新人つぶしはいけないことです。


 その男達を見た瞬間、悠利ゆうりは違和感を感じた。違和感というよりは、チート技能スキルな【神の瞳】さんからの警告だった。最近色々進化しているのか、悠利が使いこなせてきているのか、【神の瞳】は単純な危険を警告する能力だけでなく、悪意のある存在を悠利に伝えてくる。ただし、悪意があるといっても、子供の悪戯レベルの小さな悪意の場合は、とりあえず警告したという感じのオレンジ色。そこから徐々に危険度が上がると赤みが増し、即座に対処するべきだという相手には真っ赤になる。

 病気や怪我の場合の警告の赤と、微妙に印象が違うので悠利本人には見分けが出来ている。或いは、技能スキルからの情報伝達で、同じ赤でも違う意味合いだと把握できているのかもしれない。とにかく、その時悠利は、近年希に見るレベルの危険度の赤を纏う男達を見たのだ。


「……クーレ、あの人達何?」

「え?さぁ?冒険者ギルドに入ってくんだから、冒険者だろ?」

「……冒険者」

 

 本当に?という疑いの籠った声音で悠利が反芻するのを聞いて、クーレッシュは瞬きを繰り返した。悠利は基本的に他人に対してそこまで敵意や疑いを向けない。……その代わり、そんな悠利がこういった反応をするときは、何かがあるのだとクーレッシュは知っている。彼もまた、初対面で悠利に命を救われた一人であり、悠利の持つ鑑定能力の高さを知っている一人であったから。


「何かあんの?」

「んー、何がってわけじゃないんだけどね」

「おう」

「あの人達、赤い・・んだよねぇ……」

「……赤?」


 ぴくり、とクーレッシュの眉が跳ねた。悠利が口にするの意味を、クーレッシュは知っている。危ないモノは赤く見えると以前悠利が告げていたからだ。…ちなみに、これは技能スキルが鑑定でも発動する状況だ。精度が違うだけで、基礎スキルの鑑定だろうと、アリーが所持している【魔眼】だろうと、有害なモノは赤として認識される。

 ……ただし、悠利の【神の瞳】のように、常時発動しつつ所持者に負担をかけないなどという芸当は、他の二つでは不可能だ。鑑定は大なり小なりそちらへ意識を向けなければ発動しない。【魔眼】の場合は【神の瞳】と同じように常時発動だが、使いすぎると頭痛や疲労が蓄積される。……今日も【神の瞳】さんは絶好調にチートだった。

 とにかく、悠利がと表現した男達は、冒険者ギルドに入っていった。そして、二人が中に入ろうとするより先に、出てきた。その背中を追いかけるように数人の若者が出てきたのを、クーレッシュは思わず腕を掴んで引き留めた。相手が驚いた顔をして、けれどすぐに笑顔になる。


「よぉ、クーレッシュじゃないか。どうした?」

「いや、お前らにちょっと聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「そう」


 目配せをされて、悠利はこくりと頷いた。男達は若者達が追ってこないのに首を傾げつつ、クーレッシュと悠利が彼らと談笑する光景を作り出すと、納得したようにひらひらと手を振って去って行った。合流場所は決めてあるのだろう。そんな雰囲気だった。

 二人に呼び止められる形になった若者達は、不思議そうに彼らを見ている。悠利は目の前の若者達を確認して、彼らは普通に見えることをクーレッシュの手を突くことで伝えた。彼らに害意は無い。危険はない。あったのは、あの男達だけだと。


「それで、聞きたい事って何だ?」

「さっきの人たち、お前らの知り合い?」

「知り合いって言うか、今度、一緒にダンジョン探索して貰えることになった」

「……へぇ?」


 若者達はクーレッシュと同年代であり、冒険者として登録したのもほぼ同時期。ギルドの初心者講習で一緒になったと悠利に簡単に説明してくれる。その後、彼らは簡単な依頼を自分たちで受けながらパーティーを組み、少しずつ腕前を上げてきたのだという。クーレッシュは基礎をきっちり学ぶために《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の門を叩いたので、そこで道が分かれたのだ。

 ダンジョン探索、とクーレッシュが小さく呟く。悠利の話を聞かなければ、何も思わなかっただろう。だが、悠利が危険だと判断した以上、このまま放置しておくわけにはいかないのだ。……何も無ければ、悠利が危険だということはない。

 ……それに何より、普段のほほんとしているルークスが、男達を微妙に警戒していたのが気にかかるクーレッシュだった。見た目は可愛いスライムだが、その能力の高さをアジトの皆は知っている。悠利だけは暢気に「ウチのルーちゃんは凄い子!」みたいなノリだが、そんな程度では無いことをクーレッシュは理解している。


「あのさ、それ、お前らから頼んだの?あの人らから声かけてくれたの?」

「声かけて貰ったんだよ。俺達もちょっとは腕を上げたってことかな?」

「……ユーリ」

「うん」


 嬉しそうに笑う彼らには悪いが、どうにもそんな感じはしない。二人の目から見ても、この若者達はまだまだ駆け出しで、共にダンジョンを探索するメリットが男達にあるようには思えない。

 首の後ろがぞわぞわする、とクーレッシュがぼやく。嫌な予感が拭えない。考えすぎであって欲しいと思っても、悠利の能力を知っているだけに、楽観視が出来ないのだ。


「……同行、危険」

「兄さん達、あいつらと組むのは止めた方が良いぜ」

「マグ?」

「ウルグス?」


 いつも通りの淡々とした口調で呟く少年と、面倒そうにぼやく少年の二人連れ。本日は近場まで採取依頼に出かけていた見習いコンビは、悠利とクーレッシュにではなく、若者達に告げていた。なお、彼らは依頼の報告を終えて冒険者ギルドから出てきたらしい。


「お前ら、あの人たちのこと知ってんのか?」

「……否?……諾?」

「知ってるつーほど知らねぇけど、胡散臭い。今日、俺らにも声かけてたぜ」

「二人に?」

「えー……。お前らにぃ?」


 きょとんとする悠利と、胡乱そうな顔をするクーレッシュ。それもそのはずで、マグとウルグスの二人は、まだ装備品もそこまで揃っていない、駆け出しの駆け出しとしか見えない出で立ちだ。危険の少ない場所での採取にしか出かけていない。

 ……とはいえ実は、戦士の職業ジョブと豪腕の技能スキル持ちのウルグスは身体能力が高かったし、スラム出身のマグは地味に隠密や諜報の技能スキルに暗殺者の職業ジョブを持っているので、見た目の割に強いコンビなのだが。

 そんな二人に声をかける理由など、見当たらない。どう考えても足手まとい以外の何でも無いからだ。


「裏表、ある」

「マグの勘は当たるし、俺も、どうにも信用しきれねぇ」

「……実は、ユーリの判定もアウトなんだけどな。あと、ルークスも警戒してた」

「マジかよ」

「……確定」

「僕とルーちゃんだけならともかく、マグとウルグスもアウト出してたんだ……。もうこれアウト確定だよね、クーレ……」

「確定は確定でも、証拠はねぇだろ?勘だけで判断してもなぁ……」


 うーんと唸っている少年達に、若者達はきょとんとしている。いきなり現れたマグとウルグスに驚いている間に、四人で何やら盛り上がっているのだ。置いてきぼりにされてしまった感が強い。間違ってない。

 それでも、何も言わずに立ち去ろうとしない辺りが、人が良いのだろう。ちょんちょんとクーレッシュの肩を叩いてから、離脱を伝えてくる。


「クーレッシュ、俺ら打ち合わせがあるから行くな?」

「待て待て待て!この状況で普通にさらっと行こうとすんな!」

「え?いやだって、お前らなんか仲良くお話し中だろ?」

「違うわ!むしろ当事者はお前らだよ!」


 意味が解っていない若者達に、クーレッシュが叫んだ。そう、危ないのは彼らだ。危険だと、アウト確定だと解っている男達にのこのこと近づいていこうとしているのだ。危機管理能力をもうちょっと身につけてくれと、思わず苦言を呈したい。……とはいえ、男達は表向きは普通に友好的だったし、クーレッシュも悠利に言われなければ彼らを気にしなかっただろう。

 そんなことをしていると、追いかけてこない若者達を気にしたのか、男達が戻ってきた。。クーレッシュは若者の腕を掴んだままで。マグとウルグスは、無言で男達を見ている。

 そして、悠利はと言えば。


「……クーレ、クーレ、アウト確定。ステータスの備考に《新人つぶし》ってあった」

「マジかよ。完全にアウトじゃんか。マグ、ウルグス、ギルマスに連絡。何か言われたら、ユーリが言ってるって伝えたら、多分話通る」

「諾」

「了解」

「クーレッシュ?」

「お前らは、こっちにいろ」


 ぼそりと悠利が伝えた情報に、クーレッシュは嫌そうに呻いた。意味が解っていない若者達をそっちのけで、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》組で話が進む。マグとウルグスは即座にギルドの中へと走っていった。伝言をするだけの簡単なお仕事です。

 なお、悠利が何故男達のステータスを確認したのかと言えば、アリーに言われた言葉を覚えていたからだ。基本、他人のステータスを視るのは失礼に当たる。プライバシーの侵害だ。勝手に視るなと口を酸っぱくして言われていた。

 だがしかし、何事にも例外がある。【神の瞳】が警告を出した人物に関しては、ステータスを確認しても良い。アリーはそう、悠利に告げておいたのだ。その代わり、視たからといって一人で行動するのではなく、誰かに協力を仰げとも言い含めていたが。

 そんなわけで、悠利は向こうから証拠がやってきてくれたとばかりに、【神の瞳】を発動させたのだ。ステータスの備考欄というのは、普通は何もない。時々、特筆するべき内容があるものだけが現れる。例えば、職業ジョブではないが何か有名な二つ名があるとか、役職に就いているとか。

 そして今回、男達の全てに《新人つぶし》という実にありがたくない内容があったのだ。本当にありがたくない。


「ユーリ、間違いないんだよな」

「僕がここで嘘をつく理由はないよね?」

「だな」


 男達は不思議そうな顔をしながら、若者達に声をかけようとした。それを、クーレッシュが遮る。悠利もその隣で、若者達に伸ばされた男達の手を、やんわりと押し返した。困ったように笑いながら、「すみません~」といつもの能天気な口調で、だ。緊張感がちっとも無かった。

 更に緊張感が無くなるのは、そんな悠利の足下でルークスがぽよんぽよんと跳ねているのが微笑ましいからだろう。だがしかし、いつも通りに跳ねているように見えて、ルークスは微妙に男達を警戒している。出来るスライムは、従魔の勤めとして、男達が悠利に危害を加えようとしたら、即座に吹っ飛ばすつもりで、準備運動で跳ねていた。……怖い。


「うん?俺達はそこの彼らに用事があるんだが?」

「その用事、永久に不要にして貰いたい気分なんですけど」

「っていうか、悪いことは止めましょうね、おじさん達」

「はぁ?」


 珍しく真面目な顔で口にするクーレッシュと、幼い子供に言い聞かせるような悠利。男達が首を捻っていると、今日も単眼鏡モノクルがよく似合う初老紳士なギルマスがおいでになった。穏やかな微笑みを浮かべているが、その空気はどこか冷えている。


「こんにちは、ユーリくん。また何か、ありましたか?」

「こんにちは。あちらの方々のステータスの備考に、《新人つぶし》とあったんですけれど、どうしましょうか?」

「おやおや、それは穏やかではありませんねぇ……」


 ぎょっとしている男達とは裏腹に、ギルマスの微笑みはより深みを増した。……悠利とクーレッシュの耳には、確かに聞こえた。ギルマスの、「ようやっと尻尾を出しましたか」とかいう、何とも言えず恐ろしい独り言が。

 あぁ、目を付けられてたんだ、と二人は思った。ギルマスがすぐに出てきてくれたのもそのせいかもしれない。男達が何かを言うよりも、悠利やクーレッシュが動くよりも、パチンとギルマスが指を鳴らす方が早かった。瞬間、どこに潜んでいたのか数人の男女が現れて、男達を捕縛していく。いきなり始まった捕り物に周囲がざわめいたが、ギルマスが笑顔で「内輪ごとですので」とか言った瞬間に、誰も何も言わずに立ち去っていった。冒険者ギルド怖い。


「……えーっと、ギルマス?あの、これは」

「随分と前から巧妙にアレコレやらかしていたようなのですが、なかなか尻尾を出しませんでしたから」

 

 実に爽やかな笑顔だった。初老紳士の爽やかな笑顔。なのに背後に背負っているのがどす黒いオーラってどういうことだ。クーレッシュはそうですかと呟くしか出来なかった。ギルマスを敵に回すとか、こいつらどんだけ馬鹿なんだろうと思いつつ。


「このガキ…!」

「えーっと、勝手に他人のステータス視てすみませんでした?」

「お前何者なんだよ!」

「アリーの秘蔵っ子ですよ。……話の続きはギルドでいたしましょうか」


 悠利が答えるより早くギルマスがさっくりと返答し、男達は連行されていった。悠利はその後ろ姿を、ぺこりとお辞儀をすることで見送った。確かに他人のステータスを勝手に視るのは悪いことだが、【神の瞳】さんに警告を出されるような彼らが悪いのだ。悪人に人権は無いとまでは言わないが、悪いことをしたら報いがあるのが普通なので、諦めて貰いたい悠利だった。人を呪わば穴二つ、という文化の国出身なので。


「……なんか、あっさり片付いたね」

「ギルマスが強すぎた」

「そうだねぇ…」


 のほほんと会話をする悠利とクーレッシュの後ろで、蚊帳の外に置かれてしまった当事者の若者達が目を白黒させていたが、彼らもまたギルド職員に連れて行かれてしまった。話を聞かせて貰うらしい。きっと細かい説明は、ギルドの皆さんがしてくれるだろう。後のことはあちらに任せれば良い筈だ。


「本当、ユーリの鑑定強いな」

「別に、大事にしたいわけじゃないんだけどねぇ……」


 ぼそりと呟いたのは悠利の掛け値無しの本心だった。だがしかし、危ないことを見過ごせないのも事実なので、まぁ、こんなことも起きてしまうのだ。仕方ない。一応未然に防げたので良しとしておこう、と思う悠利であった。



 その日の夕刻にはギルドからお礼状が届けられ、事の次第を聞いたアリーが頭を抱えて唸ったのは、まぁ、お約束だろう。お父さんは辛いよ。

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