クーレッシュとレレイの武器って何ですか?


「そういえば、クーレの武器って具体的にどんな感じで使うの?」


 唐突な悠利ゆうりの問いかけに、クーレッシュはきょとんとした。きょとんとしながら、悠利お手製のクッキーを銜えているので、どうにも間抜けな絵面だ。元々の顔立ちが整っているという事実を、皆が綺麗さっぱり忘れてしまうのは、彼の言動ゆえだろう。勿体ない。非常に勿体ない。


「俺の武器?」

「うん。そういえば僕、クーレがきちんと戦ってるの見たこと無かったし」

「前にも説明したと思うけどな。ナイフは基本護身用で、薬品を投げつける系」

「その薬品って、どんなの?」


 素朴な好奇心で問いかけられていると解っているので、クーレッシュは身につけていた薬品瓶をコロコロと机の上に転がした。細い試験管みたいな瓶の中身は、様々な色の液体で満たされていた。丸腰は何となく落ち着かないということで、武装していないときでもベルトやポケットに薬品瓶を隠し持っているクーレッシュである。その理由は、体術があまり得意では無いから、という自己分析の結果だ。

 その薬品瓶を悠利は手にとって、中身を鑑定してみる。……鑑定結果は、割と物騒だった。


「ねぇ、クーレ」

「うん?」

「劇薬とか猛毒とか麻痺毒とか色々鑑定結果出てるんだけど。あと、発火しやすいとか」

「まぁ、武器だからな」


 けろりと答えられて、冒険者って物騒と悠利は改めて思った。日々おさんどんで一日を潰している悠利の、のほほんとした生活とは別次元なのだ。いやまぁ、主夫をやっている悠利と、トレジャーハンター訓練生として日夜修業をしているクーレッシュが、同じ次元にいたらそれはそれで色々おかしいのだが。

 コロコロと薬品瓶を机の上で転がしながら、悠利はふと思いついたことを口にした。


「クーレ、これって液体じゃないと駄目なの?」

「いや、別に液体に限らないけど……。液体の方が、こう、直接ぶっかけやすいから」

「そうそう、前に粉末で試したら、風向きのせいで誤爆して、めっちゃ怒られたよねー」

「怒られたの?」

「うっかり風下にいたアリーさんにアイアンクロー喰らった」

「うわぁ……」


 ふっと遠い目をして黄昏れたクーレッシュに、悠利は同じように遠い目をした。アリーのアイアンクローは結構痛い。大きな掌でがしっと掴まれて、こちらは全然逃げられないのだ。何度も何度もアイアンクローでお説教された覚えのある悠利は、うんうんと頷いていた。……ちなみに、悠利が受けたアイアンクローと、クーレッシュが受けたアイアンクローでは、クーレッシュが受けたそれの方が遥かに強力だった。腐ってもクーレッシュは冒険者なので。


「そっかー。粉末でいけるなら、粉じん爆発とか使えるかなと思ったんだけど」

「フンジン爆発?何だそれ」

「小麦粉とかをぶわっとばらまいたところに火種を放り込むと、どかんと爆発する感じ?」

「はぁ!?」

「えぇ?!」


 うろ覚えの知識で悠利がジェスチャー付きで伝えると、クーレッシュとレレイが驚きに声を上げた。爆発物でもない小麦粉で何で、と二人揃って驚いていた。確かに普通に考えたら何で?となるのだが、それが粉じん爆発なのだから仕方ない。粉じんと火種と酸素が揃うと、どかんと爆発しちゃうことがあるそうなのだ。小麦粉怖い。

 驚きのあまり、レレイは抱えていたルークスをぎゅうっと抱き潰すように握っていた。キュウキュウと訴えるスライムの鳴き声に気づいた悠利とクーレッシュが、慌ててレレイの肩を叩く。


「レレイ、レレイ、潰れる!」

「レレイ、ルーちゃんが嫌がってるよ!」

「ほえ?あ、ごめんね、ルークスー」

「キュウ…」


 痛みは無いのだろうが、身体がぐにゃりと変な形に固定されるのは嫌だったらしく、ルークスはレレイの腕の中から脱出した。そのまま、ぽよんぽよんと跳ねて、椅子に座る悠利の膝の上にちょこんと飛び乗った。無自覚に馬鹿力でぎゅうぎゅうしてくる系女子より、頭を撫でてくれるおっとり系男子の方が良かったらしい。まぁ、どう考えても安全面では後者の方が上だ。

 手触りの良いスライムがいなくなったことでしょんぼりしているレレイだが、自分が力一杯握りつぶそうとしてしまったことは自覚しているので、大人しくしていた。まぁ、別にルークスに嫌われたわけではないので、今後もちょっかいをかけるのだろうが。


「っていうか、小麦粉爆発すんの?」

「条件が揃わないと爆発しないから、日常生活では平気だけどね。うっかり充満してるところに火花が散ったりすると、爆発するみたいだよ?」

「小麦粉が、ねぇ……?」

「っていうか、ユーリ何でそんなこと知ってるの?」

「え?雑学?」

「「雑学のレベルが怖い」」


 素朴な疑問をぶつけたレレイに対して、悠利はあっさりと答えた。間違っていない。テレビとかネットとかで手に入れたただの雑学である。サブカルの豊富な日本に育っていると、日常生活に全然役に立たない系の知識がどんどん増えていくのはお約束だ。特に悠利がそういった方面の勉強をしていたとかではない。そんなことを学ぶくらいなら、この乙男オトメンは可愛い小物の作り方を調べるだろう。

 なお、そんなのほほんとした悠利に対して、クーレッシュとレレイは、「流石、学生経験してから仕事に就くとかいう異国は違う」みたいな感想を抱いていた。異国じゃなくて異世界です、というツッコミは入らない。学生=貴族が行儀作法を習っている、みたいな認識の世界なので、勉強のために未成年が全員学校に通うというのは凄いことのように思えるらしい。まぁ、実際凄いことだと思うが。

 え?学者という職業ジョブがあるじゃないか?あの人たちはただの知識欲の塊の、ちょっと頭ぶっ飛んだ色々ネジが弛んだ系の人たちなので、一般人と一緒にしてはいけません。アジトの反面教師代表の駄目大人なジェイクさんが、学者としては割と一般的ということでご理解ください。学者はナントカと天才は紙一重の、ほぼナントカみたいな人たちなのです。


「あと、僕気になってたんだけど、レレイって武器装備しないの?」

「へ?あたしの武器はこの拳だよ。時々足も使うけど」

「うん、知ってる。知ってるんだけど、拳に装着する武器とかあるでしょ?」

「あー、ナックルとかの話~?」

「そう」


 悠利の質問に、レレイは拳を握ってみせる。彼女は基本、穴の開いたグローブを装着して、そのまま拳で魔物をぶん殴っている。父親が猫獣人なので、普通の人間よりは身体能力が高いのだ。普通の女子に見えるが、ぶっちゃけレレイの腕力や体力は、クーレッシュを遥かに上回っている。やろうと思えばクーレッシュをお姫様抱っこすることも可能だが、それを指摘するとクーレッシュがやさぐれるので言わないことになっている。男は辛いよ。

 とはいえ、確かにレレイの身体能力が高いことは知っているが、悠利のイメージでは格闘家というのはナックルやらを装備している感じなのだ。むしろ、手を守ることも考えて、そういう武具を装着するのが普通では無いかと思ったのである。その疑問を伝えてみれば、レレイはすすーっと視線を明後日の方向に逸らした。何か理由があるらしい。


「レレイ?」

「こいつ、自分の力をちゃんと把握して、コントロール出来るようになるまで、武器装着すんなって言われてんの」

「誰に?」

「指導係の皆さんに」

「まさかの全員から駄目出し」


 うわぁ、と悠利がレレイを見る。レレイは眉をハの字にして唇を尖らせた。あたし悪くないもんとでも言いたげな反応だ。……おかしい。この三人の中ではレレイが最年長の筈なのに、全然そうは見えない。悠利の17歳もほわほわと童顔のせいで皆に首を捻られるが、レレイの19歳も落着きの無さを考えると皆が疑う。成人女子の割に言動が感情一直線なせいだろうか。だがしかし、そこがレレイの良さなので仕方ない。……仕方ないということにしておいてあげてください。

 

「あのね、ユーリ、言い訳させて?」

「別に僕に言い訳はいらないんだけど?」

「あたし、普通の人より力が強いから、人間用の武器だとうっかり壊しちゃってね?」

「うん」


 言い訳はいらないと言いつつも、レレイが話し始めるとちゃんと聞いてあげる悠利は優しい子であった。クーレッシュはハイハイと言いたげな顔で、悠利の膝の上のルークスの頭を撫で回している。ルークスもクーレッシュの力で撫で回されるのは不愉快ではないのか、むにょーっと身体の一部を伸ばして彼を突いたりしている。……何だかんだで仲良しだった。主人の親友認定をしているのか、ルークスは結構クーレッシュには懐いている。

 ほら、ペットは主人が仲良くしている相手に懐く場合があるじゃないですか。え?逆に嫉妬する場合もある?ルークスは嫉妬とか知らない良い子です。


「かといって、獣人用の武器だとちょっと合わなくてね?」

「うん」

「だから、自分の力をちゃんと制御できるようになって、どれぐらいの強度の武器なら大丈夫かを調べて、特注しようって話になってね?」

「うん」

「……だから、今は武器無しで戦ってるだけなんだよ?」

「うん。わかった。レレイ頑張ってるんだね」


 窺うような視線を向けてくるレレイを、悠利は笑顔で褒めた。まぁ、実際レレイは頑張っているのだ。あと、生身で普通に魔物を粉砕できている段階で、彼女は結構強かった。トレジャーハンターとしてのいろははまだまだ学ぶところが多いが、戦闘能力だけならばそこらの駆け出しより数段上の位置に居る。……とはいえ、戦闘能力が高いだけで生き延びられるわけではないのが、冒険者の常なのだが。

 そんなのほほんとした二人に、クーレッシュがため息交じりに言葉を発した。これは、常日頃彼女とコンビを組むことが多い彼の切実な意見でもあった。


「頑張ってはいるけど、ひたすらぶっ飛ばして終わらせるのは勘弁して欲しい」

「クーレ煩い」

「煩くねーよ。魔物素材の採取だってのに、その採取対象ボッコボコにするんだぜ、ユーリ?どう思うよ」

「ボコボコにしちゃ駄目なの?」

「素材の価値が下がって、買い取り価格が下がる。結果、報酬が減る」

「レレイ、それは駄目だよ。ちゃんと状況に合わせて頭使わなきゃ」

「使ってるもん!でも、目の前に魔物がいたら、とりあえず倒そうってなるじゃん!?」

「それでお前、この間、数時間粘ってやっと見つけたシルバー一角ウサギの角、半分にへし折ったよな?」

「うぐ!」


 ジト目でクーレッシュが告げたのは、レレイが先日やらかしたうっかりの内容だ。一角ウサギは普通に居るが、その中でも変異種に位置するシルバーとゴールドは遭遇率が低い。そのシルバー一角ウサギの角を依頼人が所望していて、彼らは粘りに粘ってやっと見つけた。倒して角を回収すれば終わりという所だったのだが、レレイの放った拳がうっかり角を折ってしまったのだ。

 幸い、折れた部分も全部拾って渡したことで依頼人には達成報酬を貰えたのだが、綺麗な状態とぽっきり折れた状態だと値段が変わる。数時間粘った後のレレイのうっかりに、一緒にいたクーレッシュが恨みを抱いても無理は無いだろう。なお、監督役として同行していたフラウは頭を抱えていた。教えることがまだまだあると痛感したらしい。指導係も大変だ。


「冒険者も大変なんだねぇ」

「ユーリ、こいつにちょっと頭使うの覚えさせてくれよ」

「クーレ!」

「いやー、僕他人に教えるのとか得意じゃないし、レレイの性格からして無理じゃない?」

「それもそうか」

「さらっとユーリもヒドイよ!?」



 抗議するレレイを無視して、二人は確かに確かにとうなずき合っているのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る