黙ってて」

「キュイ」


 嬉しそうに、寝落ちた子猫を頭に乗せたまま跳ねるルークスに、悠利が待ったをかけた。言葉を理解出来なくても、今のルークスの反応から何となく何を言いたいのかは察した。一緒に暮らそう、ぐらいのニュアンスに違いない。何しろ、アロールが物凄く顔を顰めていたのだから。


「……鑑定したら、どこの子とか解るかな?」

「……ワーキャットは人だけど」

「うん。でも、緊急事態ということで」

「……そうだな」

「……確かに」


 悠利の提案に、アロールとカミールは素直に頷いた。何故この期に及んで指導係に連絡しないのか、と思うだろう。アジトには誰か一人、必ず指導係が残っているのだから。……さぁ、察しの良い方ならばお解りだろう。本日の留守番担当は学者のジェイク先生である。全然頼りにならなかった。

 そっと、悠利は【神の瞳】を発動させて、気持ちよさそうに眠っている子猫を鑑定した。鑑定して、その場に崩れ落ちた。見たくない情報が入ってきた。何で、と呟いた悠利に罪はない。


「「……ユーリ?」」


 不思議そうに問いかけてくるアロールとカミールを見て、悠利は半分以上泣き笑いみたいな顔をして、呟いた。自分が確認した内容を、この二人にも共有して貰おうと思った。というか、一人で抱えておきたくなかったのだ。


「……種族名、ロイヤルワーキャットって出てるんだけど」

「「はぁあああああ?!」」


 ロイヤル、という単語に悠利は頭を鈍器で殴られたような気がした。この世界の常識に疎い悠利でも、何となく想像がついた。ロイヤルといえば、王族とかを示すようなそういう単語だったはずである。冗談だろ、と呟いたアロールと、頭を抱えて唸っているカミール。そんな二人に悠利は、乾いた笑いを向けるしかなかったのである。



 またしても、騒動の種を拾ってしまった、悠利達なのであった。合掌。


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