炊き出しにオークもやし蒸しです。


 王都ドラヘルンには、広場が二カ所ある。

 一つは王城近くの広場。こちらは、主に儀礼祭典に使われている。普段は人々の憩いの場所になっている。もう一つは、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトのある下町付近に存在した。そちらも普段は住民の憩いの場なのだが、王城近くの広場と違う部分があった。それは、何故か広場のあちこちに存在する、炊事場だった。簡易的な台所が設置されているのだ。

 実は王都ドラヘルンでは、定期的に炊き出しが行われている。下町の人間や、余所から流れてきた日雇い労働者。未だ稼ぎの少ない冒険者たちなどに振る舞われている。必要経費は国から出されている。ただし、当日の作業を行う人員に関しては住民の持ち回りでボランティアだった。この炊き出しのときばかりは、住んでいる区画に関わらず、あちらこちらから女性陣がやってきて仕事に励んでいる。

 そんな、月に一度の炊き出しの準備に追われている広場へと、悠利ゆうりは足を運んでいた。今回の炊き出しの責任者は、アジトの隣で素泊まり宿屋を経営している女将さんだ。馴染みの女将さんの姿を探していた悠利は、炊事場で作業に励んでいる女性を見かけてそちらへと足を向けた。


「女将さん、準備はどんな感じですか?」

「あぁ、ユーリくんかい。問題無いよ。今回はありがとうね」

「いえいえ、あ、僕もお手伝いしますね」


 愛用のエプロンを学生鞄から取り出して、悠利はにこやかに笑った。その足下でルークスも、ぽよんぽよんと跳ねて、お手伝いを主張していた。……外出するときはルークスが悠利の護衛を引き受けているのである。そして、それがもはやお馴染みになってしまっているので、周囲の人々も誰も気にしなかった。慣れって凄い。

 本日の炊き出しのメニューは、オーク肉ともやしを蒸したモノだ。オーク肉が余っていると聞いて、悠利が自分が作ったことのあるメニューを女将さんに案の一つとして伝えたら、了承されたのである。というのも、使うのが大量に余っているので価格が安くなっているオーク肉と、いつでも値段の安いもやしである。美味しくて安いとなれば、食いつくのは当然だった。

 作り方はいたって簡単で、水洗いして軽く水を切ったもやしを鍋の底が隠れるように敷き詰める。このとき、もやしの根が気になる人は取れば良いのだが、今回のように大量に作る場合は追いつかないので、割愛する。もやしを一度敷き詰めると、その上に重ならないようにしてオーク肉を並べていく。肉が一面に並んだら、またもやしをいれる。そして、その上に肉を並べる。これを鍋の八分目になるぐらいまで繰り返すのだ。

 ちなみに、肉は多少脂があった方が良いので、そういった部位を選んでいる。脂が少ない肉を使うと、火が通り過ぎて肉が固くなってしまうのだ。固いお肉は悲しくなるので、多少脂のある部位を選びましょう。


「えーっと、顆粒だし、顆粒だし~」


 幾つもある鍋の一つにもやしとオーク肉を詰め込んだ悠利は、調味料が並んでいる箱から顆粒だしを探し出して手に取った。この顆粒だしは、悠利が生産ギルドにレシピを登録し、ハローズが錬金術師達に声をかけて作製し、売り出している商品である。本日使うのは、鶏ガラ系の顆粒だしだ。

 ……え?魔物肉主体の世界に、鶏ガラあるの?一応、鶏卵用の鶏は養殖されています。また、鶏系の魔物の骨を用いると、さらに上等な味わいになります。まぁ、本日使うのは、庶民御用達の、普通の鶏の骨を用いた鶏ガラです。

 敷き詰められたオーク肉ともやしの上に、ぱらぱらと鶏ガラの顆粒だしをふりかける。さらに、酒をくるりと回しかける。この酒は日本の料理酒に近いものを選んだ。……お酒、と一口に言っても色々あるのです。とりあえず、この場合、使用に適しているのは米で造ったお酒だった。間違ってもワインとか焼酎とかビールとかを放り込まないで欲しい。

 そうして酒と顆粒だしを放り込んだら、蓋をして蒸す。以上。


「簡単だってのに、割と美味しいんだよねぇ」

「どちらかというとライス向けなんですけどね」

「ライスも用意してるから、問題ないよ」


 既に試食を終えている女将さんは、しみじみと呟いた。食材を刻んだりしなくて良いので、手間が省けるのは事実だった。そして、とりあえず調味料を入れて蒸すだけというお手軽さ。大量に用意をしなければならない今日のような炊き出しにとって、大変ありがたかった。一度に大量に作れるとか、手間がかからないとか、大量に作る時には必須条件です。

 蒸し上がるのを待っている二人の足下で、ルークスはせっせせっせともやしを食べていた。正確には、水洗いした時にボウルに残った、短いもやしを食べている。どうせゴミになるならと、本日のルークスはあちこちで生ゴミ処理に励んでいた。見た目が可愛いので、料理を担当しているボランティアの女性陣にも受けが良い。……何だかんだで大活躍だった。


「キュウ、キュイ」

「ルーちゃん、もやしばっかり飽きるだろうから、お肉の破片もあげるね」

「キュキュー!」

「はい、エネルギー補給して、頑張ってね?」

「キュウ!」


 オーク肉の破片を貰ったルークスは、やる気満々で炊事場を移動し始めた。そもそも、ルークスは悠利に褒められることが嬉しくて、その為に掃除を頑張っている節がある。なので、今も、頑張ったら褒めて貰えるということを考えて生ゴミ処理に励んでいた。……それで良いのか、レア種の変異種よ。


「あぁ、蒸し上がりましたね。それじゃ、ごま油と醤油をっと」

「そっちは頼むよ」

「了解です」


 目の前の鍋の蓋を取って、悠利はぐるりと箸で中身をかき混ぜた。もやしとオーク肉にほどよく火が通り、酒と顆粒だしで下味が付いている。そこに、ごま油をぐるんと流し入れて、よく混ぜる。そして最後の仕上げとして醤油を回しかけ、同じく混ぜる。よく混ぜる。

 鍋の底には、もやしから出た水と、オーク肉から出た脂で出来たスープが存在していた。ごま油と醤油を加えたことで、実に食欲をそそる匂いが漂ってくる。味見として小皿に取って食べてみるが、良い塩梅だった。

 ほどよくシャキシャキが残っているもやし。火は通っているが柔らかさを残したオーク肉。魔物の肉だけあって、悠利が今まで食べてきた豚肉よりも旨味が強い。豚肉と同じように使っているが、しいていうなら、国産豚肉とかブランド豚とかそういうものに近い気がする。異世界の魔物肉強い。


「……ご飯欲しくなるんだよねぇ」


 ぼそりと独り言を呟いてしまったのも、無理はないことだった。妙に食欲をそそるこのオークもやし蒸し、ぶっちゃけた話、悠利は丼として楽しみたい料理だった。おかずとして食べても問題無いのだが、スープごと白米の上に乗せてしまえば、恐ろしいほどに食が進む。

 ……実際、アジトで作ったときは、まだそれほどライスに馴染んでいなかった面々に、「パンよりライスの方が絶対に美味いし、騙されたと思ってライスの上に乗せて一緒に食べて」と押し切った。その結果、白米が全滅した。育ち盛りの欠食児童達の食欲をイマイチ把握できていなかった悠利の敗北だった。慌てて早炊きで白米を追加したのも懐かしい想い出であった。

 まぁ、そんな想い出は横に置いておこう。とにかく、準備は整った。炊き出しにやってくる人々の姿が見えてくる。まず最初に、パンかライスかを聞いてから手渡す事になっている。パンの場合は、大皿にパンとオークもやし蒸しを一緒に盛りつける。ライスの場合は、丼に仕立てて渡す。これなら、器が一つですむので、後片付けが楽なのだ。


「で、アンタは配らないのかい?」

「え?僕裏方で良いですよ?」


 やってくる人々に料理を渡している女性陣の背後で、悠利はせっせせっせと後片付けをしていた。洗い物をしたり、ゴミを拾ったり。勿論、その足下で同じようにルークスも一生懸命働いていた。ある意味今回の炊き出しの立役者でもある筈の悠利は、表に出ること無く、思いっきり裏方を満喫していた。

 女将さんは呆れたような顔をして、それでも何か納得したように苦笑した。悠利が目立つことを好まず、平々凡々な日常を愛していることを彼女は知っている。……まぁ、冒険者の初心者育成クランで、何故そんな生活を満喫していられるのかとは、疑問ではあるのだが。意外と《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の日常は平和です。


「何だこれ…!ライスがめっちゃ美味いぞ」

「いや、パンでも美味い!」


 食べ始めた人々がざわざわしているが、悠利は気にしない。炊き出しは原則的に一人一回なので、お代わりは不可能。パンを手にした人々の中には、ライス派の上げる「これは素晴らしい!」みたいな叫びに悔しそうな顔をしている者もいた。そこは運なので諦めて欲しい。パンを選んだのは君です。

 とはいえ、パンに合わないかと言われたら、別にそうでもない。本日のパンは、シンプルなロールパン。シンプルなだけに、おかずの味を邪魔しない。パンと一緒に食べても別に悪くはないらしい。悠利の脳裏に、カツサンドとか焼き肉サンドとか焼きそばパンとかが浮かんで消えた。そういう系統になるのかもしれない、と思いながら。


「キュウ」

「ん?どうかしたの、ルーちゃん」

「キュキュー?」

「あぁ、鍋、キレイにしてくれるの?」

「キュ!」

「それじゃ、お願いしようかな。ルーちゃんにキレイにして貰ったら、水洗い楽だし」

「キュイ!」


 任せろと言いたげにルークスはぽよんと跳ねた後、鍋を取り込んだ。もごもごと胎内で鍋が転がされているのが見える。ぎょっとしている者達もいるが、悠利はにこにこ笑ってその光景を見ている。

 そう、何気にオーク肉の脂と、味付けに使ったごま油がこびりついているので、洗うのは大変なのだ。お湯が出るとは言え、油汚れをキレイに取るのは大変である。それをルークスが取り除いてくれるというのなら、便乗する以外の考えは存在しない悠利だった。

 ……お前、従魔が何か解ってるか?というもっともなツッコミを入れてくれるアロールは、この場にいなかった。いたら多分、悠利の頭を殴って、従魔とは何かを懇切丁寧に説明してくれただろう。

 とりあえず、そんなこんなで、ひたすらお片付けを担当する悠利であった。時々、女性陣に混ざってエプロン姿で彷徨く少年(しかも足下にスライムがくっついてる)を目撃して、何も知らない人々が驚いていたが、当人は気にしていなかった。周囲の、既に慣れている人たちも気にしていなかった。



 なお、様子を見に来たアジトの面々に「夕飯はアレで!」と言われたことによって、本日のメニューがあっさり変更になったのはお約束である。

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