残ったパンでお手軽手抜きパングラタンもどき。
その日、目の前にある残った食材を見て、
……いや、むしろそちらの方が本題かもしれない。基本的に食べたいものを作っている悠利だ。おかげで彼の苦手な類の料理は出てこない。……辛いものとか、妙に酒を効かせたようなお料理は御免被りたいのである。辛いものはともかく、酒が効きすぎると味がわからないのは未成年のお約束だ。料理に使うお酒は隠し味程度で結構です。(なお、酒蒸しの類は除外するものとする)
悠利の目の前にあるのは、固くなったバゲットと、朝の残りのコーンポタージュスープ。それに同じく朝の残りの野菜サラダだった。この中で難敵なのは、固くなってしまったバゲットだ。囓るだけでも一苦労なそれを食べるには、ちょっと手を入れなくてはならない。
そんなわけで、悠利はまな板の上に並べた固いバゲットを、包丁でごりごりと一口サイズに切っていく。その傍ら、コーンポタージュスープは、沸騰しない程度にコンロで温めておく。ひたすらバゲットを一口サイズに切る悠利。気分は、切るより押しつぶすが近いような包丁の使い方だった。むしろ削るの方が近いだろうか。固くなったバゲットは強敵だった。
「……今度から、バゲットは優先的に食べよう」
ごりごりという音がする感じで切り分け作業を何とか終えた悠利は、しみじみと呟いた。それが得策のように思えた。そもそも、バゲットは元々固いのだ。それが日数が過ぎて更に固くなるとか、もう包丁を入れるのが苦行に思えるほどである。うっかり奥に入っていて気づくのが遅れた自分が悪いと解っているので、今日は頑張って切っているのだが。
そうして一口サイズに仕上げたバゲットを、スープが入った鍋に放り込む。ひたすら放り込む。入れたら今度は、中に沈める。しっかりスープに浸るように、まるで埋め込むようにして詰め込んでいく。そのまま弱火でことこと煮込み、バゲットがスープを吸って軟らかくなるようにするのだ。早くふやけて欲しいものである。
その間に、耐熱の深皿を二つ取り出す。そして、今回の料理で重要な役割を果たすチーズの準備に取りかかる。チーズは基本的に大きなブロックで購入しているので、使うときに適当なサイズに切り分ける必要があるのだ。今回は薄くスライスしていく。溶けて貰わないと困るからだ。現代日本ならばピザチーズなどの溶けやすくなっているものがあるのでそちらを使う。生憎ここは異世界なので、ブロックチーズを切るのだ。
「もう大丈夫かな~?」
菜箸でスープに沈めたバゲットを突いてみれば、ふにゃっと箸先が入り込む。スープを吸ってふやけたことを確認すると、悠利はそのバゲット達をグラタン皿に敷き詰めていく。皿の底が見えないぐらいにきっちりと敷き詰めると、レードルでスープを掬い、バゲットに被るようにとろりとかけていく。ただし、あくまでソースのようにかけるだけで、パンをスープで沈めるようなことはしない。
そうしてバゲットとコーンポタージュスープが入ったグラタン皿の上に、先ほどスライスしたチーズを満遍なく並べていく。パンを隠すようにチーズで覆うと、パンの熱でチーズがほんの少し溶けた。それを確認して、そのままオーブンへと入れる。既に火は通っているので、チーズが溶ければ良いだけだ。ほんの少しだけオーブンで熱すれば完成する。
それを待っている間に、縁がせり上がったようになっている皿にサラダを盛りつける。朝の残りなのだが、運良くトマトも残っていたので、彩りは問題ない。本日のドレッシングはオリーブオイルに塩胡椒に粉末ハーブを混ぜたもの。隠し味にレモンとオレンジの果汁を少しだけ入れてある。さっぱり系ドレッシングだ。
チーズが溶けた頃合いで深皿を取り出し、とろとろに溶けたチーズの上に彩りの粉末パセリをちらす。ほんのり黄色に近い白のチーズの上に緑のパセリが散らばって、綺麗だと思えた。とりあえず、残り物で作った手抜きパングラタンもどきの完成だ。
「フラウさん、お待たせしました」
「あぁ、ありがとう。いつも任せきりですまないな」
「いえいえ、これが僕の仕事ですから」
食卓で待っていたフラウに対して悠利が告げれば、彼女は申し訳なさそうに謝ってくる。けれどそれに対して悠利はあっけらかんと答えた。それは事実である。だって悠利は、アジトのおさんどんをすることによって、衣食住を保証されているのだ。ぶっちゃけ、見習いや訓練生、指導係達は一定の金額をクランに納めているが、悠利に関してはそれがない。……まぁ、その代わり、家事をやっても給料は出ていないが。
その辺に関しては、アリーと悠利の話し合いの結果、衣食住の基本に必要な部分の出費をアリーがというかクランの金で負担する代わりに、悠利は生活費を納めないということになった。物々交換みたいなものだ。内職やレシピの使用料などで金策に不自由をしていない悠利なので、それで了承している。ぶっちゃけ、趣味の範疇で掃除や洗濯、料理をしているので、それに対して給料を支払われるとかになったら、混乱する。……プロのハウスキーパーさんならともかく、と思っている辺り、悠利の認識は家事手伝いのままだった。
「今日の昼はいったい何かな?」
「残り物で作ったので、お口に合うかはわからないんですけど」
「ユーリが作るならば、不味いものは出てこないと知っているよ」
「恐縮です」
そうしてフラウの前に出されたのは、バゲットを使ったパングラタンもどきと、オリーブオイルドレッシングのかかったサラダだ。飲み物はシンプルに水。冷蔵庫で冷やした水というだけで、暑くなり始めた時期には大変美味しい。
コーンポタージュスープの甘い香りと、溶けたチーズが耐熱皿の上でじゅうじゅうと音を立てているのが何とも食欲をそそった。見慣れない物体に首を捻っているフラウだが、彼女の顔はどこか嬉しそうだった。
「これはチーズかな?」
「はい。残ったバケットを今朝のスープに浸して、チーズを載せてオーブンで焼いています。パングラタンもどきですね」
「もどきなのか?」
「僕はそう思ってます。パングラタンは作るのにもうちょっと手間がかかるので」
そもそも、スープでは無くてソースを使うのがパングラタンだと悠利は認識している。なので、今回の料理はパングラタンもどきで間違いない。さて、フラウが何故嬉しそうにしているかと言えば、彼女は地味にチーズが好きだった。酒のつまみは必ずチーズを選ぶくらいには、チーズが好きだ。それほど肉食では無いのに、チーズカツを作ったときには珍しく大量に食べていた。そんな彼女だけに、チーズがたっぷり載ったパングラタンもどきはお気に召したのである。
フォークで食べようとしたフラウに、悠利はスプーンを勧めた。バゲットは一口サイズに仕上げてあるので、スプーンでも問題無く食べられる。それに、とろとろに溶けたチーズやスープを一緒に口に運ぶには、フォークよりもスプーンの方が向いているのだ。それらを伝えられて、フラウは素直にスプーンを手にした。
熱々の深皿の端っこの部分へとスプーンを入れて、底からパンを掬った。スープとチーズも勿論一緒に掬われる。未だ湯気がもうもうと立ちこめる、熱いと解るそれに息を吹きかけて冷ますと、口へと運ぶ。スープを吸い込んでふわふわになったパンと、溶けたチーズが口の中で味わいを広げる。また、その味を後押しするように、スプーンに残っていたコーンポタージュスープの甘みが優しく伝わる。
チーズの塩気と、コーンポタージュスープの甘み。そしてふわふわになったパンの柔らかな食感。ガツンと来るようなボリュームは無いが、じわじわと効いてくる感じだ。何しろ、チーズがたっぷりなのだ。それだけで地味にお腹には溜まる。
「美味しいな」
「お口に合いました?」
「そもそも、こんなにチーズを使っている段階で、私向けだろう?」
「それもあります」
へらりと悠利は笑った。そう、このお手軽手抜きなスープを使ったパングラタンもどきを食べたいと思ったのは事実だが、本日の昼食相手がフラウだから実行したというのもある。これが、万年欠食児童達だったら絶対に足りないし、アリーやブルックだと微妙な反応が返ってきそうだ。いや、不味いとは言われないだろうが、物足りないという感じで。
ティファーナやジェイクだと、チーズが大量すぎると胃もたれを引き起こす可能性がある。何だかんだで、文句を言う者はいないけれど好みはあるのだ。悠利はそれらを何となくで把握している。面と向かって好物を聞いたことはない。食べられないもの(好き嫌いだけで無く、体質云々を含めて)はある程度知っているが、実は好物というのはそこまで把握していないのだ。
……なお、その原因は、だいたい何を作っても「美味しい!」という反応しか返ってこないところにもあったが。料理の
「熱々が美味しいけど、火傷しないように気をつけないと駄目なんですよね~」
「そうだな。チーズが載っている以上、冷めると美味しさが半減しそうだ」
「レレイがいたら、猫舌だから困ってたかなーとかちょっと思いました」
「確かに」
悠利とフラウは顔を見合わせて笑った。父親が猫獣人なレレイは、何だかんだで身体能力などは父親譲りだ。その影響なのか、実は猫舌だった。美味しいものは大好きだが、熱々は食べられない。よって、大皿のおかずを取りに行くときなどは、皿に余分に確保して、冷めるのを待って食べるという行動を取っている。
……なお、レレイが猫舌なのは皆が知っているので、他が2回食べる分を1回目に取りに行っているだけだと判断された場合は、見逃されている。それ以上の場合は怒られるが。アジトの食事は大概サバイバルになるのである。
とろーんと伸びるチーズを楽しみながら、パングラタンもどきを平らげる悠利。今度一度、ちゃんとパングラタンを作ってみようかな?と考えている。その場合は、グラタンに使うホワイトソースを作るところから始めなければならない。最初からそれを作ると決めているのなら、別に苦でも無い。ただ今日は、目の前の残り物と睨めっこした結果の、創作料理なだけだ。
コーンポタージュスープを使っているので、コーンの甘みが実に良い味わいになっている。特に調味料を使わずとも、スープとチーズの味だけで完成されているので、ありがたい。主に、余分な塩分の摂取を控えられるという点で。というかまぁ、美味しければそれで良いのだけれど。
ちなみに、この話を聞いて、実はチーズ好きだった十歳児のアロールがおやつに作れと強請ってきたのはご愛敬である。
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