甘酒は二種類あるのです。


「あぁ、それは甘酒のことですね」

「「アマザケ?」」


 のほほんと悠利ゆうりが答えてみせると、ハローズを筆頭にその場に居合わせた人々が首を捻った。今日もハローズは行商先で仕入れてきた食材を手に悠利を訪ねてきていた。だがしかし、今日はいつもとちょっと違ったのだ。

 いつもは、「何か売れそうな食材を仕入れてきたので、知ってたら調理方法とか教えて下さい」みたいな感じで来るハローズおじさん、四十代の行商人。今日は、「友人が旅先で飲んだ飲み物の材料を貰ってきたんですけど、別の材料で同じものが作れるとか言っていて要領を得ません。何か知りませんか?」という用件だった。そして、悠利はそれにあっさりと答えてしまったのだ。

 だがしかし、それは別に、チート技能スキルな【神の瞳】さんが仕事をしたとかでもない。単純に悠利の知識の問題だった。何故ならば、ハローズが差し出した材料が、米麹と酒粕だったから。

 この二つを使って別々に作るのに、何故か同じものが出来上がる飲み物。そんな摩訶不思議な物体を、悠利は甘酒しか知らない。米麹で作ったそれは酒精を含まないので子供でも気軽に飲めるし、酒粕を使ったそれはアルコールを含むので身体がぽかぽかするそうだ。飲み過ぎなければ子供も飲める。


「甘酒は僕の故郷では冬に飲むものでしたけど……。この材料を借りて作っても良いですか?」

「是非、お願いします。……これで作り方が解れば、材料だけ貰ってきて作り方を聞き忘れた友人が報われます」

「うっかりさんなんですね~」

「普段自分で料理をしないので、材料を貰うことで頭がいっぱいだったんだと思いますよ」


 やれやれと言いたげなハローズに、悠利はのほほんと笑った。一部、話を聞いていた面々が視線を逸らしていたのには、気づかないフリをしておいてあげた。料理を作るには材料も勿論必要だが、作り方が何より大切なのである。余所で食べた料理を再現したいなら、味を覚え、材料を揃え、作り方をしっかりなぞらなければならない。

 そんなこんなで、悠利はハローズから貰った米麹と酒粕を手に台所に向かう。手伝いを申し出るのは、毎度お馴染み見習い達だ。特にヤックは、顔を輝かせて悠利の後を追いかけている。別に料理に目覚めているわけではないが、未知の料理は気になるらしい。約一名、マグだけがとりあえずついて行っているという風情なのは、出汁の出番を感じないからだろう。解りやすい。


「あぁ、ハローズさん」

「何ですか?」

「実は、米麹を使った甘酒は、五、六時間寝かせないとダメなんです。なので、また夕方に来て貰えますか?」

「わかりました。それでは、また後で」

「はい」


 作業に入る前に悠利が告げた言葉に、ハローズは素直に頷いて、残りの仕事を片付けるために店へと戻っていった。出来上がるまでに時間がかかると聞いて、その場にいた面々も去って行く。残ったのは、悠利と作業をする見習い達だけだ。

 酒粕で作る甘酒は割とすぐに出来るのだが、米麹で作る甘酒は、麹菌が仕事をするために時間が必要なのだ。作り方はそれほど難しくないのだけれど。


「まず、米麹の方から取りかかるね」

「「おー」」


 そう言って悠利が何故か取り出したのは、残ったご飯を保温しておくための保温ジャーだった。炊飯器が大型なので、残ったご飯を保温する用途の道具も存在していた。その保温ジャーの釜を取り出して、悠利はそこに米麹を放り込んだ。

 そうして、次に用意したのは、お湯と水を合わせて55度から60度の間に調整したものだった。麹菌は60度以上になると死滅するので、お湯と水を合わせて調整しなければならないのだ。ここを間違えると、もう甘酒は作れない。


「米麹の中にいる麹菌っていうのが、60度以上になると死んじゃうから、お湯は絶対に60度以上にしちゃ駄目だよ?55度から60度の間が理想かな?」

「わかった。それで、それをどうするの?」

「米麹と混ぜるだけ」

「それだけ?」

「うん、それだけ」


 保温ジャーの釜へとお湯を入れると、米麹が固まりのまま残らないように気をつけながら、丁寧に混ぜ合わせる。ここで固まりが残ってしまっていると、そこだけ上手に甘酒にならないので、きっちり水分と混ぜ合わせておきましょう。ぶっちゃけ、お湯の温度ときっちり混ぜるのが手順です。

 そうして綺麗に混ざった米麹とお湯を、そのまま保温ジャーに戻す。保温ジャーの蓋をする前に、布巾をかぶせてちょっと蓋を開けておくのを忘れない。このまま、温度を保って五、六時間経つと、麹菌が仕事をして甘酒になるのだ。時々温度を確認するのが大切だ。

 なお、完成を確認するときには、綺麗に混ぜ合わせることも大事です。


「これで、後は時々温度を確認するだけかな?」

「これだけで飲み物が出来るの?」

「出来るよ」


 不思議そうなヤックに対して、悠利は笑顔で答えた。手順は簡単だが、温度を一定に保つというのはなかなかに難しい。保温ジャーがあって良かったと悠利は素直に思っている。昔の人は色々と工夫を凝らして作っていたのだろうが、悠利は炊飯器や保温ジャーで保温する方法しか知らないので。

 続いて、酒粕を用いた甘酒だ。こちらは割とすぐ出来るので、米麹の方が出来上がってからでも良かった。だがしかし、そうすると夕飯の準備に影響しそうだったので、先に作っておいて、あとで温めれば良いやと思うことにしたのだった。

 酒粕を使った甘酒の場合は、火を使う。酒粕を細かくして鍋に入れ、水と一緒に沸騰させる。沸騰したら、砂糖と塩を入れて酒粕を綺麗に溶かす。この砂糖と塩で味の調整をするので、それをしながら酒粕が溶けきるまできっちり火を入れる。それだけで出来上がりで、あとはお好みで生姜を入れたりもするだろう。


「……え?これで出来たの?」

「出来たよ」


 ぽかんとしているヤックに、悠利はにっこりと笑ってみせた。なお、味見は自分しかしていない。理由、一応ちょっとだけとはいえ酒精が入っているので、未成年組に飲ませるのは何となく気が引けたから。飲みたそうにしているが、彼らには米麹の甘酒を楽しんで欲しいと思う悠利であった。

 


 そんなこんなで夕刻前には米麹の甘酒も完成して、皆で試飲が行われることになった。



「はいはい、未成年はそっちの米麹で作った方ねー」

「ユーリ、俺、あとであっちも貰うな」

「了解~」


 二種類の甘酒は、それぞれ大鍋に入っていた。味見をして、水を足して調整を終わらせている。そのまま飲むと濃い場合があるのだ。ほんのり人肌程度に温められた甘酒が配られている。なお、配膳係は、悠利とウルグスだった。なお、ウルグスは米麹で作ったアルコールの無い甘酒、悠利は酒粕で作った方の甘酒を担当している。そして、未成年組が酒粕の甘酒を求めた場合は、大人組の半分以下の分量を提供するという徹底っぷりだった。悠利は未成年の飲酒は許したくないのだ。

 とはいえ、甘酒はそこまで酒精が強いわけでは無い。バカみたいに飲まなければ問題はないだろう。ただし、飲みやすいのでうっかり大量に飲むかも知れないので、悠利が見張り番よろしくそこにいるのだ。乙男は今日も元気にオカンだった。


「ふむ。違う材料で作られていて、味も少々違うとは言え、良く似ていますね」

「どっちも甘酒ですからね~」

「あとで、作り方を教えていただけますか?」

「手順を紙に書いておいたので、あとでお渡しします」

「ありがとうございます」


 悠利とハローズのやりとりはのほほんとしていた。見慣れた光景なので、誰も気にしない。多分、ハローズはこの甘酒の作り方を友人に教えて、あと、どうにかして売るのだろう。だがしかし、そこは悠利には関係の無いお話だ。関係無いったら関係無いのである。

 ふと、悠利は自分ではなくウルグスの前に立っている青年を見て、首を捻った。立派な成人男性であるリヒトは、ウルグスから米麹で作った甘酒を貰おうとしていた。


「リヒトさん、そっちは米麹で作ったやつですよ?」

「あぁ、俺はそれが良い」

「はい?」

「…………下戸なんだ」

「あぁ、なるほど。それはそっちの方が良いですね」

「……笑わないのか?」

「何でですか?」


 ぼそりとリヒトが呟いた言葉に、悠利は納得したと笑顔を向けた。いつも通りの反応を返す悠利に、リヒトは訝しげに問いかける。そんなリヒトに返されたのは、やはり、ごくごく普通の反応をする悠利だった。

 リヒトは見るからに前衛と解る、鍛えられた体躯の青年である。見た目は頼りになる兄貴分だ。枕が替わると寝付きが悪くなるという繊細なお兄さんだが、黙っていたら頼れる兄貴分という外見をしている。そんな彼は、見た目に反して下戸だった。酒は一滴も飲めない。飲んだら真っ赤になって倒れるのだ。

 そして、それは今まで散々、揶揄されてきたことだった。冒険者の男が、酒の一つも飲めないのかと。だがしかし、リヒトのそれは体質であり、無理に飲んだら体調を崩す。下戸とはそもそも、アルコールを分解することが苦手な、体質的に飲酒をすると具合を悪くするような人のことを言うのだ。つまり下戸とは、「体質が飲酒に適していない人」のことである。

 だから悠利は、何も気にせずに、米麹の甘酒を楽しんで欲しいと告げたのである。他意は無かった。というか、酒が飲めないから笑われるというのが、彼には解っていなかったのだ。


「いい大人が酒を飲めないのは、おかしいだろう?」

「え?でも下戸って体質的にアルコールを受け付けない人のことですよね?飲んだら具合が悪くなっちゃうとかの」

「あぁ」

「リヒトさんもそうなんですよね?」

「そうだ。……料理にちょっと使われてるぐらいは大丈夫なんだけどな」

「なら、何も笑う事なんてないですよ。体質なんですから」


 けろりと言い放った悠利の頭を、リヒトはぽんぽんと撫でた。大きな掌に撫でられた悠利は、良く解っていないので首を捻っている。だがしかし、そんな悠利の頭を撫でているリヒトの顔が、ちょっと泣きそうに歪んでいた。今までバカにされ続けてきたリヒトにとって、悠利の発言は結構心に響いたらしい。

 なお、アジトの面々は下戸の彼をバカにしたりなどしない。むしろ、変な奴らに絡まれていた場合は、全力で助け出してくれる優しい仲間達だ。酒が飲めない程度でリヒトの価値は下がらない。彼らはそれを知っているのだ。仲間って素晴らしい。


「……リヒトさん、何も泣くことないと思うんすけど」

「……泣いてない」

「いや、泣いてるって」


 甘酒を手渡しながらウルグスがぼそりとツッコミを入れた。リヒトは頑なに否定するが、目尻に涙が滲んでいた。別に涙腺が緩いわけではないのだが、今日は色々と感極まったらしい。多分、今まで色々と言われてきたことを思い出したのだろう。可哀想に。



 なお、甘酒が地味に美容に良いと知られてからは、女性陣が定期的に甘酒(別に酒粕でも米麹でも気にしない)を求める姿が見られるのであった。

 

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