おつまみはお揚げにベーコンチーズで。


「えーっと、今日はこれで良いか」


 冷蔵庫の中身をごそごそと探っていた悠利ゆうりは、目に付いた食材三つを取り出すと、小さく呟いた。時間は既に宵の口だ。夕飯もその片付けも一段落した時間帯。だというのに悠利が台所で作業をしている理由はといえば、晩酌中の大人組へ何かおつまみでも作ろうと思ったからだった。

 なお、既に晩酌組には塩キュウリ、塩キャベツ、炙ったチーズを載せたクラッカーなどが提供されている。手軽で簡単なおつまみとしてはそれらでも十分。ただ、今日は全員何やら忙しかったようでお疲れの様子だったので、それならもう一品ぐらい何か作ってあげようと思った悠利なのであった。

 ……思考回路が完全にオカンなのだが、元々こういう性格なので問題無い。実家にいた頃も、何だかんだと晩酌を楽しむ両親におつまみを提供してきた悠利である。特に本人はおかしいことと思わず、台所に立っていた。


「まずはお揚げを開いてっと」


 普段は味噌汁の具か菜っ葉類を炊くときの出汁担当として使われているお揚げだが、使い道は色々ある。ちょっと工夫を加えたら、立派に一品になる素質があるのだ。長方形のお揚げを真ん中で半分に切ると、切り口に指を入れて開いていく。このときに破らないように気をつけるのが重要だ。破れてしまうと色々面倒くさい。

 そうして開いたお揚げの側面に沿うようにして、薄く切ったベーコンを貼り付けるようにして詰め込んでいく。火が通りやすいようにやや薄切りにしている。ベーコンでは無く、薄く切ったハムでも可能だろう。ただ、酒のつまみにするならば塩分の多いベーコンの方が向いていると思ったので、本日はベーコンだ。

 そうしてベーコンを両端に詰めると、開いた真ん中の部分に、同じく薄く切ったチーズを放り込む。ピザチーズっぽいものが存在しないので、相変わらずチーズは手動で適当な大きさに切って使っている悠利である。とはいえ、チーズはチーズ。ちゃんと火を入れれば溶けるので、問題無い。

 そもそもこの料理、詰め込んだ中身を食べるときに見るわけではないので、見た目は関係ないのだ。中にベーコンとチーズがちゃんと入っていて、火が通りやすくなっていればそれで良い。


「幾ついるかなー」


 本日の晩酌組は、アリーとフラウに、珍しくブルックが混ざっていた。ブルックは基本的に自室で一人で飲んでいるようなのだが、今日はアリーとフラウに便乗しているようだ。最初のウチはティファーナも混ざっていたようだが、既に自室に引き上げている。ジェイクはそもそも最初から参加していないし、下戸のリヒトは論外。他の成人組も訓練生にはいるが、指導係と一緒に晩酌を楽しむタイプではないので、三人なのだ。

 ……なお、酒瓶を一本拝借したレレイが、クーレッシュの襟首を引っ掴んでリビングの方へと走っていったのだが、悠利は見ないフリをしておいた。とりあえずヤックにプチトマトと塩キュウリの詰め合わせを運ばせておいたので、多分それで二人で飲んでいるのだろう。……主に、酒豪のレレイが楽しんでいる隣で、クーレッシュが付き合わされているだけだと思うが。

 まぁ、そちらはおいておこう。ただお酒を楽しんでいるだけの若者組は良いのだ。悠利がおつまみを届けたいのは、色々疲れているらしく、晩酌しながらちょっと愚痴大会みたいになっている大人組なのだから。

 三人分ならば、既に夕飯も食べているのでそれほど必要ないだろうかと思って、数は一人三つほどにしておいた。一応、味見用に自分の分も一つ追加。見習い組はリビングで騒いでいるか、自室に戻っているか、風呂に入っているかなので、余分には必要ないだろう。……沸いてきたら、その時はその時だ。

 数を揃えたら、あとは焼くだけだった。フライパンを少し温めると、作ったベーコンチーズ入りのお揚げを並べていく。油は引かずに、弱火でじっくりと火を通す。お揚げの表面に焦げが付いたら、ひっくり返して同じように焼いていく。これだけで、完成である。

 弱火で焼いても火が通るように、ベーコンもチーズも薄く切ってある。お揚げの口は閉じていないが、そもそも溢れるほど詰め込んでいないので問題無い。溶けたチーズがノリの役目を果たしてくれるので、爪楊枝で止めたりしなくても大丈夫なのだ。じじじというお揚げの油が焼けていく音と、香ばしい匂いが台所に充満した。

 味見用の一枚を小皿に取って食べてみれば、さくりとした焼かれたお揚げの食感と、とろりと溶けたチーズが口の中で混ざり合う。また、じゅわりと旨味を強調してくるのはベーコンだ。チーズとベーコンの相性は基本的に抜群なので、文句なしに美味しい。それを包むのがお揚げというのが意外性かもしれないが、元々お揚げはそこまで味を主張しないので、大人しく袋の役目を果たしている。

 表面ぱりぱりで、中身とろとろという不思議な食感。焼きたてで、溶けたチーズが口の中で暴れるのを、はふはふしながら食べるのもまた一興だった。


「うん、大丈夫。ベーコンとチーズの塩味で十分なのが、楽で良いよね~」


 あえて調味料を使わずにすむ、というのがお手軽だと悠利は思う。意外に、これはおつまみとしてではなく、おかずにもなり得るだろう。無論、欠食児童達にしてみれば物足りないかもしれないが、食の細い女性陣などならば、十二分に主賓として通用する感じがある。夕飯ではアレかもしれないが、朝食ぐらいならこれで良いかもしれない、と悠利はぼんやりと思った。

 次々に焼き上がるお揚げを大皿に盛りつけると、悠利は皿を手にして食堂へと足を向ける。大人三人が、グラスを傾けながらあーだこーだと話をしていた。先に渡しておいたおつまみの類は、半分ほどが姿を消していた。いつもよりペースが早い気がする。


「皆さん、おつまみの追加持ってきましたよ~」

「あ?つまみの追加?」

「今日は何だかお疲れみたいなので」

「「…………」」


 へらりと笑って悠利が告げると、三人はそっと視線を逸らした。今日は三人とも、訓練生や見習いの指導を行っていたはずである。それでこの反応。絶対何かあったんだろうなと思いつつ、悠利はその内容については言及しない。聞いても意味がわからないからだ。

 どうぞ、と大皿を三人の中央に置けば、なんだそれはと言いたげな視線が返ってきた。まぁ、無理も無い。見た目、ただの焼いた四角いお揚げである。おつまみとして差し出されるにしては、よくわからない感じだった。

 悠利は慌てず騒がず、小皿と箸を三人に手渡す。フォークよりは箸の方が掴みやすかろう、という判断である。この三人は箸もシルバー三点セットも問題無く使えるので、その辺ありがたい。人によっては、箸はやや苦手だとか、シルバー三点セットはやや苦手だとかある。ちなみに、悠利もシルバー三点セットの正しい使い方は解らない。テーブルマナーなんて難しいことは、男子高校生には無縁です。


「お揚げの中にベーコンとチーズを入れて焼いてあります。そのままどうぞ」

「「いただきます」」


 悠利の簡潔な説明に、三人はとりあえず食べてみることにしたらしい。四角いお揚げを箸で摘まんで、口へと運ぶ。さくりという食感に焼いたお揚げを感じた三人は、次の瞬間口に広がるチーズとベーコンの旨味に、表情をゆるめた。焼いたお揚げだけならばつまみにはならないが、塩気のあるベーコンとチーズの旨味が広がることで、十分に酒の肴の役割を果たせると理解したからだ。

 三人が飲んでいる酒はバラバラなのだが、まぁ、つまみに特に文句を付ける面々でも無かった。合う合わないは確かにあるのだろうが、美味しければそれで良いみたいな雰囲気だ。ちなみに、アリーが飲んでいるのはどぶろくめいた濁った酒で、フラウは辛口のワイン。ブルックは安定の果実酒オンリーだった。約一名、見た目と傾けているグラスの中身がまったく一致していないが、気にしてはいけない。好みは人それぞれだ。


「残り物で作ったんですけど、お口に合いましたか?」

「ん、美味い」

「問題無いよ、ユーリ」

「ありがとう」


 三者三様の返答であったが、いずれも好意的であったことにほっとした。まぁ、この三人は普段も特に好き嫌いを口にするわけでは無いので、悠利としても心配はしていなかったが。ひょいひょいと減っていくお揚げを見て、良かったと笑う悠利。先ほどまでどこかどんよりしていた空気が、ほんの少しだけはれたように見えたからだ。

 酒を飲んでいる三人を残して、悠利は台所の片付けへと戻る。今さっき使った道具を洗うためだ。冒険者がどういうものか、指導係達がどんな苦労を背負い込んでいるか、悠利はまったく知らない。ちゃんと、本当の意味で理解出来ることはないだろうなと思っている。何しろ彼らは立ち位置も、普段の生活もあまりにも違いすぎる。

 けれど、だからこそ出来るバックアップもあるだろうと思っての、今日の行動だ。少なくとも、アジトに帰ってきたならば、疲れを癒やして欲しいと思うのが悠利の感想。基本的に主夫として家事しか出来ることは無いが、せめて美味しいモノを食べて笑顔になって欲しいと思うのである。……アジトのおさんどんとして、彼は日々精進していた。男子高校生としては間違った方向に。

 

「……ねー、アレなぁに~?」

「うわっ!?レレイ?」

「すっごーく美味しそうなんだけどさー」

「……悪い、ユーリ。捕まえきれなかった……。つーか、水、水をくれ……」

「クーレ、大丈夫?レレイ、クーレはレレイほど強くないんだから、無理な飲ませ方しちゃダメだよ」

「無理には飲ませてないもーん」

「……口当たり良いから油断した」


 差し出されたコップの水を飲みながら、クーレッシュがぼやく。ちっとも飲んでいるように見えないレレイと、若干二日酔いみたいなオーラを出しているクーレッシュ。酒豪のレレイに付き合う事が多いクーレッシュは、それでも自分のペースはちゃんと把握している。レレイもまた、自分が楽しく飲めれば良い人種なので、無理に押しつけたりはしない。

 では今日に限って何でこんなことになっているかと言えば、レレイが持ち出した酒が、妙に口当たりが良かったからだ。まろやかで、するすると飲めてしまう。ところがどっこい、酒精はそれなりにあるので、そこまで酒に強くないクーレッシュは悪酔いしてしまったのだ。なので、まぁ、多分レレイは悪くないのだろう。


「あー、くっそ、マジ油断した」

「水にレモン入れようか?」

「頼む」

「蜂蜜は?」

「ちょっとだけ」

「了解」


 台所に備え付けられている椅子に腰掛けているクーレッシュの要望に応えて、悠利はグラスにレモンと蜂蜜を加えた水を用意する。さっぱりと甘いが入った水を飲みながら、クーレッシュは呻いている。口の中が妙な感じなのだろうか。レモン水で頭もさっぱりさせたいところらしい。

 さて、そんな二人の微笑ましいやりとりを一応最後まで黙って見守っていたレレイは、洗い物に戻ろうとする悠利の手を掴んで、にっこりと笑った。子供がお菓子を強請るときのような笑顔だった。多分間違っていない。


「で、あっちで三人が食べてるアレ、何?」

「……おつまみ?」

「あたしも、あたしも食べたい!」

「……仕方ないなぁ。クーレは?」

「無理。今何か食ったら、マジで吐く」

「クーレの軟弱者~」

「おめーの酒豪っぷりがおかしいんだよ、阿呆」


 つんつんとクーレッシュの額を小突きながらレレイが笑うと、面倒そうに呻きながらクーレッシュが言い返す。そんな二人を見つめながら、悠利はやれやれと肩を竦めつつ、冷蔵庫へ向かうのだった。レレイの分と、一応念のため、クーレッシュの分も作っておこうかな、などと考えながら。



 ちなみに、食いっぱぐれた見習い組が、食べてみたいと強請った結果、翌日の昼のおかずに並ぶことになるのだが、そんなことは考えもしない悠利であった。


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